No.05『湯けむりが隠す桃源郷』

 冒険者達が村に帰ると、ギルドの受付嬢から嬉しい報告があった。


「皆さん、魔物の討伐お疲れ様です。今回、大変だったと思いますし、我々からの御礼として、ギルドと湯屋『癒しの湯』さんと手を組んで、今夜無料でサービスを行います!」


 その話に、冒険者たちは歓声を上げる。


 ——————————


 ギルドは宴会場になり、にぎわっていた。

 食事を大量に食べる者。上着を脱ぎ、振り回す者。そして、飲み比べ勝負を行うものもいた。


「おいおい、あの女。もう、13人抜きだぜ。」


 飲み比べ勝負では、1人の女性が周りを騒がせていた。


「フハハハハ!その程度で、吾輩に挑むとは!」


 その女性はチリだった。

 チリの周りには大量の屈強な男が飲みつぶれていた。


「しかも、あれ。『オーガキラー』らしいぜ。」


「嘘だろ。アルコール度数が高すぎて、命知らずしか飲まないってやつだろ?あいつ、もう50は飲んでなかったか?」


「いつ死んでも、おかしくねぇな。」


 周りが、心配し始めると、1人のモヒカン男がチリを睨みつけながら近寄る。


「オーガキラーを、水のように飲めるゴブゴブ飲める分けねぇだろ?おい!ねぇちゃん。俺にもオーガキラーをくれ。」


「ふん、言ってるが良い。吾輩も再び、オーガキラーを。」


 店員が、オーガキラーをふたつ持ってくるとモヒカンが、再びチリを睨みつける。


「おい!おめぇ。店のやつに金でも渡して、ちゃっかり水と変えてんだろ?」


「いちゃもんは、やめたまえ。」


「いちゃもんってんなら、ジョッキを交換しても問題ねぇよな?」


 モヒカンは、チリの方に渡されたオーガキラーを飲み始める。

 しかし、半分も飲み切る前に倒れてしまう。


「ふん、愚かなものだ。酒に弱いなら、飲み比べなどせねば良いのに。」


 チリは、そう言うと残った方のジョッキを手に取り、オーガキラーを飲み切る。

 それを見て、タケルはチリを止める。


「そろそろ、そのぐらいにしないと、マジでぶっ倒れますよ。」


「吾輩はまだまだ、いけるが?」


「心配になるんですよ!!」


 チリは、タケルのその言葉を聞いて、真剣な顔になる。


「そうか。心配かけてすまなかった。」


 チリは、席に座り、笑顔でジョッキを掲げる。


「おい!吾輩に、ファイアカクテルを!」


「だから、酒をもう飲むなって言ってるんだよ!」


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 宴会が終わり、酔いつぶれていない一部の冒険者達は、温泉へと向かう。


「私は、温泉なんていいので、先に家に戻っています。」


 エルスは、チリにそう言うと、家へと向かって歩く。


「待てい!貴様。何故、温泉に入らないんだ。」


 チリの質問に、エルスは、己の首輪を見せる。


「私は、汚らわしい奴隷です。他の者も私と同じ風呂なんて入りたくないでしょう。」


「ふん、そんな理由で貴様が報酬である入浴を楽しめぬのは、吾輩が許さん。一緒に来い!!」


 チリは、エルスを引っ張って、温泉へと向かう。


 ——————————


「おっと、タケルもいたのか。」


 タケルが湯船に入っていると、ランスロットが入ってくる。


「あ、ランスロットさん。」


 タケルが横に避けて、ランスロットが湯船に入りやすくする。


「ありがとう。ふぅ。そういえば、今日の君はすごかったな。」


 ランスロットは、タケルの方を向いて笑顔で言う。

 タケルはそれに、手を横に振って、否定する。


「いやいや、ランスロットさん達のがすごいですよ。あんな大型な魔物達を一斉に集めて、倒して。」


 ランスロットは「ガハハハ。」と豪快に笑う。


「俺は、聖騎士パラディンとしての仕事をしただけだよ。それに、司祭ジャンヌの『イージスシールド』と魔術師ドロシーの『インフェルノ』あってのものだよ。

 君は、そんなスキルも無しに、敵を集め。活躍の幅が狭い死霊術師チリのスキルを上手く使って魔物の数を減らしてくれた。凄いことだ。俺なんて彼女を守るつもりが、居場所を奪ってただけだったのに。」


 最後に少し、悲しげな表情をするランスロット。

 そして、その後、ランスロットは真剣な眼差しで、タケルを見る。


「これからも、チリをよろしく頼む。俺は彼女を縛ることしかできなかったが。お前なら、彼女の力をうまく使えるだろう。」


 タケルは笑う。


「任せてください。」


 タケルの返事を聞き、ランスロットも笑顔を返す。


「ありがとう。

 ああ、それと。もし、今日みたいな戦い方を基本とするなら、俺におしえてくれ。聖騎士パラディンのスキルを教えてやるからな!」


「ありがとうございます!」


 タケルの言葉を聞き終えると、ランスロットが湯船から出る。


「もう出るんですか?」


「ああ。熱がりなものでな。」


 ランスロットが笑って外に出ていった。

 タケルが、ゆっくりと湯舟に沈んでいく。

 そうしていると、突然タケルの後ろに空間の穴が開く。


「『やぁ、少年。くつろげているかい?』」


「ああ。っておい!なんて所に現れるんだお前!」


 穴からは、『モーガン』が頬杖をつきながら、タケルを見ていた。

 タケルの反応を見て、『モーガン』が笑う。


「『ははは。照れなくてもいい。君の裸は、最初にワタシの部屋に連れてきた時に、健康診断で確認している。アレ・・についても、平均以上だと思うし。他に照れる要素はないだろう。』」


 赤くなって、湯船に沈みながら、タケルが言う。


「で、何の用だよ。」


「『温泉場で、露天風呂で、隣は、女湯。男ならやることはひとつではないか。』」


 流し目をする『モーガン』に、タケルは大声を出す。


「それ、犯罪だろうが!!」


「『なぁに、バレなきゃいいんだよ。バレなきゃ。』」


「いや、そういう問題じゃないんだが!」


 全くノッて来ないタケルに、『モーガン』は背を向ける。


「『もったいないなぁ。せっかくのチャンスだと思うのに。』」


 彼女が暗闇の中へ消えていき、穴がふさがる。

 タケルは、しばらく悶々とする。

 駄目だと分かっていても、改めて言われると、隣の女湯が気になってしまう。

 タケルは、女湯側にある木製の壁に向かう。

 壁には、なぜか丁度良い大きさの穴があり、タケルはそこから、女湯を覗いた。


 ——————————


 女湯の方では、ジャンヌとエルスが湯船に浸かっており、チリが遅れて来た。


「遅くなってすまんな!どうしても人の目があるところで、服を脱ぐのが苦手でな!」


 腰に手を当て、胸を張り、仁王立ちをする彼女に、ジャンヌは苦笑いをする。


「ははは…。チリさんは昔からそうですよね。」


 チリが湯船に入り、エルスの方を向いて言う。


「どうだ、エルス。やはり、温泉に入って良かっただろう?」


 エルスが、無表情な目で、チリを見る。


「そうですね。ちょっと問題がありましたが。」


「む?なんかあったのか?」


 心配するチリに、ジャンヌが笑う。


「エルスさん、自分の体を洗うことできなかったんですよ。」


「なんだと⁉ 今まで、風呂に入ったことなかったのか?」


「奴隷になる前なら、湖で体を洗うことならあったし。奴隷になった後は教えられたから、人の体を洗うことは出来ますが。自分の体を石鹸で洗ったことはありませんね。」


 無表情で淡々と話す彼女に、チリとジャンヌは同情の眼差しを送るが———


「惨めな気分になるので、同情はやめてください。」


 その眼差しは、エルスの一声で中止された。


「す、すまぬ。」


 チリが頭を下げ、そこで停止する。


「それはともかく。エルス。貴様、脱ぐと結構すごいな。」


「何がですか?」


 意味がわからず、疑問符を浮かべるエルス。

 ジャンヌは、「また始まってしまいました。」と思い、チリから距離を置く。

 チリが立ち上がり叫ぶ。


「何って、胸だよ。胸!そんな、たわわを隠していたのか貴様!」


「着込めば普通。小さく見えるでしょう。あれ?チリさんは逆に普段より…。」


「な、何を言う。吾輩の胸が普段より小さく見えるとかそんな訳なかろう!目でも悪くしたか貴様!」


 胸を抑え、エルスから離れるチリ。

 彼女を見て、エルスはため息をつく。


「そういう反応をしたいのは、こっちなのですが…。」


 エルスが呆れていると、ぺたぺたと、素足で地面を叩く音がした。

 3人が音のする方を向くと、そこには、眼帯を外した『モモン』が、腕を組んで立っていた。


「あら。モモンさんも来たんですね!」


「というか貴様。左目怪我をしてた訳じゃないのか。」


「それにしても、先程からどこを見ているんですか?」


 エルスが、『モモン』が見ているものを確認する為に、後ろを見る。

 他の2人も、つられて『モモン』が見ている壁の方を向く。


 タケルが慌てて、壁の穴から姿を消す。

 タケルは「ヤバい。バレたか?」と思ったが、しばらく物音がしないので、安心して立ち上がり、再び穴の隙間から女湯を確認する。

 しかし、その目は、いつの間に壁の前にいた『モモン』の指によって潰される。


「いってぇ!!」


 右目を押さえ、悶えるタケルの声を聞き、女湯の3人は慌てて立ち上がる。


「この声!ご主人様!?」


「まさか、吾輩達の風呂を覗いていたのか!」


「きゃー!変態!」


 女湯の方から、壁の上を通し、風呂桶や椅子が投げられる。

 タケルはそれらに、ぶつかり、ボコボコにされる。

 タケルの耳には、あいつ・・・の馬鹿にしたような声が聞こえた。


『やはり男の子ですねぇ。ですが、覗きは犯罪行為なので、良い子はしちゃいけませんよ。なんちゃって。』


 ―――――――――


 暗闇の中に、5人の人影があった。

 白い髪を長く伸ばし、シスター服を着た女性が、クリスタルの様な輝きを放つ椅子に座る薄青色の短髪少女に話す。


「『アナタからお呼び頂けるなんて、珍しい事もありますデスね。『モルガナ』様。』」


 両手を祈るように、釘で打ち付けられたとは思えない程穏やかな笑みを浮かべて話す彼女に、『モルガナ』と呼ばれた少女は、薄青色の目を瞑り、笑顔で答える。


「『たまにはこういうのも、ありっしょ?』」


 一つ目の描かれた、不気味なアイマスクをした。紫色の短髪少女が、頭で手を組む。


「『それで?ボクらに、なんの用なのヨ?』」


 『モルガナ』は膝の上で手を組み、そこに顎を乗せて言う。


「『とある世界を、襲って来て欲しい。あわよくば、タケルくんという男を殺して欲しい。』」


 彼女の言葉に、ロボットのような手足の生えたアイアンメイデンが質問する。


「『その話。儂らになんの得があるのじゃ?貴様。儂らの仲間になる事を今まで断ってきた事を忘れたわけじゃあるまい?』」


 『モルガナ』は席を立ち、怒った顔をして言う。


「『忘れてねぇよ。もし、その世界を滅ぼすことが出来たなら、俺がお前らの仲間になってやるよ。』」


 彼女の答えに、4人は驚き喜ぶ。


「『『モルガナ』様がいれば、神への復讐などいとも簡単に行えますデス!』」


「『いいヨねぇ!たった一つの世界を絶望の海に叩き込むだけで、あいつらの絶望を味わえるなんて最高だヨ!』」


「『うむ。であれば儂もその願いを聞いてやろう。』」


「『ちょ〜テンアゲなんだけど。チョベリグじゃん!』」


 金髪をカールさせた、色黒で、いわゆる『ヤマンバギャル』のメイクをした女性が、喜ぶが、途中で「『そういえば。』」と落ち着く。


「『『ガナ』っちに質問良いかな?』」


 小さく手を挙げたギャルに、『モルガナ』は椅子に座りながら聞く。


「『なんですか?』」


 ギャルは、手を挙げたまま、『モルガナ』に聞いた。


「『なんで、わざわざ部屋を暗くして黒カーテンかけて真っ暗にしてんの?』」


 ギャルの質問に他の4人は拍子抜けする。


「『いや、秘密の集会みたいな雰囲気が出ますし。』」


 『モルガナ』の答えに、ギャルは満面の笑みになる。


「『そっかぁ〜。』」


 背景に花でも浮かびそうなギャルの雰囲気に、アイアンメイデンがため息をつく。


「『わざわざ聞く事じゃないだろうが…。』」

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『モーガン』による異世界転生生活記録 HAKU @HAKU0629

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