第43話 離サナイカラネ、瀬史琉(せしる)君?

「!? 何だって!? 校長が夜逃げ!?」


 真田加まだか父子が夜逃げのため家を発ったのは金曜の夕方だった。いつも土日は休んでいる校長が月曜になっても来ない事に市立船城中学校は大騒ぎだ。


「校長の自宅は『もぬけの殻』だってさ。警察に捜索願を届け出たそうだよ」

「いや、でも自宅に『探さないでくれ』っていう書き置きがあったらしいよ?」

「校長がいなくなったら学校どうするつもりなんだ? 今の所教頭先生が代役をやってるけど……」


 噂話ばかりが膨らみ正確な情報が何なのか分からないまま、騒ぎは大きくなる一方だった。




「フーム、ナルホド。博多カ……引ッ越スカ」


 中学校で騒ぎが起こっていた頃、フクシュウ狂ヒは作業を続けていた。既に博多に逃げていることは把握しており、あとは詳細の話だ。

 それに加え、旅立ちに向けて荷物をまとめていると……。


 ヴヴー……


 ブザータイプの呼び鈴が鳴った。せっかくノッて来たのに水を差しやがって。そんな悪態をつきながら出ると……。


黒鵜くろう君! こんなところにいたのね!」


 今や懐かしの保護施設の先生が訪ねてやってきた。




「先生、ヨクココガ分カリマシタナ」

黒鵜くろう君、私はあなたがどんな目に遭ったかは知ってる。瀬史琉せしる君や大愛だいあちゃんがいじめをやっていて、先生たちが隠してたんだって?」

「言ッテオキマスケド、止メヨウトシテモ無駄デスヨ?」

黒鵜くろう君……私としてはもうこういうのは辞めて欲しいのよ。復讐したって何も残らないでしょ? それよりは復讐なんて忘れて……」

「無理ダネ。ドウアガイテモ忘レラレナイシ、今デモ週ニ1回ハソノ夢ヲ見ル。

 復讐シナイト人間ニ戻レナインダ。俺ガ人間トシテコノ世デ生キルニハ、ドウシテモ復讐ガ必要ナンダ。分カッタラ俺ニハモウ関ワラナイデ欲シイナ」




「復讐をしないと人間に戻れない」

「人間としてこの世で生きるにはどうしても復讐は必要」


 保護施設の先生はその意味が分からなかった。




「もう辞めてよ。瀬史琉せしる君や大愛だいあちゃんがいじめをやってたってのは分かってるよ? それに対して仕返しをしてるのも分かってるよ?

 私も黒鵜くろう君の事何にも分かってなくてごめん。謝るから施設に戻ってきて、いや全部無かった事にしてあげるからお願いだから戻って来てよ! 高校も行かせてあげるから!」

「コレバッカリハ譲レマセンネ。犯罪ニナロウガ逮捕歴ガ付コウガ辞メマセンヨ? ソノ程度デ辞メル理由ニハナリマセンノデ。

 トイウカ、実際2回程警察ノ厄介ニナリマシタカラネ。ソレデモ止メルツモリハアリマセンヨ」

「……!!」


 先生は絶句した。例え逮捕されようが犯罪歴が残ろうがやる。彼のセリフがにわかには信じがたいものだった。




「復讐よりも犯罪歴が付いたり学歴が無い事の方がよっぽど問題じゃない! 将来就職とかどうするつもりなのよ!?」

「ソンナノドウデモイイ。サッキモ言ッタガ『復讐シナイト人間ニ戻レナイ』シ『俺ガ人間トシテコノ世デ生キル』ニハ復讐ガドウシテモ必要ナンダ」


 そう言って彼は玄関を閉め施錠した。


 結局先生が黒鵜くろうに会えたのはこの時が最後だった。翌日に彼は飛行機に乗ってはるばる九州は博多まで引っ越しをしていたからだ。

 部屋も解約し、足跡も残さずに彼は『友達』を追いかけて行ったのだ。




 1月後半。正月気分も抜けて世間は日常に戻った頃。

 瀬史琉せしるもその父親も役所へ住居の変更手続きや、その他もろもろの手続き終えてようやく一息が付ける時だったが、その安堵は1通のチラシでぶち壊される。

 博多まで高跳びしておよそ10日後の事だった。アパートのポストを見ると1通のチラシが入っていた。


「オ早ウ。真田加まだか元校長ニ瀬史琉せしる君。イキナリ博多ニ高跳ビスルトハ思ワナカッタカラ、ビックリシタヨ。

 転校先ハ確カ「県立博多学園高等学校」ダッタヨナ? トリアエズソコノ1年生ト教師全員、ソレニゴ近所サンニ挨拶ヲ済マセテオイタヨ。友達トシテコレ位ハヤラナイトネ」


 それを見た瞬間、瀬史琉せしるは身体中の毛穴という毛穴が逆立つような「ゾワッ!!」とした恐怖が全身を駆け巡った。

 あいつ、たった10日かそこらで自分たちの潜伏先、さらには転入する予定の高校までも調べていた。その機動力はどこから来るんだ?

 そもそもの話、どうやって調べたのか? 何もかもが謎だった。




「狂っていて恐ろしい」瀬史琉せしるはようやく自分のしでかした事への大きさに後悔するようになった。しかし後悔しても、もう遅い。

「ルビコン川」はとっくの昔に渡りきっており、もちろん引き返すことは出来なかった。また学校で除け者扱いされて生きることになるのか……ストレスで彼の胃がキリキリと言いだしていた。


 瀬史琉せしるにとって黒鵜くろうは既に「レイプ魔の父親を持つ人権なんてあるわけがない劣等種」では無かった。

 自分は中学生の3年間、取り返しがつかない程大きな間違いを犯したというのに、今更気づいてもあまりにも遅すぎていた。

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