第37話 外への扉

 目覚ましが鳴り、目を覚ますとなんだか違和感を感じた。

 視線だけ動かし周囲を確認したが、変わったところはない。

 上半身を起こして、部屋の中を見渡す。

 すると、机の上にメモの様なものを見つけた。


 一瞬、自分が昨晩置きっぱなしにしたかとも思ったが、昨日はすぐに寝たので机でメモを書いた記憶はない。

 ベッドから降り、机に向かいメモを手に取り見てみる。


『トーヤ君、ようやくスキルが馴染んできたようですね。しかし、それは第一段階にすぎません。もうしばらくその初期訓練施設を中心に活動してください』


 魔女だ。

 自分としては「ついに弁当!」という気持ちでいたのだが、魔女からしてみると「まだ第一段階」という認識らしい。

 朝一から少しばかり複雑な感情となり、口を歪めながら鼻から息を出す。ため息みたいなものだ。

「そういえば初日もこんな感じだった」と思いながら、メモを机に返すと煙が出て消えた。


 煙が消えた後には、今回も代わりの小冊子が現れたので当然確認。

 書いてあった内容をまとめると、スキルが馴染み弁当を召喚可能になったことに合わせて『店舗』と『端末』それから『召喚』がアップデートされたということのようだ。

 具体的に言うと、客側が指定した内容を店舗が音声で認識し、すぐさまセットとして作り上げるというもの。何それ凄すぎ……。


 このアップデートのおかげで、売る方としてはずいぶんと楽になるはずだ。

 セット毎に登録する必要はなくなるし、以前きになっていた容器についても客が値段と効果を確認して選ぶことが出来るようになる。


 ただし、デメリットも存在していた。

 それは、単品の累計売上数についてはそのままだが、セットでの実績がリセットされ、今後は「弁当」という括りでの計算となるらしい。

 昆布セットが、数日後にはレベルアップラインに到達しそうだったのを思うと、なんだか損をした気になってしまう。



 その他の部分では『マジジャン』のレベルアップ。

 見てみると、ついに「出張」が解禁されている!

 ウキウキしながら詳細を確認してみると、どうやら単なるアルバイトを雇うもののようで一気にテンションがガタ落ち。

 とはいえ気にはなるので、どんな顔ぶれなのかと見ていくと半分くらいは知ってる人達……。

 元カノ、更には過去に告白して振られた相手や、嫌がらせをしてきた同級生や近所のおじさんなんかもいて、載っている基準は謎だ。

 なぜあんな意味深な表示方法をしていたのかと思ったが、顔を見ると誰かわかることへの配慮だったのかもしれない。いきなり異世界に飛ばされて、見たくない顔を見ると精神的にくるものがあるだろうし。


 一部絶対選ぶことない奴らがラインナップされてることへ呆れつつ、何人かに目星をつけてプロフィールを確認してみると、家族や配偶者の有無に加え現在の交友関係や恋人等も見ることができ、改めて魔女の凄さや恐ろしさを感じることとなった。


「はぁ。気になってた田中さんやっぱり恋人いたのか。しかも、相手は松本かよ。それだったら俺の方が……って、そもそも告白すら出来てないし仕方ないか」


 朝一からちょっとした下心によって出張をチェックしたことを後悔しつつ、従業員については知らない人達のプロフィールのチェックも必要ではあるし、後回しにして他を見ていく。


 他の部分としては、買える商品が多少充実したことくらいだろうか。

 こちらも夜の空いた時間に確認する程度で良さそうだ。



 そしてあとは『店舗』部分。

 一先ず店舗を見に行く前に、顔を洗ったりいつもの行動を優先する。

 一応、朝一は開店する予定だし。


 いつもよりやや急ぎ目で食事や掃除を終えて、いざ店舗へ!

 中に入ってみると、パッと見た感じ厨房にはそれほど変化はない。

 少しだけ広くなったかな。

 そのまま販売スペースに向かうと、大きな変化を見つけた。

 謎の扉が追加されている!


 恐る恐る近づきながら、先ほどの魔女からのメモの内容を思い出すと、たしか「初期訓練施設を中心に」と書かれていた。「初期訓練施設で」ではないということは、これが外へ繋がる出入り口であることが想像できる。

 ドキドキしながら扉の前に立ち、長年の癖からドアノブを探したが見つからない。 そういえば、この施設ではタッチパネルで登録するところからということを思い出し、少し恥ずかしくなった。


 壁を見たがタッチパネルが見当たらず、首を傾げながらもう一度扉を良く見てみると、胸の辺りにある一部分だけ色が少し違う。

 パッと見は単なるデザインに思えるが、触れてみるとここがタッチパネルだった。

 手のひらを押し当てると、久しぶりにピリッとした痛みを感じたが、今回は外への興味が上回りあまり気にならなかった。


 登録を終え、さて外に出ようかと扉に近づいたが開かない。

 何度か離れては近づきという行動を繰り返したが効果は無く、不意に時計を見ると例の子供が来る時間になっていたので、開店の方を優先する。


 オーニングを開けると、いつもの町並み。

 さすがに場所の移動とかは無かったようだ。

 いつものように近づいてくる子供が、頻りに違う方向へ意識を向けているので、その視線の先を追うと新しく出来た扉であると理解することが出来た。どうやらあちらからも認識できるらしい。

 まあ、当然か。俺が外に出たとして、戻る時に扉がないと困るし。


 そういえば、先ほどは外界と繋がってなかったから扉が開かなかったのかと思い至り、近づいて扉に手を当ててみるとあっさりと開いてしまった。どうやらスイングドアのようだ。

 夢中で出たり入ったりを繰り返していると、子供が驚いた顔をして近づいてきた。


「丁度いいや、ここに触りながら押して開けられるかやってみてくれ」


 子供は若干戸惑いながらも頷き、試してみてくれたが無理だった。


「やっぱ無理か。ありがとな。ちゃんと今のお礼として、今朝はおまけするから葉っぱ二百枚分選んでいいぞ。交換はいつものあっち側でな」


 実験のあとは、いつものように取引。

 唐揚げを二つ頼むのかと思ったが、一個分で昆布おにぎりを選んだ。さすがにバランスを無視するほど肉狂いではないらしい。

 両手に商品を持ち、嬉しそうに小走りで帰る子供を見送った後、すぐにトリスさんの番。


「トーヤあそこに扉が出来てるぞ。出れるようになったのか?」

「そうなんですよ!」

「おー! おめでとう! よかったな」

「これでいつでも串焼きと交換に行けますよ」

「そうだな! 今度はオレが、いらっしゃい! っていう方になるな!」


 そんなやり取りをした後、扉から出て「改めてよろしくお願いします」と直接挨拶を交わす。


「俺の地元では、こういう時に『握手』をするんですよ」

「んじゃ、やっとくか!」


 久しぶりに触れた人間の感触。そして温もり。

 改めて、自分。そして相手が生きていることを認識することが出来、いつの間にか消えてしまっていた感覚の一つが、戻って来たように感じられた。


 

 新たな一歩を踏み出し始めた、異世界での弁当屋生活。

 多くの借金や不安もあるけれど、今までよりも出来る事も増え目標もある。

 いつか元の世界に戻れると信じて「心機一転」今日からまた頑張って行こうと思う。



― 第一部 完 ―


 ここまで読んで下さりありがとうございました。

 キリも良いし、カクヨムコン用の十万文字を超えたので、ここで一区切りとしようと思います。

 

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弁当屋『ウィッチーズ』 鈴寺杏 @mujikaku

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