第35話 連鎖ボーナス
例の指名依頼のおかげで生活費には不安がなかったが、いずれ旅をするには路銀を用意しておかなければならない。
そのために適当に依頼を受けて、適当に討伐やら採集やらもして、適当にお金を稼ごうと考え、街を出たところで、これである。
この様子は街の門を守る門兵にも見えているはずだ。
しかし彼らは何もしようとしない。
このことから、今僕らを脅しつけた男が言った「さる御方」とやらは街の衛兵たちにも影響力を持っていることがわかる。
「っ! お父様の手の者ですか!」
断定するようにミラが叫ぶ。
ミラに向けて「アデルミラ・カントール」とか言ってるし、状況から言ってもミラのお父様の手の者で間違いないだろうね。
辺境伯がわざわざ人を雇って娘を消しに来たってわけか。
でもなんでだろう。
理由もわからないし、タイミングも意味不明だ。
殺すつもりなら勘当した時点でそうしておけばよかっただけだ。何ヶ月も泳がせておいて、今更消しにくるとか意味がわからない。消す理由なんて存在が邪魔になったとかだろうけど、そうだとして今まで待った理由はなんだろう。
今になって急に消す理由が発生したのだろうか。
どういう状況だったらそんな事態がありうるのか。
仮に、辺境伯筋でなかったとしたらどうだろう。
ミラの境遇を考えると、最も可能性が高いのは婚約破棄した王太子関連か。
何か知らんけどざまぁ的な展開をくらって、それをミラのせいだと思い込んで、復讐のために殺害を目論み、辺境伯を動かした、とか。
もしそうだとすると、ギルティなやつが増えるな。
ギルティなやつが増えるということは、稼げる得ポイントもまた増えるということ。
いや、これはラッキーなんじゃないか。ついてるな僕。やったぜ。
もちろん、まだそうだと確定したわけではない。
他にも、例えば辺境伯とかその側近とかが、深く考えずにミラを追放したはいいけど、ミラが生き残ったり子孫とか残したりでもしたら後々相続問題とか面倒になることに何ヶ月も経った今更になってようやく気がついたとかって可能性もあるけど、さすがにそこまでアホじゃないやろガハハ。
「俺達が誰の命令で動いているかなんてお前らには関係ねえだろ! 重要なのは、お前らを始末すれば金をくれる人がいるってことだけだ!」
それはそう。
それはそう、なんだけど。そうであるならわざわざ声なんてかけたりしないで、遠くから矢でも射ったらよかったのに。少なくとも魔帝国で平和に暮らすプロの盗賊ならそうしていたはずだ。
だというのにわざわざ声をかけてきたということは、彼らは僕らに何かしらの交渉をしかけるつもりがある、ということに他ならない。
僕はプロのならず者に詳しいんだ。
「おっと」
そう思ったんだけど、男たちはそれ以上何も話すことなく切りかかってきた。
えー、じゃあなんでわざわざ大声で話しかけてきたんだよ。
まさか、実は何ヶ月もミラの命を狙って活動していたけど運悪く一向に会えないから上司には怒られるわ評価は下がるわでイライラしてたところにようやく見つけてテンションが上りきっちゃったからつい大声出しちゃった、だなんて馬鹿な話があるわけないだろうし。
あ、もしかしてあれかな。門兵たちに「俺達はさる御方の命で動いてるから邪魔すんなよ」って知らしめるためか。なるほどね。やるじゃん。
それだけ頭が回る刺客なら、もしかしたら依頼主がミラを襲わせた経緯も知っているかもしれない。
「よし。じゃあリーダーっぽひとりだけを残して、あとは返り討ちにしよう。ナンシー、リーダーと遊んでて。僕は他のを始末するから」
「にゃ」
ナンシーにはかなりのBPを注ぎ込んで強化してある。
攻撃性能は見た目通りの猫レベルしかないが、こと防御性能においては相当なものを持っている。考えられうる限り、今この場でナンシーに傷を付けることができる者はいない。いやこの場に限らずとも、ナンシーに傷を付けられる特定の条件を備えた存在は生まれてこの方見たことないので、下手をしたら無敵である可能性すらあるな。
時間稼ぎには最適な人選だろう。人じゃにゃいけど。
ナンシーが
いっちょ前に剣を抜いて受けようとしたけど、僕の魔力剣がそこらのナマクラで受けられるはずがない。
破落戸の剣をすぱっと絶ち、魔力の刃は破落戸の肩口から腹にかけてを一気に切り裂いた。
「あっ……? かはっ……」
切られた破落戸はその場に倒れ込み、傷口から中身がでろんと流れ出た。辺りに血と臓物とウンコの匂いが漂う。
くっさ。
「あー。ごめんごめん。久々に人間切るから加減がね。次は手とか足とか首とかにするよ」
無駄に匂いを撒き散らしてしまったことをミラに謝ると、彼女は口元に手を当て、青い顔をして少し震えていた。
そんなに臭かったのか。ネズミの解体とかは平気でするのに。だいたい同じような匂いだと思うんだけどな。
やっぱり相手が人だからかな。食生活の違いってやつだ。つまり今切った破落戸は普段から匂いのキツいものばかり食べていたに違いない。肉とか。
まあ健康とか気にしなさそうな顔してるしなこいつらな。
「普段からもっと野菜とか食べなよ!」
二人目はちゃんと首を狙って切りつけた。
ナマクラとは言え剣すら断ち切る魔力剣だ。首の骨の抵抗なんてまったく感じず、スッと刃が入り、ややあってずるりと首が落ちる。
今回はちゃんと気を使って剣を作って振ったから、いつかの盗賊の時みたいに無様に首を刎ね飛ばしたりはしない。
頭が無くなった首元からぴゅうぴゅうと噴水のように血を吹き出しながら、二人目の破落戸も倒れた。
「な、なんだこいつ! 駆け出し冒険者って話じゃなかったのか!」
「詳しいね君。駆け出し冒険者で合ってるよ」
冒険者になって半年くらいしか経ってないからね。階級的には駆け出しは抜け出してるけど、世間一般のプロフェッショナルの認識としてはまだまだ駆け出しもいいとこだ。
言いながら、その破落戸の首も刎ねる。
ついでにその隣の破落戸も首を落としておく。
なんだなんだ。剣くらい構えなよ。やる気あるのか。まあ構えても無駄なんだけど。
「ひいいいいい! き、聞いてねえぞ! こんな化物だなんて!」
景気よく首狩りをしていると、逃げようとした破落戸がいた。
襲ってきたのはそっちなのに、事前のミーティングで共有されていない情報があったからって逃げるだなんてけしからんね。
僕は持っていた魔力剣を投げつけた。
破落戸は街に逃げ込もうとしたみたいだ。逃げ込めば助かるとか思ってたのかな。てことはやはり街の有力者の息がかかってるってことか。
投げた魔力剣は回転しながら逃げた男の首を刎ね、そのまま門兵の方へと飛んでいった。
魔力剣は重さがほとんどなく、重力の影響で勢いが落ちたりはしない。だから投げると非常によく飛ぶ。
我関せずと高みの見物を決め込んでいた門兵も、高速で回転しながら迫るぼんやり光る剣には肝をつぶしたみたいで、ぎょっとした顔で剣を凝視している。
避けないのか。そのままだと死ぬよ。
彼らが僕らを助けようとしないのは、きっと上司からそう言われているからだろう。
つまり責任は彼らではなく彼らの上司、もっと言えばそのさらに上司にそう命じた者なり、そう仕向けた者なりにあるのであって、彼ら自身には責任はない。
責任が無い人を事故とはいえ死なせてしまうのは、例え僕が許しても徳ポイントさんが許すかなって気はするよね。
しょうがないな。
僕は指を鳴らし、飛んでいく魔力剣を消した。
別に指を鳴らす必要はないんだけど、僕が剣を消してあげたんですよってアピールをしておけば、罪もない門兵さんから感謝のひとつもしてもらえるかもしれないからね。
こういう小さな手間を惜しまないのが徳を積むコツなんだよな。知らんけど。
目の前で剣が消える様を見た門兵は、ちらりと僕の方を見た後、その場にへたり込んだ。
休憩時間かな。
「──剣が無くなったぞ! チャンスだ!」
破落戸たちはもうこの時点で死体の方が多くなってしまっているが、数少ない生き残りのうちのひとりが僕に向かってきた。
僕が何も無い所から魔力剣を出したりそれを投げたり消したりしてたの、見てなかったのかな。
僕は普通にもう一度魔力剣を召喚し、切りかかってきた破落戸を剣ごと両断した。
あっ、しまった。
くっさ。
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