狐と霊と人間と
綾音
第1話 夏、始まりの空
ミーンミンミンミンと暑苦しく、騒音にも近い蝉の声が耳へ、人へ、響いていく。
ただでさえジメジメとした暑さの中、更に暑苦しくされるなんてたまったもんじゃない、と、少しでも気を紛らわせられないかと上を見上げてみる。
空には電線ひとつ無い青空と、手を伸ばせば食べられそうな大きな綿飴が天を彩っていた。
次に周りを見渡して見る、見る限りビルも、駅も何もなく、あるのは田んぼと畑、川と森だけだ。
「……本当に何にも無いところだな」
別に元からこんな場所に居たわけじゃない。僕、都築瑛人は、むしろこんな場所とはほど遠い、都内に住んでいた。
だが親の転勤が決まり、この何にも無いド田舎町に引っ越してきてから早3日。
転校先で友達ができるわけでもなく、だからと言ってネット回線も弱いので家に引きこもろうにもすることがない。
……勉強なんか死んでもやりたくないし。
そんなこんなで土曜日にも関わらず探索がてらこの田舎を散歩しているのだが。
……ほんとに何もなさすぎて飽きてきたところである。
しばらくそのまま歩いていると、1人の老婦人が前から歩いてきた。
本来こういう時にはこんにちはだとか、おはようございますだとか何か挨拶をした方がいいのだろう。だが挨拶をしたところでつまらない話に持ち込まれるかそこで会話が終わって気まづくなるだけだ。
第1恥ずかしい。
なのでそのまま下を向いて通り過ぎようと思ったのだが……。その思いは虚しく。
「こんにちは、今日はいいお天気ですねぇ」
と、その老婦人はお淑やかな声で挨拶してきた。
ええい、めんどくさいがここは返事を返すしかあるまい
内心嫌だと思いながらも「こんにちは、そうですね」と返すことにした。
「ええ、こんなに暖かくて晴れてる日はきっと『お狐様』がこちらにいらしてるに違いないわ」
……お狐様、とはなんだろうか。
僕はそのまま思ったことを聞き返すことにした。
「お狐様って、なんですか..? というか、狐ならどちらかというと通り雨の時とかに来るんじゃ? 」
……通り雨を狐の嫁入りって言うし。
「あれま、しらないのかい?ここらじゃ有名な方なのに」
「すみません……。実は最近ここに引っ越して来たので、あまりここら辺の噂だとか話だとかには詳しくなくて」
「そうかいそうかい。そういや、見た事ない子だ。
お顔が凛として、すごい美人さんだねえ」
「ありがとうございます」
お世辞なのはわかっているがやはり美人と言われると嬉しい。
ニヤつきそうな顔を抑えながら僕はにこっと笑って返した。
「それで、お狐様の話だったねえ、
お狐様はねえ、ここらを守ってくれてる守り神みたいなものなんだよ」
「守り神? 」
「そう、守り神。でもね、家を火事から守るだとか、そういう、『普通』の守護神じゃなくて、ここらの『悪いもの』を無くして、この町を守ってくださってるんだ」
「悪いもの? 」
「そうだねえ、分かりやすく言えば、悪霊だとか、そういうものだよ」
なんだ、オカルト話だったか。
別にそういう存在が居ないなんてことは言わないが結局人々の幻想や妄想の類いだろう
「なるほど、そうなんですね。ちなみになんでお狐様、なんですか?姿が狐だからとか?」
「いんや、それがね、全然お姿は狐じゃないんだよ。見た事あるっていう人はちゃんと『人間』の姿だったって。」
……人間なのに狐、?
「お狐様って呼ばれてるのはね、
実はその理由は誰も知らないんだよ」
「え、そうなんですか」
「そうそう。
....おっと、ごめんねえ、こんなおばあの長話に付き合わせてしまって」
「いえいえ、全然構いませんよ、聞いてて楽しかったですし」
「ならよかったよ、では、あたしはこれで失礼」
そういうと、ぺこりと頭をさげてから老婦人は僕を通り過ぎて行った。
「……お狐様、か」
僕はまた歩きながら、少しさっきの話を思い返す。どうせただの迷信だが、思いのほか面白そうな話だった。
図書館にでも行って詳しく調べてみても良いかもしれない。
……と思った矢先。喉がカラカラと乾ききっていることに気づいた。
涼しい木陰と自販機を探さなければ、この暑さで倒れかねない。
僕は急いで歩き出したのだった。
――ホンモノと、会うことになるのも知らずに。
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