第36話 理不尽

 雑魚の破落戸ごろつきを全員始末したところで、破落戸リーダーを牽制していたナンシーの様子をうかがう。


「な、なんなんだお前! こいつも……ただの猫じゃねえのかよ! くそ! どうなってんだ!」


 ナンシーの爪に引っかかれたからか、身体中を細かい傷で血だらけにしながら、破落戸リーダーはそう悪態をついた。

 ナンシーが攻撃の手を休めても逃げようとしないのは、逃げようとして失敗した部下の姿を見ていたからだろうか。


「そうだよ。ただの猫じゃないよ。なんたってナンシーは誇り高き──」


「それ今言う必要にゃいにゃ」


 まあそうだね。


「で、君以外はもうみんなこの理不尽な世界から解放されちゃったわけだけど、君はどうする? 雇い主とか、雇い主のさらに背後にいる人とか、話してくれるんなら君も仲間のところへ送ってあげるけど」


 魔力剣をもてあそびながら、いつかの盗賊たちのことを思い出しながらそう尋ねた。

 すると男は忌々しげに僕を睨みつけ、馬鹿にするように言う。


「……話さなかったらどうなるってんだ? 話しても仲間のところ──あの世に送られるってんなら、話さねえ方がどう考えてもマシじゃねえか」


「話さない場合はこの理不尽な世界から解放してあげない。つまり理不尽なことをするよ」


 そのくらい自分で考えろ、と指示を出しておきながら、わからないならなぜ聞かないんだ、と言って怒るとかね。

 そういう理不尽なことをします。


 あとはそうだな。すぐには思いつかないけど。

 やっぱり目に見えて分かりやすい理不尽って言ったら暴力だろうか。

 理由もなく痛めつけられるとか、心身に強烈な負荷をかけられるってのは理不尽の極みだと言えるんじゃないかな。

 例えば聞きたいこともないのに拷問するとか相当理不尽だよね。いや彼には聞きたいことはあるから理不尽な拷問にはならんか。理に適った拷問になっちゃうな。じゃあ駄目だな。

 拷問とは関係なく爪とか剥がしたりするのはどうだろう。でも拷問と勘違いされたら何か喋っちゃうよねきっと。あ、有益なことを喋れないよう猿ぐつわをさせるとかいいかも。

 いやいや、だから彼には聞きたいことがあるんだってば。


 ああ、ままならない。なんと理不尽な世界なんだろう。

 僕はただ、彼を理不尽な目に遭わせたいだけなのに、そんな簡単なことさえできないなんて。


「へっ。理不尽なことをするだァ? そんだけか? 俺ァてっきり拷問でもされるのかと思ってたがな」


「おお、鋭いね。やっぱり君は頭が回るみたいだ。でも残念ながら、拷問は別に理不尽でもなんでもないからするつもりはないよ。もっともっと理不尽なことを今考えてるから、ちょっとだけ待っててね」


「えっ」


 僕がそう言うと、リーダーは辺りに散らばる元部下の死体に視線を遣ってから、もう一度僕を見た。


「……顔色ひとつ変えずに人間をバラバラにしちまうようなやつが、拷問以上のことを考えてる……だと……?」


「うんそうだよ。それも他ならぬ君だけのためにね。感謝してくれてもいいよ。だって君が理不尽な方がいいって言うから」


 てっきりマゾ気質なのかなって思ったよね。

 でも安心してほしい。

 なぜなら僕は徳を積むことを何よりも優先する女。

 ちょっと特殊な性癖をお持ちの方にも優しく接することが出来るのだ。

 きっとリーダーの望みを叶えて、理不尽な目に遭わせてみせると誓おうじゃないか。


「ま、待ってくれ! じょ、冗談だ! ちょっと言ってみただけなんだよ! すまない! 話す! 雇い主のことは話すから! それと、雇い主の裏にいるのが誰なのかも見当はついてる! そいつのことも話す!」


 リーダーはなぜか急に従順になり、知っていることを話すと言い始めた。

 なんだよ。理不尽なことをされたいんじゃなかったのか。がっかりだよ。

 どうしてみんな僕に気持ちよく理不尽なことをさせないんだ。


「……徳を積むとか言ってるやつが一番言っちゃいけにゃいこと考えてるにゃ」


 確かにそうかも。じゃあ今のナシで。

 やっぱ理不尽は良くないよね。

 もっと理に適ったことをしていこうぜ。聞きたいことがあるならちゃんと拷問するとかさ。


「わかった。君が話したいっていうのなら僕も君の意向を尊重しよう。じゃあ拷問ってことでいいかな」


「良くねぇ! 話すっつってんだろなんで拷問しようとするんだイカれてんのか!」


 理に適ったこともできないのか。

 どうしてみんな僕に気持ちよく拷問させないんだ。


「……さらにダメにゃ方向にシフトしちゃったにゃ」


 マジかよどんだけ理不尽なんだこの世界。今のもナシで。



 ◇



 従順なリーダーが話したところによれば、彼を雇用したのはベルナルドという男らしい。

 それ以上詳しいことは知らないそうだが、ベルナルドにとってこの破落戸チームは使い勝手が良かったらしく、これまでにも度々後ろ暗い仕事を引き受けていたようだ。


「……ベルナルド。カントール家の家令ですわ。その男が本名を名乗ったのであれば、ですが」


「なるほど。まあ悪い事するときは偽名を名乗るのが普通だよね。

 でも、たまたま名乗った偽名が辺境伯家の家令の名前にドンピシャとかそんな偶然あるかな。それだったら、辺境伯家の家令がたまたま本名で裏バイト募集しちゃうアホだったって考えた方が可能性高そう」


「ベルナルドはお父様に、というよりはカントール家に忠実な家令で……、おそらくですけれど、それなりに優秀だったはずですわ。少なくとも無能だという話は聞いたことがありません」


「仮に無能が周知の事実だったとしても、誰が雇い主の娘にわざわざそんな事言うんだって思うけどね。普通言わんでしょ」


 ちゃんと進言するのであれば当主にだろうし、雑談だとしても雇い主の娘に「あいつああ見えて無能なんスよ」とかフランクに話しかける使用人とかちょっとヤダな。

 そう考えると、ベルナルドとやらが本当に無能だったとしても、それをミラが知る機会はなかったことになる。

 なので、ベルナルドが無能ではないというミラの意見は単なる思い込みだと思われる。





 ★ ★ ★


深く考えると混乱するか、人として大切なものを失う恐れがありますので、何も考えずにサラッと読むことをオススメします。いやいつもそうなんですけど今話は特に。

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