第34話 日頃の行いの結果

「おい! あれから二ヶ月だぞ! お嬢様に似た冒険者の件はどうなっている!」


 カントール辺境伯に代々仕えている、家令のベルナルド・ホイヘンスは部下を怒鳴りつけた。

 ベルナルドも辺境伯には「お嬢様に似た冒険者」と言ったが、そうではないことは最初からわかっていた。

 あれはアデルミラ・カントール本人で間違いない。

 なぜなら、先代が市井しせいに遺した忘れ形見を始末したのは、このベルナルド自身だからだ。

 同じように、先々代の忘れ形見はベルナルドの父であり先代のカントール伯の家令が手を下している。

 たとえどれほど薄い血であっても、カントールの血が入っているのであれば、それはいつか本家の支配を揺るがすことになる。そんなわかりきった問題を放置することはできなかった。

 ホイヘンス家はそうやってカントール家を影から支えてきたのだ。


 故に、主が気軽に追放した令嬢「アデルミラ」も、野垂れ死ぬその瞬間をしっかりと確認するつもりであった。あるいは、頃合いを見てこの世から消すつもりであった。

 主に令嬢のことを報告したのはそのためだ。

 いかなる悪運のなせるわざか、アデルミラは思いの外しぶとく生き残っている。下手に市井の男とまぐわって、子をなす前に処理しなければならない。

 辺境伯の権力基盤を揺るがすわけにはいかない。

 辺境伯の盤石な権力あってこそのホイヘンス家である。


 同行している冒険者が女というのは僥倖だった。すぐにどうこうなることはないだろう。

 しかし、その猶予は無限にあるわけではない。

 

 放置していても死にそうにないことを確信したベルナルドは、主に遠回しに進言し、この未来に起きうる問題の始末を試みた。

 冒険者をひとり、場合によってはふたり始末するだけなら簡単だ。しかし証拠を残さずにそれを成すのは少々難しい。準備に時間がかかることもあるだろう。

 だからベルナルドは待った。二ヶ月も。

 だから叱った。そのくらいはしてもいいだろう。二ヶ月も待ったのだから。


「も、申し訳ありません! ですが、連中ときたら……。それまでは毎日のように草原に出てネズミを狩ってたはずなのに、ある日を境にぴたりとそれをやめちまって……! おかげで我々は、一ヶ月もあの草原でネズミに齧られながら待ちぼうけを……!」


「それなら、指名依頼でも何でも出しておびき出せばよかろう! カントール家に繋がる証拠さえ残さなければ、指名依頼のせいで冒険者が死んだところで──」


「し、指名依頼も出しました! でも、連中、そもそもギルドにすら行ってないみたいで……。またしても、我々は一ヶ月も草原で待ちぼうけ……!」


「ぐぬぬ……!」


 ギルドに行っていないのなら、いくら指名依頼で呼び出そうとも応じることはない。そもそも知らないのだから当たり前だ。

 冒険者になるような者などしょせんは社会の最底辺だ。どいつもこいつもその日暮らしで、日銭を稼がなければあっという間に干上がってしまう。

 アデルミラとその同行者も、街の噂では多少は名が知れているようだが、駆け出し冒険者であることに変わりはない。一ヶ月も二ヶ月も仕事をサボるなど考えられない。

 まさかもう死んでしまっているのだろうか。いや、街の噂では元気にやっているようだ。

 ベルナルドは苛立ちで頭を掻きむしった。


 そこへ、別の部下がやってきた。


「ベルナルド様。冒険者ギルドから、いくつかの商会を経由して請求が来ております。何でも、密かに依頼していた指名依頼が達成されたとか……」


「今になってか!?」


「何でよりによって今日!?」


 今叱責しているベルナルドの部下は、つい昨日まで草原で待ち伏せを継続していたのだ。

 しかしそれも、発注から一ヶ月が経過するということで見込みなしと判断し引き上げてきたばかりだった。


「これは一体、何の説教をされているのですか……? まあよくわかりませんが、依頼料はお支払いしておきますね。冒険者ギルドはともかく、間に挟んだ商会との関係を拗らせるわけにはいきませんので……」


 部下はテーブルに小汚いネズミの牙と請求書の写しを起き、巻き込まれてはたまらないとばかりに足早に去っていった。

 請求書には、たかがネズミの牙に支払うには考えられないほどの高額な金額が記入されていた。商会への手間賃も入っているのだろう。

 元々、この依頼は失敗するはずだった。依頼を受ける冒険者を殺すことこそが目的だったからだ。


 失敗前提であり、かつ目標を釣り上げるために過度に高額に設定した依頼料だったのだが、それが全て裏目に出てベルナルドに襲いかかっていた。


「ああああああああああ!」


 ベルナルドは再び頭を掻きむしった。



 ◇ ◇ ◇



 僕とミラは、駆け出し冒険者のお使い程度の依頼に支払われるには不当に多すぎる報酬を正当に受け取り、その報酬で買い食いをしながら今後のことを話し合った。

 ミラの慣らし運転のために使った時間と、その時間にかかった生活費は、そのうちのいくらかが今回の報酬で取り戻せた。

 道中で狩りをする前提で食費を切り詰めれば、別の街に移動するための路銀としては十分だろう。


「というわけで旅に出てみたいんだが」


「それは良いですわね! そういえば聞いておりませんでしたが、イオラ様が旅をする目的ってなんですの?」


「ああ、そういえば言ってなかったね。僕はね、徳を積みたいんだよ」


「とく」


「そう、徳さ。どういうことかと言うと──」


 僕はミラに徳と輪廻について説明した。もちろん全てではない。ふんわりと、緩めの説法のようなものだ。これは僕の転生時の経験を元にしているため、特定の宗教を参考にしたとかそういうことはない。


「死後の世界……。徳ポイント……。そんなものがあっただなんて……」


 徳ポイントについては知らない。あるかどうかなんて。

 でもあると思ったほうが人生にハリが出るし、楽しそうだからそういうことにしてあるというだけだ。


 それを信じて徳を積み、僕は来世もフルスクラッチする。


 願わくば、ミラにもそうあってほしい。僕と共に歩むならば。


「──わかりましたわ。けれど、巨悪を討つなら旅をする前にすることがあるのではなくて?」


「え? どゆこと?」


「ここはケントゥリア。我が父サイラス・カントールの治める街ですわ。討つべき巨悪がいるとすれば、それはまずは我が父では? なんていったってこのわたくしを着の身着のまま追い出したのですし」


「ええ……? いや、そうかな……? そうかな……?」


「そうですわ! イオラ様が情けをかけてくださらなかったらわたくし、あのまま死んでおりましたのよ!」


「まあそれはそう……だけど……」


 サイラス何某が実際に何を考えていたかなど本人にしかわからない。

 僕が考察したように、単に彼は現王家と事を構えたくなかっただけかもしれない。

 そうだった場合、単にミラではなく辺境伯家と辺境伯領を選んだと言うだけだ。

 それが良いか悪いかは別として、突き詰めれば家族の問題であると僕は考える。

 辺境伯として彼は家と領地を選んだ。父としてどちらを選びたかったのかは知らない。けれど、辺境伯としての立場を優先したことだけは間違いない。


 仕事と私とどっちが大事なのってやつだね。天秤に乗せられているのはガチの命だったので、いささか殺伐としすぎてはいるが。


「何か他に……客観的に見ても明らかに徳足りてないムーブでもしてくれば僕も迷わないんだけど……。

 例えば暗殺者とかゴロツキとか雇って急に殺しにかかってくるとかさ」


「さすがにそんなわかりやすいことはしないと思いますわよ。仮にも大貴族ですし。やるとしても、隠蔽工作込みの遠回しな殺害計画に何度も失敗して後がなくなるとかいう状況にでもならない限り」


「それもそうか」


 さすがにそんな事件が起きるはずがない。

 僕はどうやってサイラス何某辺境伯の徳を計ろうかと考えた。



 ◇



「──ちくしょうが! やっと見つけたぜ! アデルミラ・カントールだな! さる御方の命により、てめえには死んでもらう!」


 起きたわ、事件。

 徳を計る手間が省けてよかった。

 これも日頃の行いの結果だな。ヨシ。





 ★ ★ ★


明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


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