32話 握った繋がり、離れた繋がり
「――そうさね」
リリアは、誰かの声を聞いた。
情景は浮かばない。ただ声だけが、精神に響くかのように。
聞き覚えがあるような、ないような。女性の声だった。
「お前さんから、もうちょっと行ったぐらいの歳の時さ。
あたしを売った親兄弟共も、あたしを買ったブタ野郎も。
全員殺してやると思った時、こうなったのさ。突然に」
語り口の軽さに対して、その内容は物騒という段階のものではなかった。
奪った生命すらも嘲るように、彼女は誰かにそれを語っていく。
「そして全員殺してやった。
後はもう、相手になる奴はいなかった。邪魔なやつは全員ぶち殺してきた。
それで気づいたのさ。つまりは、あたしの力は殺すための力だ。
あたし自体が、全部殺すために生まれたんだ」
その嘲りは、いつしか彼女自身にすら向いていて。
破滅的な結論を語り終えて、声が止まる。
やがて、その沈黙を破ったのは。
「……ちがうよ」
声だけでもわかる。
二桁の齢にも達していないような、幼い少女の声だった。
「どこがだい。あたしが今まで、屍以外を生んだか?」
先の沈黙とは逆に、すぐに返される言葉。
問いの形をした否定の言葉であるのは、言うまでもない。
だが、続いた声にも迷いはなかった。
「うん」
それは、自嘲だらけの彼女の声とは真逆に。
「生きたいって、思える場所」
明るく温かな希望を含む声で、言葉だった。
再び沈黙が続く。少女に相対しているであろう女性は今、何を思っているだろうか。
ずっと続くようなそれは。
「……眼の前で親が殺されて、パーになってんのさ。お前さんは」
冗談にしてはあまりに酷な、しかし少し明るくなった声で笑った声で締められた。
そこで、リリアも完全に意識が落ちる。
――
そして。
「……ふぁ……」
次の目覚めは、現実でのものだった。
寝ているベッドから身体を起こしてすぐに、その重さを感じるリリア。
それが先日の激戦が故であることは、言うまでもないだろう。
(何か、夢見た気がするんだけど……あんまり、思い出せないや)
これまでの例と違い、リリアは曖昧なものとして夢を振り返る。
意識の覚醒も、溌剌としたものではなかった。
だが、その状態もすぐに終わることになった。
「リリアっ!!」
「大丈夫ですか!?」
「わっ!? ……アーミィに、アカリさん!」
上体を起こしたリリアを見つけて、二色の声が彼女へと飛ぶ。
アーミィとアカリだ。いずれも心配、あるいは喜びの色のある声だった。
少し離れたところに居た二人は、そのままリリアの側へと駆け寄った。
「昨日のうちに、気を失って運び込まれたと聞いて……! 痛いところはありませんか?」
「リリア、大丈夫?」
「うん。まだ身体は重いけど大丈夫! 二人こそ大丈夫?」
「私は何にしても貴方よりはずっと軽かったもの。大丈夫よ」
「私も。こんな生業ですから、傷には慣れていますし」
リリアにそのまま返された言葉にも、二人は笑って答えた。
とはいえ言葉通りに生傷自体が少ないアーミィはともかく。
モースと斬り合ったアカリからは、巻かれた包帯が衣服の隙間から見えていた。
「……リリア、包帯を変えましょう。昨日気を失ってた時に、巻かれたんですよ」
あるいは、それに憂う顔色を見たか。
リリアに先んじて、アカリは話題を変える。
余計な心労を掛けたくはなかったのだろう。
「私も手伝うわよっ」
「あ、うん! ありがとう」
アーミィもそれに乗ったことで、自然と流れも寄った。
リリアも素直にそれを受け入れて身を二人の方へ乗り出して、
その背中側からアカリは慣れた手つきで巻かれた包帯を解いていく。
そして、その素肌の殆どが露わになった時。アカリの手が、止まった。
「え……?」
「……これって?」
そして続いたのは、怪訝そうな二人の声。
信じられないものを見た、そんな声だった。
「え、そんなにひどい……?」
身体については、思いの外痛みがない事から楽観視していたリリアだが。
二人の様子に、流石に不安の色を見せる。
むしろ痛みが無いことが、かえってその材料になっていた。
「い、いえ……そうではないんですが……」
「包帯巻かれるぐらいの傷、だったのよね……?」
対して二人はそれを否定しながらも、やはり戸惑いを隠せない様子だ。
釈然としない態度。それを再び問おうとした時、
それを遮るように部屋にノックが響いた。
「リーンだ。入っていいか?」
「あ、はーい!」
続いて響いたのは、リーンの声だった。
それにリリアは、二つ返事で快諾する。
正直な所。気になる事が他にもあって、あまり深く考えた返答ではなかった。
リーンが現れたということは、間違いなく重要な話だろうという意識もあった。
だが。それは彼という存在を迎えるには、余りに相応しくない光景だった。
「リリア、起きたか……」
返事の声がリリアであった事への喜びか、少し声を明るくしながら。
部屋に入ったリーンの双眸に、映ってはならない面積の肌色が飛び込んで。
「……ッッ!!!?」
して、流石は神速を謳われる戦士であると言うべきか。
あるいは大人としての矜持とも言うべきか。
自分の脳がそれを認識しきる前に、
リーンは目にも留まらぬ速さで再び扉の奥に引いていた。
「ばっ、馬鹿!! どこが『はーい』だ、これが!?」
そしてその場から、リリアへの糾弾が飛ぶ。
今まで聞いたことがない程に感情が発露した声色は、
扉の裏、彼の表情を透けさせるものだった。
むしろリリア以上の恥じらいと、焦りと共に。
「まあまあ、包帯を変えていただけですから。
女性同士ですし、そんなに恥ずかしがらなくても……」
「俺は男だ!!
リリアは知ってるだろ、そんな姿で迎えるな!!」
「えー!?」
そしてリーンが一言でその態度を説明すると、
今度はリリアに向く視線が変わる。
背中の二人に苦笑しながら、今度はリリアが釈明する番になった。
「私、別に気にしないのになあ」
「そういう問題ではありません!
殿方にみだりに肌を曝け出すなんて乙女のやることでは……!」
「あはは、ごめんなさい……」
「でもびっくりした……男だったのね、"閃く星"って」
が、あまりに弱い言葉に今度はリリアに糾弾が飛んでいく。
とはいえ笑って迎えている様子から、
どこまで本人に響いているかは謎であるが。
「ともかく……巻くなら、早く巻いてしまえ」
一先ず話を元に戻そうとするリーン。
用事があってここを訪れたというのには違いないのだろう。
しかしそれは都合よく、彼女らが直面していた問題そのもので。
「……そうだ! それ、なんですが、すこしご相談が」
「ん?」
「……もう、リリアに残ってないんです。傷が」
そして。
先に訝しんでいたそれが、ついにアカリの口から言葉にされた。
話の内容に、リーンの態度もまた大きく変わる。
「傷がない?」
「ええ。どうして包帯を巻いていたかも、わからないぐらいに。
リーンさんは、昨日のリリアの状態を見ていたんですよね?」
「ああ。……リリア、何か着たか?」
「うん。もう大丈夫だよ」
リリアの返事に、今度は怪しげに扉の端から覗き込んで。
彼女が衣服を纏っていることを認めてから、リーンも部屋に入る。
アカリ達の側まで歩み寄るとその確認を促した。頷いて、アカリも反応する。
「リリア。少し背中上げますね」
「傷見るなら脱いだままで良かったんじゃ……」
「ほんとに怒るぞ」
小言を返しながら、リーンの目がリリアの素肌を捉える。
先日の記憶を掘り起こしながら、この光景に重ねた。
深くはないが、出血さえもあった傷。
それがあったはずの場所は、今、綺麗な生肌でしかなかった。
「本当だ。しかも、この治りよう……信じがたいな」
「何か精霊術を使ったの?」
「いや。治癒型精霊術の濫用は自己回復力に悪影響を与えうるとされてる。
戦闘中の応急処置以外にはあまり用いられない。
それにあくまで、自己回復の促進が治癒型の本質だ。だが……少し触るぞ」
「うん」
リーンが彼女の背中に手を触れる。
触感もまた、彼に新たな疑問点を加えるものだった。
リーンは話を続ける。
「傷跡が、言葉通りに全く残っていない。
そこまで深手は負ってなかったとはいえ……痛みなどもないか?」
「うん。全然痛くないよ」
この話に加わって、リーンもまた訝しげな様子を隠せなかった。
少なくともこの場では最も幅広い知識を持つ彼。
だがその知識が、新たな謎を呼び起こす始末だ。
やがてリーンは立ち上がる。意味としては、お手上げだった。
「リリア。お前の異能については知っているが……この回復力も、そうなのか?」
「ううん。今まではそんなこと無かったよ。
擦ったり転んだりしたときも、みんなと同じぐらいの治り方だったよ」
「……そうか。すまない。正直な所、俺にもわからない。
ちゃんとした医師が見れば、わかるのかもしれないが」
そしてリーンは、その不明を詫びる。
その言葉は軽くなかった。公私共に、彼女を案じる理由があるのだ。
それは無力感として、彼を苛んでいた。
だが対するリリアの様子は違った。明るい声が返される。
「ううん、大丈夫。よくわかんなくても、丁度良かったもの」
「何?」
「――これで、ジストさんをすぐ助けに行けるから!」
リリアが見ていたのは、そこだけだった。
いや、自分の体の異変に不安がない訳ではない。
それでも今は、自分の体が動くことの方が喜ばしかった。
ずっと燃えている、焦燥感があるのだから。
(――そういえば。傷がすぐ治ったのって、前もだっけ)
その中で、リリアは思い出す。
グローリアでの戦いで、船の爆発に巻き込まれたときのことだった。
その時も気がつけば、すぐに体が動くようになっていた。
(もしかしたら、あの時から?
……でもわかんないんだし、私が考えても仕方ないか)
だが、その先にあるのも結局謎だと気づいて。
リリアはそこで考えを打ち切った。
ともかく。便利になったこの体は、今の状況に必要なものだから。
「……そうか。お前がそうなら、それでいい。
ただ異変があれば、すぐに言え」
その様子に、リーンもまたこの謎を追うことをやめた。
そして扉側へ歩き出して、再びリリアへと振り向いて、彼は話題を変える。
「準備が出来たら、辺境伯の執務室に来てほしい。
これからの事を話したい。場所はわかるか?」
「うん、大丈夫」
頷いたリリアを認めて、そして彼は完全に扉の方へ向き直る。
伝えたい内容は、これだったようだ。そして歩みだしたのと、ほぼ同時に。
「それじゃあ、また後で……」
「あ! ごめんなさいっ、ちょっと待って!」
唐突に思い出したように、リリアは彼を呼び止める。
ずっと切迫したような声に、彼も勿論振り向き直す。
「どうした?」
「えっと、ジェネは!?」
それは激闘を共にした、ジェネへの心配だった。
リリアが最後に彼を見たのは、昨日の尋問前にここへ担ぎ込まれたときだ。
その安否については聞くことも出来ていなかった。
不安の色の強いその言葉に、リーンは少し、声を潜ませる。
「ジェネか。あいつは……」
――
「そんな訳で、これからよろしく頼む」
「……はぁ!?」
明朝と言える時間。
ようやく目覚めたジェネは事の顛末をリーンから危機、開口一番に声を上げることになった。
「不服か? 仲良くしろとまでは言うつもりはない。
だが目的が同じならば、協力はしてもらうぞ」
「いいや、そういうつもりはねえんだけど、っぐうっっ!?!」
話を進めても、ジェネの狼狽する様子が消えることはなかった。
それどころか、彼の体はそうさせる余裕さえ与えなかった。
昨日彼を苛んだ苦痛は、今もまだ消えてはいなかった。
「……と言いたいが、状態は芳しくないか」
「う、うるせえ……! これぐらい、何でもねえッ!」
体への激痛、そして心の混乱。
リーンの案じるような言葉にも反発してしまう程に、
ジェネは今余裕を無くしてしまっていた。
(なんで、なんでそんな事になってんだ!? 俺が寝てる間に、何があったってんだ!?)
そう簡単に飲み込めはしなかった。
ジストが、その身を犠牲にする形でグローリアの軍勢を引き上げさせた、など。
ジェネがそう思うのは経緯ではない。こうなってしまった理由に向いていた。
それは聞いて答えが返るものではない。今もまだ、その謎こそが敵であるのだから。
だが、それ以上に。
(そんな時に……おっさんが、リリアが、そんな目に遭ってる時に……!!
俺は何呑気に寝てたんだっ、くそっっ!)
彼自身にその責があるかというと一概には言えない状況とは言える。
ジェネの身体はリリア以上に限界だった。
それは今も、彼の身体を苛んでいる程なのだから。
「こんぐらい訳はねえっ、がああ……!!」
だがそれは、彼にとってはなんの救いにもならない。
ただ悔しさと怒りを原動力に起き上がろうとして、その度に身体に走る激痛に呻いて。
それでも、力を抜くことは出来なかった。そうする自分を、許すことが出来なかった。
その最中。倒れた身体が、ベッドの外へと傾いてしまう。
「がっ!?」
「無理をするな。体に障るぞ」
だがジェネが倒れ込むことは無かった。
それを支えて、諌める言葉を重ねるリーン。
叱るでも、怒るでもなく。彼はただ、それに徹していた。
「くっ、そおっ……」
しかし他人の助力を受けて尚、という所はきっかけになったか。
ようやく諦めたかのように、ジェネは身体をベッドに預ける。
握りしめた拳。何度か深呼吸を繰り返して、ようやく彼は落ち着いた声を出した。
「……リリアは?」
「この館の別室だ。おそらくまだ寝てる」
「……」
しかし。握った拳の行き先も今は見えないまま、ジェネはただ俯く。
何も出来なかった後悔。そして今も何も出来ない悔しさが、その胸を焦がしていた。
「……」
そんな彼を、ただ無言で見守るリーン。改めて、彼の若さを思う。
だが年下とはいえ、年齢はジストほど離れてはいない。
素直な自分への憤りには、どこか共感さえ感じていた。一度息を吐いてから、口を開く。
「何も出来なかった、しなかったのは俺も同じだ。
俺が戦うと決めたのは、その埋め合わせもある。
――俺たちの立場は、何も変わらない」
「……」
「その怒りは、戦う時まで取っておけばいい。俺もそうする」
それは、彼自身の喋りの具合もあって歪なものにはなったが。
だが確かに、彼なりの励ましの言葉だった。
相変わらずの無表情で、わかりづらいものではあったが。
「……ああ」
解ける、ジェネの手のひら。
その言葉は、どうにかジェネの心を支えるに至ったようだった。彼も改めて、息を吐く。
その中で、リーンとまともに話も出来ていなかったことに気づいた。
昨日の彼への感謝も、まだ伝えてなかったことも。
「リリアのこと、ありがとよ。こっちこそ、よろしくな」
「ああ」
ジェネの言葉に小さく返すと、リーンは壁に掛けていた松葉杖を手に取る。
どうやら、彼が運んできたもののようだった。
「龍人に合うか分からないが、できる限り大きなものを借りて来た。
その体だ、入り用になったな。好きに使え」
「あ……」
だが、それに対するジェネの反応は芳しくない。
それはすぐにリーンにも勘付いた。
「どうした?」
「……リリアは、おっさんを助けにいくつもりなんだよな」
「ああ」
ジェネの確認するような質問。
それは、どこか自らに向いたものでもあった。
暫く俯くようにしていたジェネが、顔を上げてリーンを見据える。そして。
「俺の体の事、黙っててくれねえか。リリアに」
「……論外だな。相手がどこだと思ってる」
決心と共に伝えられた頼み。
だがそれは、リーンによって一瞬で切って捨てられた。
それを許すほど、彼は甘くもなく、楽観視もしていない。
「わかってる……」
「なら尚更論外だ。
お前が死ぬだけに留まらない可能性など、無数にあるんだぞ」
その態度は、一切の軟化を見せなかった。
重ねてその頼みを断じるリーン。
いや。言われずともジェネ自身もわかっていた。
自分の願いが、支離滅裂であることも。でも。
「わかってる……でも!
リリアの邪魔だけは、したくないんだ……!
あいつは行けば、絶対にやれる! だから行けない理由は作りたくねえ!」
それでもジェネは、願いを叫んだ。
尊敬と友情と愛情と、無数の思いの重なったリリアへの感情。
そして、その側に居る自分への戒めを。
「……」
尚も、リーンの無表情は崩れない。
その願いが響いたのか、否であるのかもわからない。
ただじっと彼を見つめるジェネ。
やがてその視線の先で、リーンは大きく息を吐いた。
「崩壊の可能性を見過ごしはできない」
そして続いた言葉は、先と同じ意志のものだ。
だが。その雰囲気は、先程までと僅かに違っていた。
それは、続く言葉が表した。
「本調子でないことは伝えさせてもらう。
……その上で。痩せ我慢がやりたいなら、好きにしろ」
「……え」
それは妥協点とも、甘さとも言えるもので。
しかしそれに、共感が関わってないとは言い切れなかった。
――
(――メンタルケアまで引き受けたつもりはないぞ、ジスト)
リリアの質問を受けて、この場には居ないジストに思いを馳せるリーン。
ジェネの前でそうしたように、再び息を吐いて。
そして、リリアに答えた。
「お前ほど万全の状態ではないが、無事だ」
それは。彼の気持ちに、沿った形になっただろうか。
ポジティブな印象が先行するような言い回しを取って。
「本当!? 良かった……!」
「とはいえ完治には程遠い。治るまでは戦闘は避けたほうがいいだろう。
やつにも執務室に来るように伝えている。何はともあれ、そこからだ」
結局、リーンはそんな言い回しでジェネの状態を説明した。
嘘はついていないと言えばそうなるような、あとは彼の態度次第という具合に。
(これで、よかっただろうか)
目を潤わせて喜ぶリリアを前に、今もリーンの迷いは消えなかった。
――
「リリアでーす、失礼しまーす」
そして、少し時は進んで。
「なんだ、お前達も来たのか?」
約束していた辺境伯の執務室にて。
リーンはまず現れた面子にそれを尋ねた。
中心人物であるリリア、だけではなかったからだ。
「私はリリアの友ですから!
友が苦難の道を進むというのなら、助けない理由はありません!」
「そうよっ! 私だって、リリアのためなら何でもやるわ!」
「私もお嬢様も、リリア様に命を救われた身。
お嬢様がリリア様にご助力するとあれば、
このレオナも、全身全霊を掛けてお手伝いします」
それにアカリが、アーミィが、そして彼女に仕えるレオナが応える。
いずれも、リリアがこの旅で作った強い縁によってここへ来ていた。
それを、少し離れたソファから見て。先に到着していたジェネが笑った。
「……すごいやつだよ、リリア」
「ジェネ! 大丈夫!?」
彼の存在に気づいて、リリアは真っ先に声を掛ける。
嬉しさと喜びで一杯になっている彼女に笑い返して、
しかしその中でジェネはより一層の覚悟を決める。
「ああ、なんとかな」
体に走る苦痛を、絶対に表に出さないようにと。
それを端から見つめて、リーンはまた呆れたように息を吐いた。
「ともかく。戦力があるに越したことはないだろう。
アスタリトは都合、このリーンしか出せんのでな。情けない限りだが」
「ううん、そんなことないです。リーンさん、とっても強いし!」
「一枚剥がせばただの悪童だ。好きに使い給えよ」
「……辺境伯。話に入りましょう」
小言、あるいは毒づきか。
冗談のような悪口に、リーンも思わず口出しする。
一笑して、ドグマは咳払いをした。
「ああ、この辺りにしておくか。それでは一同、座りたまえ」
「ありがとうございます! みんなもっ」
「はいっ! 失礼いたします」
そして用意されていた椅子に、リリア達一行を通して。
ドグマは、この場を用意した理由となる話を始めていく。
「この町を救われた恩があるのは、我らも同じ事。
ジスト殿を救出するという話は聞かせてもらった。
リリア嬢、可能な限りは手助けさせてもらおう」
「あ、ありがとうございます!」
感謝を返すリリアに、ドグマはもう一度笑みを見せる。
そして視線で、リーンに促した。それを受けて、彼が最初に口を開く。
「まずは何にしても、ジストの救出だな。
口ぶりからして、軽い刑ではないだろう。刑罰が下されるまでに救出を要する」
「通常、あれほど名の響いた者であれば大々的に処刑を広報する。
本拠地たるグローリアに送った後、刑を下すだろう。
だがグローリアに潜むこちらの手のものからは、現在そうした情報はない。
秘密裏に実行される場合があり得る。
その場合は、刑場はあの海上要塞だろうな」
「それじゃあ……もう危ないってこと!?」
「その可能性がある。しかも敵は海上だ。
貴公らは一刻も早く、海上での機動力を手に入れる必要がある」
最初に整理された状況は、早速、苦難の言葉ばかりが並んでいく。
自然に、最初の目的は決まっていた。ドグマがそれを言葉にして続ける。
その表情が、苦く染まっていく。
「……心苦しいが、直接この港から船を貸し与えるわけにはいかん。
警戒もされておるだろうが、それ以上に。
グローリアとアスタリトの衝突は、奴らの望む所であるようだからな。
その切欠とされかねん」
「うん。大丈夫」
直接的な助力ができない理屈が故の表情だったが、
リリアはそれを素直に頷いて受け入れる。
「すまないな……だからこそ、そこで一計を案じたい。
モースら兄妹の護送に先んじて、パスティオ調整用の兵士を派遣する予定だ。
それに密かに同乗し、道中の
「バレン島?」
「ここからグローリアの港の、ちょうど中心程にある島だ。
ここも中立地域だが、アスタリトの影響が強い」
聞き慣れない言葉を聞き返したリリアに、リーンが答える。
頷くドグマ。意図したもの同じ場所のようだ。そのまま流れるように続ける。
「あそこの領主にはいろいろと貸しがある。私から手紙を出そう。
そこで船を借りるといい。
グローリアに向かうにしろ、あの要塞を急襲するにしろ。
それが最も悟られづらいだろう。」
「だ、大丈夫なの?」
「ああ。文句は全てドグマに言えと言っていい。その旨も記しておく」
リリアの心配は、あるいはドグマが毒づいた領主に向けてのものだろうか。
だからこそか、ドグマはそれさえも一笑に付した。
そして、一度息を吐いて。
「……それに」
その雰囲気が、わずかに変わる。
これだけの手助けを重ねて、なお。
ドグマの言葉には、申し訳なさが浮かんでいた。
「私にできるのは、せいぜいここまでだからな。
もっとも危険な要塞の攻撃には、何の手助けもしてやれん。
受けた恩を返すにはあまりに足りんが、せめて活かしてやってくれ」
「……」
一方で。今度はリリアの様子も変わっていた。
ドグマの言葉に、考えるように押し黙って。
「リリア、何か腑に落ちないか?」
「ううん。助けてくれることを疑ったりは、してないけど……
むしろこんなにしてもらって、いいのかなって。
辺境伯さんも、それに、みんなも……!」
そしてリリアは、その気持ちを口にした。
険しいことが目に見えている、ジスト救出への道。
それに、皆迷うこと無く協力してくれること。
あるいはドグマのように、その上でなお足りぬことを詫びること。
それを受けるその気持ちを、咀嚼しきれずにいた。
「……いいんだよ」
その答えは、背後のジェネから返ってきた。
「恩にしても、情にしても。
お前が頑張ったから、生まれたんだ。
……だから、お前のために頑張りたいってだけだよ、みんな」
「ええ。そうですよ、リリア」
「うん、うん!」
ジェネの意見を肯定するように、アカリも、アーミィも笑いかける。
「――リリア嬢。君はきっと、人の心を動かし続ける者になるだろう。
だからこそ、君に動かされた者たちの思いを受け取ることも学ぶといい。
抱えるわけでも、背負うわけでもなく、な。
それはきっと、君をより大成させる」
そして眼の前のドグマも。
あるいは無表情のままのリーンも、眼差しで。
リリアの、今の在り方を肯定した。
まだ、心の中でしっかり理解できたわけではないけれど。
「……ありがとう、みんな」
伝えるべき気持ちはこれであると、リリアはそう答えを出した。
「うむ。ともかく、状況は急を要するだろう。
今日の午前にはパスティオへ船を出すように指示してある。
もう準備も出来ているだろう。リーン、手続きは頼んだ」
「はっ! それでは皆、先に船着き場に行っていてくれ」
「うん!」
それを最後に、次は行動へと手早く状況が移っていく。
リーンの言葉、そしてリリアの返事を合図に立ち上がっていく一行。
その最中、リリアは改めてドグマへと向き合った。
「何から何までありがとう、辺境伯さんっ」
「いや、これでも受けた恩にはまだ足りん気持ちだ。
武運を祈る、リリア嬢」
「うん!」
もう一度、意志の力の漲る輝く瞳を見据えて。
ドグマはどこか、普段は勘定に加えることのない直感を信じたくなった。
きっと、彼女はやりとげる。そんな予感だった。
「そういや、バゼルさんは?」
「ああ、また収監したぞ。
あの場で働いてくれたとはいえ、余罪と相殺というにはまだまだ足りん」
「あ、そうなんだ……」
――
「しかし……お前がアスタリト以外のために動く事があるとはな」
そして、皆が先に出た執務室にて。
残ったリーンに、ドグマは感慨深げにそう語りかける。
「……」
「深堀りはせんさ。陛下も常々、お前の徹底的すぎる姿勢を憂いていた。
私から説明はしておく。きっと良い傾向だと喜ばれるだろう。
最も、私はここでお前と会う最後の機会だろうがな」
「最後?」
しかし。
沈黙を貫いていたリーンだが、ドグマのその言葉には反応した。
穏やかではないような内容。だが、ドグマは口軽く答える。
「当たり前だろう。私が此度、どれほどの失態を犯したと思っておる。
裏切り者に数年に掛けて騙され、町にも領民にも被害を出した。
運よく命を拾えれば、その時はお前の小間使いとしてでも雇ってくれ」
「お断りします。第一、陛下があなたをここから動かすはずがない」
重い言葉とは対象的な冗談のようなその頼みを、
しかしリーンは切って捨てる。
その主軸は、陛下と呼んだその者にあった。
「そう思うか。
……信賞必罰は王たる者の原則と、お伝えし続けているのだがな」
「貴方が身を崩されるほうが、陛下や我々にとっては都合が悪いということです。
恨むなら、そんな立場になったご自身を恨むべきですね」
「むう……」
そして会話の流れで上を取られてしまい、口ごもるドグマ。
そんな彼に一笑だけ返すと、リーンもまた入口へと振り向いた。
「では、私も発ちます。
「……うむ。リーン、武運を祈る」
――
そして。
リリアは今、再び眼前に広がる大海原を見つめていた。
とはいえ行きの時とは違い、屋内から狭い窓を通してだが。
そしてそれだけでも、行きの際の光景とは大きく違うものを見つけていた。
「早いんだね、アスタリトの船って」
「これは軍用のものだからな。
帆に受ける風も専属の精霊使いが術で起こしてる。
荷物も軽い。商船とは比べ物にならない速度だ。
おそらく、今日の夜にはバレン島に着くだろう」
「へえ、真ん中ぐらいの島なんだろ?
行きのときは5日掛かったから、そりゃ早えな」
殆ど動く景色のない大海原の中にあってなお、
この船の速さは十分に感じ取れるものだった。
「へえ……! 船って、こんな感じなのね!?」
「アーミィ、乗るの初めて?」
「うん!」
して、外の景色に目を輝かせているのがもう一人。
そんなアーミィに、リリアも行きの時の自分を思い出しながら話しかける。
「お嬢様、あまりはしゃぎ回ると酔ってしまいますわ」
「酔うって?」
「体質によっては、船に乗ると気持ち悪くなったりする人も居るらしいですよ?」
リリア以上にそれが態度に出ているアーミィ。
それを案じるように、レオナとアカリも声を掛けていく。
「そういえば、私ぜんぜん酔わなかったなぁ。初めて乗ったのに」
「今回の目的を考えると、あまり船外に顔は出せない。
ここにあるのも小さな窓だけだ。
一般的に外が見えない場合、船酔いは酷くなる傾向にある。
注意しておいた方がいい」
「へえ……」
船という移動方法について、その経験値は人それぞれだ。
リーンのその知識は、そのまま彼の経験値を表すのだろう。
彼からの蘊蓄に耳を傾けながら、リリアはまた外に目をやって。
(待ってて、ジストさん……絶対助けるから!)
いまだ見えない海上要塞、そして囚われたジストへと思いを馳せていた。
死を受け入れたように見えた彼は今、どうしているだろうか?
伝えたいことは、雨の明けたあの時から変わってはいなかった。
「……うっ」
そんな空気を一変させる、アーミィの呻いたような声が響く。
「お、お嬢様?」
「アーミィ?」
確かにあれほどはしゃいでいたと言うのに、ここ暫くは妙に静かだった。
振り向いてみれば、それもまるで夢であったかのように俯いていて。
ゆっくりと上げられた顔は、ひどく青ざめていた。
「……ぎぼぢわるい……」
「お嬢様っ!?」
「ほらー!」
して。もはやどこか予想できていたかのように、
アーミィは船酔いに冒されてしまっていた。
完全にダウンしてしまった彼女に向けて、様々な悲鳴が上がっていく。
「……ふう」
それを見て、自分の助言の行く末を思って。
リーンは呆れたような視線を向けていたが、やがて口を開く。
「……隣に用意した仮眠室がもう一つある。休ませてやれ」
「うん! 私運ぶよ、そのまま様子診てるね」
「ああ」
そのままリリアに担がれたアーミィ、
そしてそこに着いていったアカリとレオナを見送って。
リーンが振り向いた先で、ジェネと視線が合った。
「あーあ、しょうがない奴だな」
「お前もだぞ」
「……」
それは、たまたま合った視線ではなかった。
リーンの鋭い視線が、ジェネの冷や汗を捉える。
アーミィと同じ船酔い、でないことはもう言うまでもなかった。
言外にそれを指摘されて、ジェネは思わず目を逸らす。
「ここも仮眠室だ。お前も休んでおけ」
「別にっ……こんぐらい、どうってことねえ」
そして言葉にされてなお、ジェネは半ば強がりさえも見せる。
リリアが近い事が、彼を意固地にさせているのだろうか。
リーンも、なんとなくそれを察していた。
「……」
「どわっ!?」
故に。彼はもう、説得を選ばなかった。
わずか、瞬きほどの間。
その一瞬で、ジェネの体はそのまま座っていた場所……
仮眠用のベッドへと倒されていた。体には衝撃も痛みは無かった。
力任せですら無く、リーンはそれを成し遂げていたようだった。
「な、何して……!?」
遅れて状況に反応するジェネ。
そんな彼に、リーンは顔を近づける。可憐な顔だが、それを楽しむ余裕などなかった。
その鋭く厳しい目が、それを許さなかった。
「こんな所で無駄に消耗するな、と言ってるんだ。
つべこべ言わずに横になってろ」
「でもよ……!」
「痩せ我慢も、やるならやり通せ。
もしリリアが戻って来たら、酔ったとでも言っといてやる」
そして改めて、リーンは説得となる言葉を口にする。
先の約束の際に交わした言葉を意図的に流用したものだった。
それでようやく、意固地になっていたジェネの態度も軟化していく。
「……わりぃ」
「分かってくれたのなら、それでいい」
それが伝わって、リーンも押さえつけていた手を離した。
そのまま改めて、片輪へと座るリーン。
色んな思いを込めて、しかしそれを掃き捨てるように息を吐いた。
――
そんな騒動がありつつも、その船旅は至って平和と言えただろう。
まるで、嵐の前の静けさであるかのように。
そう。彼らは、これから嵐に飛び込む者たちなのだから。
「……船が止まった?」
それは、外を見ずとも感覚だけで感じ取っていた。
リーンは小窓から外を見る。もう随分日が落ちて、殆ど得られる情報は無かった。
ちらりとジェネの方を見る。回復に努めているのか、反応は無かった。
「起きてるか?」
「ん……ああ」
一旦声で彼を起こすと、リーンは少し判断に迷った。
既に有事とするべきか、否か。もう少し考えて、二の句を繋いだ。
「……もうすぐ上陸する。目を覚ましておいてくれ」
「ああ、わかった」
「俺は上の様子を見てくる。すぐ戻る」
選んだのは、後者だった。
それは、仲間でありつつも彼らは庇護する存在であるという自負もあった。
言葉を残して一人で外へと出るリーン。視線が切れた瞬間、彼は駆け出す。
足はそのまま船外、甲板上へと向かっていた。
「何があった!?」
「リーン殿! あれを!」
「なっ……!?」
彼を認めてすぐに、甲板にいた兵士の一人が連携する。
だが、その言葉を待つまでもなかった。
この暗い海の中で、それはあまりにも目立っていたからだった。
それはこの暗い海を照らす、激しい光。
だが人工的に輝かせたそれではない、燃え上がる炎による光だった。
「……港が、燃えている!?」
目的地となる島は、すでに大きさを目で図れるほど近くにまで迫っていた。
その港となる場所が、真っ赤に輝き染まっている。そう、燃えていた。
「どういうことだ……!?」
「今小舟で斥候を出し状況を確認中です。船も停泊させていますが……」
「それでいい。まずは状況把握に努めよう」
続いた報告に肯定を返して、リーンは引き続き燃える港を見据えて。
そして思考を全速力で回す。この状況、その仮定のために。
(何だ? ただの火事……は、楽観視が過ぎるか?
あの規模だ、まともに止めているようにも思えない。
襲撃による焼き討ち……グローリア!?
いや、中立地域相手にそこまでやるか!?
だが、だとすれば斥候が無事に戻るかも怪しい……!)
考えるべきは、最悪の可能性だ。
リーンは更に思考を深めていく。
(……もし、グローリアの仕業なら。あの大火を前にしているのなら)
そしてすぐに、そこへたどり着いた。
その、最悪に。
(この船はもう、見つかっているんじゃないか?)
リーンは目を凝らした。眼の前の燃え上がる光に。
そこに、いくつか黒点のような影を見て。それが、大きくなっているのを見て。
そして確認と共に、大きな叫び声を上げた。
「隠れろっ! 敵襲だ!!」
直後。大きく……いや、
そこから無数の光弾が、甲板に掃射されていく。
「うわァッ!?」
「ぐっ!?」
上がっていく悲鳴。もはや疑うまでもない、攻撃だ。
すぐさま身を隠したリーンが、上空を見上げる。
敵の正体を、そこでようやく捉えた。
「……人……やはり、グローリアか!!」
夜空に滲む、人間の五体としてのシルエット。
そしてその背中から左右に放たれている、
おそらく人を浮遊させるための何某かの光。
それだけで、相手が何であるかを理解するに十分だった。
(……来るっ!)
視線の先、集まっていた人影が再び散開する。
彼はそれを攻撃の合図と捉えて、そして抜刀と共に飛び出した。
全身を殺意の緊張感が襲う。直後、再び複数の影がリーンを狙って光弾を打ち出した。
「くっ!」
複数方向からの射撃。だがリーンはそれを全て避けきってみせる。
だが反撃、とは行かなかった。この暗闇、加えて彼は白兵戦用の装備であり、そして。
「データ照合完了。早速のボス登場、"閃く星"だ」
「了解。こいつからは狙いを外すな。絶対に5人以上で当たって、好きにさせんなよ」
「了解」
「……くそっ」
暗闇から漏れた声。
相手の数もわからない中、彼は逆に狙いを集められている。
絶望的な状況。思わず握った得物に、力が篭る。
(大した兵員は積んでない。
防戦一方、このままではジリ貧だ……なら!)
だが、彼の心持ちは絶望からは程遠かった。
暗闇に微かに浮かぶ影、その一つを見据えて。一瞬、強く息を吸って。
それが、彼だけの合図になった。
「こちらから攻めてやる……! "エクスレア"っっ!」
直後。文字通りの神速によって、彼の姿がそこから消える。
「どこに行った!?」
「バカっ、狙いを外すなっつったろ! 誰も捉えてねえのか!?」
「逃げたのか……!?」
「んなわけあるか! 油断すんな!!」
その一瞬の転身は、誰にも捉えられなかったようで。
混乱が相手の一団に広がっていた。
威勢よく発破を掛けている女性こそ、その様子は見えないが。
それ以外の人員には、確かな動揺が見える。
それこそが、彼の狙った隙だった。
その瞬間、もう一度神速が走る。
そして、次の瞬間には。
「……はあああっ!!!」
リーンは空中に浮かぶ敵の一人、その眼前に達していた。
「何っ!? うおおおっっ!?」
そのまま間髪入れずに振るわれた直剣。
それは手に持っていた銃器を盾に、あるいは身代わりに防がれる。
だがもう一方、反対の手に構える直剣を防ぐ術はもう、残されていなかった。
「まず、一人ッ……!」
「ぐううううっ!!?」
だが。
「……油断すんなっつったろうが、ボケ!!」
二度目の攻撃は、その肉体へとは届かなかった。
割り込むように現れた別の兵員……
威勢よく声を上げている、あの女性の構えた剣によって防がれていた。
その彼女と、至近距離で視線が重なる。
「ちいっ!?」
「へえ、噂通りの美形じゃんか。私の趣味とは違うけどね」
とはいえ、被っていたヘルメットによってリーンからの視線は通らなかった。
一先ず気にする余裕もなく、リーンは一旦甲板上へと着地する。
滞空する術を持たないが故の宿命。しかしヘルメットの奥で、彼女それを見逃さなかった。
「逃さないよ。さっきは厄介なことになったからね。
……やれっっ!!」
彼女の号令によって、周囲の兵士が一斉に掃射を開始する。
同時に走り出すリーン。なんとか、その射撃を受けること無く避け続ける。
「くそっ……!」
いや。避けさせられている。リーン自身も直感したが、従うしか無かった。
そして避けさせるための攻撃、その終着点は言うまでもない。
「悪いが、格上相手なんでね。数の暴力でやらせてもらう」
「っ!!」
その間合い、既に至近距離。
神速たるリーンを捉えて、彼女が剣を振りかぶっていた。
迷いはない。避けられないことに、確信を持っているかのようだった。
「……させないッッ!!」
その凶刃は、届かなかった。
直後、船内から飛び出す輝く光が見えて。彼女こそが、最初にそれを確信した。
それをなぜか、ヘルメットの奥で笑みを浮かべて迎えて。
「"ステラフェアー"ッッ!!」
「がッッ!!?」
直後。
精霊に包まれたリリアの飛び膝蹴りが、そのヘルメットを捉えていた。
「リーンさん、大丈夫!?」
大きく吹き飛び船上へと転がっていく人影を見送って。
着地したリリアが、そこに立っていた。
「すまん、助かった……大丈夫だ、まだ戦える!」
「大丈夫か、リーンさん!? 俺もやるぜ!」
「すみません、出遅れました! 助太刀します!」
そして追って、ジェネとアカリが姿を表す。
この状況だ。一瞬で戦いの中にあることを理解して、構えた。
「副隊長!」
「……焦んな……! まだやれる」
その、視線の先で。
リリアに蹴り飛ばされた女性が、立ち上がる。
言葉にしたように、クリーンヒットとはいえまだ限界には程遠いようだ。
彼女はそのまま、大きく凹んでしまったヘルメットに手を掛けて。
「あーあ、ヘルメットがパーだよ。相変わらずやりたい放題か、
「……っ!!」
その言葉は、明確にリリアに向けられていた。
だからこそ、リリアは言葉を失った。
聞き覚えのあるこの声が、その呼び方が、誰のものであるかを。
「ま……好きにやらしてもらってんのは、私らも一緒だけどね!」
取り外されたヘルメットから、その素顔が露わになる。
「……ブレシアさんっっ!!?」
彼らの、その胸元には。
ジストと同じ防衛隊の1番隊、ゲイルチームの標章が留められていた。
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