祠を守るわたしと、壊すきみ

藤原くう

第1話

 雪がしんしんと降る、静かな夜だった。


 わたしは絨毯じゅうたんのような雪の上をサックサック歩いていた。


 遠くにはぷくりとふくらんだものがある。


 ほこらだ。


 身をかがめてやっと入れるくらいの大きさ。雪が積もっていて、かまくらみたい。


 石の扉を開けば、光のシャワーが降り注いでくる。


 そこにあるのは金色に輝く球体。


 御神体。


「よかった」


 球体には傷一つなく、ぷかぷかと宙に浮いていた。


 バレーボールほどの神様を両手で恭しく持ち上げれば、やわらかな熱が伝わってくる。


 本来ならば、神の業火ごうかに焼かれてる。


 でも、そうはならないのは、わたしが巫女だから。


「この世界もダメなのですか」


 球体は手の中に転がったまま。言葉がやってくるわけでもない。


 けど、わたしが呼ばれたってことはそういうことなんだ。


 祠の外を見る。


 雪はしんしんと降りつづいている。世界の終わりと言われたら信じてしまいそうなほどに、あたりは静か。


 鉛色の空。


 動きを止めた木々。


 小さくなってしまった神様。


「……わかりました」


 わたしは外へと出ることにする。


 考えてる時間はない。


 じきに、やってくる。


 祠を壊す人間が。


 セツナが。






 わたしが虚無うろなしセツナに出会ったのはいつだったか。


 互いにセーラー服を着ていたのは間違いない。だから、中学とか高校のときかな。


 記憶に焼き付いてるのは白。


 汚れのない純白は、夜更けに音もなく現れた雪みたいだった。


 教室に入ってきたセツナは、真っ白なセーラー服に身を包んでいたんだ。


 セツナは転校生だった。


 都会からはるばるやってきた転校生。わたしが住んでいたのは、山の中の村だったからそれはもう注目を浴びた。


 それが、絶世の美少女だったらなおのこと。男子も女子もメロメロだった。


 息を飲んでしまうほどの美しさが、歩いてたんだ。


 クラスメイトは光に吸いよせられるのようにセツナへ近づいていき、切りふせられた。


「話すことなどない」


 刀のような鋭い言葉に、みんなやられてしまって誰も近寄ろうとしなくなった。


 まるで、神様を恐れるように。


 そんな子が、わたしの隣にはいた。


 ピンと背を伸ばして授業を聞くセツナが、こっちを見る。


 ――もちろん、今のわたしではない。


 過去のわたしのことをにらむように見つめて。


「何」


「なっなんでも」


 昔のわたしは、見とれてただなんて言えなかったんだと思う。


 そんな過去のわたしを、巫女のわたしが見てるってのが、今の状況だったりする。






 さて――。


 わたしは過去にいる。


 タイムスリップめいたことができるのは、神様の力のおかげだ。


 わたしがつかえている神様は、どこにでもいてどこにでもいない。それがどういうことなのかは、だれも知らない。


 神様は、ふよふよ浮かんでいるだけで、何も語ってはくれない。


 ただ、その神様の力が弱まると、よくないことが起きる。


 異常気象。


 飢饉ききん


 戦争。


 たいていは、村に住んでいる処女の娘が、神様を助けに行く。


 それを、わたしが生まれた村では巫女という。


 村の外からやってきたセツナは、生贄いけにえと呼んだ。

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祠を守るわたしと、壊すきみ 藤原くう @erevestakiba

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