第2話 狐火の守護者

ミーンミンミン、と耳をつんざく蝉の声が未だに辺りを支配している。

その中を歩く僕というと、額を流れる汗を手で拭いながら、ジリジリと照りつける日差しをやり過ごそうとしていた。


「ほんと、暑苦しい町だな……」

田んぼと畑が延々と広がるこの町には、都会の便利さも快適さも存在しない。

引っ越してきたばかりで友達もいない僕にとって、ここは正直、退屈そのものだった。


川沿いを歩き、ふと見かけた自販機でジュースを買いながら、ふと老婦人から聞いた話を思い出す。

『お狐様』――この町を守る伝説の守護者。悪霊や災厄から人々を守ってくれる存在らしい。

そんな噂話を思い出して、僕は鼻で笑い、買った缶ジュースを1口飲む。


「守り神ねえ……どうせ迷信だろ」

僕はそう呟きながら、ぼーっと風景を眺めていると、都会では絶対に見かけないとても綺麗な川を見つけた。

こんなに綺麗な川があるとは……。


柵やらなんやらは特になく、いつでも川に入れるような(というか、小学生達が既に川遊びをしていた。元気だな。)状態だったため、そっと川に足を入れてみる。


ひんやりした感触が気持ちいい。

その瞬間――。



目の前に、ぽつりと小さな炎が浮かび上がった。


「えっ……?」

僕は足を止め、息を飲む。水辺に浮かぶその炎は、風もないのに揺らめきながら、まるで僕を誘うかのように川上へと進んでいく。

いかにも怪しい。でも、目を離せられない。


「なんだ、これ……」

半信半疑のまま、その炎を追う僕。

小さな狐火のようなそれは、やがて鬱蒼とした森の入り口で消えた。


森の奥から、涼やかな声が聞こえる。

「随分と無防備だね。人なら、この辺りに近づかないほうがいいのに」


驚いて声の方を振り向くと、木陰に立つ一人の人物が目に入った。

銀色に近い白髪が陽光を反射し、真紅の瞳がこちらをじっと見つめている。全体的に和装のような格好だが、どこか現代風のアレンジが加えられていて、非現実的なほど美しい。


「……君、誰?」

僕が思わず聞くと、その人物は片眉を上げ、少し微笑む。


「誰って……噂くらい聞いてるだろう? 『お狐様』さ」


僕は一瞬、冗談だと思って笑いかけたが、彼――いや、彼女とも思える中性的なその顔には、冗談めいた様子が微塵もなかった。


「……は?」

「信じないなら、それでもいいさ。ただ、君がここに足を踏み入れたことは、何かの縁だろうね」

お狐様と名乗るその人物は、木陰から一歩前に出た。その動きに合わせて、背後の影が揺れた気がする。


「縁、って?」

「君、最近ここに引っ越してきたね? ここでは、人間が知らないことが多い。この土地には、人の目に見えない‘悪いもの’が溢れている。それを浄化するのが、僕――お狐様の役目さ」


それが何のことか、僕には分からなかった。 ただ、その赤い瞳には確かに、僕を見透かすような力強さがあった。


「信じるか信じないかは君次第。でも、君には少しだけ見える力があるみたいだね。だからこうして出会ったんだろう」

お狐様は少し首を傾け、微笑む。それがどういう意味なのか、僕にはまだ分からなかった。


「ま、いずれ分かるさ。君の周りにも『悪いもの』は近づいているからね」

「え……?」

そう返そうとした瞬間、森の奥から不気味なうなり声が響いた。


「おっと、早速のお出ましか。話はまた今度だね」

お狐様は片手をかざし、空中に文字のような紋様を描き出す。その瞬間、先ほどまでの穏やかな雰囲気が一変し、何か強い気配が辺りに満ちた。


「ちょ、待って!」

僕が声を張り上げると、お狐様は振り返りもせずに答えた。


「だから言っただろう。君がここに足を踏み入れたのは『縁』だってね」


その言葉を最後に、お狐様は影の中に消えていった。そして、僕の目の前に現れたのは……見たこともない巨大な影だった。

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