第44話 またしても黒鵜(くろう)の仕業

 1月20日、月曜日。

 県立博多学園高等学校……瀬史琉せしるにとって3校目となる高校への初登校日を迎えていた。

 父親が用意した書類で事前に転入手続きは終え、また学力検査も行って合格し、制服も届いて晴れて高校生の仲間入りをした訳なのだが……。


「皆さん、知っての通り今日から新しい仲間が入ることになりました。瀬史琉せしる君、来なさい」


 女の教師に言われて彼は登場する。




真田加まだか 瀬史琉せしると言います。よろしくお願いします」


 彼は出来るだけ波風を立てないような立ち回りを心掛けるが、黒鵜くろうが既にチラシを全教員並びに1年生全員に配っていたためか、第1印象は最悪だった。

 第1印象が悪くなるとその他全てが悪く見える。クラスメート全員が敵意を向け、拒絶の感情が広がっていた。

 特に「はるばる関東からやって来たよそ者」という出身なだけあって、それが余計に冷たく扱われる要因でもあった。




「オイ」


 ホームルームが終わるといかにも薩摩さつま人らしい、銅像で有名な西郷隆盛さいごうたかもりを思わせる、

 昔懐かしの「番長」という風体のクラスメートが、座っていた瀬史琉せしるの机に向かって来る。


真田加まだか 瀬史琉せしるとか言ったな? 昔、クラスメートを殺そうとしてナイフで刺した奴だとは聞いている。

 俺のクラスメートに手を出したらタダで済むと思うなよ。無事に卒業したければ余計な手出しをしない事だな」

「いや、オレも手出ししようなんてことはしないさ。平和的に行こうじゃないか」

「フン、どうだか。関東の人間は信用ならんからな」


 船城高校やその次の高校では地元というだけあってまだ馴染みがあったが、ここは北九州は博多。

 コネも血縁も無い孤立無援の場所、そこでいきなり初対面の挨拶あいさつで大失敗だ。波乱は続く。




「ねぇ聞いた? 転校生の真田加まだか君、関東に彼女を置いてここまで逃げてきたらしいよ」

「ええ? 私は彼女を捨ててやって来たって聞いたけど?」


「噂話」というのは「中心から」今回のケースでは「瀬史琉せしる」から離れれば離れる程尾びれや背びれ、さらには牙や爪までもが付いて異形の存在と化していく。

 瀬史琉せしるが所属するクラス以外の1年生には当然、普段の彼の様子は見えない。

 それが「噂が噂を呼ぶ」となって彼のイメージは徐々に、だが確実にねじ曲がっていく。


「彼女がいたらしい」という事実が「彼女を捨ててやってきた」という噂にすり替わるように、噂話が徐々に悪い方へ悪い方へと肥大化していくことになる。




 転入してから数日後の授業中……。


カラン、カララン。


 瀬史琉せしるの耳に何かが落ちた音が入って来る。その方向を見ると、鉛筆が落ちていた。1つ後ろの席の男子が落としたのだろうそれを彼に渡すと……。


「鉛筆、落としたぞ」

「フン、人を3人も殺してる人殺しなんかに、俺の鉛筆を触らないで欲しいな。ケガレちまうだろうが」

「!? ちょっと待て! オレは人殺しだなんてしてないぞ!?」

「隣のクラスから聞いたぞ? お前、人をいじめで3人殺してるって。みんな噂してたよ」

「ふ、ふざけんなよ! オレは人殺しだなんてやってないぞ!?」


 瀬史琉せしるは必死に弁明するが、まともに聞こうとする者はいなかった。




 その授業が終わった休憩時間、瀬史琉せしるは隣のクラスに乗り込んだ。


「どこのどいつだ!?『オレが人殺しをやった』っていう噂を流したバカヤロウは!? 今すぐ名乗り出ろ!」


 教室に突撃するや否やでかい声で怒鳴る。教室が突如の怒号でシン、と静まり返る。

 大抵の生徒が彼を見ている中、そのクラスのカースト1軍の男子生徒が彼に敵意を向けながら声をかけてきた。




「お前が噂の瀬史琉せしるだな? 人殺しをした上に日常的に女を食ってるんだって? 酷い男だよなぁ」

「ふざけんなよ。テメェが噂の大本か? 勝手に人様の事を人殺しにするんじゃねえよ」

「オレは人を殺してるんだから今更殺した数が増えたところで何とでもない、と来たか。噂通りだな」

「その噂のせいで迷惑してるんだよ。聞いた話じゃこのクラスがその噂の発信源だそうだ。責任取ってもらおうか?」

「『火のない所に煙は立たぬ』って言うじゃないか。そういう噂が流れるって事はそれだけ酷い事をしていた事の証なのでは?」

「口だけはベラベラと喋りやがって……」


 お互い1歩も譲らず、膠着こうちゃく状態になる。




「オイ瀬史琉せしる、何をやってるんだ?」

「!! お前は!」


 それを破ったのは瀬史琉せしるのクラスにいる、いかにも「番長」という風体のカースト1軍の生徒である。騒ぎを聞いて駆け付けたのだ。


「何でお前がこんなところに!?」

「さっきバカでかい怒鳴り声を上げただろ? あんな声出せば誰だって気づくものさ。

 お前の噂は聞いてるよ、人が死んだ死なないって話が出て来る所まで素行そこうが悪いって事だろ?」

「……」




 かつて中学在学時にはクラスメートを3年間いじめ続け、高校在学時にはクラスメートをナイフで刺して退学した。

 という黒鵜くろうの工作による自己紹介の効果は抜群だ。少なくとも1年生全員は腫れ物はれものに触るかのような対応をしていた。


瀬史琉せしる、俺たちのクラスの外で何かやろうってのか? クラス内で悪さはさせないと知ってクラスの外で何かしようってのも辞めろよな。来い」


 彼はクラスメートに首元をつかまれ、自分たちのクラスへと引きずられていった。

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2025年1月11日 17:00
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フクシュウ狂ヒ あがつま ゆい @agatuma-yui

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