第3話

 神様はどこにでもいて、どこにでもいない。


 これを説明するのは難しい。


 例えば、エヴァレットさんによれば、世界は選択のたびに無数に分裂していく。分岐した世界は、他の世界の干渉を受け付けない。すべて独立して存在する。


 神様はその並行世界すべてに接している。


 それは惑星と宇宙の関係性に近いのかもしれない。神様は宇宙に広がる真空で、わたしたちがいる世界っていうのが、惑星に当たる。


 意味わかんないよね。だから、神様はすごいやつだって思って。そしたらだいたい合ってる。


 神様につかえてるわたしも実はすごかったりする。


 具体的には、ありとあらゆる世界・空間・時間に現れることができた。


 けれど、普通のヒトに干渉できないし、向こうからもされない。


 そうしたとき、わたしを認識できるセツナは、普通じゃないってことになる。






 久しぶりに会ったセツナは、何も変わっちゃいなかった。


 もちろん、先ほど入っていった過去のセツナと比べたら、そりゃあ違う。


 ツンケンとした雰囲気はどこへやら。


 制服だって、髪だって、身長だって、おっぱいだって……何もかも変わってない。


 でも、わたしへ向けられてる感情は、確かに違うんだ。


 今の虚無うろなしセツナと、出会ったころの虚無セツナとでは。


 わたしは突然のことに、呆然ぼうぜんとしていたと思う。


「うん、ひさしぶり」


 かろうじてそう返し、わたしはセツナの前に立つ。


 視線が私を上から下までめていって、くすぐったい。


「ケイはまったく変わらないな」


「そっちはずいぶん変わったみたいだけど」


 セツナが肩をすくめる。過去のセツナでは考えられないようなしぐさに、びっくり。


「変わらざるを得なかった」


「ほこらを壊すために?」


「ケイを助けるために」


 セツナがわたしをじっと見つけてくる。


 その打ちのめされそうなほど実直な視線には、惑星みたいに重い感情があった。


 セツナの手が、わたしの手を取る。


 そっとギュッと指が絡まってくる。


 わたしという存在を確かめて、逃さないようにするかのように。


「くすぐったいよ」


「好きだ」


「……知ってる」


 わたしが、セツナが言うところの生贄いけにえとなる日、わたしはセツナから告白された。


 困惑した。


 なぜ、わたしなのか。


 なぜ、今なのか。


「踏ん切りがつかなかったんだ。ケイがささげられると知ってれば――」


「捧げられるんじゃないよ。これがわたしたちの使命なの」


「精神が崩壊するまで神様の奴隷になることがか」


 セツナの口元がゆがんでいた。ここにはいない神様への侮辱ぶじょくにじんでいた。


「そんなのはおかしい」


「世界を守るためだもん」


「ケイがする必要はない」


「ううん、わたしじゃなきゃダメなの」


 言い伝えによれば、わたしの家の女性が巫女みこになると。


 ひいおばあちゃんが、おばあちゃんが、おかあさんが巫女になった。


 そして、わたしもまた巫女になった。


 ぎゅっと繋がれた手にセツナの爪が食いこんで痛い。


「大昔に押し付けられただけだろう。だれもやりたがらなくて」


「そんなこと言わないでほしいな」


 わたしの言葉に、セツナの目が一瞬揺らいだ。でも、すぐに元に戻った。


「いいや、言わせてもらう。こんな無意味なことをする必要はない」


「世界を守ることが、そんなに無意味なことかな」


 言ってみてなんだけど、胸元に冷たい風が入りこんでくるような気がした。


 実感があまりない。今でこそセツナがほこらを壊して回るから、神様を移動させるという仕事があるんだけど。


 でも、それまではただただぼんやりとしていた。


 神々しい球体のそばでじっと。


 実際のところ、神様がいなくなったときになにが起きるのかはわかっていない。


 幸いなことに、そうなったことは一度もないしね。


「ケイだって無意味だと思ってるんじゃないか」


「……前から思ってたんだけど、どうやったの」


 わたしは露骨に話題を変えた。


 セツナが目を細める。


 痛いくらいこめられていた力が、フッと和らいだ。


「似たような神様に祈っただけさ」


「似たような神様……」


 セツナが手をつないでいない左手を空に広げる。


 ポッと手のひらの上に現れたのは、球体。


 玉虫色の球体。


 それはわたしが仕えている神様にそっくりだった。






 その球体は、ひどくまがまがしかった。


 見ているだけで頭がどうにかなりそうだった。


「なにそれ」


「さあ。名前は知らない。が、おそらくはケイの神様と対になる存在だろう」


「対になる……」


「もしかしたら、戦っているのかもしれないな」


 そういえば、ほこらの石板に描かれていたのは、2つの球体。


 色が塗られていなかったけれど、もしかしたら、あれは金色と玉虫色だったのも。


「くわしいんだね」


「ふふん」


 自信満々といったように、胸をそらすセツナ。そういえば、セツナの胸って人よりも大きい。


 それに比べて、わたしは小さい。


 時の流れから離れたことで、わたしは年を取らない。


 セツナよりも胸が大きくなることもないってわけだ。それは、ちょっと残念。


「触るか」


「……なんで?」


「いや、じっと見つめていたではないか」


 たゆんと胸が突きだされる。セツナが空いている方の手で、セーラー服のリボンをいじっている。


「ケイならさわってもいいぞ……」


「いいよ別に」


「そんなこと言わずに」


 押し問答が何度か続いた。


 わたしは何度も首を横に振り、そのたびに、セツナはため息をらす。


「どうしてだ?」


「抜け出せなくなっちゃいそうだから」


 セツナという底なし沼からさ。

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