第2話

 セツナと仲良くなったのは、たまたまだ。


 ただ、席が隣だっただけ。


 さっき説明した通り、セツナは遠巻きに見られるようになってしまっていた。まるでアイドルのように、だれも近づこうとしない。


「あるいは動物園のライオンみたいに?」


 いつだったか、セツナがそうこぼした覚えがある。


 まあ、それも当たらずとも遠からずってところはある。


 近寄ったら、口と目で一刀両断だし、遠くから見ていた方がずっといい。


 とにかく。そういうことだったので、2人組をつくるとなるとセツナと組まされた。


 実のところ、わたしも友達はいなかったから、当然っちゃ当然か。






 社会の授業で、フィールドワークを行うことになった際も、わたしとセツナはペアを組むことになった。


 誰も組んでくれないから、自然とそうなった。


「よろしく、那由多なゆたさん」


 なんてセツナは言うけれど、ぜんっぜん歓迎ムードじゃない。話しかけてくんなオーラをひしひし感じる。


 とはいえ、話しかけないわけにもいかない。


 正面の黒板には、村のことを調べましょう、と書かれている。


 教室にはだれもいなかった。クラスメイトはみんな、村へと飛びだしていった。


 村に住んでるんだから、何がどこにあるのか知ってるんだ。


 わたしだって知ってるけども、それじゃ面白くないよね。


 セツナに考えてほしかったんだ。


「どうしたものか」


「えっと、じゃあほこらにでもいく?」


 わたしはセツナに助け舟を出すことにした。


 わたしの家は代々祠を守っている。


 そこにはいろいろと複雑な事情があるらしいけれど、そこらへんはよく知らない。


 でも、那由多家はそれなりに大きくて、村の人たちにも尊敬されていた。


 ご年配の方におがまれちゃうのは、最後まで慣れなかったけれど。


「祠があるのか」


 セツナは大きく見開いた目を、わたしへと向けてきた。


「行く?」


「ぜひとも」


 ぐいっと机に身を乗りだしてきたセツナに、わたしはびっくり。


 距離が近い。


 セツナのぱっちりとしたまつげが綺麗きれいだなって、思っちゃった。


 まじまじ見つめていたら、セツナは固まり、そっぽを向く。


「祠が好きなの……」


「別にいいだろう」


「うん、いいと思う」


 わたしが言えば、視線がやってくる。


 その時の視線が、どのような感情にいろどられていたかはよく覚えていない。


 でも、このときから距離が縮まっていった気がする。






 ほこら


 この村におわします神様の住処。


 どのような世界においてもなんらかの形で存在していて、セツナが言うには世界のおへそなんだとか。


「そこにいる神を殺せば、世界は破滅へと向かう」


 どういう仕組みかは知らないけれど、言い伝えとも一致するからそうに違いない。


 さて、過去のわたしとセツナが見ている祠は、先ほどまで神様がいたそれとは違う。


 この世界の祠は、石板を組み合わせたもの。


 わたしたちのひざほどしかなく、かがまなければ祠と目線を合わせることもできない。


 こぢんまりとした扉は、その時ではないとばかりに閉ざされていた。


「これが」


「おかあさんが守ってる祠」


「見てもいいか?」


 わたしは頷く。


 壊そうとしなければ、いくら触っても大丈夫なことは、小学生のわたしが証明している。


 それに、この時のセツナは祠を壊すような人には見えなかった。


 セツナがポケットから手袋を取りだし、さも当然と身に着ける。


 子どものころにやってきた大学の先生みたいだ。


「ホントに好きなんだね」


「まあな」


 うわずった声が、静かな森に響いた。


 セツナの細長い指が、祠を構成する石板をゆっくりでていく。


「絵があるな」


「神様の戦いを描いてるんだって」


 おばあちゃんやおかあさんはそう言っていた。


 でも、違う意見もある。


「災害を神様の行いになぞらえているだけだって、大学のひとは言ってたよ」


「普通はそう考えるな」


 何においての普通なんだろう。


「考古学とか民俗学だ」


「くわしいの……」


 わたしの問いに、セツナが立ち上がる。


 ときに、わたしとセツナだと頭1つはセツナが高い。


 だから、見下ろされると緊張する。


「父がそういうのにくわしいんだ」


「それでセッちゃんも」


 わたしがあだ名で呼べば、当の本人は目をまるくさせていた。


 その表情といったらクールな彼女に見合わなくて、思わず吹き出しちゃった。


「どうして笑う」


「だってすっごいへんなんだもん」


 くすくす笑ってたら、セツナが眉をひそめた。


「そんな顔するなんて思わなかった」


「……どう思われてるんだ、私は」


「都会から来たクールなお姉さま?」


「なんだそれは」


「みんなそう思ってるってこと……でもまさか祠に興味があるなんて」


「別に興味があるわけでは」


「じゃあどうして?」


 わたしが聞くと、セツナがムムムとうなる。


 やっぱりその表情はおかしかった。


「この祠ね、神様がいるんだって」


 わたしは祠に指を走らせる。


 そこには、2つの球体がぶつかりあっている様子が描かれている。その下には平伏する人々がいる。


 セツナは鼻を鳴らして、


「そりゃあ祠なのだから、そうだろう」


「ホントにいるんだよ。おばあちゃんもおかあさんも見たんだって」


「だったら、お話を伺いたいものだな」


 セツナがそう聞いてくる。


 別に茶化してるわけじゃなくて、たぶん、純粋な興味から。


 だから、わたしも大学のヒトには言わなかったことを、言ってみる気になった。


「おばあちゃんもおかあさんも、その祠の中に行っちゃったよ」


 だから、聞くのは無理。






 祠は世界によってかたちを変える。


 祠であれば何でもよく、建物のときもあれば今回のようにこじんまりとしたものもあり、山そのものでさえあった。


 共通してるのは、中に神様の世界が広がってること。


 神様は世界の外側にあり、世界の理を超えたもの。だから、小さくても中には無限のスペースがあった。


 その中で、巫女は生活しなければならない。


 神様と生活をし、お世話をする。


 巫女に選ばれる直前、わたしはそう聞かされたものだ。


「そんなの生贄いけにえと一緒ではないか!」


 叫んだのは、セツナ。


 たしかにそうなのかもしれない。


 でも、それを確かめたものはいない。


 巫女か生贄か。


 村の人間にも、セツナにも。


 そして、巫女になったわたしにもわからない。


 さっきも言ったけど、神様はふよふよ浮かんでるばかりで、何も言ってはくれない。


 ただ、われることも襲われることもない。


 たいていは隣にいるだけでよかった。


 もっとも、時を超越ちょうえつした世界でそうしているのは、退屈ではあったけれど。






 ある時、セツナのお家にお呼ばれした。


 困惑したのをよく覚えている。めちゃくちゃ高い壁のようなものを感じてたんだけど。


「別に特別な意味があるわけではない」


 そうは言われましても、やっぱり緊張する。


 過去のわたしの顔は、今見てもかなり間抜けだった。


 セツナの家は村のはずれの方にあった。


 昔はマタギが住んでたっていう建物は、セツナが引っ越してくるにあたって綺麗になっている。


 綺麗になりすぎて、まわりから浮いていた。


「そういえば、なんでうちの村に?」


「心因性の病気をわずらってな。その療養のためさ」


 あたりさわりのない昔話を聞かされるうちに、家にたどりつく。


 過去のセツナがカギを開け、過去のわたしが続く。


 この後、セツナがなぜか料理をつくっていて、わたしにふるまってくれるんだ。


 あの時の料理はおいしかった。


 でも、わたしは入らない。


「――久しぶりだな」


 家の入口には、もう一人のセツナが立っていた。


 わたしと同じように時空間から隔絶されたセツナが。

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