大人の童話:ビジネスに疲れたサラリーマンによる大人向けの毒入りショートショート

@3tohei

第1話 :スコップ売りの少女

「スコップを、スコップを買ってください!」街の冷たい夜空に少女の悲しい声がこだまする。

「今晩中にスコップをあと二つ売らないと家には帰れないのに」少女はかじかんだ手をさすりながら涙ぐんで呟いた。


*


あなたもきっと聞いたことがあるでしょう。

「ゴールドラッシュで一番稼ぐのは、金を掘り当てた人間ではなく、スコップを売る人間」

皆が商売の教科書でそう教え続けられた結果、スコップ業界は一大レッドオーシャンになった。

「カリフォルニアで新しいゴールドラッシュが見つかったらしい」そういう噂が立つと大量のスコップ営業とスコップ職人が送り込まれる。送られるスコップ産業の人間は、もはや汽車の車両に収まらず、車両の上に乗ったり窓にしがみついたり。人を人とも思わぬスコップラッシュは続いていた。


もはや、スコップ産業に関わる人間は、地道に金を掘る人間の3倍に達するとの統計データもある。

次から次と生み出される悪性のスコップ。急増のスコップ職人がろくな訓練も受けずに作ったスコップはすぐ壊れる。だが、スコップブームに目のくらんだ商人たちは、次から次と見栄えだけが良いスコップを店頭に並べ、カタログを作り、街を歩く人に誰彼構わず売りつけようと大騒ぎしている。


そんなにスコップを作っても余るだろう?と思う読者の方は半分正しい。生み出されたスコップの半分以上は使われる事がない。使われるのではなく在庫になり、転売されるのだ。

そしてそれこそがスコップブームの真髄である。

一つ事例をお見せしよう。


*


カリフォルニア近郊の大きな森の側の小さな村。この街に一人の勤勉で純粋な金掘り屋がいる。名前はハンクス。彼はちょうど川の中に砂金を見つけて大興奮して、酒場に入ってきた所だ。

ハンクスは白い息を吐きながら、叫んだ。

「砂金だ!見ろ、おらはついに金のありかを見つけたぞ!これで大金持ちだ!みんな、スコップ持ってついてきてくれ!」

沈黙。だが彼を迎えたのは白けた沈黙。

酒場の男たちは、だがハンクスを冷たい目で見るだけだった。皆ちょうどスコップビジネスマンの話に聞き入っていたからだ。


「あれ?みんな…?

 オレ、金を…見つけたんだけど…?」

「黙ってろ、ハンクス。今それどころじゃねえだ!」

「トム兄貴…?」

「そこに座って聞け!」

戸惑うハンクスに、上質なスーツを着て、金歯の光るスコップビジネスマンが優しく微笑みかけた

「おやおや、まだ地道に金を掘っている方がいるのですね。よろしい、せっかくですからあなたにもスコップビジネスの素晴らしさを教えてあげましょう!」

ハンクスは、

「え、スコップ?

 でも、だって…

スコップって金を掘るためのものですよね?金を、金をみつけたんだよ」

ハンクスはそう言いながらもその場の空気にたじろいだ。

みんな、金儲けの匂いに眼が殺気立っている。


ビジネスマンは、ますます優しい顔をして、物分かりの悪いこの生徒に話しかけた。

「スコップの本質はね、キミ。目の前の金を掘ることではないのですよ!未来の金を掘る可能性、それこそがスコップの価値の根源なのです。わかりますか、大事なのは時間なのです。未来なのです。」

「いや、だって。

 おらはもう金を見つけたんだ。未来じゃなくて今なんだけど」

「今の目の前の金!」

スコップビジネスマンは顔の前で指を左右に振り、鼻で笑って続けた

「あなたが見つけたのは砂金ですか?

 あるいは小さな金の粒?

 考えてみなさい。あなたが汗まみれで土砂一山掘って、どのくらいの金が取れると思います?その中に何粒の金が入っていて、市場価格はいくらだと?それで元が取れると思っていますか?

 計算したことはありますか?」

「け、計算?」

ハンクスはたじろいだ。計算は苦手だ。


「え…でもスコップ持ってても、土掘って使わないと金にならないんじゃ?」

だんだん自信がなさげになるハンクスに、ビジネスマンは続ける。

「その考え方に創造性がないというのです!

 時代はイマジネーションとクリエイティビティですよ。

 ハンクスくん、でしたっけ?

 私の持っているこのスコップ、いくらだと思います?」

ビジネスマンはピカピカした一度も使っていなさそうなスコップを恭しく掲げた。

そのスコップを目で追うみんなの目が血走っている。

ハンクスはおずおずといった。

「なんか高そうなスコップだけど」

不審げなハンクスに顔を寄せて、ビジネスマンは甘く囁く。

「現在の市場価格は30万クレジットです」

「ええっ、豪邸立つじゃない!こんなスコップ一本で」

「私が去年このスコップを入手したときには3万クレジットでした」

「じゅ、十倍に…。なんで?こんなスコップ一本で」

ハンクスの眼もだんだん血走ってきた。


ビジネスマンは愛おしそうにスコップの絵を撫でて言った

「ごらんなさい、ここに何と掘られているか、読めますか?」

「C…CVPR…?」

「このロゴはね、このスコップが最高級である事の証なのですよ。これがあるかないかで、スコップの価値は全然違います」

部屋中の視線は羨ましそうにそのスコップに注がれている。その視線を振り回すようにビジネスマンはスコップを掲げて言った。

「来年にはこの価値は、もっと上がるでしょう。このスコップ、私がどうすると思います?」

「う、売るんですか?10倍になったし。

 いやもう少し待って売った方がいいのか…」

「私はこのスコップを担保にしてね、買ったんですよ、別のスコップを」

アタッシュケースから3本のスコップを取り出した。それらのスコップは小柄で、AAAIと書いてある。

「来年にはこのスコップはまた10倍の値段に跳ね上がるでしょう。20倍かもしれない」

酒場中のみんながため息をついた。


ビジネスマンは静かに笑って優しく呟くように、小さな声で続けた。

「私はみなさんにね、この幸福に一口噛んでもらおうと思って話に来たのですよ。

もちろん、この今スコップに一人で10万クレジット出せる方はいないでしょう。なので、権利を分割して一口100クレジットで、話に乗る方が…」

言い始めた瞬間に、酒場の男たちはポケットをあさり、あるものは時計を、別のものは婚約指輪を掲げ、血眼になって叫び始めた。

ボーっとしていたハンクスも、我に帰るとポケットにあった砂金の塊を掲げてスコップの権利を一枚でも得ようと一緒に叫んでいた。

もうその頭には、川に戻って泥まみれで金を掘ろうなどどいう発想はかけらもなかった。


スコップビジネスマンのサムは優雅に微笑んで、ピカピカに輝くスコップの価値を10000分割した権利書の束をゆっくりアタッシュケースから取り出した。


*


街の夜。

哀れなスコップ売りの少女は、大きな店の暖かそうに輝くショーウィンドウの中の美しいスコップを見つめていた。看板には「オープン・サム」の店と書いてある。都会で一番評判のスコップの店だ。


少女はため息をついた。

あの綺麗なスコップは目の玉が飛び出るような値段なのに、お父ちゃんの作ったスコップはさっぱり売れない。お父ちゃんが毎日徹夜して頑丈に作ってるスコップなのになあ。重たいからなのか、ピカピカしてないからなのか?


そう思ってショーウィンドウに顔をつけていて、彼女は気がついた。


このスコップには何だか名前が書いてある。お父ちゃんのスコップには名前が書いてないんだ。そう気がつくと、少女はナイフを取り出して、父の工場の名前を思い出しMIRUと掘り込んだ。


よし、これでいい。きっとこれでスコップは飛ぶように売れて、お家帰って褒められるんだ。少女は大きく声を上げた

「スコップを、スコップを買ってください!」


*

この物語はこれにておしまい。スコップ売りの少女が幸せになったかって?

それはまた別の話。もし巡り合わせがあれば、別の時にすることにしよう。

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