第1章:君と僕と非日常
第1話:結構ハードな任務ちゃう?
春の麗らかな日差しが窓から差し込む、ある晴れた日のこと。
僕こと
とある事情で生まれ育った京都から東京に引っ越してきて早一週間。
新しい生活の場となるK市立第二中学校は、住宅街を抜けた小高い丘の上にある木造の学校だ。
今年で築六十周年を迎える伝統のある校舎は、春休み前まで通っていた京都のオンボロ学校とは違って、丈夫でどっしりとした作り。
都会は色々なものが大きくて立派で、思わず「わ……」と感嘆の声が漏れた。
背中に背負ったリュックを揺らしながら校門から中に入っていくのは、勇者が冒険へと出かける時のような臨場感があって。心臓がとくとくと脈打ち軽やかに跳ねたあの感覚は、そう何度も味わえるものではないと思う。
だがしかし、誰だって知らない場所で新しい一歩を始めることになったら、楽しみという気持ちだけで自分の感情をまとめることは出来ないだろう。
実際、僕の右手は緊張で微かに震えていた。
自分の明るさには結構自信があったけれど、それでもやっぱり怖いものは怖い。
同じ都内の学校からならまだしも、遠く離れた地方から来た自分など相手にされるのだろうか。
けれど悠長に考えている時間はない。あと数分で、クラスでの朝の会が始まるのだ。
今ここでこの入り口から中に入らなければ、担任の先生にも会えないし自己紹介の打ち合わせも出来ない。
(最初の印象が肝心やって、兄貴が言うとったな。深呼吸して、とりあえず普通に挨拶する。それでいけるはずや!)
とうとう僕は意を決して、職員室の引き戸を豪快に開けた。
建付けの良い扉はバンッ!という派手な音を立て、スルスルと横にスライドした。職員室で作業をしていた先生たちが、その音に驚いて一斉に顔をこちらに向ける。
その視線にビクビクしつつも、すうっと息を吸い込み言葉に空気を含ませる。頭の中で散々繰り返していた台詞は、案外あっさりと外に出た。
「こんにちはぁ。桃宮朔ですけど、今村先生、いてはりますかー?」
その声に気づき、奥でデスクに向かってノートパソコンをいじっていた若い男の先生が、「おう、桃宮!」と僕を手招きした。
言われるがままに僕は近くに駆け寄り、「おはようさんです」と頭を下げる。
大学を去年出たばかり・教師一年目で、上下紺のジャージ姿というラフな格好を好んでいた。話した感じ、朗らかで気さくな性格でかなり好印象。
「一週間ぶりだな。元気にしてたか?」
「おかげさまで何とか」
今村先生は嬉しそうに笑って、「朝の会のことなんだけど」と椅子に座ったまま身を乗り出した。
「俺が最初、生徒に挨拶するから、呼んだらクラスに入って自己紹介をしてくれるか?」
「分かりました。頑張りますわ」
おう、と先生は頷いた後、ふと表情を暗くし怪訝そうな目である一点を見つめる。
目線の先にあったのは、僕が左手に抱えている黒い竹刀袋のようなケースだ。
ビニール製で、時折生地が制服のズボンに当たって擦れる音がする。
「それ、やけにでかい荷物だな。なにが入ってるんだ?」
「あの、えっと、その……竹刀です。剣道やっとりまして」
慌てて言い、僕は視線をそろりと横にそらした。
ツーッと、背中から冷や汗がつたう。言葉が滑らかに出てこなくて、口の中がカラカラに乾く。普段はおどけて言うことが多いけれど、今日は少しだけその口調がぎこちない。
実はこの中に入っているのは竹刀ではなく、本物の長剣だ。
なんでそんなものを持っているのかは後で説明をするとして……。とにかく、詮索されたら溜まったもんじゃない。
慌てて上手いこと誤魔化し、ホッと肩を下ろそうとしたけれど。
「ほお! あんた、剣道やってるのか! 今度うちの部の見学に来たらどうだ!」
話を聞きつけた今村先生の後ろの席の熱血そうな男の先生が、やや熱を込めて叫んだ。
僕はさらに委縮しながら、ぺこぺことお辞儀をし、「そ、それはまた今度、行こせてもらいますぅ」と苦笑いで乗り切る。
「まあ、部活の話は後でゆっくり考えたらいいよ。まずは学校生活に慣れるところからだな」
返答に困っていることを一早く察した今村先生が、すかさずフォローを入れてくれる。
ポンと肩に手を置かれ、張り詰めていた心がフッと軽くなる。まだ出会って数日しか経っていないけれど、僕の脳は『信用できる人リスト』に彼の名前を挙げ始めていた。
「そろそろ行くか。教室まで案内するよ」
「了解です。ほんなら、失礼しました!」
僕は先生方に向かって挨拶をし、今村先生の後に続いて職員室を出る。数分前に頭の中を支配していた不安は、もうすっかり無くなっていた。きっと、先生の温かい声掛けがあったからかな。
目的地である3年3組は、リノリウムの廊下を渡った突き当りに位置するらしい。
始業式から数日が経過し、生徒もようやくクラスに馴染んで来たところだと先生が教えてくれる。
良かった。この感情は自分だけが抱えているものではないらしい。
その情報が聞けただけでも、なんだか救われたような気がした。
「多分今頃、『椅子と机が一個増えてる』って、みんな騒いでいるだろうなあ」
と今村先生がくすくす笑う。
クラスのメンバーが一人増えるのだ。騒がない方がおかしいだろう。果たしてみんな考えているようなキャラ像に自分は合っているのかと、僕も少しドキドキしてきた。
◇◇◇
僕の日常は、『フツウ』じゃない。
なぜなら、僕は自身の霊力を用いて怪異と戦う霊能力者だからだ。
長剣をこっそり学校に持ってきている理由も、いつどこで現れるか分からない怪異を除霊するため。それが自分の仕事であり使命。
日本には霊能力者が一定数いて、現代社会に溶け込みながら日常を送っている。その人数は少ないが、子供から大人まで、幅広い年代の術者が任務にあたる。
霊能力者の御三家である桃宮家に生まれた僕は、幼少期から様々な訓練を受けて育ってきた。
霊能力が未熟な子供を育成し、一人前の術者に育てる霊能力者の教育機関・【
僕は一ケ月前まで、そこの京都支部に所属していたのだが、引っ越しと同時に東京支部に移ることとなった。
ACEの任務で、とある組織の情報をつかむよう指令から言い渡されたためだ。
その組織の名前は、【ヴィンテージ】。
なんでも、怪異の心臓を人間の体に移植し、新たな力を得るための実験を行っているらしい。噂によれば、人体実験を受けているのは幼い子供のようだ。何とも胸糞悪い話だ。
そんなわけで、僕は敵組織の尻尾を掴むためにこの東京・K市へ移ったのである。
ACEの情報によれば、敵のアジトはこの街のどこかにあるらしい。霊能力者を出来るだけ多くK市へ動員させる、そして霊能力の扱いに長けている御三家の人間を東京支部に所属させることで、ヴィンテージの捜査がより効率的になるというわけだ。
「普通の中学3年生」として生活を送りながら、裏でヴィンテージの情報を探る。
これが桃宮朔に課された課題であり、やらなければならないことだ。
(これからはうまくやらんとな。霊能力を隠すのは少し面倒やけど、なんとかなるはずや)
今村先生の後に続いて廊下を歩きながら、僕は気持ちを引き締めるように、少しだけ胸を張った。
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