第2話:絶対仲良くなったるわ!
準備が出来たら呼ぶから待っていろと言われて、僕は3年3組の扉の前で待機する。
今村先生がクラスに入った途端、クラスメートの喋り声がぴたりと止んだ。それから椅子を後ろに引く音が聞こえ始め、朝礼を告げるチャイムの音が鳴り響く。
先生の喋り声が大きいので、何の話をしているかは扉越しでも簡単に把握することが出来た。
彼は数学担当らしく、三時間目の数学の授業では小テストをするらしい。数学なあまり得意でない僕は、はあと肩を下ろす。多分クラスメートの何人かも同じ動作をしただろう。
「ダメや。春休み、ずっと怪異退治しとって全然勉強する時間なかったわ。小テスト、いい点取れるんやろか」
ぽつりと呟き、先日路地裏で遭遇したダンゴムシのような怪異のことを思い出した。あの日は転校手続きをする前日で、用意に追われながらの任務だったので、かなり精神的にも負荷がかかったっけ。思ったより強くなくて安心したけど。
と物思いにふけっていた僕は、今村先生の「桃宮ー! おい聞いてるかー? 入って来いって!」という声でハッと我に返る。どうやら、中々返事をしない自分に何度も声をかけていたらしい。
「すんません!今行きます!」
と僕は慌てて返事をし、扉を開けて教室の中に入った。
教卓の前へと進む中、クラスメート三十人が自分を興味深そうに見つめる。注目されるのは嫌いじゃないけれど、こうも見られるとやっぱり恥ずかしい。なんだか、アイドルにでもなった気分だ。
教卓に立った僕を確認し、今村先生はよく通る野太い声で言う。
「本日から新しくクラスに加わる桃宮だ。みんな、仲良くしろよ!」
その後、白いチョークを自分に差し出した。これで名前を書けということらしい。
若干背の低い僕は背伸びをしながらも、決して上手とは言えない文字を黒板に綴る。
その後、姿勢を正して前を見据え口を開く。教室前方の生徒と何人か目が合うが、臆することなく堂々と声を張った。
「京都から来ました、桃宮朔です。新しい環境で分からんことが多いんで、皆さんに色々教えてもろたらな思います。よろしくお願いします」
一息に言い、深く頭を下げる。
パチパチという拍手に混じって、「京都だって」「方言かわいい」「てかめっちゃ顔、整ってない?」「背ぇ低いな、女子みたい」「方言あざと男子。良きだわ」「性癖にぶっささってる」などという声が聞こえてくる。
いくつかツッコミたいものもあったが、今はやめておこう。
あと誰だ、背が低いって言ったの。
先生の指示で通路を歩き、自分の席に腰かける。窓際から二列目、一番前の席という微妙な位置だが、教卓の真ん前ではないだけ有難いと思おう。
僕が席に着いたのを確認して、先生は再び教卓の前に立ち、朝の会の締めとなる一言を口にした。
「よーし。それじゃあ、新しい仲間と共に、今日もいっちょ頑張ってこう。では、また三時間目の数学で会いましょう。みんなちゃんと真面目に勉強しろよ」
「ひっど。言われなくても、ちゃんと勉強するっつーの。なあお前ら?」
クラスのムードメーカーらしき男子が一際大きい声で反論し、周囲を見回す。
一同がやや遠慮気味に頭を下げるのを見て、今村先生は苦笑いした。
(どうなるか思っとったけど、温かい雰囲気で安心したわ)
あとは、あまり焦らずに自分のペースでやっていこう。
無理に完璧を求めることはないし、少しずつ慣れていけたらいいな、と心の中で思った。
□■□
朝礼が終わった後、クラスメートがぞろぞろと僕の机の周りに集まってきた。予想していたことだが、『転校生』という存在は注目の的となってしまうようだ。
「京都ってことは、普段から舞妓さんとか見かけるの?」
「住んでたとこって、神社とかお寺の近く?」
「好きな芸能人とかいる? 深夜のドラマとか観てたりする?」
矢継ぎ早に質問されて、思わず胸の前で両手を振ってしまう。これが俗にいう好奇心の集中砲火というやつだろうか。生徒の興味津々な様子が、爛々とした視線や語尾の上がり具合から大いに伝わってくる。
「待って待って! 一気に話しかけんと、順番に喋ってや。聖徳太子ちゃうんやから!」
僕は一旦彼らの質問を制し、深呼吸するタイミングを作った。
息を吸って吐き、心の焦りを落ち着かせてから、多数寄せられた質問に答えていく。
「舞妓さんは見たことないなぁ。花街行ったら見れる思うけど、僕が住んどったんは田舎の方やったし」
「京都弁が上品やって? あんまり意識したことないけど、そうなんかもしれんな。うちの兄貴は、上品いう言葉が似合わんくらい毒舌な奴やけど」
「芸能人はよう知らんわ。あんまりテレビ見んしなぁ。ごめんな」
クラスメートは「へえーっ」と感心したように頷く。
確かに東京と京都はかなり距離があるし、行くとしても修学旅行や旅行くらいのものだろう。つまり彼らにとって僕の話は、自分の知らない世界を知れる貴重な情報というわけだ。
そしてそれは、こちらも然りだ。
会話を続けていると、彼らの口からは聞きなじみのない単語が次々と飛び出した。例えば、「タワマン」や「タピ活」、「メトロ」や「
「タワマン? 塔みたいなマンションて、どんなんなん?」
「メトロて、地下鉄のことなん? なんで横文字やねん」
「109て、なんの暗号や?」
疑問を口にしては、その都度説明してもらい、「ほへーっ」と目を丸くする。東京には自分の知らないものや単語がまだまだ沢山あるみたいだ。追々知っていこう。
と、質問がある程度途切れたところで、一人の男子がチラリと視線を僕の隣の席に座る女子の方へとやった。
肩まである長い髪はボサボサで、あまり手入れされていないのが分かる。顔は割と整っていたが、目にかかる前髪のせいで少々野暮ったい印象を受けた。
「桃宮、隣の
「夜月……?」
男の子・鈴木くんは、うんと頷いて静かな調子で言う。
「そう、
「へぇ、独特な名前やな」
「うん。昨年度の冬休みに転校してきたんだけど、未だにあんまり返事しないんだよ」
彼の隣に立っていた足立くんも話に同調する。
「でも、別に無視してるってわけじゃないんだよな。なんか、話すのが苦手そうな感じ?」
「ちょっと怖いよな、あの雰囲気。謎めいてるっつーか」
自分の話をされているのに、夜月さんは黙々と文庫本に目を通している。
僕は彼女に、鈴木くんが言ったような「怖い」という感情は抱かなかった。近寄りがたい壁のようなものは感じたけど。
せっかく隣になったし、仲良くなりたい。距離を詰めることで損をすることはないはずだ。それに。
(怖いって話やったけど、めっちゃ可愛いやん)
この可愛さが分からないなんて、鈴木くんたちは見る目がないなと思う。
整った鼻筋に、雪のように白くて透き通る肌。まるで魔法のようにぱっちりとした大きな瞳が、どこまでも深く、見つめているだけで心が揺れる。
京都にも可愛いと思う子は何人かいたけれど、ここまで惹かれる子に会ったのは初めてだ。僕は小さく鳴る胸を服の上から掴みつつ、勇気を出して夜月さんに声をかけた。
「隣よろしくな。あんた、めっちゃ可愛いなぁ」
思わず口をついて出た言葉に、自分でも驚いて顔が熱くなった。今のはちょっと言い過ぎたか? いや、でももう後には引けない。このまま言えっ! 頑張れ僕!
「な、仲良くなりたいんやけど、これから話しかけてもええかな⁉」
夜月さんは本から顔を上げ、まじまじと僕の顔を見た。前髪の隙間から覗く瞳が、光の反射でキラキラと輝く。
何か言おうとして唇を開きかけ、すぐ閉じ、また開きを繰り返し三分くらい経ったあと、ようやく彼女は僕の欲しかった最高の台詞を呟いた。
「……別に、いいけど」
「ほんまっ⁉」
僕は思わず夜月さんの両手をギュッと握る。嬉しさで声が上ずり、少し震えた。
(やったー! 頑張るで! 絶対、夜月さんと仲良くなったるわ!)
憑きもん!~霊能力者に休息なし⁉ 波乱の日常始まりました!~ 雨添れい @mikoituki
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