憑きもん!~霊能力者に休息なし⁉ 波乱の日常始まりました!~

雨添れい

第0話:プロローグ

 東京・K市。街灯がまばらな住宅街を、僕は一人で歩いていた。

 ズボンのポケットに入れたスマホを取り出して時刻を確認する。

 深夜の二時五十分。


 明かりと言ったら、数メートル先にあるコンビニの灯りとか、信号機の光ぐらいだ。たまにマンションの部屋の明かりがつくこともあったけど、それもすぐに消されてしまう。


 微かに聞こえるのは、遠くの車のエンジン音だけ。霧が薄っすらと漂って、肌寒さが骨に染みる。


 人々が完全に寝静まった夜の中を、靴音を立てず慎重に一歩一歩進んでいく。睡魔に負けかけて、途中あくびをしかけたけど、夜の冷たい空気が自然に頭を冷やしてくれて、なんとか堪えられた。


「はぁ……。春になってだいぶ温かくなってきたけど、やっぱ夜は寒いな。コートでも羽織ってくればよかった。こんな軽装で来るんじゃなかったわ」


 今の自分の服装は、白いワイシャツの下に黒いズボン。シャツの上にはお気に入りの桃色のカーディガンを羽織っていて、そのカーディガンごと腰をベルトで固定している。ベルトには金具がついてて、高硬度のステンレス鋼製の小型の戦闘用ナイフがシースに入れて吊るされていた。


 僕は、とある場所で立ち止まる。商業ビルに挟まれた路地裏で、横幅は約1.5メートル。コンクリートで舗装された道の奥にはドラム缶式のゴミ箱があり、大量のプラスチックのペットボトルや容器が無理やり押し込まれていた。


 ベルトに取り付けたポーチから通信機を取り出して、電源ボタンを押す。ブブブッというノイズ音が流れて、その後すぐにブツッという接続音が聞こえた。その音を確認して、機器を耳に当てて報告する。


「こちら、桃宮ももみや。目的地に到着しました」


 機械越しに、しわがれた低い男性の声が響いてくる。年齢は五十歳後半ぐらい。子どものころからの付き合いだけど、本人が頑なに実年齢を隠すので正確な歳は未だに分かっていない。


「ACE指令部の桑田だ。敵はどうだ?」

「まだ見当たりません」


 通信機を耳に当てたまま、ゆっくり辺りを見渡す。しいんとした静けさが漂う中で、ハエかアブかの羽音がやけにうるさく聞こえる。それ以外に怪しい気配もなく、不審な動きも見つからなかった。


「霊検知器は確認したか?」


 言われて、僕は通信機の『検出』と書かれたスイッチを押す。この通信機はレーダーも兼ねており、敵の居場所を特定できる機能がついている。でも、ランプは反応しない。試しに霊力を少しだけ放出して、敵の霊気を感じ取れるようにしてみたけど、それでも異常はなかった。


「教官、そんなん無くても霊気くらい自分で感じ取れますわ。でもまだ見つかりません」


 少しムッとして言うと、すぐに教官の怒声が通信機を通じて耳に流れ込んできた。興奮しているのか、若干声が上ずっている。


「あほ!お前なあ、余計な霊力使うな言うとるやろ!戦いの前に温存しとかんかい!」


 叱られて、僕は「へいへい」と適当に相づちを打った。


 自分が持っている霊力は周りの人間よりちょっと多いとは言えるけど、使い過ぎると戦闘時で使える量が減ってしまう。そして霊力の消耗は心身や肉体に大きく影響を及ぼす。けど分かってるとはいえ、なんだか自分の力を舐められてるような気がして仕方なかった。


 その時だった。

 突然、ピリッと空気を切り裂くような冷たい殺気を感じて、反射的に振り返る。


「…………っ!」

「シャアァァァァァ!」


 路地裏の奥、さっきまで何もなかった場所に、体長二メートルはあろうダンゴムシのような形の化け物が現れた。体から伸びてる多数の脚が、うじゃうじゃと蠢いている。


 月明かりに鈍く反射する光沢のある外殻、節くれだった足が地面を掴むたびに低い音を立てる。見間違えるわけがない。自分が倒すべき敵・だ。


「……現れました」

 

 通信機を通して報告する声が、少し震えた。

 

 こいつ、自力で霊気を調整できるタイプか。放出する霊気を最小限に抑えることで気配を消していたのだ。くそ、自分の霊力コントロールの精度を上げるべきだったか? 


 しかし、今は過去の迷いを考えている場合ではない。むしろ、向こうから姿を現してくれて良かった気がする。おかげでこちらも戦闘の準備を整える時間を作ることが出来る。

 

 

「どうした?大きさは?」

「二メートル……いや、もっとあるかも。甲虫型です」

「やれそうか?」

「問題ないです。すぐに除霊します!」


 僕はシースからナイフを抜き取り、右手に構えた。握る手に力を込め、冷たい刃の感触を確かめる。背中にじんわり広がる汗と、緊張で早まる心拍。それでも心を落ち着けるように深呼吸をし、敵の動きを見定める。


霊力付与ヴィゴール・スピリトゥス!」


 ナイフを握る右手がぼんやりと青白いオーラに包まれる。オーラは凝集して球体へと変化し、すうっとナイフの刃先へと吸い込まれていった。瞬間、刃先の先端がノコギリのように鋭くなり、怪しげに発光する。

 

「さて、どっちが先に仕掛けるつもりや?」


 そうつぶやきながら、少しずつ後ろに体重を移し、いつでも動ける態勢をとる。敵の小さな脚がコンクリートをこすり、カサカサと不気味な音を立てて迫ってくる。圧倒的な体格差があるとはいえ、こちらには霊力を込めたナイフがある。それに、いくつもの修羅場を越えてきた自分の経験もだ。


 僕は敵の動きに集中する。ほんのわずかでも隙を見せれば終わりだ。次の一瞬で、相手の巨大な体が動いた。胴体を地面に押しつけるように全身をしならせ、一気に跳躍してくる。


「来たな!」

 

 素早く横に飛び退りながら、ナイフを振りかざして敵の脚を狙う。一撃で仕留めることは難しいが、少しでも動きを鈍らせることができれば勝機はある。刃先が月光に照らされてキラリと鈍く光った。


「シャァァァァァ!」


 ダンゴムシのような怪異は耳をつんざくような奇声を上げ、その巨体を揺らしながら突進してきた。地面を這う無数の脚が、コンクリートを砕きながら進むたび、周囲に響く重々しい音が緊迫感を増幅させる。


「くっ!このっ‼」


 横に素早く飛び退ると同時に、ナイフを逆手に構えて敵の脚を狙った。敵の脚がガシャンと地面に突き刺さり、粉じんが舞い上がる。その隙に一気に間合いを詰めた。


「これでどうや!」

 

 宙に舞った体を空中で軽くひねり、着地の衝撃を最小限に抑える。僕は両足で、敵の背中へ飛び乗った。


 霊力を込めたナイフを振り下ろし、甲殻の隙間を狙う。鋭い金属音が響き、敵が鋭い声で悲鳴を上げた。脚がバタつき、巨大な体が揺れる。それでも僕は退かず、さらにもう一撃を狙った。


 温存していた霊力が指を通して武器に注入されていく。ナイフが発する輝きは更に強まり、刃先はより鋭いものに変化した。そのことを確認して、僕は妖の外殻に思いっきりナイフを突き刺した。

 

「おらっ!観念せえ――――ーっ‼」

「ギャアァァァァァァ‼」


 その声はまるで空気を裂くように響き渡り、路地裏全体を震わせる。巨体が痙攣するたびに、足がばたつき、地面をさらに砕き散らす。


 刹那、敵の体が不気味な光を帯び始めた。内側から眩しい白い光が漏れ出し、徐々にその輪郭を溶かしていくようだった。まず脚が光に包まれて消え、次いで体の中心が崩れ始める。


 怪異の体は完全に発光体と化し、細かい粒子となって空中に散っていく。光の粒はまるで星屑のようにキラキラと輝きながら、徐々に夜の闇に吸い込まれて消え去った。



 


 

 

 

 

 

 






 

 

 

 

 

 






 

 

 

 

 

 




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