33話 そう在ってくれたから

「まあ、居ないわけがないか。お姫様は!」

「ブレシアさん……! どうして!?」


 素顔を曝け出した彼女へ、リリアは叫ぶように問う。

それに、不敵ににやりと笑って返すブレシア。

笑顔ではあるが、その雰囲気は柔らかいものではなかった。


「知ってる顔か?」

「うん……ジストさんの、部下の人」


 リーンからの言葉に答えながらも、リリアの表情は呆然そのものだった。

逆に向かい合うブレシアは不敵に笑う。

港の大火を背中に、薄暗い中でもそれが分かった。


「やつの部下だと……?」

「おっと、英雄サマに余計なイメージをつけちゃったか?

 安心しな。人望がないわけじゃなかったよ。

 少しでも付き合ったんなら、わかるだろうけどね」


 その笑みには、複雑な思いが見え隠れしていて。

しかしそれごと嘲るように、彼女は続ける。


「だが……どうして、か。簡単な話だよ、お姫様。

 頭がとっ捕まったってんなら、私らは鞍替えするってだけさ。

 そんな部下ばかりだったのは、運がなかったね」

「そんな……!」

「驚くことはないだろ、お姫様。元から言ってたじゃないか。

 ゲイルチームってのは、英雄ジストへの嫌がらせのための面子が揃えられてるって」


 そして、自分たちの行いも。全てを侮蔑するように、彼女はまた笑った。

そんなブレシアの傍らへ、配下の隊員達も集合する。

ヘルメットの下。リリアを見つめる彼らもきっと、同じような顔をしていた。


「そういう訳だ。恨むなら好きにしな。

 知り合いと戦うことに躊躇するほど、俺たちの行儀は良くないぜ」

「今も隊長を救わんとしているような、君にはわからん感性かもしれんがね」

「っ! ヴァイクさん、アムズさん!?」


 同じように語りかける部下たち。リリアは、彼らの名も知っていた。

いずれもジストの元で過ごしていた際、言葉を交わしたことのある者たちだった。

そしてそれは、ブレシアが部隊名で名乗った意味を示していた。

この場で立ちはだかる彼ら全てが、旧知たるゲイルチームの隊員であるという事も。


(9人! これだけの練度と装備のある奴らが、この数か……!)


 傍らで、その光景を睨みつけるリーン。

リリアと違って初対面。だが状況の悪さは、十分に理解できた。

彼らが、ジストの直属の部下である事。それだけで、多大な警戒を抱かざるを得なかった。


「……本当に、本当にそうなの!?」


 だからこそ、リリアは彼らに叫ぶ。

彼らの笑い声も、笑顔も知っている。だから、信じられなかった。

彼らが今自嘲するように口にするそれを、素直に信じられなかった。


「あん?」

「本当に納得できてるの!? ジストさんが悪いって!

 こうなるのも仕方ないって、本当に思えてるの!?

 ……ブレシアさん!!」


 リリアは重ねて彼らへ、そして眼の前のブレシアへと問いかける。

そうではないはずだ、その意味を込めて。

少なくともリリアが見てきたジストと彼らの関係は、

とても風見鶏や場当たり的なものには思えなかったからだった。


「……よく分かってるじゃないか」


 そして。ぽつりと呟くように、ブレシアはそれを肯定する。

垣間見えた複雑な感情、その内の一つを見せるように。

哀しげに、笑みを見せて。


「ブレシアさんっ!」

「……でもね」


 それを捉えて、もう一度訴えかけるように叫ぶリリア。

しかし。続けた声と共に重なった瞳の内には、既に闘志が灯っていた。


「長いものには巻かれるのが、夢のない大人ってもんさ!

 ……やれっ!!」

「っ、きゃあっ!?」


 その会話を無理やり断ち切るかのような号令。

そして再び、ゲイルチームらの一斉射がリリア達へ襲いかかる。

いや、正確には。統制された狙いは、今回もリーンに集中していた。


「っ、ちいっ!?」


 先と同様リーンもそれを見切り躱す。

だが弾の疎密によって、明確にリリアから離れるようにコントロールされてしまっていた。


「リーンさんっ!」

「俺は俺でなんとかするっ! 

 注目は俺にあるようだっ、囮に使え!」


 案じるリリアにそう告げると、リーンは再び抜刀して大きく飛び出した。

同時に飛び立って散開し、再び夜の闇に溶け込んでいく隊員達。

その中でも、ブレシアは指示と激を飛ばしていく。


「やり方は同じだ! 5人で掛かって"閃き星"の動きを封じろ!

 残りは付いてこい! お前らは新顔のガキどもをやりな!

 あたしは……"お姫様"をやる!」

「了解!」


 そして暗闇の中、転身して編隊を組むブレシア。

そのまま部下と共に、再びリリア達へと急降下する。視線とともに、銃口を向けて。


「来るっ……!」

「下がってください!」


 身構えるリリア。そんな彼女を追い越し前に出る影が一つ。

レオナだ。その双腕に、紫色の光が灯る。それを最前線で突き出した。


「"バロンフィールド"っっ!!」


 再び輝く光。それは突き出した腕を中心に、半透明の輝く防壁を形成した。

それはほぼ同時に始まったブレシアたちの斉射を、尽く弾いていく。

そして、それだけでは終わらなかった。防壁の中で、今度はアーミィが手を上げる。


「レオナ、ナイスっ! "レギオン・チェーン"っ!!」


 鎖と化した彼女の右腕が、防壁を貫いて――いや、すり抜けて伸びていく。

掃射のための軌道から離れ、再び高度を上げようとした人影へ。


「何っ!?」

「ぎゃっ!?」


半ば不意打ちとなった鎖は、その内の一つを捕らえることに成功する。

が、大の大人に数多くの武装を纏った隊員だ。

かなりの重さに、アーミィの体が逆に飛び出そうになって。


「……あ、ありがとっ」

「なんの!」

「ああ、よくやったぜ!」


 しかしその体は、ジェネとアカリがしっかりと支えていた。

更に添えられた腕によって、膂力も加えて。

アーミィは今度こそ、負けることなく鎖を引っ張った。


「ぐおおっ!?」

「グズがっ! お前らはカバーに回れ、そしてこいつらをやりな!

 私は私でやってやる!」

「はっ!」


 それを切欠に、ブレシアの分隊は更に分かれていく。

具体的にはブレシアと、それ以外の3名だ。

落ちていく一人を追って降下する二人。

それが更に、状況を動かしていく。上からそれを眺めて、ブレシアは再び笑った。


「しかし、"夜の妖魔ナイトベール"か。

 なんでもオトすじゃないか。相変わらずの魔性だね、お姫様……だが」


 その視線は、ただ一点。

一番星のように輝く、リリアの方だけを見つめていた。

やがって、彼女も降下していく。だが、先に降りた三人に加わる訳ではなかった。


「あだあっ!? 斬られたっ……!」

「降りてくるっ……!」


 そしてリリア達は、向かい来る三人の編隊へと注目を向ける。

彼らの銃撃は防壁を突破することは出来なかった。ならばどうするか。

それを表すように、彼らもまた機械仕掛けの剣を片手に握っているのが見えた。


「白兵戦なら私の出番ですっ! さあ、来なせいっっ!」

「うんっ! ……止めなきゃ、止めさせなきゃ、こんなこと!

 ジストさんのこと、絶対みんな大好きなはずだもん!!」


 そしてアカリと共に剣を抜くリリア。

脳裏には、先程垣間見たブレシアの表情が浮かぶ。

どこか哀しげだったあの顔こそが、彼女の、そして彼らの真意だと信じていた。


(……だから、やらなきゃ!!)


 知人と戦うことに対する抵抗が無いはずもない。

だからこそそれを、理由として。

リリアは剣を握り締める。迷いを振り払うために。


「へえ、私のことも思ってくれるんだね」


 その、理外から。


「っ!!?」


 ほぼ水平、すぐ側面。その声が聞こえたときには。

既にブレシアが、リリアの直ぐ側まで迫っていた。

リリアの反応よりも早く、その身を守らんと纏われていく精霊たち。


「じゃあ今夜は! 私とデートしてもらおうか、お姫様っ!」

「あぐッ!?」


 だがブレシアが取ったのは、打撃でも斬撃でもなかった。

回した両腕が彼女の小さな体、それそのものを掴み上げていた。

そして背中の推進機が、吠えるように稼働して。


「リリアっ!?」

「ブレシア、さんっ!!」

「あんたが一番のジョーカーなんだっ、一番にやらせてもらう!

 お前ら、そいつらをそっから離すんじゃないよ!」


 このわずか一瞬の間で、リリアの体は防壁の内から掠め取られるように奪われてしまった。

ブレシアはそのまま船の後方部分まで身体を飛ばす。

リーンの戦う場とも離れている、完全に孤立した場所へ向けて。

その目的は、言うまでもなかった。部隊へ出した指令も、それを助けるためのものだった。


「離し……てっ!!」

「ぐっ!」


 抱えられる時間もまた、長くは続かなかった。

リリアは纏った精霊たちと共に、強引にブレシアの腕をこじ開けてその拘束から逃れる。

だがもう十分に、仲間たちからは距離が離れていた。

互いに転がりながらも受け身を取って。リリアとブレシアは、再び船上で向き合う。


「……ブレシアさんっ!」

「何だかんだ、ガチでやるのは初めてか。隊長が一生止めてたし。

 私としては、ずっとやってみたかったんだけどね。

 その馬鹿力も意味不明な真っ直ぐさも、ずっと興味が湧いてたまらなかった」


 ブレシアは腰に下げていた幅広の機械剣を抜く。

精霊機関に依るものだろうか。稼働音と共に輝く刀身を、リリアに向けた。


「向こうで人は斬ったかい? お姫様」

「ううん。それにブレシアさんだって、死なせたりしない!」

「峰打ちの宣言か? 私も舐められたね。

 ……だが、立派なことで何よりだ」


 しかし。リリアは二重の意味でそれを否定した。

それは誓いでも、覚悟でもある。

しかしそれを嘲笑うように返して、ブレシアはまた笑って。


そしてそれが、合図になった。


「……甘さが命取りになるのは、師匠と同じかもねっ!」


 緊張感が、極限まで跳ね上がる。


「ふんっ!!」

「っ!」


 直後。

推進機の力も合わせての鋭い踏み込みと共に、ブレシアは機械剣を振り下ろしていた。

雰囲気まで使ったその急襲を、リリアはすんでの所で剣で受け止める。

力と力のぶつかり合い。しかしそれに優位があることが、彼女の特異性でもあった。

リリアの腕に集まっていく精霊たち。やがてリリアは、逆にその剣を弾き返した。


「やあっ!」

「ちっ! ……まだまだっ!」


 強烈な反動。しかしこの結果も予想、あるいは織り込み済みであったか。

ブレシアは体勢を崩すこと無く、むしろ勢いのまま身体を回して横薙ぎを繰り出す。

しかし、それはリリアも同じだった。

弾くために振った輝く剣の軌跡は、そのまま繋がってその横薙ぎを迎え撃つ。


「でやああっっ!!」

「うおおっ!?」


 今度は、力の拮抗すら起きなかった。

リリアの剣を受け止めることが出来ず、今度は身体ごと弾かれるブレシア。

勢いを逃すために大きく身を翻して。

何とか受け身を取って着地したものの、その頬には冷や汗が伝っていた。


「はあああああああああ!」


 しかしそれを拭う間も与えず、リリアが更に踏み込んでいた。

精霊たちとともに大きく飛び出した身体は、既に再び剣の間合いまで入っていた。


「……ちいいっ!?」


 その踏み込みの勢いも乗せて、リリアは大きく剣を振るう。

ブレシアもなんとか反応し剣を構えたが、急襲を受けた形だ。

ただでさえ膂力に劣る中、急拵えの体勢で受け切ることなど不可能だった。


「ぐうっ!!」


 リリアの剣圧を受けて、再びブレシアの身体が吹き飛ぶ。

機械剣も今度こそは完全に吹き飛ばされ、その手から離れてしまった。

明確な劣勢。しかしまたも受け身を取って、顔を上げたブレシアは笑っていた。


「なるほど……こりゃ、予想以上だ」


「……ブレシアさん」


 リリアは、今度は更なる追撃は行わなかった。

それどころか。ブレシアと重なった瞳は、どこか揺らいでいて。

構えていた剣が、ゆっくりと降ろされていく。

代わりに開いた口。その言葉は震えていて、そして。


「……ブレシアさん、もうやめよう!

 思ってないんでしょ、ジストさんが本当に悪いだなんて!

 だったら……だったら、一緒に……!!」


 強く、そして切なくなった声でリリアは叫ぶ。

先に語られた理由には、今も全く納得などできていなかった。

それも、同じ思いであることが垣間見えているのに。

だからリリアは今、心を彼女にぶつけていた。説得として。


「……ハッ」


 一瞬、呆気にとられたような表情を見せたブレシア。

遅れて、一笑を浮かべた。優しさを含んだ、そんな色だった。


「ブレシアさ……」


 そんな表情を向けられてリリアの顔も僅かに緩んだ、その瞬間。


「……あぐうッッ!?」


 突如響く高い音。

遅れてリリアの右肩に、強い痛みが走った。

苦悶の声を上げる彼女に、ブレシアは立ち上がりながら告げる。


「そりゃ流石に甘すぎるよ。お姫様。

 剣の一本飛ばされた程度で、戦いが終わるわけないだろ?」

 

 いつの間にか、ブレシアの手に握られていた拳銃。

それから放たれた光弾が、リリアの右肩を撃ち抜いていた。


「う……ぐうっっ……!!」

「ここからは、私も手段を選びやしないよ」


 そして口にした言葉を証明するように、

ブレシアは背中の推進機を作動させ空へと舞い上がる。

背中に背負っていた銃器を取り出して。

そして銃口を、リリアの位置へと合わせた。


「正々堂々なんて、私の辞書にはありゃしないんでね。

 お姫様。あんたの馬鹿力と剣は、ここまで届くかい?」


 その位置は、もはや見上げなければならない程の高度。

言葉通りにもはや剣戟に付き合うつもりもない。

それを、その銃口が伝えていた。


「ブレシアさんっ……!!」


 精霊が守りきれず、血の流れる肩口を抑えてそれを見上げるリリア。

支えるように精霊達が纏ってはいるが、走る強い痛みがその動作を阻害する。

状況は一転して、圧倒的な劣勢へと追い込まれていた。

そんな状況への対処を待つこともなく、銃口が光る。


「っ!! ……ぎゃうッッ!?」


 直後、リリアは始まった光弾の掃射に襲われる。

何とか反応して大きく身を躱すが、そのうちの一つが今度は右足へと着弾した。

胴や頭への致命傷こそ避けられたものの、悲鳴と共に転んでしまう。


「足をやったか。終わりだね、お姫様」


 それを認めて、再び声を掛けるブレシア。

機動力さえ失った窮地であることを、わざわざ言葉にして伝える。

そして、それを逃がすつもりもないという意志も。


「う、ぐっ……!」

「さっき剣をふっ飛ばした時に、私の頭を割っとけばよかったのさ。

 つくづく師匠と同じで、甘さが命取りになったね」


 苦しむリリアに向けた表情は、どこか、ずっと乾いていた。

再び銃口を合わせるブレシア。非常な瞳がリリアを写す。

一切、高度を下げる様子もない。介錯ではなく、ただの止めの一撃のために。


「ブレシアさんっっ……!!」

「そんな滅茶苦茶な力があるんだ。

 その甘さが無ければ、ほんとになんでもやってのけたろうにね。

 それこそ、隊長を助け出すぐらいのことをさ」


 嘲るように、あるいはどこか諦めるかのように。

ブレシアは倒れ伏したリリアに、評するような言葉を口にしていく。

だが。それは無論、彼女に未来を残す意味の言葉ではなかった。


「残念だったね、お姫様。じゃあね」


 そして、本当に呆気なく吐かれた決別の言葉。

それと共に、ブレシアは躊躇うことなく引き金を引いた。


――

「……くそっ!!」


 一方。リリアの戦う場と離れた、船の反対側。

迫りくる無数の銃口を躱す中、状況の芳しくなさに悪態をつくリーン。


(時間稼ぎだけが目的か……! 

 くそっ、まともに援護も出来ない……あっちはどうなってる!?)


 当初の攻撃と同じような多対一による連携攻撃。

だが受けている側でも分かるほどに、その性質と目的は違っていた。

本当にリーンの行動を制するためだけの射撃。

統制されたそれが、彼の自由も反撃も封じていた。

無論、彼も負ける気などない。

だが反撃にも出ることも出来ない中、意識は、もう反対の戦場へと向いていた。


――

 この状況はまさに、彼らゲイルチームの計画そのものである。

こうしてリリア達を分断したのも無論、分断すれば勝てるという算段あってのものだ。


「がっ!?」


 それは今非情なまでに、そして意図した通りに彼らを追い詰めていた。

既に至近距離に入られたジェネの脇腹を、迫った拳が穿つ。

人間と龍人の体格差を覆さんばかりの重い一撃に、ジェネは片膝を付いてしまう。


「隊長の連れてた龍人君か。

 だがその弟子にしちゃ、ちょっと動きが悪いんじゃないか」

「ぐうっ……うるせえっっ!!」


 挑発のように語りかける相手に反発するジェネ。

その叫びは自分への喝でもあった。

だがそれでも、心は全く揃わないままだった。

それは目の前の強敵も、旗色の悪さもある。

そして今も苛まれている、身体の傷跡も。だが、それ以上に。


(畜生っ!! 早くリリアを助けに行かねえと……!!)


 何よりも先程攫われたリリアの存在が、今心を強く乱していた。

この乱戦だ。彼女が今どこへ居るかさえ把握できていない。

心を埋め尽くす強い焦りを抑えることは、もう出来なかった。


「うおおおっ、どけえっ!! "切り裂け"ッッ……」

「甘えよっ」


 だが。眼の前の強敵は、それが許される相手ではない。

その心のままに放たれた風の精霊術は、引くこともなく躱されてしまう。


「がっ!? があああああっっ……!!」


 それに反応して行動する間もなく。

気づけば強烈な蹴りが、ジェネの脇腹へと打ち込まれていた。


「動きが悪すぎるな。隊長が居たらドヤされるぜ?

 まあ、もう居ないんだけどな」

「て、テメエっ、がああああッッ……!!」


 ジストを揶揄するような物言いに猛るジェネだが、

身体に走る激痛がそれさえも許さない。

ただでさえ苛まれていた身体への一撃は、

傷口をこじ開けるかのような痛みを彼に与えていた。


「ジェネさんっ……!!」

「おっと、俺の相手がまだだぜ。嬢ちゃん」

「くっ!? ええい、押し通ります!!」


 その助けに行こうとしたアカリの前に、また別の隊員が立ちはだかる。

この場に残った者としては、最もこの間合いの戦いに優れるのが彼女だ。

体格差に躊躇うことなく、アカリは大上段に構えて飛び出す。


「"灯籠一刀流奥義、『鋼鉄断ち』"!!」

「おっと」


 その勢いを込めて振り下ろされた刀を、男は後ろ跳びで躱す。

アカリと再び視線が重なった時、既にその手には拳銃が握られていた。

向けられた銃口を認めて、彼女の脳内が激しく警鐘を鳴らす。


「くうっ!」


 その銃口が輝くとほぼ同時に、アカリはこれまでの勢いを殺して横跳びしていた。

一瞬だけ遅れて、先程まで立っていた場所を光弾が貫く。

間一髪、回避に成功していた。


「よく動くな、嬢ちゃん。

 だが、ここは抜かせねえよ。からな」

「くっ……!!」


 そんなアカリに、男は関心するように語りかける。

だが放った言葉を体現するように、一連のやり取りで下がった分を再び詰める。

それはリーンに向けたものと同様。

徹底して、この場で優れる彼女を抑え込むという作戦だった。


「ジェネッ!! "レギオン――ぎゃっ!?」

「おっと、甲斐性には自信があるんだがね! 

 よそ見はやめてもらおうか、お嬢さん方!」

「お嬢様っ!? おのれっ!!」


 そしてそれはもう一方、アーミィとレオナに当たっていた男も同じだった。

遠距離による支援も、突破も許さないことを念頭に置いた防勢。

それによる各個撃破。そしてジェネは今まさに、その最初の標的となっていた。


「ぐ、あ……」

「やれる奴からやるのが、俺たちのやり方だ。悪く思うなよ」


 苦痛に耐えきれずに倒れ込むジェネの頭部へ、

その相手だった隊員が拳銃を突きつける。救うものは、もう居ない。

窮地なのは自分でも理解している。

だが全身の痛みは、もはや動くこともできない程に強まっていた。


(ちくしょう……! おっさんが居なくなって、結局すぐこれかよ……!)


 もう出来ることは、悔しさを自分に向けることだけだった。

余りに足りていない、自分の力への悔しさを。


(俺は結局、何も出来ねえのか……!? 

 おっさんを助け出すのも、リリアを守るのも……!! 俺は……!!)


 だがどれだけ無力さに悔やんでも。

眼前に迫る銃の引き金から、指が離されることなどない。

それを視界に捉える。引き絞られるまでのその一瞬は、とてもゆっくり感じた。


(……なんだ?)


 だからこそ。ジェネは、に気づいた。


 視覚ではない、聴覚へ届いたものだ。


 何かの音が急速にここへと迫っていることに気づいて、そして。


「――させるかああッ!!!」

「うごおッッ!!?」

「なっ!?」


 直後。時間の感覚が戻ると共に、眼の前に居た男が吹き飛んでいた。

困惑するジェネの視界に、その代わりに2つの影が並ぶ。

同時に響いた叫び声は、聞き覚えのある声だった。

そして瞳がゆっくりと、その影の輪郭を確かめていく。


「……っ!!」


 そして、その正体を悟るのとほぼ同時に。

彼らは改めて、ジェネへと語りかける。


「ずいぶん調子が悪そうだな、友よ」


 この夜闇に溶け込みそうな、黒いマント。素顔を隠す仮面。


「防衛隊の精鋭が相手だ。苦戦も納得は行くがな」


 鋼鉄で構成された身体。喉から発されたものでない、機械的な声。


「お、お前ら……っっ!!」


 その二人が、ゆっくりと振り向く。


「だがお前の命、この怪盗シェイドが奪わせはしない!!」

「助けに来たぞ、ジェネ」


 その仮面から覗く、レオの瞳が。

頭部で輝く、ノインの瞳となる部分が。倒れたジェネの、熱くなった目と重なった。


――

「……あんっ!?」

「えっ!?」


 突如。リリアへ完全に向けられていたはずの銃口が、大きくぶれる。

すぐにその元凶は分かった。一本の槍が、横から銃器を貫いて刺さっていた。

その光景に、ブレシアはすぐさま脳内で危機を察知して。


「ちいっ!」


 悪態と共に投げ捨てられた銃器が、僅かに遅れて爆発した。

突然の状況の急変。だがどちらに傾くものであるのか、それは言うまでもなかった。


(た、助けてくれたの……? 誰が……!?)


 わずか一瞬の間の出来事に、リリアも見えた光景を処理しきれずにいた。

分かるのは、恐らく自分を救ってくれたということだけだ。

困惑する中、リリアはそのきっかけとなり得るものに目が留まる。


「槍……?」


 爆発により、銃と同時に吹き飛んだ槍。それは今、不自然に空中で止まっていた。

そして、ひとりでに――

いや、遠隔で操られるようにそのまで戻っていく。

それを、リリアもブレシアも視線で追って。その先に、歩み寄ってくる一つの人影を見つけた。


「……勝手なこと、言わないで」


 次に発されたのは、ブレシアに向けられた言葉だった。

静かな、しかし確かな怒りを込めた声。


「優しい事も、自分も人も深く信じるのも。

 その子の、何よりも尊い所よ。

 リリアがそう在ってくれたから、救われた人が沢山いるんだから」


 手元へ戻った槍を、右手で再び掴む。

顕になった顔は、リリアのよく知るものだった。


「そして。それはきっと、ジスト隊長にだって届くものよ。

 ……ただ諦めただけの立場で、偉そうに否定しないで!」

「ね、ネル姉ーっっ!!」


 眼鏡を通して、一瞬、リリアに笑いかけて。

そしてネルは握った槍を振り払って、ブレシアへと構えた。


「フェムト教授のとこのセンセーか。基地で何度かすれ違ったっけ?」

「ええ……"98番"ッ!」


 そして会話を交わしたと思った瞬間、ネルは不意打ち気味に精霊術を唱えた。

翳した左手の先、ブレシアを中心に黒い円柱上の光が現れる。

そして光が強く輝くと同時に、浮遊していた彼女の身体が突如下向きの強い力に襲われる。


「ああ゛ッ!? 重力操作っ……!? があっ!」


 その最中に攻撃の正体を掴んだブレシアだが、

抗うことは出来ず、そのまま船の床へと叩きつけられる。

その隙にネルは駆け出す。瞳は、勿論リリアへと向いていた。


「リリアっ、大丈夫!? 傷が……」

「ネル姉、どうしてここに?」

「色々あってね! 話は後、まずはこの場を切り抜けようっ!」


 リリアからの疑問は一旦置いて。

ネルは彼女を庇うような立ち位置で、再び前に立つ。


「……うんっ!」

「リリア、大丈夫なの!?」

「うん! 撃たれちゃったけど……今はなんか、平気!」


 彼女も再び立ち上がって、ネルの隣へと並び立つ。

そして痛みに慣れたか、あるいはかの治癒力が故か。

リリアもここまでの時間で、ある程度体の自由を取り戻していた。

そして、何よりも。

親友たるネルが現れたことが、ずっと彼女の心を強く元気づけていた。


「行こう、ネル姉っ!」

「うんっ!」


 そして、二人で向けた視線の先。


「……ちっ!!」


 増大した重力の中から逃れたブレシアが、再び立ち上がって対峙する。

墜落のダメージは、確かにその体を苛んでいるようだったが。

その瞳からは、敵意は消えていなかった。


「ブレシアさんっ! まだやる気なのっ!?」

「ああ! 私も腐ってもゲイルチームさ!

 頭数で上回ったからって、まだ勝ったなんて思うなよっ!」


 もう一度制止するリリアに、ブレシアはその戦意を顕にする。

だがその言葉は図らずも、ずっと本心に近いものになった。

それをリリアは、感じ取る。


「……誇りになるぐらいに。今も大事なんじゃない、やっぱり!」

「やかましいっ!」


 それを言葉にしたリリアに、悪態を返して。

残された最後の武器である拳銃を向けるブレシア。

ほぼ同時に、リリアが駆け出した。

精霊たちが纏われていく彼女に、ブレシアは容赦なくその引き金を引く。


「"39番、2式"っ!」

「はっ!?」


 だが放たれた光弾は、今度はリリアを捉えることは出来なかった。

突き出されたネルの槍、その先に生じた空間の歪みに巻き込まれて。

光弾は空へと消えていく。

それだけの時間があれば、もう十分だった。


「でやあっ!」

「がっ!?」


 既に格闘の間合いまで迫っていたリリア。

光を伴った蹴り上げが、ブレシアの突き出した手へと穿たれていた。


「お姫様っ……!」


 傷を追っているとは思えない程に重い蹴撃は、容易く握っていた拳銃を吹き飛ばす。

これでブレシアは、携行していた全ての武器を失うことになった。

至近距離で、再びリリアと視線が重なる。

熱く揺れるリリアの瞳が、その胸を打っていた。


「だったら……その思いも一緒に大事にしなきゃ、駄目だよっ!」


 もはや抗う術もない中。

リリアの右腕に集まり、強くなっていく光を見つめるブレシア。


(……ああ)


 その言葉は届いただろうか。

ブレシアはその直前、僅かな笑みを浮かべていた。


「"ステラストライク"っっ!!」

「があああああああああッッッッ……!!!」


 集まった精霊たちと共に。

リリアは渾身の右腕を、ブレシアの胴へと打ち込んだ。

防ぐ術もありはしない。ブレシアの体は真っ直ぐに吹き飛び、

そして壁に激突して、力なく倒れ込んだ、そこへ。


「……リリアっ!?」

「ブレシアさんっ!」


 再び駆け寄ったリリアが、彼女の身体を抱きとめていた。

すんでのところで床への衝突は避けて。その彼女の身体を仰向けに寝かせる。

再び視線が重なって、ブレシアは嘲笑うように語りかけた。


「馬鹿……だね……私がまだやる気なら、どうするんだ……

 今のうちで、ナイフの一本は突き立てられたよ……」

「……でも、やらなきゃ駄目って思ったから。

 言ったじゃない。ブレシアさんだって、死なせないって」

「……」


 返されたのは、強い信念そのもの。

ブレシアは、何を思っただろうか。

目を閉じて、ただ沈黙だけを返して会話を終わらせた。


「リリアっ」


 本当はリリアも、もっと言葉を交わしたかった。

だがリーダーを倒したとはいえ、依然戦闘は続いている。

ゆっくりと会話の出来る状況ではない。それも分かっていた。


「うん、分かってる。みんなを助けに行かなきゃ……わっ!?」


 それを最後に立ち上がるリリア。

そして駆け出そうとした瞬間、突如吹いた突風がそれを遮る。

浜風としても強いその風に、思わず顔を覆うリリア。


「リリアっ! 助けに来たぜっ……って、終わってるじゃねーか!」


 だがそれは、リリアへの追い風となるものであった。


「ニーコっ!!」

「よっ! なんか思ったより元気そうだな、リリア!」


 突風と共に現れたのは。

これまたよく知る妖精の少女、ニーコだった。

視界が開けると同時に、笑顔を交わし合う二人。

しかし状況もあって、すぐにその表情も引き締まった。


「さっきまでめっちゃ早くて強いアイツの加勢してたけどさ、

 リリアがピンチって聞いて、先にこっちやろうと思ったんだよ。

 でもネルが先に居たんだな」

「ええ。状況は?」

「レオも、あたまかちかちおたんこなすのノインの奴ももう戦ってる。

 こっちの数が増えたから、どいつもこいつも飛び回ってチクチクしてばっかだ!」

「えっ……!? レオさんもノインさんも!?」

「ああっ! お前らを助けになっ!」


 会話の中、更に明らかになる面子に反応するリリア。


(みんなっ……!!)


 付き合いは決して長くなくとも、

好きな皆が今自分の窮地に助けに来てくれた事。

言うまでもなく、それは彼女がこうあり続けたが故のものであるのだが。

それが本当に嬉しくて、リリアは心を震わせていた。

そんな彼女に、ニーコは更なる一手を掛け合う。


「でも……こっちが片付いてたなら、丁度良かった!

 飛び回ってる奴を追っ払おう! リリア、やろうぜ!

 ここなら誰にもえしさっ!」

「え……あ、あれかっ、うんっ!」


 具体的な符牒の伏せられたそれを、

しかしリリアも言い回しから理解する。

それは過去、二人の共有した時間に答えのあるものだった。


「何をするの?」

「ネル姉、こっち来て!!」

「え!?」


 故に分からないネルに、それだけ告げて。

降り立ったニーコのすぐ後ろに、リリアも立つ。そして目を閉じて。

心の指示によってか、その周囲に精霊たちが溢れるように現れていく。

同時に、彼女たちを中心として風もまた集まって。

風と光が、留まることなくどんどんその勢力を増していく。


「……え、ちょ……!?」


 それはいつしか、彼女たちを中心に黄金の竜巻と化して。

そしてなおもまた、勢力を増していく。

ここへ、強い力を圧縮していくように。


「ネル姉! あの、声の届くとこ広げる術やって!!」

「えっ!? う、うんっ! "53番"っ!」


 その最中、突如精霊術を要求されるネル。

困惑するが、ひとまずそれに答えて術を唱える。

彼女の手のひらに出来た空間の歪み……実質的な拡声器となるそれに、リリアは叫んだ。


「みんなっ! どこでも良いから掴まってーっ!」


 それは、船に散らばる全員への警告だった。

正確には敵たるゲイルチームも含め、全員に伝わる形ではあったが、

先にニーコが話した状況からすれば、都合のいい状況でもあった。


「行くぜーっ!」


 敵は空。仲間は船上。

これから繰り出す技からすれば、まさに絶好の機会だった。


『"ステラストーーーーーーム"っっ!!!!』


 二人の叫びとともに、

圧縮された黄金の竜巻が解放され、急激に巨大化していく。

それは一瞬にしてこの船を包み込むほどの勢力になり。

そして輝く精霊たちが、風速以上の力をその風に与えていた。


「が、うおおおおおっ!!」

「スラスターの制御がっ、おのれ……!」


 そして、それは狙い通りに。

空中で掴まるところのない隊員達を、大きく揺るがし吹き飛ばして行く。

流石の精鋭たる彼らだ。

そのまま飲み込まれ、巻き上げられることこそ回避したものの、

黄金の竜巻は空の結界として彼らの侵入を阻む壁となっていた。


『引き上げな』

「副隊長!?」


 その最中。通信機を通して、ブレシアの指示が彼らへと下る。

しかしそれは、作戦の失敗を告げるものでもあった。

困惑する彼らに、ブレシアは続ける。


『私はもう動けない。相手の数も増えてる。

 閃き星も居るんだ。不利につきあう必要はないよ。

 ベリオンに戻って、マルクトの指示を仰ぎな。

 叩き落されて溺れ死ぬような無様な真似、するんじゃないよ』

「……了解」


 今も黄金の竜巻に守られる船。

そしてブレシアの言葉から決心して、彼らも承諾の意志を返す。

そしてそれが、戦いの終わりになった。


――


 空中で身を翻して、船から離れていく推進機の光。

竜巻が晴れた後、それはもう見えなくなっていた。


「行ったみたいね」


 それを見送って、ネルが振り返る。

その先に、リリアの姿が映った。

技を放ったその後。

風に吹き飛ばないようにと、ブレシアの身体を抱きとめた姿だった。


「……以上だよ。あんたの勝ちだ、お姫様」


 観念したかのように、リリアに笑うブレシア。

あるいは、消極的とも言える姿勢で戦いを終わらせた事。

この笑顔は、それと関わりがないとは言えないだろう。


「うん」


 紛れもなく、リリアが呼んだ結末だった。

返事とともに微笑みを見せる彼女に、ブレシアは目を閉じて思いを馳せる。

どこまでも理想を信じてひた走る彼女に。

しかし、どこかで抱いていた羨望と共に。


「隊長は……あれだけ強いようで、どこかずっと危なっかしかった。

 周りの全てを取りこぼさないようにするくせに、自分の事は適当そのものだ。

 まるで大事なものの中に、自分だけがいないように……いや。

 それどころじゃない。隊長はどこか、自分が死ねばいいと思ってるように見えた」

「……うん」


 切り出された、ジストの話。

突飛とも言える内容は、しかしリリアが最後に交わした彼の様子と重なるものがあった。

自己犠牲というにはあまりに乾いた、あのジストの様子と。

哀しみの混じった笑みと共に、ブレシアは続ける。


「理由は分からない。

 私も皆も、隊長のことは嫌いな訳はないさ。なんとかしてやりたかった。

 だけど。あのバケモンみたいに強い意思自体が、自身を嫌ってるみたいだった。

 ただでさえ、あたしらは救われた側のロクデナシだ。

 あんな強くて気高い相手に、出来ることなんかありゃしなかった……」


 口にしていくのは、戦いの中では隠していたジストへの思いだった。

言葉にしたように、それは退いた隊員たちも同様だったのだろう。

向き合うこともできない、無力さへの哀しみ。

懺悔のように吐き出したその思いを、輝くリリアの瞳へと向けた。


「お姫様……いや、リリア。

 どうか、救い上げてやってくれよ。死ぬなって、言ってやってくれ」


 それは、哀しさの根幹に確かにあった、皆のジストへの愛そのものだった。

その全てを、受け止めて。


「……うん。必ずっ!」


 リリアは、力強く頷いて返した。

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