隔てられしものたち
第33話 指名依頼
僕とミラが改めてパーティの結成式をして、宿を変えたあと、また二ヶ月くらいが過ぎた。
この二ヶ月では、主にミラの戦闘スタイルの確立とそれに対する慣れを主眼に置いて活動をした。
ミラは魔法剣士だ。レベルを上げれば剣士と大賢者としての技や動きを覚えていく。おそらくだが近い内に少なくとも中級以上の実力者に育つだろう。
最初が肝心だ。妙な武器で妙な動きを覚えてしまって、その後取得したスキルや魔法と噛み合わなくなってしまっても困る。
生活用品でしかないナイフでウサギサイズのネズミと格闘するなど、もってのほかだ。一体誰がそんな無体なことをやらせていたのか。ひどいやつもいたものである。
戦闘スタイルの訓練を始めた頃、ミラはロングソードを扱うにしては妙な間合いの取り方をしていたりもしたが、その動きも所詮は二ヶ月三ヶ月で覚えた付け焼き刃だったおかげか、この二ヶ月で十分剣士として動けるようになった。
範囲魔法は僕もいくつか覚えているので、その剣士の動きに範囲魔法を合わせる型もいくつか教えることができた。色々な属性の魔法が使えるので選択肢が多いのもいい。
特に火属性は素晴らしい。殺傷力や環境に対する影響力ならやっぱり火が一番だ。森で使えばかなりの広範囲に死をもたらすことが出来る。うまく敵や悪人を誘い込んでやれば一手で膨大な徳を積むことも可能だ。汚物は消毒だ、とはよく言ったものである。誰が言ったのかまでは覚えてないけど。
ミラが効率的な消毒を覚えたところで、僕らは再び依頼を受注し始めた。
魔法剣士は万能職だ。育たないうちは器用貧乏でどっちつかずだが、ミラのその期間はすでにナイフで済ませている。剣も魔法も中途半端なら、そのどちらでもないことをやらせて経験値稼ぎをした方がマシだ。
てことは、生活用品のナイフでネズミと遊ばせていたのは悪くない教育期間だったのかもしれない。素晴らしいな。教育者の鑑だ。やらせた奴はきっと高い徳を積んでいるに違いない。
◇
「へえ。指名依頼。そんなものがあるのか」
二ヶ月の修行期間は全くギルドに来なかったので、めちゃくちゃ久しぶりに冒険者ギルドに行ってみた。
すると受付の係の人から僕らをご指名で依頼が入っていると聞かされた。
どうやらその依頼は結成式の後一ヶ月くらいの頃に発行されたものらしく、現時点ですでに発行から一ヶ月近くが過ぎている。
受付からは、二ヶ月もの間ギルドにも来ずに一体何をしていたんだ、という非難の視線も向けられた。
しょーがねーだろ(冒険者としては駆け出しの)赤ちゃんなんだから。
「期限は一ヶ月だ。もうギリギリだな。今日にでも片付けないと、未達で失敗になる」
そんなことを言われても、知らなかったんだからしょうがない。指名依頼を受けたのは僕ではなく冒険者ギルドだ。依頼を失敗して信用が落ちるのもギルドである。
そもそも冒険者になりたての新人に一体何を期待しているのかという話だ。二ヶ月も音沙汰がなかったのなら、死んだと思うのが普通だろうに。
まあ用がなかったのでギルドにこそ寄らなかったが、装備のメンテナンスのために武具屋や魔道具屋には頻繁に行っていたし、そこで絡んできたならず者の関節をグニャグニャにしたりしなかったりはしていた。だから僕らが元気なことは街の人々は知っていただろう。
冒険者ギルドとしてもきっとその情報は持っていて、だからこそ、元気なのになぜギルドに来ないで遊んでいるのかと思っただろうな。
依頼の達成期日は一ヶ月。駆け出し冒険者だし、ここ一ヶ月は見ていない。どうせ近いうちに生活費がなくなり、仕事を貰いにくるはずだ、とでも考えていたに違いない。
しかし僕は堅実なので、ミラにプレゼントをしても二ヶ月程度の生活費はちゃんと残してあった。もともとそこでミラと別れてひとりで旅をするつもりだったのだ。その路銀くらいは用意してある。
これはその不幸なすれ違いが引き起こした悲劇である。
いやわかるかそんなもん。言えよ。誰かに言伝でも頼めよ。ホウレンソウとか無いのか冒険者ギルドには。ないか。ないだろうな。ハンターズギルドにもなかったわそういえば。じゃあしょうがないな。
「これ、聞かなかったことにしたり、依頼を受けないことにしたりしたらどうなるの? たとえばギルドの等級が下がるとか」
「聞かなかったことにはできないな。だってもう俺が伝えたからな。これはギルドの記録に残る。それから依頼の拒否だが、達成期日にもよるが、遅くともギルドが受け付けてから二週間以内には先方に伝える必要がある。言うまでもないが、もうじき一ヶ月だ。もう遅い」
なるほどね。ここで「今さら言ってももう遅い」が来るわけか。追放モノの定番のセリフだ。
僕もミラも追放されているからこのセリフはぴったりだな。でもおかしいな。それって僕らが言う方なんじゃないの。なんで言われる方なの。壊れてるよシナリオ。何もしてないのに壊れちゃった。
んで、その期間を過ぎてから断るとやっぱり等級は下がるらしい。失敗しても同じだそうだ。なぜなら期日ギリギリだから。
「イオナ様。もう諦めて受けましょう。見たところ、大した内容ではなさそうですわ」
横から顔を出したミラが言う通り、依頼の内容自体は大したことはない。
ちょっと草原まで行って、グレイラットの牙を持ってこいというものだ。グレイラットは肉は庶民に人気があり、その毛皮もそこそこ需要があるが、牙や骨には大した価値はない。普段だったらそこらに捨てるようなものだ。
それをあえて持って来いとは一体どういう了見だろうか。しかも冒険者を指名してである。
ていうか近い。近くないか。横から覗き込むのはいいが、僕の腕を抱き込むのはやめてほしい。腰にも手を回すんじゃない。
再結成をしてからのミラは終始こんな感じだ。やたらとベタベタする。これを元婚約者の王子にしてやっていれば、男爵令嬢にいいようにされることもなかっただろうにね。
「大した内容じゃないんだったらなんで指名依頼になるのかって話だよ。絶対怪しいじゃん」
「怪しかろうとなんだろうと、グレイラットの牙を規定数ギルドに持ってくれば、このお金は支払われるんですわよね? でしたら問題ないのでは。わたくしも久しぶりにグレイラットを狩りたいですし。鍛えた技で」
確かにそれはそうだ。
ていうか、そこまで冷静に判断できるなら、やっぱりひとりでやっていけるんじゃないだろうか。
もう僕からそんなことは言わないけどさ。
◇
草原でミラの気が済むまでグレイラットを狩り、その牙をギルドに納品し報酬をもらった。
肉は捌いて肉屋へ、皮は雑貨屋へ売った。もうミラは解体に失敗したりはしないので、ナンシーのおやつは無しだ。ナンシーだけに。
「……にゃっ!」
あいた。猫パンチすな。
僕がナンシーに殴られたこと以外には特に何もおかしなことはなかった。ただのボロい依頼だ。
結局何だったんだろあの依頼。
まあ、きっと神様が徳の高い僕らにボーナスをくれたんだろう。そうに違いない。
★ ★ ★
本年中は誠にお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。
私事で恐縮ですが、正月三ヶ日は投稿をお休みします。
次回は1月4日の投稿となります。
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