最終話

ほこら、見に行かない?」


 わたしが提案したところ、セツナは了承してくれた。


 二つ返事――いや一つ返事だった。


 というかたぶん、わたしの言葉なら、たいていのことは聞いてくれる。


 それだけの感情を向けられてるってことは、過去のわたしもなんとなくは察していた。


 わたしとしか話さず、登下校もわたしと。ご飯を食べる時だって、わたしとだ。


 セツナの世界にはわたししかいないのか。


「その通りだが」


 なんて声が聞こえてくる。


 昔のことを思いだしてるんだから、ちょっと静かに。


 ――強めに言ったら、セツナは口元に手を当てていた。


 ……こういうイヌっぽいところが、わたしは好きなのかもしれない。


 それに、わたしのために反論してくれたことは、嬉しかったし。






 村の決まりで、巫女みこになることが定められていた。


 当然ながら、わたしに拒否権はなく、まあ、拒否するつもりもない。


 でも、怖いことは怖かった。


 あなたは巫女に選ばれました。神様の下へ向かってください。


 なんて言われても、はいそうですかってすぐに飲みこめるわけがない。


 そうしなければ世界が滅亡するって言われてもさ。


 あの中に入ったが最後、どうなるのか。


 本当に巫女になるのかもしれない。


 セツナの言うとおり、生贄いけにえになってしまうのかも。


 結局は巫女になったんだけどね。


 死ぬことを、それよりひどい目に遭うことを恐れてたのはホントだ。






 祠の前にたどりついたのは、夕暮れのこと。


 空は暗くなりつつあり、村の方からはひび割れた『赤とんぼ』がかすかに聞こえてきていた。


「ハンマーで壊そうとしたのは、少し後のことだな」


「そんなことしてたの?」


「知っているくせに、わざとらしい」


 確かに知ってはいる。こうやって過去へ来れるのだから、その瞬間を見れないわけがない。


 祠を壊そうとして、セツナが村の人たちに捕まる瞬間までばっちりだ。


「よく逃げだせたね」


「たまたまだ。あるいは神に愛されてるのか」


「その神様、ろくでもないと思うけどね」


「そっちこそ」


 まあ、そうだよね。


 セツナが聞いてくれるわけがない。


「セツナは、わたしのことを助けるためにやってるの……」


「そうだ。それ以外はどうでもいい」


「みんなも? この世界も?」


「ああ」


 じっと見つめられると、顔が熱くなってくる。


 その覚悟は、わたしには重すぎる。


「でも意味がないかもしれないよ」


 無限の並行世界には、同じ数だけ祠がある。


 セツナによって祠が壊される前に、わたしは神様を移動させる。


 移動させた先の祠にセツナがやってきて、また壊す。


 そのときにはもう神様はそこにはいない。


 いたちごっこだ。


 しかも、祠が壊される予兆がわかる分、わたしに分のいい勝負。


 セツナが眉間にしわを寄せ、ため息をつく。


「それなんだ。ケイが私に協力してくれなければ、どうしようもない」


「やめないの」


「やめないね。ケイを助けるためなのだから」


 セツナはそう言って、わたしを見てくる。


 協力して、とは言わないところが、セツナらしくていじらしい。


 ――わたしはどうすればいいんだろう。


 ここ最近、ずっと考えてることだった。


 でも、その回答が見えてきた気がする。


 セツナと久しぶりに会って、確信を持てた気がする。


「そっか」


 世界に壊れてもらいたくない。


 セツナに死んでもらいたくない。


「ちょっと――ご飯でも食べない?」


「いきなりどうした」


「ほら、昔のわたしたち、今ごろセツナの手料理を食べてるでしょ?」


 わたしが言えば、セツナが「あー」と口にする。


「そんなこともしたなあ。あれは大変だった」


「大変だったの」


「何度も怪我しながらつくったんだ。料理一度も作ったことがなかったから」


「それで絆創膏ばんそうこうだらけだったんだ」


 セツナが顔を赤らめていた。


 過去のセツナもそんな風に、肉じゃがを出してくれたっけ……。


 わたしのためにつくってくれたんだ。


「それがどうしたんだ?」


「だからさ、今回はわたしがつくってみました」


 じゃーんと効果音を口にしながら、なにもないところからお弁当箱を取りだす。


 わたしは時空間を超越した存在だ。その辺が四次元ポケットになったみたいなもので、いろいろなものを空中から取り出せる。


 手作りお弁当だって、ほらこの通り。


「これ、いっしょに食べない?」


「ケイの手料理……」


 じゅるりとセツナがよだれを落としかけて、次の瞬間にはハッとしたようにキリッとさせる。


「油断させるつもりか?」


「違うってば。セツナってば、わたしのこと信じてくれないの……?」


 うっ、とセツナがうめく。


 わたしは別の意味でうめいていた。


 心が痛くて痛くてたまらなかった。






 わたしはセツナの頭を撫でていた。


 セツナはすうすう寝息を立てている。


 なぜか。


 わたしがお弁当に一服盛ったからだ。


「ごめんね」


 ここでセツナをどうにかしていた方がいいとは思う。そっちの方が世界にとってはうれしいだろう。神様にとっても。


 巫女であるわたしなら、セツナを殺すことができる。


 でも、友人としてそんなことはしたくない。


 だから、わたしに失望してほしかった。


 好きになるほどいい人間ではないと思ってほしい。


 食べ物に睡眠薬を入れるやつなんだなって思ってほしかった。


「ホントごめん」


 膝枕しているセツナの顔は穏やかだ。その顔が悲しみにゆがんでいるところを想像するだけで、心はしめつけられた。


 でも、これがわたしの選択。


 世界を捨てることなんてできやしない。


 まして、セツナを殺すことなんて。


「これで諦めてくれるといいなあ」


 そうはならないような気もする。


 でも、それはそれでいいような気がしないでもない。


 空を見上げると、星がまたたいている。


 おうし座のスピカ。


 どうやら、もう夜らしい。


 夜風を感じながら、訪れた静寂せいじゃくを、久しぶりに会った友人の温かみを、今しばらく味わうことにする。






 ある時、ある世界。


 光る神様を抱えて歩いていたわたしは、声を聞く。


「久しぶり」


 そんな声を聞けるとしたら、それはきっと、降りしきる雪の中に違いない。

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祠を守るわたしと、壊すきみ 藤原くう @erevestakiba

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