テーマ: クリスマスの過ごし方
イェーイ!飲んでますかあ?
オレめっちゃ飲んでる!
ピンクのシャンパンの瓶をふたつ逆手に持ち、
豪快に鯨飲してるのはこの店のナンバーワンだ。
さすがだぜ、飲み方も内臓も桁が違う。
自分は何でも屋さんである。
今日はホストクラブのヘルプ屋さん。
幸いガワ良く生まれてきたので、
この手の店のヘルプに呼ばれるとそれなりに身入りが良い。
赤い帽子を被り、黒い服と白い髭を纏い、
指名が入ってるホストの皆さんの席周辺を
前から後ろから
せっせとグラスを片付け、皿を取り替え、
注文が入るとメモを取り次から次へと
酒瓶を持って行く。
他のヘルプも総動員で動いているが、
それでも人手が足りていない。
クリスマスにホストクラブで過ごす。
要するに一緒に過ごす家族も友達も親密な相手もおらず
寂しさを誤魔化すかのように次々とオーダーが入る。
クリスマスに予定がないのは自分も同じだ。
寂しさは心ではなく懐にあるため、シャキシャキ働く。
誰かが歌い、誰かが踊り、誰かが喋り、誰かが笑う。
イブから夜明けまでノンストップで働き、
店を閉じた時にはスタッフ全員が死体のようになっていた。
「リュウキさん水要りますか?」
トイレから出てきた男に声をかける。
自分は下戸故シャンメリーで乾杯させてもらっていたが、
何リットル飲んだかわからないナンバーワンは
豪快に飲みつつ、常に明るく、にこやかに、
さりげなく席を外してはトイレで飲んだものを
吐いており、腹の中を空にしては
酒で満たすを繰り返していた。
ひたすら飲むかしゃべるか笑うか歌うかしており、
何かするたびに懐に渋沢栄一がねじ込まれ、
閉店後のスーツはあちこちが膨らみ
渋沢栄一肖像展の作品のような姿になっている。
実に似合う。
札の顔がドヤしているように見える。
不況とか生活が苦しいとかどこの世界の話だよ。
結婚式では厭われるが、
夜の街に一番ふさわしいのは渋沢栄一先生ではないかと感じた。
すんげえわ、客もリュウキさんも覚悟の決まり方が違う。
ありがとうよ、と彼はペットボトルを受け取り一気に飲み干す。
くあー、うめえ!腹に染み渡るぜえーと
実に旨そうに飲むので、
自分は今酒を渡しただろうかと錯覚してしまう。
この人何やってても楽しそうだし旨そうに呑むんだよなあ。
だからみんなに可愛がられるし、人気がある。
昨日の晩から何人の客から指名が入り、
どれくらい人の間を行ったり来たりしていたのか
既に覚えていない。
おまえもお疲れ、ヘルプありがとさん。
店長に挨拶したら帰れよ。
これチップな。
スーツの内側に無造作に手を突っ込むと結構な束を渡される。
ちょっと待て!と慌てたが、お前がめちゃくちゃ働いてくれたから
みんな自分の客に集中出来たんだよ。
他の奴らも金一封貰うんだから気にすんな。
にっと笑って両手で札束を握り込ませられる。
この人無邪気で金離れが良いんだよなあ。
貰った札束は店長に一言相談してから持ち帰った。
ちなみに店長も日当に色をつけて渡してくれた。
特別な日に働いたご褒美!
インフルエンザに何人か持ってかれちゃって
どうしようかと思ってたんだ。
君一人で三人分賄えたよ。
ホント助かった、ありがとう。
店長も良い人だ。
気持ち良く店の裏口を開け、帰路に着く。
朝日が目に染みる。
饐えた臭いが漂う道を通り抜け、
始発で家の最寄駅まで連れて行ってもらい、
途中にあるコンビニで売れ残りのケーキを買った。
誰かが落としたのか少々崩れており、
お前は用済みとばかりに一割引になっていたものだ。
疲れた体にちょうど良さそうなくたびれ方をしていた。
エコバッグを持っていなかったので、
ケーキと割り箸を水平に持ちアパートに帰る。
あれ、お隣さんじゃね?
背中にリュックを背負い、
リュックには何なのか知らないピンバッジが
張り付いており、
似合わない色の服を好む姿は割と目に付く。
顔を見てなくてもお隣さんだと認識できる。
彼も不定期な仕事らしく、
いわゆる会社勤めの人とは異なる行動パターンをしていた。
手にはエコバッグをぶら下げている。
中身は見えない。
どこかで盛り上がったわけではなく、夜勤明けっぽい。
お互い挨拶以上のことはした事ないし、
自分は疲れている。
一定の距離を保ったまま、ぷらぷら歩き、
同じアパートにたどり着く。
相手が鍵を取り出しているうちに
自分も部屋の前で鍵を取り出す。
あれ、とお隣さんが顔を上げ、目が合う。
おはようさん、そしておやすみ。
ヘラっと笑うので釣られて笑い、
お疲れさんですと答える。
気が緩んだのかもしれない。
台所にケーキを置いて寝転んだらそのまま記憶がない。
目が覚めたらクリスマスは終わっていた。
アプリ:書く習慣を利用 いちさん(えいのーと) @Ichi3
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