34話 痛みも思いも抱きしめて
黄金の竜巻が晴れた後。
唯一人孤立して戦っていたリーンは、
静寂の訪れた海と空に、戦いの終わりを悟っていた。
「終わった、かのか? だが、彼らは……?」
「リーン殿っ!」
遠目で謎の援軍たるレオたちを見る中。
船員からの呼びかけに応じて、振り返る。
「何とか撃退出来たようだな。死者はいるか?」
「ありません。傷を負った者も、軽傷で済んでいます。
ですが……あれを」
一先ずは安心できそうな言葉が返って、しかし。
明確にそれと違う色で指された指の先に、リーンも視線を動かして。
「……」
その先には、完全に骨組みだけと化したマストが聳え立っていた。
理由は言うまでもない。
力を伴う黄金の風は、帆をを八つ裂きにし吹き飛ばしてしまっていた。
しばらく言葉を失うリーン。
しかしやがて、大きなため息と共に前に進むことにした。
「帆は、欠片も残っていませんな。
予備を張るにも、それなりに手間を要するでしょう」
「奴らを追い払うには致し方ない犠牲だった。そう思うしかないな」
「バレン島までは僅かです。応急処置と精霊術でなんとかなるでしょう。
……そのバレン島に、受け入れる余地が残っていればよいのですが」
交わされる言葉は、希望と失望が代わる代わるに顔を出していく。
リーンと船員は共にゆっくりと、その失望となるバレン島へと顔を向ける。
この船を照らす程に燃えていた港だ。
詳細な情報のない中でも、その被害の程は推察できてしまう。
表情は、どうしても重くなった。
「……なっ!?」
その先で。
何事もなかったかのように平穏な港を見るまでは。
「ば、馬鹿な!?確かに燃えていたはず……」
「ああ、確かに俺も見た。
見紛うはずもない、どういうことだ……?」
すぐに顔を見合わせて、目の前の光景を疑う二人。
だが確かに、先程まで見えていたはずの港を焼く大火の姿はどこにもない。
「すまん、そこの人!!」
「っ!」
更なる混乱に陥りそうになる中。別方向から、叫び声が届く。
リーンが振り向けば、もうその直ぐ側まで彼らは迫っていた。
倒れたジェネを背負うノイン、そしてレオが。
「アスタリトの騎士、リーン殿とお見受けする」
そして先に、改めてノインから声を掛けた。
喉ではない、音声としての声。そしてその身体を構成する装甲と機構。
リーンにとっては理外の存在であったが、
一先ず驚きは心にしまって返答する。
「……君たちは?」
「勝手に乗り込んですまない!」
だがジェネの様子が良くないんだ、先に診てやってくれないか!?
しかし続いたレオの様子は、
落ち着くこともできないほどに切羽詰まったものだった。
ノインの背負うジェネはぐったりしている。
彼らがこの様子になるのも納得はいった。
「我々に敵対の意志はない。説明もさせて頂きたいが……」
「ともかく私達は敵ではないんだ、信じてくれ!」
「……」
そして何より。ジェネに対して必死になっている彼らの様子が、
その関係性を僅かだがリーンに伝えていた。
彼らの風貌、そしてこの場に現れた存在ということ。
それは間違いなく警戒するべき物であるのだが。
「わかった」
だがそれは、逆にリーンを冷静にさせた。
少なくとも、船の先の光景よりはマシだった。
「……一旦、船内を纏める。引き続き調査を」
「はっ」
傍らの船員に言い残して、再びリーンは彼らへと振り向く。
戦いの中では特に強く圧力を受け続けていた彼だ。
状況の好転までに何が起きたのか、まだ知らずにいる。
それもあって、先にそちらを優先することとした。
「君たちが、俺達を助けてくれたことは知ってる。
一先ずはそれを信じよう。こちらだ」
「す、済まない! 恩に着る!」
――
それから少しして。
往路の中でも使用していた一室へと、彼らは集まっていた。
そこへ、飛び込んでくる影。
「ジェネっ!」
寝かされた彼の姿を見て、すぐにリリアはその側へと駆け寄った。
気を失っている彼からは返事はない。
それが尚更、リリアの顔を曇らせていく。
「……俺の責任だ。戦いの出来る身体ではなかった。
止めてやるべきだった」
そして、一因たる彼の無理を告白するリーン。
その矛先は、自らに向いていた。自分の責任として被るように。
「まだ、全然治ってなかったの……!?」
「……ああ」
「そんなっ……!!」
正直に話した理由はある。これからも戦いが続く状況だ。
事実を隠しても問題を先送りにするだけだった。
そして、せめてその責は自分だけが背負えばという思いも。
しかし。
「わ、私がすぐ行くって言っちゃったから、無理して……!」
その事実は、どうしてもそこに結びついてしまった。
自分の勇敢さが、ジェネの無茶を強要することになっていた事。
「ジェネっ! ごめんっ、ごめんねっ……!!」
どんな恐怖も敵意にも怯まないリリア。
だがそれは、何よりも強く彼女の心を苛んだ。
眠る彼に屈み込んで、リリアは普段見せない涙と共に謝罪の言葉を重ねていく。
(……ジスト、すまない。俺は無能だ。心にせよ身体にせよ、
まともに面倒も見てやることも出来ない)
少女たるリリアのそんな様子は、本当に痛ましいもので。
顔を伏せて、リーンは強い自責の念を抱く。
彼らを託した、ジストへの言葉と共に。
だが、それだけでは終わらなかった。強い決意で、それを締める。
(せめて。お前の前までの道は切り開く)
そんな最中にも。
リリアの背中に、また一人近づいていく。ネルだ。
彼女は沈むリリアの肩に、優しく手を置いて声を掛ける。
「治癒の精霊術は施したわ。
船医さんによると一先ず、命に別状はないって」
「ほ、本当? でも、私のせいで……」
「状況が状況よ。拙速であっても、動くべき場面だもの。
あなたの行動も、ジェネさんの選択も間違いじゃない」
後悔に沈む彼女に、ネルはその行動自体を肯定して励ましていく。
ジェネへのフォローも含めて、ここまで辿ったものを否定しなかった。
とはいえ、やはりその哀しみは大きいのだろう。
リリアの表情は、そう簡単には浮かび上がらなかった。
「……それで、いいのかな」
「ええ。ジスト隊長さえ救い出せれば、
きっと全部、良かったって言えるようになるわ
それにね。このタイミングで、私たちがここに来ることが出来たのも。
貴方達がすぐに救出へ乗り出したお陰なのよ」
「え?」
その慰めの中、ネルが口にした言葉。
それはリリア達、アスタリトからの者達の知らない情報だった。
あるいは、話を前に進めるための切り出しでもあった。
「……どうやら、少なくない事情まで把握しているようだな」
「ええ。そこを話さないわけには行きませんね」
背後のリーンが反応する。
リーンも、話を前に進める意向を持っていたのだろう。
辺りを見回せるような位置に歩みを進めて、リーンは改めて問いかけた。
「改めて。俺はアスタリトの騎士、リーンだ。
故と縁があり、リリアと共にジスト救出のため動いている。
……そろそろ聞かせてもらおう。
君たちは何故この企てを知り、どうやってここに現れた?」
それは、当然のように浮かび上がってくる疑問だ。
窮地を助けられたということは分かっている。
だが彼らに疑問ではなく信頼を向ける上で、明らかにしなければならないものだ。
「それについては、私から説明差し上げるのが早いと思われる」
「君は先程の……」
「グローリアの自律人型兵器『精霊機甲』のノイン。
以後、お見知り置きを。『閃く星の勇者』、リーン殿」
それにまず、ノインが返答する。
リーンがグローリア側の文明――精霊機関に馴染みがない事を、
前提とした言葉だった。
それを念頭において、ノインは続ける。
「まずはどこで、この一連の物事を知ったかという話だが。
……貴公には馴染みのない存在かもしれないが、
私はグローリア防衛隊が保有する兵器である。
そのグローリアの情報網の中で、ジスト隊長の処刑計画を傍受した」
「傍受……公的なものではないということか?」
「その通りだ。グローリアの広報においては、
ジスト隊長の罷免や処刑については報じられていない」
彼にとって人生で初となる、人工知能との会話。
ノインの意志もあってか、それでも滞りなく行われていく。
それによって、リーンも言葉の内容に意識を傾けられていた。
「あれほど名のある英雄を内密に、か。
おおよそ正気の沙汰ではないが、何故だ?」
「そこまでは分からない。
だがその情報には、アスタリトに居た協力者……
要するにリリア達への対処計画も入っていた」
そしてノインの言葉も、説明の本質部分へと入っていく。
同じ思いを持っているのだろう。そこに続いたのはレオだった。
「我々はリリアやジェネの友であり、
ジスト隊長とも共に戦った、大事な仲間だ。
その窮地とあれば、駆けつけない理由はなかった」
「その為に我々もアスタリトのリーブルへ向かっていた所、
先日、ここを襲撃するという情報を手に入れた。
我々もそれを迎撃する形で、合流した……という経緯となる」
レオは、清々しいまでに熱い友情を口にして。
そしてそれに同調する形で、ノインは一連の説明を締める。
言葉にはしないにせよ、きっと彼も同じ気持ちだったのだろう。
(……機械か。それが、こうして動くものとはな)
それを、どこか感じ取って。
リーンは彼への印象が、どこか若さのあるものに感じだ。
機械たる外見に反して。丁度並ぶレオと、同じぐらいのように。
「……随分、軽いフットワークだな。
相手はグローリアだ、大勢力を敵に回す事になる。
それに……君は、グローリアに使役される兵器なのだろう?」
その思いが、まるで問いただすような次の言葉を引き出す。
口調も視線も、より鋭く厳しいものだった。
彼らの決意、それを確かめるかのように。
「躊躇うはずもない。
道義に外れた仕打ちを受ける仲間を、友が救う為に戦っている。
ここで動かなければ、怪盗シェイドの名が廃る!」
「私も、『そう思った』。
……指令に反し、裏切りを起こしていること。
それは、わかっている。それでも」
そして、彼らもそれを躊躇うことなどしなかった。
強大な相手を敵に回す事も、分かっていた。
自らの使命に反しうることであることも、分かっていた。
それでもこの繋がりを抱きしめて、ここに居ると。
「みんな……」
自分の勇気が生んだ仲間の傷。
それでも尚、共に並び立とうとする仲間たち。
思わず、声と心が揺れる。でも、素直に受け取っていいのか分からなかった。
ジェネをこうしてしまった自分が、素直に享受することが許されないように思えて。
返す言葉も見つからない中、その肩に優しく手が置かれた。
「そういう事よ、リリア。
今まで貴方が頑張ったから、助けられたから。
だから今みんな、貴方のために頑張りたいの。
私だって、そうだよ」
「ネル姉……」
優しく説く、ネルの言葉。
それはアスタリトを発つ前、ジェネが掛けた言葉と重なるものだった。
今は眠る彼もまた、ここに居る皆と同じ気持ちであると示すように。
彼らの瞳と決意が告げる、その思い。
「でも……」
「私たちだって躊躇いはしないわ。
きっとその方が、後悔すると分かってるから」
更に深く、手を回して。
強い思いとともに、ネルは後ろからリリアを抱きしめていた。
長い付き合いだ、分かっている。リリアが何に傷ついているのかも。
「……だから、リリア」
だからそれは、説き伏せるような形で。
ネルは思いを、再び言葉にした。
「私たちも、一緒に戦わせて。
貴方を守りたい。貴方の願いを叶えたい。
貴方を、一人にさせない」
ネルの体温を服越しに感じて。その思いに、また心を揺らして。
「ネル姉っ……」
その思いから、想起する。
――リリア嬢。君はきっと、人の心を動かし続ける者になるだろう。
だからこそ、君に動かされた者たちの思いを受け取ることも学ぶといい。
リリアは、かつて受けた言葉を思い出した。
別れ際に、ドグマに諭された言葉だった。
思いを、受け取るということ。
この君のためならという献身、あるいは親愛、あるいは。
強すぎる自責に囚われていた心。その中で、見るべきものを見出して。
(私のせいで、ジェネが傷ついて……
でもジェネも、皆も――)
その、最中。それを、後押しするように。
リリアの手を、更に大きな手が握った。
「らしくない顔してんな。リリア」
開いた瞳と、視線が重なる。
「ま……俺の、せいか」
「っ、ジェネっ!!」
「わっ!」
意識を取り戻したジェネが、リリアに笑いかけていた。
笑顔は、流石に返せなかった。
強く反応して、リリアは抱きしめるネルごと前のめりになる。
「ジェネ、大丈夫っ!?
ごめんねっ、私が無理させちゃったんだよね……!」
「そんな事……こんぐらい、どうってこと」
「ってことは、無いですよね」
思いが溢れ出ているリリアに、いつものような言葉を返そうとして。
しかしそれを、ネルが咎める。
安心と、それと。複雑な感情の入り混じった視線が、
ジェネへ向いていた。
「……ネルさん」
「こんなにリリアを泣かせておいて、
今更痩せ我慢なんて許しませんよ?」
「全くだ! 心配掛けさせてくれる!」
続けて飛ぶ茶々。レオからのものだ。
とはいえそれも、親愛の色が強く浮かんでいた
そこへ、更にリーンも近づいていく。
「ジェネ。俺達の判断は誤っていたという事だ。
お前にも戒めてもらうことにはなるが……
だが、済まなかった。俺の判断ミスだった」
「いや、俺が頼んだんだしな……ホントに悪かった。
ごめんな、リリア、みんな。来てくれて、マジで助かった」
彼からの諭しと謝罪を受けとって。
そしてジェネもまた、重ねて皆に向けて謝る。
意地の代償。言葉の裏で、それを痛感しながら。
そしてその思いと共に、リリアへと向き直る。
「でもな、リリア。戦うのは、俺が選んだんだ。
おっさんを助けるために、そしてその為に戦うお前を助けるために。
だから……お前が悪いんじゃない。俺が、そうしたいからなんだ」
「……みんな、そう言ってるもんね」
「ああ。だから……皆、同じ気持ちだ!」
リリアは涙を拭う。
皆が口々に告げる、共に戦いたいという思い。
「……うん! ジェネ、ネル姉、みんな……!」
それが生む痛みを知って。
だが尚、この道半ばで横に立つ仲間たち。
そして、今。
リリアは皆の思いを、その小さな胸に抱いた。
「一緒に、ジストさんを助けようっ!
みんなで、一緒に!」
「うんっ!」
「おうっ!」
取り戻した笑顔に、みんな頷いて。
リリアはようやく、胸の痛みを振り切った。
そして状況も、落ち着き始めた今。
「失礼いたします」
そんな最中、突如扉が開く。
続けて、部屋の中へと掛けられる声。
その声も、現れた顔も。リリアの知る人物のものだった。
「カゲツさんっ!」
「ご無沙汰しております、リリア様」
名を呼ばれ、挨拶を返すカゲツ。
レオの執事たる彼もまた、この場へと馳せ参じていたようだ。
そしてそのレオも反応して、カゲツへと歩み寄っていく。
「カゲツ、船は?」
「この船の方々のご厚意で曳航頂けることになりました。
こちらのお嬢様方にも御助力頂きまして」
「おじょーさまはやめろよな、こそばゆいっての」
「あら、私は慣れてるけど……ってジェネ! 気がついたのね!」
そのカゲツに続き、ニーコ、アーミィも姿を現した。
倒れたジェネの姿を見ていたのもあり、アーミィは声を明るくする。
そしてそれは、更に続いて。
「ジェネさんが!? 良かった!」
「一先ず一件落着、でしょうか」
明るい声と共に、アカリとレオナも続いて現れた。
「船って?」
「私たち、レオたちが持ってる船に乗ってきたんだよ。
いくら飛べるったって、グローリアからは遠すぎるし」
リリアの疑問に答えるニーコ。
更にその当人たるレオが、説明を付け加えていく。
「正しくは潜水艇だ。精霊術で動かす古い形式のものだが、
怪盗シェイドに伝わる移動手段として保有していた。
俺の代で使うのは初めてだが、丁度良かった。
……まあ、運転は全部カゲツがやったんだが」
「へえ……! すごい!」
「怪盗たるもの、水路も我が道としなければなりませんからな。
それを補佐する、執事たる者の役目でございます」
リリアの称賛に、カゲツが誇ることなく答える。
彼らがここへとたどり着いた方法は、それで明らかにされることとなった。
そして、リリアはそこから思いつく。
「潜入……ってことはさ、
ジストさんが乗せられてる船に近づく時に使えないかな?」
その思いつきに対して、まず返ってきたのは頷きだった。
「うん。私とニーコが乗ってれば、速度は問題ないと思う。
……ただ、全員は無理ね」
「うん、無理。てか、5人だってギリギリだったしな」
「あくまで潜入用のものだからな……
怪盗と補佐、加えてもう一人程度を想定したものだ。
だが、使えるのなら是非使ってくれ」
しかし続けて、その容積が次なる問題として立ちはだかる。
とはいえ、貴重な潜入手段であるのには違いなかった。
頷いて、リーンはそれを認める。
「5人、もしくは4人を潜入させられるとすれば。
攻略を計画する上で悪くない選択肢だ。
どう使うかはこれから考える必要はあるが……ありがたい」
そしてそれは、これまで話し込むことになったその理由にも繋がった。
リーンはその無表情を少しだけ緩めて、改めて彼らへと向き直る。
「……君たちの事も、協力の意志もよく分かった。
アスタリトは、この件を公的には支援できない状況だ。
我々は戦力に欠けている。共に協力して、この戦いに当たろう」
「もちろん!」
差し出された手。
そして代表して、ネルがそれを握り返した。
それで初めて、この距離で顔を見つめ合うことになる二人。
噂通りの可憐な美形にネルはどこか感心さえ覚えていた、その反対で。
「……っ!?」
ポーカーフェイス気味のリーンが、今それを崩して。
驚きを隠せない表情で、ネルを見つめていた。
「……な、何か?」
「君は、アスタリトの生まれか?」
「え? いえ、ずっとグローリアです」
続いた質問。だがネルは素直に答える。
いずれも、否定となる形だった。それを受けて、リーンも息を吐く。
「いや、すまない。同僚と面影がよく似ていた。
生き別れの妹を探していると聞いていたから、
もしやと思ったが、人違いだったようだ」
「あ、ああ……いえ、大丈夫です」
彼の謝罪を受け取るネル。
とはいえ彼女自身、本当に思い当たるものはなかった。
人違い、そう二人とも片付けて話を戻していく。
「すまなかった、話を元に戻そう。ところで、先の戦い……
ジストの部下たちの使った術について、確認したい事があるのだが」
「リーン殿。であれば、我々よりも適役が居るかと。
……いや、正しくは。
「何?」
その場に差し込まれた、ノインの提案。
それによって、場面は移ることになる。
――
船内の、もう一つの扉を開ける。
メンバーは、先程から少し減っていた。
リーン、ネル、ノイン、そしてリリア。
その顔ぶれで、部屋の中へと踏み入れていった。
「お出まし、みたいだね」
その部屋の中央から、それを迎える声がする。
椅子に身体を縛り付けられた、ブレシアのものだった。
「ブレシアさんっ」
「お楽しみの拷問の時間って訳かい。
だけど残念、私は私の都合が最優先だからね。何でも喋ってやるよ」
「そんなこと、しないよ」
「……それには及ばないはずだ、ブレシア副隊長」
彼女の軽口に返したのは、ノインだった。
言い出した本人である彼は、その理由を単刀直入に話した。
「……私の閲覧範囲に流された情報。
示唆的なものを、感じるほどに。
私に、救出のために動けと言わんばかりに」
表情のない彼の、目代わりの光がブレシアを照らす。
特異的に抱える心、それが持つ真剣さが現れているように。
「あれを流したのは、貴方ではないのか。ブレシア副隊長」
「……さあね。それより、聞きたいことがあったんじゃないのか?」
それを受けて尚、しかしブレシアは笑ってはぐらかした。
だがそれは、肯定と同義でもあった。
先にリリアに語った思いが、それを裏付けしているのだから。
振り返ったリリアが、リーンに頷く。それを伝えるためのものだった。
「では、まず一つ聞こう。
バレン島の港のことだ。戦闘中は燃え上がっていたあの港が、
今見れば何事もなかったかのように平穏のままだ。これは、どういう事だ?」
「『ミラゲンド』。
精霊で偽物の景色を作って欺瞞を行う、グローリアの新しい技術さ。
あの港もそうさ。あんたたちに、足を止めて欲しくてね」
そして彼女はあっさりと、リーンが見た不可解な景色の種明かしをした。
激しく炎上していたあの港は、作られた幻であったこと。
それが成立するほどに精巧だったそれを思い出して、
リーンは背筋に冷たいものを覚える。
(……恐るべき技術だ。
汎用的な兵器として、それほどのものを運用しているとは……待てよ)
そして考えるうちに、リーンは一つ思い当たった。
それを見たことは恐らく初めてではない、ということに。
「……もしや、あの海上要塞も」
「そうだよ。あの海上要塞『ベリオン』にも、同じ機能が積んである。
全方位に効くやつをね。
肉眼じゃ、よっぽど近づかなきゃ発見できないってわけさ」
「……それで、あの巨体がすぐに見えなくなった訳か」
「御名答」
そしてリーンが思い浮かべた景色、その仮定もまた肯定された。
それは、一つの問題をこの場に浮かべるものでもあった。
リリアが、それを言葉にする。
「それじゃあ、どこに行ったか分かんないって事!?」
「そういう事。
私たちは信号を受け取って、それをアテに帰投してるが……
とっ捕まった私には、もう送られないだろうね」
「他に手段はないのか?」
「さあね。ベリオンはかなりシークレットな扱いをされててね。
あたしたちにすら、まともに情報が降りてきてない代物だ。
……だろう? ノイン」
「……彼女の発言は正しい。
私の確認出来る範囲でも、あの海上要塞のデータは無かった」
それを打ち破るための手がかりになる情報も、
すぐに頭打ちになってしまう。
分の悪い状況であるのは、変えようのない現実だった。
「こっからせいぜい出来ることって言うなら。
私の通信機の履歴を探りな。
飛び立つ前ぐらいの座標は、わかるかも……」
そこへ、数少ない道筋を提示しようとしたブレシア。
「……あん?」
それは、あるいは偶然なのだろうが。
話題に出した通信機が、今。音を立てて反応していた。
「……誰か知らないが、通信みたいだ。
バストールからの煽りかもしんないよ。
取ってやんなよ、お姫様。真ん中を押せば繋がる」
「え、私!? う、うん!」
突然の出来事、更に突然の指名。
戸惑いながらもリリアはそれを受けて、通信機を手に取る。
第一声をどうすればいいかもわからず、リリアはとりあえず声を発した。
「あ、あの!」
返ってきたのは、まずは長く雑多なノイズだった。
こうした通信にも不慣れなリリアにも、音質の悪さを感じさせる程に。
そしてノイズは晴れること無く、交じるようにその声は伝わる。
『……聞こえますか。私は、フェムトという者です。
その船に、リリアという少女は乗っていませんか』
「……フェムトおじさんっ!?」
それは、リリアには聞き慣れた男性の声だった。
名乗った声が本人であると確信できるほどに。
驚きで叫んだリリアに反応して、ネルも一気に通信機に顔を寄せる。
その表情は、これ以上ないほどに切羽詰まっていた。
「教授っっ!? 教授、無事なんですか!?」
『リリアさん。ネルも一緒ですか。
であれば、合流には成功したようですね。
ブレシア隊長が拿捕されたという情報から、一か八かで連絡したのですが』
「フェムトおじさんっ、何があったの!?」
ネルはかなり切実に、彼の安否を問う。
言葉からするに、その行方すら知らなかったのだろう。
対して平坦な口調のままのフェムトに、リリアはそれを尋ねた。
『ネル、我々の状況の説明はまだですか』
「……はい。すみません」
『いえ。では私から手短に。ジスト隊長が謀反者とされた時に、
協力者である私、そして研究室も狙われる身となりました』
「えっ!? フェムトおじさんも!?」
『ええ』
それは海の向こうでもまた、
探す黒幕から同様に反撃を受けていたという事実でもあった。
そのまま、フェムトは続けていく。
『公的には62番精霊研究室は私一人の所属です。
ネルが加わった時、届け出を怠っていたもので。
ですがそれが優位に働きました。
私が奴らから逃れ、身を隠している間にも、
ネルはあなたを助けるために動くことが出来た』
「教授、今何処に!?」
『それは言えません。何重にも妨害を重ねて、
秘匿回線であるブレシア副長に連絡するという搦手を取ってはいますが、
油断はできませんから』
「あ……はい……」
声に緊迫感はないにせよ、安全と言えるものではないのだろう。
それが理解できるからこそ、ネルはまた声を沈ませる。
今度は、リリアが逆にネルの肩に手を置いた。
「リリア……」
「子供の頃から、お世話になってるんだもんね。
ネル姉、きっと大丈夫だよ」
『先にそれを伝えるべきでしたね。ともかく、私は無事です。
申し訳ありません、ネル。人の心を伺うのは苦手なもので。
ともかく。貴方達は今どのような状況で、どうするつもりですか?』
だがそれはただ、冷酷な訳ではなかったようで。
ネルに態度を詫びながら、フェムトはリリアたちに問いかける。
頷いて、リリアが通信機に呼びかけた。
「船だよ。バレン島、ってとこの近くにいるの。
ジストさんを助けに行きたいの!」
『わかりました。では、支援します。
海上要塞ベリオンの座標は、今バレン島のすぐ近く。
欺瞞され正確な場所は不明ですが、どうやら停泊しているようです。
準備が整い次第、私がミラゲンドのシステムを妨害、欺瞞を解除します。
あの巨体です。バレン島からなら肉眼で発見できるかと』
「! 出来るのか!?」
『ええ。グローリアの技術はほぼ全て精霊学に依るものですから。
身を隠す副産物で、
ベリオンのシステムへのアクセス権を入手しました。
これを用いれば、システムを妨害できます。
恐らくですが復旧まで、24時間程度は稼げるかと』
そして続いたフェムトの言葉は、
間違いなく一筋の光明と言えるものだった。
目下、破る術を持たなかった幻。それを打ち消せるというのだから。
だが。フェムトは続けていく。
『ただ、私が支援できるのはここまでです。
こちらから妨害を仕掛ければ、自ずとこちらの存在も察知されます。
また私も逃げることになりますので、あとは貴方達に託す形になります』
「そんなっ! 教授っ、またっ……!」
『ネル』
リスクとして提示されたのは、支援の限界という形。
だがそれよりも、同時に示された彼の危険を案じたネルに、
しかしフェムトは呼び止める。
『貴方達が、命を賭けて戦いの場に赴いているのです。
私も命を賭けるのは、当然のことです』
「教授……」
『貴方も、そう思ってリリアさんを助けたはずです。
私も同じですよ、ネル。
だから貴方も、畏れず進みなさい。リリアさんと共に』
それは、研究室としての上下関係という以上に。
教え導く者のように、ネルを諭す言葉だった。
暫く、黙り込むネル。しかしやがて、強い決意と共に、返事を返した。
「……はいっ」
『お願いしますよ』
(……ネル姉)
フェムトの言葉は、相変わらず平坦で感情の感じられないものだった。
それでも、これが彼らの確かな繋がりなのだと。
特に身近な、リリアはそれを感じていた。
『それでは話を戻します。
先の妨害を始めれば、恐らくそれ以上の通信はできないでしょう。
今のうちに、私が入手した情報を渡しておきます。
ノインは居ますか?』
「健在だ、フェムト教授」
『ありがとうございます。
『心』でプロテクトされている貴方への通信であれば比較的低リスクなもので。
貴方にベリオンの内部地図および、
ジスト隊長が囚われている場所の想定箇所を送ります。
面倒を掛けますが、皆さんに共有を』
「了解した」
ノインの特性にも、にわかに触れながらも。
端的に目的を伝えるフェムトに彼も了承する。
『次に、戦力の情報を。
どうやらグローリアの公な戦力としては、
乗り込んでいるのは防衛隊のゲイルチーム、ガストチームだけのようです。
テンペストチーム以下の3部隊は、グローリアで待機しているようですね』
「……では、20名足らずということか?」
「ああ、伝え忘れてたね。正確には、そういう訳じゃない」
確かめるようなリーンに、代わりにブレシアが言葉を返した。
どうやら彼女も、当然だがその内訳を知っているようだった。
「防衛隊には今回の出来事を怪しんでる奴も多い。
発生した魔物への対応のためを言い訳に、
グローリアに引っ込んでる奴もそれなりに居るのさ。
それで動かせたのは親玉の直下のガストチームと、
頭が居なくなったゲイルチームって事」
「なるほど……正確には、とは?」
「その分の足りない頭数を、違うもので補ってる。
配下のギルドや組合からかき集めた傭兵でね」
説明を受けて頷くリーン。
だが、納得は出来ていなかった。それをそのまま口に出す。
「あれほどのものを動かしておいて、その統率か。腑に落ちないな」
『ジスト隊長の処刑計画自体が、秘匿されたものであること。
思いの他ジスト隊長の人望があったという辺りでしょうか。
実のところこの計画は、
グローリアの公的な手続きを踏んだものであるかも定かではありません』
「……所謂、アスタリト原理主義者とやらが逸った結果、ということかもな」
ともかく、不明なことをそう片付けるリーン。
とはいえ、どちらかといえばそれは光明でもあった。
大きすぎる相手の実像、それが垣間見えるようで。
「うん……!
やっぱり今でもジストさんが大切な人、いっぱい居るんだ」
そしてリリアも、この説明から確かな希望を見出していた。
それはどちらかと言うと、別れ際のジストへ向けられたもので。
(だから……やっぱり。
これで終わりだなんて絶対駄目だよ、ジストさんっ!)
改めて、もう一度。リリアは、その思いを強く抱いた。
「リーン殿! バレン島に到着しました!」
「! ……分かった」
そしてその最中、突如背後から声が掛けられる。
この船の、船員からのものだった。
それはこの時間の、一旦の終わりを宣告するものでもあった。
リーンは言葉を返すと、改めてブレシアに向き直る。
「グローリア防衛隊、ブレシア。情報提供に感謝する。
だがこのアスタリトの船に攻撃を仕掛けたことは事実だ。
今後については、然るべき扱いをさせてもらう」
「ハッ、せいぜいお手柔らかに」
それは。改めて立場を明らかにする言葉だった。
アスタリトの船を襲い、そして囚われたブレシアという構図を。
それは当然ではあった。だが思わず、リリアは声を出して。
「リ、リーンさんっ! ブレシアさんは……!」
「お姫様!」
しかしそれを、他ならぬブレシア本人が咎めるように遮った。
「ブレシアさんっ……」
「今は、前だけ見てな。
腑抜けた気合じゃ、ベリオンは落とせないよ」
冗談っぽく笑いかけて。
しかし本気の言葉で、ブレシアは彼女を激励する。
「……うんっ」
そして、その思いもリリアは受け取って。
強く頷いて、それに応える。もう一度だけ、ブレシアも笑った。
(……まあ、捕虜となれば条約もある。
特に物騒なことをする訳でもないがな)
心の中で、リーンは言うタイミングを逃したそれを呟いた。
そしてこの場の会話を通信機越しに悟ったか、
フェムトの言葉も、話を締める方へと向く。
『では、一旦ここまでですね。
状況が揃ったら、ノインを通して合図をください。
もしこちらが危なくなれば、その時点でシステムの妨害を開始します。
いつまでベリオンが停泊しているかわかりません、迅速に行動を』
「分かった。協力感謝する」
「はい……教授、どうかご無事で」
『貴方こそ。無事を祈ります』
その言葉を最後に、消える通信機のノイズ。
通信自体が終了したという証だった。
それを受けて、振り返る一行。次の行動に移るために。
「リーンさん、これからどこ行くの?」
「辺境伯のはからいで、自由に使える詰所がある。
少し人数は増えたが、問題ないだろう。一旦そこで休息と作戦を練る。
ノインだったか。受け取った情報も展開してくれ」
「うんっ!」
「了解した」
小気味よくその先について話しながら、リリアは歩き出す。
多くの思いを、その胸に抱きとめて。
その思いが生み出した、様々な光明を感じる。
今は、ずっとジストへの距離が縮まったように感じていた。
(待っててね、ジストさんっ!)
――
「では、本件の採決に移ります」
とある場所にて。
深い暗がりの中に並ぶ座席、それを埋める人々。
誰一人私語なく張り詰めた雰囲気のそれは、何かの会議の真っ最中だった。
進行役を務める、この場としては幼い少女が続けていく。
「『メルキオール』、承認。『バルタザール』、承認。
……『カスパール』、否認」
しかし読み上げたその結果は、この場にどよめきを起こした。
戸惑い、混乱、そして憤り。一転して、様々な思いがこの場に満ちていく。
それを制するように、先の女性が再び声を上げた。
「静粛に! 『カスパール』、齟齬はありませんか?」
「意志に齟齬はない。我らは否決だ」
答えたのは、以前ジェネやリリアを助けたあの
この空気の中でも、毅然と揺らぐこと無くそう宣言する。
だがそれがあって尚、場の混乱と騒乱は深まっていく一方だった。
「な、何故……!? 先の議論ではなにも……!?」
「こ、これでは会議が成り立たないではないか!!」
「せ、静粛に!」
次々と投げ込まれていく、激しくなっていく言葉。
だが、彼が再び口を開くことは無かった。
「やかましい。何故もなにもあるかい」
声が響いた、その瞬間だった。
場の雰囲気が、一瞬で塗り替えられた。恐るべき、殺気による威圧感によって。
彼の背後。この場で3つある最も高い席のうち、唯一埋まっている席。
そこに座った老婆の、ギルダの。紅い瞳が持ち上がる。
「今はあの
だったら、あたしがやめろっつったらそれで終わりさ。
……だろう?」
その理屈は、あまりにも乱暴なものだった。
高位の者の意であるから、従え。この場を否定しうるほどのものだ。
だが、もはや誰も反論を唱える事はできない。
放つ雰囲気は、この場を一瞬で支配してしまった。
「……皆さんもご存知の通り、
レベルAの議題の承認には三部門全てが承認を下す必要があります。
よって本議題は否決となります。では、次の議題へ」
だが、あるいはそれに助けられたと言えるのがこの少女だったかもしれない。
強制的に静められた会議室のおかげで、その進行の権利を取り戻して。
そして彼女の意に沿うように、この議論は終決となった。
その声を聞いて、ギルダは立ち上がる。
「そうかい。それじゃ、あたし達は帰るよ。
あとは勝手にやんな。行くよ」
「……承知いたしました」
強権を振り回したかと思えば、この言い草だ。
だが誰も、それこそ
連れて会議室を出た廊下の中。
ようやく彼は、ギルダへと声を掛ける。
「……ここまで手を回すのであれば。
実際に手助けしてやればよいのでは?」
「何だい。手助けってのは、
あたしに全員殺してやれって言ってんのかい?」
「……」
彼の問いかけに、冗談のように物騒なことを吐くギルダ。
その沈黙は呆れか、畏れか。
もう一度息を吐いて、彼は話を切り直した。
「……ただ、連中もこれで引き下がりはしないでしょうね」
「ああ。もうどん詰まりなんだ。
いずれ首輪を引きちぎってでも動くだろうさ」
続く掛け合いは、打って変わって真面目なものだった。
具体的な主語を省いたそれを、しかしギルダは言葉軽く話していく。
「まあ、時間は稼いでやった。あとはどうするか、見ものだね」
「……楽しそうですね」
「否定はしないさ。あたしがやるよりは、ずっと面白い」
あるいはそれは。
この場にいないあの少女に、あるいは少女たちに向けたものであったか。
先の場とは一転した笑みを浮かべながら、ギルダは歩みを進めていった。
「さあ。
足掻いてみな、ガキども」
OverDrivers jau @dadnine9
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