9 再会(5)
その日の夜。
バイトが終わってスマホを見ると、早速、優樹からRINEのメッセージが届いていた。
『今日は、予定も確認しないで突然訪ねちゃって、ごめんな。バイト間に合った? あと、目、平気だったか?』
私は制服から私服へ着替えもせず、返信を打つ。
『うん、全然余裕。今バイト終わった。目の腫れもバレずに済んだよ』
私が『送信』をタップすると、すぐに既読マークがついた。
『そっか、良かった。おつかれ』
「ふふ」
速攻で返信してくれて、私は思わず口元を綻ばせてしまう。
既読スルーしたら既読スルー返しするよ、と言ったのを、まさか真に受けてたりしないだろうか。
『今日は久しぶりに優樹と話せて、楽しかったよ。ありがとう』
『おう、こちらこそ。俺も楽しかった、まだ話し足りないわー。今度時間あったら、メシでも行こうぜ』
『うん、行こ行こ! ハンカチも返したいし、私ももっと優樹と話したいな』
『よっしゃ。いつなら空いてる?』
私はスマホを持ったまま、頭の中で予定を確認する。
短大の授業と、バイトと、
「お? 愛梨ちゃん、彼氏とデート?」
「わっ!?」
そうだ、ここはバイト先のロッカー前だった。後ろから、先輩がRINEの画面を覗き込んでいる。
「もうっ、見ないでくださいよ」
私は慌ててスマホを鞄に放り込み、私服に着替え始めた。
「いいなぁ、彼氏。私も彼氏ほしー」
「そんなんじゃないですってば」
「リア充はみんなそう言うよね」
「だから違いますって……」
「はいはい」
私は必死になって否定するが、先輩は全く信じていないようだ。
先輩はさっさと着替え終わって、手をひらひらさせながらロッカー室を出て行く。
「じゃあ、お先。お幸せにー」
「……お疲れ様です」
先輩に勘違いされてしまったけれど、ロッカー前でRINEに夢中になっていた私が悪い。
けれど実際、今は誰かと付き合うつもりはなかった。修二に騙されたばかりで、正直今は、恋愛から離れて過ごしたいのだ。
優樹の方は……どうだろうか。
高校時代、優樹が話していた、あることを思い出す。
今も考えが変わっていなければ、彼も私と同様に、恋人を作る気はないのかもしれない。
けれど、もしあの時と状況が変わり、彼の考えが変わっていたとしたら。
優樹はきっといつか、私の知らない誰かと、恋をするだろう。その時、私がお荷物になって、優樹の恋路を邪魔してしまうことだけは、したくない。
そしてきっと、優樹の恋の相手になるのは、私ではないだろう。
タイムリープ後の今回は、なぜか縁が切れずに繋がったけれど――実際、タイムリープする前は、優樹と私は疎遠になっていたのだから。
「……はぁ」
私はため息をつく。なんだか、また気が重くなってしまった。
私は再びスマホを取り出し、RINEの画面に視線を落とす。
ひとまず、『帰ってから予定確認するね』と返信して、バイト先を出たのだった。
*
帰宅ラッシュの電車の中。
家路を急ぐ乗客たちは、みな一様に疲れた顔で、混雑の中を静かに揺られている。
タイムリープする前は、窓に映る私の顔も、隣に立つ誰かと似たようなものだった。
――そっか。
私、空っぽだった。虚しかったんだ。
もちろん、推しを応援している時など、充足感を感じる幸せな時間もあった。
けれど、いつからだったか……人との関わりの中で、私が心から笑えた時間なんて、全然なかったように思う。
三年半の歳月が経って大人になったせいか、修二のせいか……私は、純粋だったあの頃のように、無条件に人を信じることができなくなってしまったようだ。
そして、それは、タイムリープしてから昨日までの私も、同じだった。
失う前に戻ってきたのはいいけれど、本来仲良くなるはずだった人とも、まだ知り合えていない。
それに、知り合えていたとしても――怖かった。
何せ、その人との当時……すなわち今現在の距離感も、関係性も、中心になっていた話題も、はっきりと思い出せないのだ。
結局、タイムリープ前は普通に話していた人とも、少し距離をおいてしてしまっている自分がいた。
そんな中。
まるで見計らったかのように、優樹が手を差し伸べてくれた。
驚いたけれど……、嬉しかった。楽しかった。
タイムリープ前には縁が切れてしまっていたからだろうか。不思議と、素直なありのままの自分でいられたのだ。
私は、もう一度RINEの画面を開く。
トーク画面は、優樹からの『了解』のスタンプで止まっていた。
――また、優樹と会える。
次に会ったら、何を話そう。優樹は、どんなことを話してくれるだろう。
考えていると、虚無感と寂しさに苛まれていた心が、温まってきた。
予定が合うといいなあ、と。
なんだか、楽しかった高校時代に戻ったみたいだ。
少しだけ……、ほんの少しだけでいい。
優樹に恋人ができる、その時まで。
もしくは、私が元通り、自分の居場所で立ち上がれるようになる、その時まで。
それまで、少しだけ、優樹に甘えてもいいだろうか。
もちろん、無遠慮に踏み込んだりはしない。
ただ、ひとりの友人として――。
――――Next『自覚』
次の更新予定
推しと恋をする世界線 〜大好きな歌声に導かれてタイムリープした私が、疎遠になっていた親友からの溺愛に気づくまで 矢口愛留 @ido_yaguchi
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