『告白』

月末了瑞

『告白』



 ジャズ調のBGMが流れるこじんまりとした喫茶店。


 珈琲の香ばしい匂いが漂い、アンティーク調の家具で揃えられた店内。


 とても落ち着く空間だというのに、何故だかこの時、客は私とA子の二人のみだった。


 A子は何処かよそよそしく、私と目が合うとはにかみながら目を逸らしてしまう。


 そんなA子と出会ったのは三年前。とあるSNSで繋がり、趣味が同じだったこともあってか、すぐに意気投合した。


 ネットの中ではあったのだが、お互い仕事帰りにやり取りをするのが日課となり、とても充実した日々を送っていたと思う。


 A子はネットではとても明るく活発的で、何でも気兼ねなく話せる男友達のような存在だった。


 それも相まってか、私はてっきり男だとばかり思っていたのだ。


 そんな思い込みは時に大胆な行動を取らせる。


 私はそんなネット上のA子に会いたいと思い立ち、直接会って話をしないか? と声をかけてみた。


 どうやらA子はA子で、私のことを女だと勘違いしていたらしく、何の疑念も持たず了承してくれた。


 そして今日、数年越しの初顔合わせとなり、私は指定された喫茶店の扉をくぐった。


 しかし、そこにいたのは私の想像した男の姿など何処にも無く、代わりに肌を雪のように白く染める痩せこけた女性がいた。


 女性は奇麗な黒髪を縛ることもせず腰まで伸ばし、ほんのりとメイクをしているが、その血色はとても悪い。


「黒犬さんですか?」


 私は意を決して恐る恐るその女性に声をかけた。


 すると女性は、「えっ?」と一言、驚いた様子で私へと視線を向け──数秒。


「えっと……もしかしてにゃーちさんですか?」


 そう声を軽く震わせ聞いてきた。


 そこには緊張や困惑が入り交じっており、私たちは一瞬、どういう事かと訝しげた。


 結局のところ、私たちはとんだ勘違いをしていたらしく、微妙な顔で笑う他なかった。


 その後、


「にゃーちこと私はT史と申します。黒犬さんのことは何とお呼びすれば良いでしょうか?」


「私はA子、お好きなように呼んでくださいな」


 お互いそんな自己紹介をした後、軽く趣味のバードウオッチングについての会話を振ってみた。


 しかしA子はネットでの性格とは異なり、あまり話すのが得意ではないという。


 が……多分、私のことを女だと勘違いしていた為、何でも話せていた節もあったのだろう。


 けれど、今A子の目の前にいる私は紛れもない男。警戒心や緊張していても何ら可笑しくは無い。


 私は、そんなA子との会話が上手く続けられず、どんな話題を振ろうか? と頭を真っ白にさせてしまった。そんな私の落ち度でしかないのだが、何を思ったのか、私は


「A子さんはどんな子供時代をお過ごしだったのですか?」


 などとプライベートを詮索するような内容を聞いていた。


 ネットで交流があるとはいえ、相手は初対面。それも女性なのである。年齢を聞く以上に失礼極まりない質問に、私は何をしているのだと内省しつつも、どう挽回しようか悩んでいると、A子は一旦目を伏せ、沈黙の間を作る。


 そして、一拍置いた後、


「私の生い立ちですか……?」


 そう確認するように聞いてきた。


「え、ええ……」


 私はその質問にどう答えるべきか分からず、声を裏返しながらそう相槌を打つのが精一杯だった。


 するとA子は再度目を伏せ、


「何の変哲もない子供時代を過しました。とてもつまらないものですが、お聞きしますか?」


 そう困惑気味に眉を下げはにかむ。


 その表情はどこか憂いを帯びており、生い立ち自体、あまり他人に聞かれたくないもののようにも思える。


 だが、何の変哲もない子供時代ということだしと、私は深く考えず、注文していたブルーマウンテンが注がれたカップを持ち上げ、


「A子さんが話したくなければ聞きませんが、良ければ聞いても良いですか?」


 そう気配りをしながら、微笑み返す。


 珈琲の湯気が立ち上る中、そんな私の返答に、A子は何かを考えるように間を空け、そして──


「つまらない話ですが……」


 そう、再度念を押した後、軽く息を吸い込むと、意を決した様子で語り始める。


 その様子が私には、微かだが何か違和感を感じさせた。


 これからA子が話そうとしている内容は、重厚なものだと──。


 ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※


 子供の頃の記憶は曖昧なのですが、一番古い記憶ですと……。とあるアニメキャラクターの金メダルを保育園で貰ったことが印象に残っていますね。


 どういう経緯で貰ったのか、そこは記憶がごっそりと抜け落ちているため、忘れてしまいましたが、その記憶が未だに残っているということは、とても嬉しかったのでしょう。


 きっと、海賊が金銀財宝を探し当てた時のように喜んでいたに違いありません。


 A子は恥ずかしげに頬を染めながら、とても嬉しそうに話をしてくれる。


 その表情が愛らしく、私はつい微笑んでしまったのだが、そんな私をみてA子は照れくさそうに


「ああ、つまらない話でしたね」


 そう困り顔で笑みを浮かべ、珈琲カップを両手で包み込む。


 そして片手を離し、一口珈琲を飲んだ後、


「一番古い記憶はそんな愛らしいものなのですが、次の記憶は……良いものでは無いかもしれませんね」


 そんな前置きの後A子は伏せ目がちになり、再度珈琲カップを両手で包み込む。


 しかし、すぐに話を進めるのではなく、何かを必死に飲み込むような間を一つ。


「私の母は育児をしない人だったんです」


 そう続ける。


 その声は、どこか懐かしそうでありながら、まだどこかA子の中で整理できていないというように、複雑な感情が見え隠れしているように思えた。


 ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※


 なので、私は母の男の元で育ちました。


 ですが、どうしてでしょうか? 残念ながらその時の記憶は残っていなくて……次の記憶は小学生のときですかね?


 母はとても勉強熱心な人でしてね、私に様々な勉強を教えてくださいました。


 しかし、私は算数が大の苦手で……。正確な答えを導き出せるまでご飯を食べさせて貰えなかったり、外に放り出されたり──


『何故こんな簡単なものが分からないの!?』と、解けるまで寝かして貰えなかったりと、今考えると辛い日々でしたね。


 そんな母ですが、弱点があったんです。


 母は男癖が悪く、相手がいないと生きていけない。そんな弱い人間でした。


 ですが、見る目が相当悪かったのか、母が選んだ男はかなり特殊な方で……。


 何が気に入らなかったんでしょうね。


 母は夜の店……。つまりスナックで働いていたんです。


 母が居ない時を見計らい、男は私を捕まえ湯船に沈めたり、エアガンというのでしょうか? 橙色のプラスチック弾を私の体に打ち込んできたり、木にくくりつけてみたり……。


 ああ、そうそう。湯船に沈められ、木にくくりつけられ……危うく車に轢かれそうになったこともありましたね。


 ですが、何故か悪運だけは強かったらしいんです。


 間一髪のところで助けられ、そして家に送り届けてもらいました。


 でも、男からの行為は留まることを知らなくて……。警察が悪さをした犯人に使う手錠を、私の両手首につけてきたこともありましたね。


 そして、一言──『鍵をなくしたからお前はずっとそのままだな』と。


 その時の私はパニックになってしまい、必死に手首を回して取ろうともがきました。


 ですが、手錠はもがけばもがくほど、締め付けてくるのを知っていますか? 小学低学年の腕なんて、まだ成長途中ということもあり、骨格からして細いのにも拘わらず、締め付けてくるんですよ。


 しかし、もがいているうちにこれも悪運というのでしょうか? ポロリと取れまして……何とか事なきを得たんです。


 ですが、私の精神はまだまだ未成熟なのです。


 未だに、腕を冗談でも縛られたりすると、怖くて怖くて……。あの時の記憶が鮮明にフラッシュバックして、逃げなければいけないという逃走本能に駆られてしまいますね。


 ですが、T史さんも子供の頃あったことでしょ? 普通のことなのに、どうして私はまだ引きずってしまっているんでしょうか。


 ああ、別に羨ましがっている、妬んでいるという意味では無いですよ? きっと皆さんも同じようなことをされているはずなのに、どうして強く生きられるのか、尊敬の念すら覚えます。


 そんな当たり前の日常。ですが、私の運命の分岐点が訪れたのです。


 どういう経緯だったか、もう既に記憶の闇に眠り思い出せませんが、男が急に私の腕にタバコを押し付けてきたんです。


 熱いですし、怖くて怖くて……。私は必死に逃げようと足掻いたのです。


 それがきっと悪かったのだと思います。


 男はそんな私に煩わしさを感じたのでしょう。腕に煙草ソレを押し当ててきて……。


「根性焼きというのでしょうか?」


 あっ、ほら。これがその時の傷です。


 そう言って、A子は生々しく残る三つの火傷痕を私に見せてきた。


 目の前にいるA子は、私に同情されたくないのか、それとも本気で告白内容が通常と思っているのか──微笑んでいる。


 だが、その当時のことは今でも心の傷として、彼女の中に深く刻み込まれているのだろう。もしかすると、傷を見る度に嫌な記憶が蘇り、苦しんでいるのかもしれない。


 私はそんなA子の傷を直視できなかった。その体験談だけでも胸を痛めるものでしかなく、この時点で聞くのではなかったと後悔した。


 しかし、考え無しに生い立ちを聞いてしまったばかりに、A子はもしかすると話を誰かに聞いてもらい、自分の中で整理しようと考えたのかもしれない。


 それならば、何の考えも無しに生い立ちを聞いた私の責任でもあるのだろう。


 私は止めることはせず静かに話を聞き続けた。


 A子はそんな私の態度に驚いたのか、それとも安堵を覚えたのか──右手で左腕を軽く撫でながら、一瞬視線を泳がせたが、話を止めることなく淡々と事実・・だけを口にし続けた。


 ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※


 男が私の腕に煙草を押し付けた翌日、私は平然とした顔で小学校へ行きました。


 ですが、私の火傷痕を見つけた担任は、血相を変え何があったのかと私に聞いてきました。


 もしかすると、虐待を疑われたのかもしれませんね。ですが、よくあることでしょ? そんなに驚くことでもないのに。


 私は馬鹿な子だったので、何故担任がそんなに驚いたような表情をしているのか分からず、包み隠さず全てを話をしました。


 すると、担任は何処かへ連絡し、私はすぐに一時保護所というところに連れていかれることになってしまったのです。


 そこでは木を描いてくれと言われたり、変わったイラストを見せられ、何に見えるか? などの心理検査というのでしょうか? それをさせられたあと、そのまま一時保護所そこで生活することになりました。


 一時保護所は平和な場所で、死に怯えなくて済む安堵を感じることができました。


 ですが不思議なことに、やはり記憶には残っていないんですよね……。


 何日、いいえ何ヶ月その一時保護所にいたのか定かではないですが、そこから施設へと移動する運びとなり、私は小学六年生までとある施設で育つこととなりました。


 その施設では上下関係が激しく、新参者の私はは格好の餌食でしかありません。


 石を投げられたり、悪口を言われたり──そんな日々が数週間ほど続きました。


 ですが、あの男がやった事より可愛いものでしたので、特に私は虐められているということすら理解していませんでした。


 そんな小学生時代も終え、卒業と共に母に引き取られることになったのですが、母は二度目の結婚をしていました。


 挙式などはせず、婚姻届を提出しただけの形式上の結婚。ですが、その時に母が選んだ別の男もまあ、一癖も二癖もある人で……。


 男は自分が浮気しているにも拘わらず、母を束縛し、少しでも帰りが遅いと浮気を疑っていましたね。


 もしかすると、自分がやっているから相手もやっているかもしれない。そんな心理バイアスが働いたのでしょうか?


 男の言動は日に日に激しさを増し、母は肋を骨折させられたり、生傷が耐えなくなりました。


 私もその餌食でしたがまだ、母より幾分可愛らしいものだったのかもしれません。


 やられたことといえば、私が大切にしていたものを壊されたり、暴言を吐かれたり……卑猥な言葉をぶつけられたくらいでしたから。


 ですがそんな母と男の結婚生活は長くは持たず、激しさが募っていく中、私は祖母の家に預けられることとなりました。


 その時は、私が悪いのだと本気で思っていました。私の存在そのものが、きっと二人の仲を引き裂いたのだと。ですが私は死ねませんでした。


 人には防衛本能というモノがありましてね、それが制御装置のように働きかけ、恐怖で足が竦んでしまったのです。


 未だに思うのですが、私は何故生きているのでしょうか、と。ですが、きっと私は前世で悪行の数々を繰り返したのでしょうね。そのせいで生き続けることを強いられたのでしょう。


 ああ、すみません。私の感情なんてどうでも良いですよね。


 BGMの曲が変わると共に、A子はハッとした表情でそう口にし、また困惑気味に微笑み珈琲に口をつける。そして、淡々とした態度は崩さずにありのままの言葉を紡いでいく。


 ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※


 母と男の結婚生活は半年ほどで終わり、私は転校することになりました。


 それからも母は懲りずに男を取っかえ引っ変えしていたのですが、男がいる時は普通の女性という感じでした。


 しかし、最後の男──確か競走馬に携わる仕事をしていた人でしたね。


 その人から金を搾り取れなくなってから、私と母の二人だけの生活になってしまい、そこから母のおかしな行動が目に付くようになりました。


 母は一人では生きていけなかったのです。そのせいか、私への束縛が酷くなっていきました。


 最初は問題なかったのですが、誰かと遊ぶことは禁止、部活も禁止、テスト勉強をしようものなら邪魔をし、『どうせそんな事をしたところで無意味だ』と笑い飛ばし、遊んでくれと駄々を捏ねるようになったのです。


 そして、それを無視しようものなら癇癪を起こし、鋭く伸びた爪を私の肌に突き立ててきたり、噛んできたり──そんな子供じみたことをしてきましたね。


 ですが、そんな母も優しいところはあったんですよ。機嫌が良いとどこかへ連れて行ってくれたり、酷いことはしてきませんでした。


 そんな母に、慣れてきた高校生の頃。


 私、バイトと言うものを始めたのです。


 初めて自分で稼いだお金。何に使おうかとワクワクしたのを今でも覚えています。


 ですが、私が持っていると何に使うか分からないと言って、バイト代は全て……いえ、語弊でしたね。一円玉数枚だけを私に渡し、残りは全て自分のものにしてしまいました。


 私は大変ショックを受けましたが、その時の母はすこぶる機嫌がよく、それで機嫌が良くなるのならと諦めを選びました。


 ですが、お金が必要になってくることも稀にあるんですよね。そんな時、私悪い事だと思いながらも何度か母の財布からお金を盗んでしまい……。


 まあ、とても怒られましたよね……。自業自得なのですが、殴る蹴る、そして髪の毛を引っ張り回されたり、包丁を突きつけられたりと……かなりの制裁を受けてしまいました。


 ですが、それは全て私が悪いことなのです。にも拘わらず、恐怖を覚えてしまいました。


 自分が悪さをしたからこその償いですのに、可笑しいですよね。


 それからも命の危機というものを何度か経験しながらも、私は悪運だけは強く、生きて高校を卒業できたある日。


 私は母との約束を破り、友人と遊んだのです。


 すると百を超えるメールや電話がかかってきまして……。メールには『殺す』などの脅迫文が。


 帰らなければいけないと焦っていると、それを見た友人が警察に行こうと、こんな在り来りなことで警察が動くはずがないと言っても、聞く耳を持って貰えず、私は警察に行くことに。


 きっと、母の元へ戻される。そう思っていたのですが、何故か再度保護されることになり……。私は再び祖母に保護されることになったのです──


 ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※


「ああ、すみません。長々と話しすぎちゃいましたね」


 寂しげなBGMが少し明るめな曲へ変わると同時に、A子は窓から落ちるオレンジの日差しに目を細め、


「つまらない平凡なお話をしてしまいすみませんでした。ここは私がお支払いさせていただきますね」


 そう言い、私の返答を待たずして伝票を片手に会計を済ませに行く。


 私は冷えた珈琲を一口。


 珈琲は酸味が増し、A子の話を聞いたあとだからか苦味が口の中で目一杯に広がる。


 その余韻に浸りながらも視線を前へと戻す。


 だが、目の前にあったはずのA子の姿は、会計を迅速に済ませたのか、既にこの喫茶店から消え去っていた。


 彼女の話を聞いたことで、私は何かを変える行動を取るべきではないかと一瞬考えたが、それはただの自己満足に過ぎないのかもしれないと足踏みせざるを得なかった。


 なにせ、彼女が語った「普通」の物語は、私には重すぎるほどの「異常」だったのだから。


 そして、そんな異常な日々を彼女が「当たり前」として生きてきたことが、何よりも私の胸を締め付けた。


 それでも、私はA子に何もできなかった。彼女にかける言葉すら見つけられないまま、ただその寂しげな背中を見送るしかなかったのだ。


 耳に残るジャズの旋律が、店内にわずかな温かみを与えようとしているが、私にはそれがひどく空虚に感じられた。


 私の知る限り、A子は「異常」を抱えながらも、それを「普通」として受け入れることで、自分を保っているように思える。


 私は冷めた珈琲を飲み干し、喫茶店を出た後、もう一度彼女に会いたいと思った。


 けれど、それは私のための感傷に過ぎないことに気づく。彼女はおそらく、私との繋がりを求めていたわけではない。ただ、一度だけ誰かに語る必要があっただけだ。


 だから、私は立ち尽くす。


 人々が平然と往来する街並みの中で、A子の物語を抱えたまま、一人、取り残されていることを痛感し、そしていつもの日常へと静かに足を進める。


 私は喧騒の中を歩きながら、携帯を手に取り、気づけば次の予定を確認していた。それが私の『普通』の在り方。


 彼女が選んだ別れと、私が選んだ無力さ。その交差点で、A子の姿は完全に消えていた。


 そんな彼女の語った物語は、私にとって冷たいマグマのようで、触れれば凍りつきそうなのに、その内側には、触れる者全てを焼き尽くす苦痛が秘められているように思えた。


 しかし、その秘められた苦痛の中に、A子が放った「つまらない話」の意味が、逆にその言葉の重さを際立たせているように思える。


 もしかすると、『平凡』は、『異常』と紙一重の均衡の上に成り立つものかもしれない。


 しかし、そんな重さを前に、私のような平凡な人間には、どのような答えを見つけ出すことなど到底叶わない。


 結局、彼女に同情の声も、手を差し伸べる勇気も持てなかった自分が、一番醜く、そして空っぽで情けなく思えてしまった。


 それでも私は、A子の告白を胸の奥深くに押し込める。多分それが、私が彼女にできる、唯一の敬意になるはずだから。

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