第3話 迫る影

目の前に立ちはだかる巨大な影は、人間の形をしているようで、そうでもない。

ぼんやりと歪んだ輪郭は黒い霧のように揺れ、無数の手足のようなものが地面を這う。


「な、何だこれ……!」

息を呑む暇もなく、その影は耳障りな音を立てながら僕に向かって襲いかかってきた。


「逃げろ!」


声がした。さっき消えたはずのお狐様の声だ。

振り返る暇もなく、僕は本能的にその場を駆け出した。


ズガン!と

すぐ背後で、地面が砕けるような音が響いた。振り向けば、さっき僕がいた場所がまるで爆発したように抉られている。

影は、重力を無視した動きで滑るように僕を追いかけてきた。


「くっそ……!」

足がもつれそうになりながら森の中を駆け抜ける。汗が額から滴り落ち、全身が冷や汗で濡れていく。



そのとき、視界の端に小さな狐火が現れた。

それは僕の前を導くように踊りながら進んでいく。


「こっちだ!」

狐火を追う僕の足は、次第に大きな木の根が絡み合う場所へと誘われていった。


突然、目の前がぱっと開ける。森の奥に隠れるようにして、小さな祠が佇んでいた。

狐火は祠の前でふっと消えた。追ってきた影も、森の入り口で足を止めたかのように動かない。


「ここなら……安全なの?」

息を切らしながら振り返ると、祠の周囲に淡い光の結界のようなものが張られているのが見えた。


「ほら、無事だろ?」

唐突に背後から声がした。振り返ると、さっき消えたはずのお狐様が立っていた。

その姿はまるで何もなかったかのように整然としているが、彼の指先には金色の炎が灯っている。


「お前、さっきどこに……!」

「君を守っていたんだよ。それより、どうやら君は『悪いもの』に嫌われたみたいだね」

お狐様は笑みを浮かべ、軽く指を鳴らす。その瞬間、祠の周囲に張られた光が強まった。


「嫌われたって……何なのさあれは!? どうして僕を襲うんだよ!」

息を切らしながら問い詰めると、お狐様は少しだけ眉をひそめた。


「それが分からないうちは、君は何度でも狙われるだろうね」

「分からないって……どういう――」

言葉が途切れる。お狐様の赤い瞳が僕をじっと見つめ、その視線に飲み込まれるような感覚を覚えた。


「君は、普通の人間じゃないよ。……いや、君自身も気づいてないのか」

「気づいてない? 何のことだよ」

僕の問いに、お狐様は少しだけ微笑み、言葉を続けた。


「君の中には、『鍵』が眠っているんだ。」

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狐と霊と人間と 綾音 @Ayane_akatuki

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