そんなに姉が大好きで、私に興味が無いのでしたら私も無関心になりますね
うさこ
公爵令嬢ピオネ
私、ピオネ・カーマインが初めて婚約者ディットに出会った時、なんて素敵な人なんだと思った。
胸が高鳴った。感情がかき乱された。これが巷で噂の初恋だとすぐに理解した。
まだ、私が自分の事をピオネと言っていた10歳にもならない時の事。
「君がピオネ? あはっ、やっぱりジゼルとそっくりだね」
花が咲いたような笑顔の第五皇子ディット・フィルガルド。その隣には私の姉であり、第五皇子の幼馴染である公爵令嬢ジゼルが寄り添っている。笑顔を向けた先は私ではなくジゼルに、だった……。
「うぅ……」
内気な私はディットから話しかけられても何も言葉を言えなかった覚えがある。
ジゼルが私の背中をポンポン叩いて笑っていた。
「ピオネはシャイだからね。今日は顔合わせだけだよ、もうおしまい。ねえディット、終わったら魔法実験しましょうね」
「ああ、もちろんだ。今度こそ中級魔法を成功させなきゃな」
多分この時から私は違和感を覚えていた。二人の間に入れないでいる私。
私は『孤独』というものを感じたんだ。
この帝国は男女平等が進んでいる。女帝であり帝国最強の魔法使いでもある母上マリア・フィルガルドが治めている強国。
男女関係なく能力が高い人間が優遇される国。
能力が低い令嬢は男性から見向きもされない。そう、この私のように……。
魔法の腕を磨くよりも読書が好きだった。
剣術の稽古をするよりも詩を書くのが好きだった。
婚約者のディット様に送った手紙は多分100通を超える。
私はディット様に一目惚れしたんだ――
『ピオネちゃん、悪いけど生徒会長の仕事が忙しいから次のデートはいけないかな。ごめんね……』
2歳年上のディット、私が中等部の時はディット様は高等部の生徒会長として活躍していた。その隣には寄り添うようにジゼルが立っていた。
誰もが二人の間柄に憧れている。理想のカップル。もちろんジゼルにも婚約者はいる。隣国の自由都市の首相の息子。
胸がモヤモヤする理由はわかっているのに寄り添う二人を見ないようにしていた。
『ピオネちゃん、そんなに手紙をもらっても返事書けないよ、ははっ。必要な時以外は手紙いらないよ』
その言葉がひどく冷たく聞こえた。まるで感情なんて籠もっていなかった。冷たい言葉は徐々に私の胸に蓄積される。
……まだ大丈夫。きっと私が大人になれば振り向いてくれる。
ずっとそう思って生きてきた。
ディット様出会ってから今まで、私が手紙を送っても返ってくることは一度もなかった。時折学園ですれ違う時、手紙の礼を言われるだけ。
夜会に誘われる事はほとんどない。私から誘っても魔法の研究があると言われて断られる。極稀に誘いを受けたとしても、隣にはジゼルが必ずいる。
『ディットは私がいないと本当に駄目なやつだね。全く、しっかりしてよ』
『おいおい、それは俺のセリフだぜジゼル。俺がいないと研究進まないじゃないか』
三人でいるのに一人でいる感覚。それが嫌で嫌で仕方なかった。
それでも、ジゼルに笑顔を向けているディット様はとても素敵だった。胸が高鳴ってしまう。……初恋がこんなにも苦しいものだとは思いもしなかった。
多分、ジゼルもディット様の事が好きなんだ。
お似合いだもんね……。
中等部の私は何者にもなれない平凡な令嬢だった。公爵令嬢という身分があるだけ。
何でも出来て魔法の才能に優れたジゼルに勝てる要素が一つもない。
平均よりも低い身長、魔法の才能は人並み以下、唯一の取り柄は本を読む事。
そんな私は学園で――
「あっ、公爵令嬢の妹の方だわ。また本ばっかり見てるね」
「見た目は可愛らしいのにちょっとウジウジし過ぎじゃない? あれじゃあディット様と釣り合わないわよね」
「ディット様とは婚約者なのに一緒にいるところを見たことないわよね」
「ディット様とピオネさん喋っているの見たわよ。あの子ったらどもっていたわよ。男性慣れしていないのよね。可哀想で見てられなかったわよ」
それでも……、どんな事を言われようが私はディット様の婚約者。だから婚約者として、ディットに好かれるように努力したんだ。
……その努力は実ることはなかった。
高等部入学のパーティー。久しぶりにディット様からの誘いがあった。
私は嬉しすぎてお部屋で踊ってしまった。どんなお洋服を着ていくか悩みに悩んだり、どもらないようにぬいぐるみの前で喋る練習をしたり。
高等部になっても身長が伸びない私は少し上げ底の靴を履いた。精一杯大人っぽく見えるような格好をした。
そして夜会が始まり――
「ピオネちゃん? なんだかチグハグな格好だね。ピオネちゃんは可愛らしいドレスが似合うと思うけどね。――あっ、そうそうこの前さ上級魔法の研究が成功したんだよ。ジゼルの論文が決め手だったんだ。ジゼルったらさ――――」
久しぶりに会えたディット様はジゼルの話ばかりする。
論文から始まり、ジゼルの魔法研究の素晴らしさを語り、ジゼルがくれた魔法付与されたブローチを自慢されて……。
心が急速にしぼんでいくのを感じる。
私が路傍の石のように思えてしまう。
偽物の笑みが張り付いて取れない。
なんで、ジゼルの事ばかり……。私、今日頑張ってお化粧したんですよ!! そう言いたかった。
でも私にはそんな事言えない……。
言って嫌われるのが怖い。
多分、ディット様はジゼルの事を愛しているのだろう。帝国ではよくある事。いくら婚約者がいようが愛人を作るのが普通。
多分、私がディット様と結婚しても愛される事はないだろうな……。
悲しいけど泣いちゃ駄目。私は知ってる。ディット様はすぐ泣く女の子は好きじゃないって。
「そうそうジゼルちゃん、遅れたけど高等部入学おめでとう! 君もジゼルみたいに魔法のスペシャリストになるんだよ。はい、この本をプレゼントするね。しっかり勉強するんだよ。あっ、ジゼルだ。あんなとこにいたのか……。わるい、ちょっと行ってくるね!」
手渡されてのはジゼルが書いた魔法論文書。ディットは私の顔を見ずにジゼルのところへと向かってしまった。
「あっ――」
心の中の何かが漏れた。
胸が締め付けられる。苦しい。
この時なんだろうな。私の心がおかしくなったのは。
一生この感情が続く。そう思った時、私は心が冷えきった。泣きたい気持ちになった。悲しい気持ちになった。
それでもディット様を慕う気持ちがなくならない。
無くならないからこそ胸が苦しくて痛くなる。
(あはは、なに、これ? こんなに苦しいのに……)
涙を堪えながら私は逃げるように誰もいないベランダへと移動するのであった。
「ピオネさん? どうした?」
誰もいないと思っていたベランダには精悍な少年がいた。
隣国の首相の息子セイヤ・マシマ。私と同い年であり、ジゼルの婚約者であり……。
パーティーで数回話したことがる仲で、その時は隣国自由都市の書物の話が盛り上がってすごく楽しかった覚えがある。
「いえ、なんでもないです。少し夜風に当たりたくて」
「そうか……」
精悍な顔つきはとても同い年に見えない。セイヤ様の視線の先にはジゼルがいる。
ディット様と楽しそうにおしゃべりをしているジゼル。
セイヤ様がポツリと呟く。
「……こんなに苦しいなら恋なんて感情……失くしてもいいんだろうな」
その言葉が私の心の中にすぅっと入ってきた――
(恋なんて感情なくしてもいい……。そうなの、この感情がなくなれば苦しくないの)
私はその言葉が頭に残って消えなかった。
思えば私は恋心に囚われすぎていた。自分を磨こうとせず、本と詩の世界に逃げていた。
もしも私にそんな感情がなかったら? もしも私がちゃんと努力したら?
「そうですね……、失くせたら最良ですね……」
「ピオネさん……、あなたも?」
「はい、多分同じですよね。見たら分かりますよね?」
「……ああ、そうだな」
少しの沈黙の後、セイヤ様は少しはにかんだ笑顔を向けました。
「……俺はジゼルを信じたかった。愛したかったし愛されたかった。……アレを見る限り俺はただの仮面夫婦にでもなるんだろうな」
「その気持ち、よく、わかります……。うちの姉が申し訳ございません……」
「いや、ピオネさんは謝らないで。ふふっ、どうせならピオネさんと婚約すればよかったのかもな」
「そうですね、お互い好きな人は別にいるのに、なんだか仲良く暮らせそうですね」
「……ふぅ、やっと決心がついた」
「セイヤさん?」
セイヤさんは柔らかい笑みを浮かべていた。
「俺、特殊なスキル持ちでさ。実は自分の感情を消せるんだ。……ずっと迷っていたけど、ジゼルへの恋心でこれ以上苦しむなら消す。ごめん、ピオネさん、自分だけ楽になる選択肢を取って……」
感情消すスキル? スキルは帝国ではあまり広まっていない特殊な力。
その時、頭の片隅で何を思い出した。
屋敷、書庫、奥の部屋、一番高いところにある古書。
確か、あれは……感情を消す方法が書いてあったような……。
「ピオネさん?」
「……もしかしたら、私も『それ』できるかもしれません。うん、やってみます。こんなに苦しいのはもう嫌ですっ」
私達は顔を見合わせた。
スッキリした顔のセイヤさん。きっと私も同じような顔をしているんだろうなって思った。
なんだか笑いたくなった。そう思ったらセイヤさんが笑っていた。つられて私も笑うのであった――
ドッタンバッタン、書庫の中――
「確かこの本だ! ……えっと、『人の成長を早める事によって精神性を成長させて、無駄な感情を消してしまうスキルの覚え方』」
ボロボロの一冊の本。
恋心とは書かれていなかったけど、私の精神性が幼いのが問題なんだろうな。ディットを想う気持ちがなくなればこの苦しみから解放される。
書庫の机の上に置いたジゼルの本。それを見ると私は嫌な感情に襲われる。
ディットは私を愛していない。
なら、私もディットを愛さなければいいんだ。
それが出来なくて苦しんでいる。
私はあの本を手に取り中身を確認する。
「……魔法とは違う特殊な力『スキル』。……成長を早めるためには使用者の感情を消費する。――んんっ??」
本を読み進めていくと目の前に文字が浮かび上がってきた。これは魔書の類かもしれない。もしかしたら呪われるかもしれない。
それでも――
それでもっ。
『スキル成長を実行しますか? 対象者の感情を変換して成長します。――スキル成長を実行しますか?』
私は心の中で同意した。
その瞬間、書庫に光が包まれる。いや、これは本が光っているんだ。私の中の何かが消えていくのがわかる。
それは初恋の想い、愛するという感情、ディットへの気持ち。
吐き気が込み上げてきた。身体の中から軋むような音が聞こえる。頭が痛い……。
……
…………
……………
気がつくと私は書庫で倒れていた。
身体を起こす。全身に痛みが走る。それでも精一杯の力を振り絞って身体を起こした。
着ていた服が小さすぎて破れてしまっている。パツンパツンだ。
「……えぇ、太ったの!? えっと、身長伸びたのかな? なんかすごい事になってる……」
姿かたちはあまり気にしないようにした。
胸に手を当てる。
私の中にあった『愛情』が消えていた。
ディットの事を考えても、関心がいかない。
「無関心……。どうでもいい存在。私は今まで何をしていたんだ? 魔法が出来ないなら他の分野を頑張ればいい。恋なんて……必要ない。うん、成功だ!! やった!!」
バタバタと足音が聞こえてきた。
多分メイドだろう。
「ピオネ様! 大丈夫ですか? 何か大きな物音が聞こえたので……え? ピオネ様??」
息を切らして書庫の中へ入ってきたメイド。
「大丈夫ですよ。少しめまいがしただけですから」
「ほ、本当にピオネ様ですか……? あ、あの、その、お身体が大きく……それに、大人びた雰囲気が……」
どうやら見た目も成長してしまったようだ。念の為賢者(医者)にみてもらおう。
「ウォーロックを呼んで頂戴。どうやら何かの弾みで急成長をしたみたいね」
「は、はいっ、す、すぐに!!」
メイドは書庫を走って出ていった。
***
俺、第五皇子ディットは夜会でジゼルと談笑をしている。ジゼルは相変わらず落ち着く顔してるけど、こいつとは絶対結婚できねえなって思っている。
男っぽすぎるんだよ。やっぱり、令嬢はピオネちゃんみたいに儚く可憐で可愛らしくないと駄目だろ。
はぁ……。
「あんた何ため息ついてんのよ。どうせ私の悪口でも考えてたんでしょ? もしくはピオネの事とか」
「相変わらず勘が鋭いっていうか、ん? ピオネちゃんがいなくなっちゃったぞ? 帰ったのか?」
「ったく知らないわよ。婚約者なんだからしっかり見ときなさいよ」
さっきまでベランダにいたピオネちゃんがいない……。正直、ピオネちゃんは可愛すぎて一緒にいると緊張するんだよな。
でも、俺はこれから変わるんだ! 研究も一段落して、ピオネちゃんが高等部に進学して――
「というかセイヤ様もいなくなっちゃった……。うぅ、セイヤ様……またちゃんと話せなかった」
「ジゼルこそいつもそうじゃねえかよ!? ツンデレこじらせてきつい言葉しか言えなくてよ……」
「しょ、しょうがないでしょ! あなたに言われたくないわよ!」
こんなどうしょうもない二人だけど、ピオネちゃんが高等部に上がるから変わろうと決意したんだ。
俺とジゼルの共同研究も一段落して、あとは卒業に向けて準備をするだけ。
だから、これからはやっとピオネちゃんとの時間がいっぱい作れる。
初めてピオネちゃんを見た時、とっても可愛くてジゼルとは違って内気で優しくて……あれは一目惚れってやつだ。
ジゼルと俺はの幼馴染でいつも一緒にいるけど、絶対に恋愛感情なんて抱かない。というか、異性の枠を超えた親友みたいなもの。
それにジゼルと一緒にいてもピオネのお姉さんだから変な心配もされないし、女避けにもなる。ジゼル怖いし。
「ピオネちゃん、入学祝い喜んでくれたかな? 魔法が苦手って聞いたからしっかり勉強してほしいな」
「その口調きもいよ。ていうか、ピオネならどうせお礼の手紙とか来るでしょ?」
「まあそうだよな。ピオネちゃんの手紙ってすごいんだぜ? 表現がうまいし……、その、すっごく愛されてるってわかるんだ、えへへ」
「お前な……、そういうのは本人に言いなさいよ!」
「えぇ、恥ずかしいだろ。まま、明日からピオネちゃんとの時間が取れるからゆっくり婚約者するぜ」
まずはちゃんとデートしたいな。今までは研究が忙しくてデート中も上の空だったし……、反省しなきゃ。
それに一緒の学園にいられるのは一年間だけだから、お昼ごはんを一緒に食べて、一緒に放課後過ごして、うん、やることは沢山ある!
ジゼルが俺の肩を叩く。
「ねえ、顔がニヤけてるわよ。そんなにピオネの事が好きなのか?」
「うっさいな……。ガサツなジゼルよりも超かわいいだろ? まあ、昔は好きってよりは妹って感じに近かったけど……、今は違う。そう、これは愛だ」
「はぁ、幸せになってちょうだいね……。私もセイヤ様との時間いっぱい作ろ! もう一生分の研究したって感じっ」
とその時後ろから声をかけられた。
第三皇子のレオン兄……?
「……おいディットお前はピオネの事が好きだったのか? ……その、全くそんな素振りが見えなかった。むしろこの婚約は失敗かと思っていたぞ。婚約者をジゼルに変える必要があると思っていたくらいだ」
突然現れたレオンがよくわからない事を言ってきた。
「ちょ、レオン兄さん、ピオネの事が好きに決まってるじゃないですか! 俺婚約者ですよ? ていうか、ジゼルだけは勘弁してください……、絶対こんなやつとは結婚できないって!」
「わたしだって絶対嫌よ。俺はセイヤ一筋だもん」
レオン様が頭を抱えてため息を吐いていた。
「お前ら……、ちょっとこっちへ来い。婚約者同士の事だから今まで放っておいたが少し状況を説明する必要があるな……。これだから研究者どもは……」
俺はレオン様が何を言っているかわからなかった。
これから俺はピオネと仲良く過ごしてハッピーエンドなのに?
そんな様子の俺を見てレオンが無表情になった。あ、これやばいやつだ。
威圧感で尻もちをつきそうになる。
「お前ら、婚約者が大切なら何故今まで放っておいた……この馬鹿者がっ!!」
そして俺は知ることになる。
『第五皇子ディットとピオネは仮面婚約者で、姉のジゼルが想い人』
と呼ばれていた事を……。
*****
特殊な事情で少しだけ成長してしまった公爵令嬢ピオネ。
世間ではそんな軽い話で済んだみたい。あれから数日が経った。
全身鏡に映し出される自分の姿。
随分と身長が伸びた。骨格もしっかりしているので少し運動すれば筋肉がつきそう。
胸が窮屈で苦しいけど、ドレスが映えるからいいのかな?
部屋にいるメイドが私に服を着させる。
「ピオネ様、本日は休日ですが10時から魔法学の家庭教師がいらっしゃいます。その後、13時から剣術の訓練が――」
魔法はうまく使えない。公爵令嬢でありながら一般庶民程度の魔法の腕だ。それでも生きる上で魔法の知識は必要になる。
剣術もこの世界に置いて必要なものだ。むしろ今の私にとって最重要かもしれない。なぜなら身体が成長した事によって身体的な能力が向上したような気がした。
もしも剣術が使えるなら……。
ふと、頭の片隅に何かが引っかかった。一度だけ会ったことがある帝国の片隅で道場を営んでいるおじさん剣士。
貴族ではない、庶民だけど凄まじい剣技だった覚えがある。
あの頃は剣術に興味がなかったから気にしていなかったけど、今は違う。
時計を確認する。魔法学が始まるまでまだ時間は十分ある。
「わかりました。軽く運動してから朝食を取ります。比較的タンパク質が多い料理を用意しておいてください」
メイドの顔が妙に赤くなっていた。風邪かな? 所詮赤の他人の事だ。関心がない。今朝少し寒かっただけだろう。
着替えた私は屋敷の外に向かうことにした。
……。
「公爵令嬢直属のメイドが風邪を引いては駄目です。今日は一日休んでください」
「え、えっ? あ、あの、風邪はひいて……」
「ちゃんと命令は聞いて下さい。いいですね?」
「は、はい!!」
***
屋敷の玄関からドッタンバッタン音が聞こえてきた。
私に走り寄る人影。
「ピオネッ! お前なんでディットに手紙を書かないんだ! というか、学園でディットの事を避けてるだろ! あんなに好きだったのにどうしたんだよ??」
屋敷の廊下でジゼルとばったり出会った。いや、少し違う。ジゼルは私を探していたようだ。
しかし、話の内容が理解できない。
「あの、少し意味がわからないんですが……。学園でディット様と会う必要性がありますか? ディット様はジゼルお姉様がいれば問題ないのでは?」
「いや、違うよ!? それは誤解よ! あなたがディットの婚約者でしょ!!」
確かに婚約者である。しかし、ディットは私の事に興味が無いように、私もディットに関心がない。
今の最大の関心は身体を鍛えて剣術を覚えて、本を通じて様々な知識を身に着けたい事だ。
最近だと、隣国の文化に興味もある。うん、セイヤに会いに行こうかな。きっとセイヤも『スキル』を使ったと思うし。
「すみません……、時間は有限なので……。朝の運動に行ってまいります」
「だぁーー!! だから最近朝っぱらからいなかったの!? ディットが迎えに行ってもいつもいないし……。ちょっとまて、もうすぐディットが――」
玄関の扉が開かれた音が聞こえた。
廊下を歩く足音。
従者を引き連れてこちらに向かってくるディット。少し眠そうな顔をしている。
「あ、ピ、ピオネちゃん……、お、おはよう……」
これが二回目だ。私が書庫で成長してからディットと会ったのは。
一度目は学園で軽く挨拶をした程度。その時確認できた。ディットと向かい合ったとしても感情が揺れ動かなかった。
「おはようございますディット様。今日もジゼルお姉様と魔法研究ですか? 私は少し出かけますのでごゆっくりしてください」
「え、あ、ううん、ち、違う!! 今日はピオネちゃんに会いに来たの!」
「私に?」
私は訝しむ。夜会もお茶会はまだ先。いくら仮面婚約者だとしても一緒にパーティーに出席する必要がある。ジゼル含み私達の身の振り方の事前相談だとしたら理解出来たが……。話す用事が本当に思い浮かばない。
「何を話す必要がありますか?」
純粋な疑問。首をひねる?
そんな私の様子を見てディット様は唇をプルプル震わせていた。
眉も潜めている。きっと怒っているんだろう。
「あ、あはは、ちょ、きついな……。え、えっとね、俺はただピオネちゃんとと一緒にいたいだけなんだ……。あのさ、研究で色々忙しくて構ってあげられなくてごめんね。これからは一緒にいるよ」
「いえ、必要ありません。一人が楽でしたから」
ディットは何故か頭を抱えていた。
私は首をかしげる。
ジゼルがぽつりと呟く。
「これ、怒ってるわけじゃないわね……。構ってほしいわけじゃないし……。本当に無関心? ちょっとフォロー必要かも。――ピオネ、今日は三人で一緒にいよう!」
「二人の魔法実験に必要な事ですか? 大変申し訳ありませんが、今日は少し時間がなくて……。またの機会でお願いします。それに、無理して婚約者のフリはしなくて結構ですよ。私もなんとも思ってないですから。それでは」
「あっ、ちょっと!?!? え? 婚約者のフリ? なんとも思ってない? え、えっ??」
特に連絡事項はない。行儀が悪いが走って屋敷に出ることにした。
ディットの謎の絶叫が屋敷中に響き渡った。理由がよくわからない。
そのまま私は帝国城下町を走る。
ゆっくりとしたペースだが気持ちが良い。離れたところに従者が追ってきているのがわかった。
(ディット様はなんのようだったんだろう? まあどうでもいいか。剣術道場へ早く行こう)
そして私は剣術道場で生涯の師範と言える人物に出会った。
その出会いが私の精神を更に成長させてくれる存在となった。
出会いはそれだけじゃなかった。
この先私は色々な出会いがあるだろう。
様々な出会いが私を成長させてくれる。
恋心を消したとしても、大人になって感情が薄くなったとしても、忘れないものはある。
一から育めばいい。
だから――
私はもう『孤独』じゃない――
そんなに姉が大好きで、私に興味が無いのでしたら私も無関心になりますね うさこ @usako09
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