8 再会(4)



「……急に泣いちゃって、ごめんね。優樹のおかげで落ち着いたよ」

「ん」


 泣いたら気持ちもすっきりして、私は優樹に笑いかけた。

 きっと今、私は、ひどい顔をしているだろう。

 けれど優樹は私から目を背けるでもなく、私をまっすぐ見つめ、やさしく微笑んでいる。


「少しすっきりした? さっきよりいい顔してる」

「えっ、絶対嘘。だって目、腫れてるし、きっとお化粧も落ちてる」

「愛梨は、化粧しなくたって充分、か……」

「ん?」


 優樹は何かを言おうとして、突然言葉を切り、固まってしまった。

 私が首を傾げると、何かを誤魔化すように咳払いをして、明るく続ける。


「ごほん。そもそもさ、高校の時、すっぴんだったろ? だからさ、俺の前では化粧とか、お洒落とか、気にしなくていいんだよ」

「あっ、なにそれ! 素材が悪いから、お化粧してもお洒落しても意味ないっていうの?」

「なんでそうなるんだよ! むしろ逆……ほら、その、愛梨は肌も綺麗だし、目も二重でくりっとしてるし、唇だってぷくっとして柔らかそ……って、何言ってんだ俺っ」

「ふふ」


 優樹はしどろもどろになりながら、必死でフォローする。私はそれがおかしくて、思わず笑ってしまった。


「冗談だよ。分かってるよ、優樹はやさしいから、励ましてくれてるんだよね。お世辞でも嬉しいよ。ありがと」

「…………おう」


 なんだか無駄に間が空いたような気がするが、とにかく、優樹の気遣いはとても嬉しかった。傷ついた心に、優樹のやさしさがじわりと沁みる。


「そうだ、愛梨に聞こうと思ってたこと、もう一つあったんだよ。どっちかって言うと、こっちが本来の用事だったんだけど」

「うん。なあに?」

「実はさ……俺のスマホ、水没しちゃって。データも取り出せなくて、連絡先消えちゃったんだよ。だから、愛梨の連絡先聞いてもいい?」


 そう言って、優樹はジーンズのポケットからスマホを取り出した。

 ケースもついていない、ぴかぴかのスマホだ。


「そうだったんだ。もちろんいいよ」

「あー、良かった。このまま誰とも連絡つかなくなるかと思ったよ。琢磨は俺たちのクラスのやつとは連絡先交換してなかったみたいだし」


 私が連絡先の交換に応じると、優樹は安心したように、大袈裟に息をついた。


「あれ、でも、RINEは? 電話番号とかメアドでログインできなかったっけ?」

「キャリア変えたから、ログイン用のメアドも番号も使えなくなっちゃったんだよ。前のキャリア解約してから、色々ゆっくり移行しようと思ってたんだけどさ……」

「あー、移行作業が終わる前にやらかしちゃったんだ」

「そ。情けない話だろ」


 そう言って優樹はバツが悪そうに笑う。優樹はRINE以外のSNSもやっていなかったから、そちらから連絡をすることもできなかったのだろう。 


「そっか、ツイてなかったね。じゃあ、連絡先交換したら、クラスRINE招待しよっか」

「すまん、助かるわ」

「いいよいいよ。同窓会とかやるかもしれないしね」


 そう言ったところで、私は、タイムリープ前、優樹が同窓会に一度も姿を見せなかったことを思い出した。

 あちらの時間軸で、卒業してから疎遠になってしまったのも、そういう理由からだったのかもしれない。


 ただ、タイムリープ前は、うちに優樹が訪ねてきたことはなかったように記憶している。たまたま私が留守にしていたのだろうか。

 ……いや、でも、どうだろう。ここは実家だし、母はこの時間は大抵在宅しているから、来客があったのなら後で私に伝えてくれるはずだ。


 そんなことを考えながらも、スマホの操作を完了し、連絡先の交換も無事に済んだ。


「できたよ。クラスRINEも招待しといた」

「あー、ほんと助かったわ。ありがとな」


 優樹は安心したように顔を綻ばせる。


「なあ、用事とかなくても、連絡していい?」

「うん、もちろん。私もRINEするよ」

「おう。話ぐらい聞いてやるから、悩みすぎて爆発する前にメッセージくれよな」

「ふふ、ありがと。あ、でも既読スルーしたら既読スルー返しするからね!」

「うっ、気をつける」


 その後しばらく何気ない話をした後、優樹は帰っていった。私にバイトの予定が入っていたためだ。

 帰り際に、優樹はまた心配そうな顔をして、「何かあったら俺を頼っていいんだからな」と念を押した。

 私は素直に頷き、感謝を告げたのだった。


 楽しい時間は過ぎるのが早い。

 本当はもう少し話していたかったけれど、久々に気の置けない友人と話ができて、私の心はすっかりほぐれたのだった。

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