虎杖との出逢い
藤泉都理
虎杖との出逢い
タデ科ソバカズラ属の多年草で、各地の日当たりのいい山野や道端、荒れ地に群生。
繁殖力旺盛で、寒さにも強く、滅多な事で枯れない。
初夏から秋にかけての七月から十月頃に、甘い香りがする白い花をつけるようになる。
花言葉は、回復、見かけによらない。
薬草でもあり、若葉をもんで痛み止めや止血剤として用いる事は元より、虎杖の根(虎杖根)を乾燥させれば生薬としても用いる事ができる。
より遠くに子孫を繁栄させる為の翼をもつ実は第二の花のように見え、白い小花よりもうんと華やかさがある。
(これはもう余興が始まっているのだろうか?)
農家の女性と結婚した友人の結婚式で、信じられない光景を目にした。
新婦の招待客席に座る十人ものムキムキマッチョの男性陣は、下半身は黒のメンズスーツを身に着けているのだが、上半身は裸なのだ。いや、正確に言えば、十人全員が紫色のネクタイをしているので、裸とは言い難いが。
(確か。さつまいもを育てていると言っていたか。だから、紫のネクタイなんだろうか。新婦席に座っているという事は、農家の方たちなんだろうな。やはり体力仕事だからあんなに筋肉がつくんだろう。俺はいくら動いても削げ落ちていくばかりで。まあ。羨ましいと言えば、羨ましいか)
さつまいも農家だからだろうか。
さつまいもご飯、揚げさつまいもと根菜と鶏の甘酢あん、さつまいものかき揚げ、さつまいもと切り昆布の煮物、さつまいものクリームグラタン、大学いも、さつまいもと野菜スープと、さつまいもだらけのお弁当形式で提供されているのは。
(まあ、美味いからいいんだけどな)
黙々と食べつつ、焼きいもの発泡酒を嗜みつつ、同じテーブルに座る友人たちの話に相槌を打ちつつ、メイン席に座る新郎新婦を見つめる。
新郎新婦の友人や親戚が冷やかしに行っているので、とても騒がしいのだが、やわらかくも、やさしい、幸福感に満ち満ちた空気が削がれる事はない。
不謹慎ではあるが、例えば明日にでも離婚したとしてもだ、あの空気を一度でも二人で産み出せたのならば、それはそれで一生ものの宝になるのではないだろうか。
(まあ。俺には関係ない話だが)
新郎新婦から視線を外して、テーブルの中央に飾られている花を見る。
時期が遅れて咲きました、の文章で始まるメモには、この植物の名前である虎杖と、簡単な説明が手描きされていた。
引き出物は、この虎杖とさつまいも、とも。
(虎杖、ね。どっかで聞いた事がある。な)
徹夜明けで出席したので酒の周りが早いのだろう。
一気に眠気が襲いかかって来たので、まだ中盤ではあるがお暇しようかとも思っていたところに、事件が起きた。
慌ただしい足音に次いで制止する声が聞こえたかと思えば、扉が乱暴に開かれて、新郎と同じ純白のタキシードを身に着けた男性たちが、会場内に走り込んできては、メイン席で立ち止まると新郎を指差して、新婦を渡してもらおうかと甲高い声音で言い放ったのだ。
(元彼。か。ひいふうみい。はは。十人もいやがる。ちゃんと話を付けないからこうなるんだ。清算はちゃんとしないとな。なんて。どうせ余興だろう。ほら。ムキムキマッチョの出番が来た)
漸く出番が来たと言わんばかりに、飛び出した十人ものムキムキマッチョの戦士たちは果たして、見た目だけではなかった。まるで紙風船で戯れているが如く、純白タキシードたちを千切っては投げ千切っては投げているのだが、会場及び招待客やスタッフたちにも被害が及んでないのだ。余興と言わずして何と言おうという状況である。
(すごい咆哮だな。毛という毛が微かに震えている)
にやけては、上唇を舌で舐めて潤す。
何だろう。あのふかふかの筋肉を思い切り抱きしめて堪能したくて堪らない。
(ふかふかだろう。ふっかふかだろう。上等な筋肉は硬いんじゃなくて、柔らかいんだって聞いた事がある。触ってみてえ、)
「ん?」
純白タキシードの八人は気絶している(振りをしている)のだろう。床に倒れたままだが、なんと二人は招待客に手を出したのだ。
一人は新婦の招待客のご婦人に、もう一人は。
「こ、こいつに怪我をされたくなかったら、俺と結婚しろお!
「いや。余興とはいえ、情けなさすぎるだろ。おい。あんた。新郎と一対一で勝負してこいよ」
付き合おうと思っていたのが、面倒な気持ちの方が勝ったらしい。
心中で呟いていたはずが、本音を表に出してしまったら、首を絞めるように腕を回す純白タキシードの空気が一変した。刹那、呼吸さえ奪ってしまうような、おどろおどろしい炎を一気に放出したかと思えば、本当に首を絞め始めたのだ。しかも、腕ではなく、両の手で強く。
「はああ!?何が余興だなめてんのかてめえ!!」
「っ。おいおい。やり過ぎだろ。明日………仕事。なんだよ。首にぶ。っそうな、もん。つけちまったら。支障が出るだ。ろう、が、」
「知るかよ!?」
「ッチ」
前から首を絞められていたのならば、テーブルの食器を手当たり次第に掴んでこの男に叩きつけてやるのに、後ろから絞められているものだから、首を絞める両手を強く引っ掻く事しかできない。
もしやこれは余興ではないのか。
命の危機感が頭を擡げ始めては、同じテーブルに座る友人に充血した目を向けるも、友人たちは余興と信じて疑っていないのだろう。やんややんやと囃し立てるだけ。中にはテーブルに突っ伏して眠っている友人も居た。
みんな疲れているんだな、しょうがないよな。
霞ゆく意識の中、明日の仕事でやるべき事が次から次へと過っては、微笑を浮かべる。
ああもうしなくていいんだな、仕事。
「………ッア。カ。ッハ。ハ。ハアハアハアハアッ!」
「落ち着け。落ち着いて、呼吸しろ。そうだ。そうだ。大丈夫だ。大丈夫」
いきなり首の締め付けから解放されたかと思えば、うまく呼吸ができず混乱していると、後ろからやわく抱きしめられては、優しく、落ち着いた口調でそう言われた。
椅子の背もたれがあるはずなのだが、どうしたのだろうか。
やわいのに弾力があり、温かく熱く、力強い肉体と連動しながらも安心する心臓の音が全身を包み込み、徐々に呼吸が落ち着いて行った。
「落ち着いたか?」
厳めしく無精髭を生やした顔の男が顔をのぞき込んでくる。
新婦の招待客の席に座っていた男性だった。
どうやら、横になっている身体を支えてくれているらしい。
「悪い。余興だと思っていたんだろう。あれは余興ではない。本当に新婦を略奪しようとしたやつらだった。やつらは全員、縄でふん絞まっている。今、警察を呼んだから。悪い」
「は。何で、あんたが謝るんだ?」
「新婦の幼馴染として、誰も怪我せずに結婚式を無事に終わらせる役目があったからだ」
「は。はは。は。武士かよ。あんた。顔も厳めしいし、無精髭だし、ムキムキマッチョだし、使命感が強いし。うわ。すげえな。胸筋。盛り上がってる。どうしたらこんな肉体になるんだ。俺の痩せ細ってる身体が三つ重なっても、こうはならねえよ………あ。悪い。セクハラだな」
胸筋を遠慮なく揉みまくっていたら、厳めしい顔がますます厳めしくなってしまった。
不愉快だと言わんばかりのその表情に苦笑しつつ、もう大丈夫だと言って立ち上がった。
「俺はもう大丈夫だから、結婚式に戻ってくれ。無事に終わらせる役目があるんだろ」
「………これ。を。心配だから、後で送る」
「家に帰るまでが結婚式、か?」
「ああそうだ。帰るなよ」
倒れていた椅子を戻して座らせた男は、新婦へと近づいて行った。
スタッフが気を利かせて会場外に運んでくれたのだろう。十人の純白タキシードたちは姿が見えなかった。
「………帰ろうと思ったんだけどな」
テーブルに飾られていた虎杖を見つめてのち、男から手渡された虎杖のブーケへと視線を落とした。
「しょうがねえから、待っててやるか」
「帰るなと言ったはずだが?」
「スタッフに病院に連れて行かれたんだから仕方ねえだろうが」
迫力が増した厳めしい男に見下ろされるも、何故か怖いと感じず。
どころか安心してしまい、悪くはないと思いつつ悪いと謝っては、まずはあんたの名前を教えてくれと言ったのであった。
(2024.11.22)
虎杖との出逢い 藤泉都理 @fujitori
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