第6話 販売スタート
店先にやって来た男性の視線は、メニューへと向いている。
少ししてこちらへと目を向けて、カウンター越しに話しかけてきた。
眼鏡のブリッジ部分を中指で持ち上げる仕草がかっこいい。イケオジだな。
身なりも良い。
「この塩おにぎりとは、どういうものかね?」
どうやら絵だけでは、わかりにくかったようだ。
「いらっしゃいませ。こちらは、穀物ですね。水を用いて食べやすく調理したものに、少量の塩を混ぜたものがこの塩おにぎりになります」
「ほう。それでは一つもらってみるか」
「ありがとうございます。温かいのと冷たいのがあるんですが、どちらがご希望ですか?」
「ん? そうだな。では、温かい方にしてみるか」
「では、少々お待ちください」
急いで厨房へ入り、ホットショーケースから塩おにぎりを一つ取り出し、葉っぱの上にのせ包む。
温かいものの残りが一つになっているので、ついでにいくつか代わりのをケースへ入れておく。
葉っぱで包んだ塩おにぎりを持って販売カウンターへと戻り、中年男性へと差し出す。
「一つですので、二百五十ウィッチです」
「おぉ。確かに温かいな。よし、これが代金だ」
「二百五十ウィッチ丁度頂きます。ありがとうございました」
「ふむ。それにしてもこの絵はずいぶんと繊細で美しいな。さすが魔女の店だ」
男性はそう言いながら、もう一度メニューを確認したのち帰って行った。
おっと、忘れないようにレジを操作してっと。塩おにぎり一つね。
あとレジ後は、手を洗う癖を付けなきゃな。
一つ売れたことで、少しばかり気持ちが楽になった。
けれどその場で食べてくれたわけではないので、味の評価を知ることは出来ていない。美味しかったのなら、また来店してくれるだろうと楽観的に捉えておく方が今のところは良さそうだ。
それから、値段が適正かどうかも早めに知りたいところ。このまましばらく販売してみて、ダメそうなら値下げかな。
どちらかというと、人気が出た場合の値上げの方が難しそうで悩む。原材料費高騰とかで説明があれば十分納得出来るけど、人気が出ての値上げはものすごくイメージ下がるからな。数が用意できないとか、理由はある程度理解出来ても、受け入れられるかはまた別問題だったりするし。
塩おにぎりの値段一つでこんなに悩むんだから、メニュー増えたらマジで大変そう。バイト経験はあっても、経営者側の経験なんて当然ないし。
うだうだと考え事をしていたら、どうやら次のお客さんがやって来たようだ。
今度のお客さんは、パンツスタイルでシンプルな服装のやや長身な女性。ただ腰あたりに帯剣しているのは異世界感満載。
俺より少し目線が低いので百七十センチメートル前後か。姿勢が良いので、実際の身長よりも高く感じる。ボブカットの似合う凛々しい感じの人。年齢はわかんないな。割と若そうではある。
「店主。ここに書かれている商品は、食べ物で間違いないか?」
「いらっしゃいませ。はい、そうです」
「どういったものだ?」
「穀物です。水を用いて食べやすく調理したものに、少量の塩を混ぜたものがこの塩おにぎりになります。先程来られた別のお客様にも聞かれたので、その絵だけではわかりにくいようですね」
「うむ。馴染みのない物だ。正直、絵だけではな」
「なるほど。何か考えないといけないな」
女性は再度メニューを見ながら少し悩んでいる。
「よし。二つ頂くとしよう」
「ありがとうございます。温かいものと冷えたものがございますが、どういたしましょうか?」
「むっ。温かいものの方が良さそうに思うが、どうだ?」
「そうですね。個人的には、冷えたものも好きですね。もちろん温かいものも良いので、その時の気分で決めるかなぁ。それぞれ一つずつなんてどうです?」
「では、そうしてみるかな」
「はい。では少々お待ちください」
厨房へと入り、温かいものと冷えたものを一つずつ包み販売カウンターへと戻る。
何だか毎回、厨房まで戻るのが面倒に思えてきた。これも後で何か考えよう。
「お待たせしました。二つで五百ウィッチです」
「ではこれで」
釜のコインだからおつりが必要だな。
「はい。お預かりします」
レジで塩おにぎりを二つと入力し、投入口にコインを入れ支払いを押す。
ジャラジャラとおつりである杖のコインが五枚出てきた。ぱっと見て五枚なのは間違いないので、そのまま女性へと渡す。
「お待たせしました。おつりの五百ウィッチです。ありがとうございました」
「うむ。確かに。ではな」
これで合計三つ。七百五十ウィッチの売り上げ。なんとも地味だ。
それにしても先程の女性、かっこよかったな。見た目だけじゃなく、言葉遣いも凛々しいので驚いた。異世界だし、騎士とかそういう職業の方だろうか。
さて、今のうちに気付いた点を修正しないと。
商品説明用のポップに、少量なら厨房に戻らなくて良いシステムを考えるか。
そう思いタブレット端末を操作する。
案の定店舗のアプリに新着がある。商品説明用ポップが二千ウィッチ。
ぐぬぬ。買うと厳しい。
ここで自作すればいくらだろうと、マジジャンを開く。
ポップ用の用紙に、ペン、それから両面テープで合計千ウィッチ。こちらもそれなりにする。更に言えば、本格的にやる場合ラミネーターが必要となるわけで、そう考えると現時点では店舗アプリで購入する方が安く上がりそうだ。
余裕が出来たら購入しよう。
あとは、戻らなくて良くなる方法ね。
ホットショーケースは、販売スペース側からでも開けることは可能なので、葉っぱを何枚かこっちに持ってきて、あとはトングでもあれば良さそうかな。箸だと慌ててると落とすかもしれないし。
マジジャンでトングの値段を調べる。
あれ? 思ったより安いな。五百ウィッチか。
最悪葉っぱで直接取り出すことも考えたが、この値段なら買っても良い。
マジジャンの機能も気になっていたので、所持金が少ないが思い切って買ってみることにした。
このアプリ便利なことにレジにあるお金が反映されていて、所持金として表示されている。さすが魔女の不思議パワー。
使いやすそうなデザインを選んで、購入を押す。
すると部屋の方から「にゃあにゃあ」と猫の鳴き声が聞こえた。
慌てて部屋に入ると、机の上に小さなダンボール箱が見えた。
ブーツを脱いで、部屋へ上がりダンボール箱を開けると、ちゃんと注文したトングが入っていた。
軽く室内を見渡しても、猫はいない。
気にはなるが、もしお客さんが来たら困るので、トングを手にして店舗側へとまた出て行く。
幸いというか、残念なことにというか、待ってる客はなし。
トングを洗いながら「ふぅ」と一息つく。
トングを振って水気を軽く取ってから、お皿の上に置く。
ここで取り出すときに塩おにぎりが引っ付かないように、トングを濡らす水を用意する必要もあることに気付く。
あとは、ホットショーケースに入れない物を置いておく皿も必要。また部屋に行き追加を持って来る。
案外手間がかかる。それでも、厨房と販売スペースを行き来するよりマシだが。
一通り準備が終わったので、小休止。
水を飲んで時計を確認すると午後一時近くになっていた。
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