幼馴染とジャングルジム

フィステリアタナカ

幼馴染とジャングルジム

 中学二年生の六月。いつも通り登校していると、小学校のグラウンドにあるジャングルジムが目に入ってきた。この小学校のグラウンドで幼馴染のカナタとよく遊び、楽しい時間を過ごした。そんな記憶が蘇ってきた。中学生になると彼女とクラスが離れ、男子と女子ということもあり、自然とカナタとの接点が無くなっていった。彼女と一緒に登校したいが、急に距離を縮めても不自然なような気がする。どうすればいいのだろう? そんなことを考えているといつの間にか中学校に着いていた。教室の中に入ると親友の健次が声をかけられる。


「おはよう、拓」

「おう、健次おはよう」

「今日もカナタちゃん誘わなかったのか?」

「誘えんかった」

「まったく、中一の頃はカナタちゃんと一緒に登校していたじゃん」

「一学期だけな」

「そうだっけ?」

「ああ、そうだ」


 健次は俺とカナタのことをくっつけようとしているみたいだが、余計なお世話だ。


「先輩達も引退だね」

「そうだな」

「次のキャプテン誰になるんだろう?」

「うーん。わからん」

「僕的には拓がいいんだけど」

「おいおい、俺はそんなガラじゃないって」

「そうかな? まとまると思うんだけど」

「まとめ役なら健次の方がいい――ってわけないな」

「おい、失礼な」

「まあ、そんな怒んなって。ほい、チョコレート」

「また、チョコレートで買収か」


 総体が終わり、三年生も引退した。三年生は受験か。来年は俺達が受験。カナタと同じ高校へ行けるといいな。俺はそう思った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「ねえ、カナタ」

「ん? 何?」

「今日の数学難しかったよね」

「そうそう。チンプンカンプンだった」

「チンプンカンプンって?」

「全然わからなかったよ」

「先生の教え方わかりづらいよねぇ。そうだ! カナタ。カナタは拓也君に教えてもらえばいいじゃん」

「タッ君か」

「そうそう。一年のとき仲良かったじゃん」


 中学二年生の六月。友達と今日の数学の話をする。ふと、タッ君の席を見ると、健次君と部活へ行く準備をしていて「タッ君、部活で忙しいよね」と、私はタッ君との距離を感じていた。

 小学生の頃、私は引き籠もりだった。近所に住むタッ君が私のことを気にかけてくれて、一緒にゲームをしたり、漫画やライトノベルを読んだりして、私が寂しくないようにいつも傍にいてくれた。本当にそれが嬉しかった。


「じゃあ、図書委員の仕事行ってくるね」

「カナタ頑張ってね。じゃあ、また明日」


 ◇


(はぁ)


 図書室のカウンターで溜息をつく。またタッ君とあの頃みたいに一緒にいたい。そんなことを思っているとカウンターに先輩がやってきた。


「おう。この本借りたいんだけど」

「じゃあ、この紙に名前と借りる期間を書いてください」


(今泉先輩か……、確かこの先輩モテるって聞いたな)


「さっき溜息ついていたけど、何かあったの?」


 急に先輩に言われ、私はびっくりした。


「いえ、特に。大丈夫です」

「そうかなぁ、何だかそんな風には見えなかったんだけどね」


(私、そんなに深刻な顔をしているのかな)


「ああ、もしかして好きな人のことで悩んでいるとか?」

「えっ」


 驚いた。私が悩んでいることを当てられたからだ。


「俺、恋愛マスターだから、その手の話なら任せて。いつでも相談に乗ってあげるよ」

「そうですか」

「そうそう、頼りにして。はい、これで借りれる?」


 先輩の書いた貸出期間の項目を確認する。


「はい。二週間後には返してくださいね」

「あいよ。じゃ、またね」


 二日後、先輩は借りていた本を返しに図書室のカウンターにやってきた。


「君、カナタちゃんって言うんだよね?」

「そうですけど、何で先輩知っているんですか?」

「三年の間で二年生でカワイイ子がいるって噂になっていてさ。ひょっとしたら君がそうかなって」

「そうですか」

「そうそう。ねぇ、連絡先教えてよ。恋愛のことでいつでも相談できるよ」

「連絡先はちょっと――」

「そうかぁ、残念だなぁ。じゃあ、いつでも相談できるようにまた来るね」


 それから週に三日、先輩は図書室に来た。いつものように本を貸出、カウンターで先輩と雑談する。先輩の面白い話や真面目な話が聞けて、その時間が思っていたよりも楽しかった。


「じゃあ、カナタちゃんまたね」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「拓。そっちの班は実験うまくいった?」

「ああ、うまくいったぞ。健次そっちはどう?」

「途中で終わっちゃったよ」


 移動教室の帰り、健次と話をしていると、カナタの姿が目に入ってきた。


「カナタちゃん、こんにちは」

「こんにちは」


(えっ、何で先輩に笑顔で会釈しているんだ? 知り合い?)


 カナタが知らない先輩に笑顔で挨拶をしていて、俺は何だかモヤモヤした気分になる。カナタにあの先輩との関係を聞きたいが、何となく聞きづらい。


「ねえ、拓。あの先輩知ってる?」

「いや、知らない」

「カナタちゃん、先輩と交流あるんだね」

「そうだな」


 健次は俺とカナタのことを気にかけてくれる。カナタと先輩の関係を健次に聞いてもらうか。いや、やめておこう。


「そうだ! 僕、カナタちゃんに先輩のことを聞いてみようか? 拓がキャプテン変わってくれるなら」

「変わんねえぞ」

「はあ、誰か変わってくれないかな」


 本当は健次に聞いて欲しい。でも今はいいや。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「へぇー。その幼馴染のことが気になるんだ」

「はい」


 六月末日。私は図書委員の仕事の最後の日に先輩に悩みを相談した。先輩は私の話をよく聞いてくれて、話すたびに不安な気持ちが和らいでいった。


『下校の時刻となりました。用の無い生徒は帰宅してください』


「もう、時間か」

「そうですね。そろそろ帰らないと」

「あっ、ワクバーガーで続きを話そうよ。奢ってあげるから」

「そんな。いいですよ先輩」

「いいって、いいって。先輩は後輩のことを面倒みなさいって部活で教わったから大丈夫」

「そうですか」


 私は先輩の誘いもあり、先輩と一緒にファストフード店に行くことにした。この人に聞けば問題が解決するかも。そう感じたからだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「拓。今日は早かったね」

「そう、おかげでゆっくりできるよ」

「毎日部活がこんな感じならいいんだけど」

「キャプテンがそんなこと言ってどうすんだよ」


 俺は部活が早く終わり、健次と一緒に下校していた。


「あれ? 拓、向こうにカナタちゃんがいる」


 健次が言う方を見ると笑顔のカナタがいた。そしてあの時の先輩も。なんでなんだ。どうしてカナタは先輩と一緒にいるんだ……。ひょっとして付き合っているとか。


「――拓。――拓」


(はっ)


「大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ」

「そうか、それならいいけど」


 その日、帰ってからはカナタのことで頭がいっぱいだった。先輩と付き合っている? カナタが幸せならいいのか。いや、ダメだ。カナタの幸せを願う気持ちとカナタを彼女にしたいという自分のエゴがぶつかり、その日の夜はよく眠れなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「一晩考えたんだけどさ。カナタちゃんエッチなことで誘惑してみたら?」

「えっ。エッチなことですか……」


 ファストフード店へ行った翌日の放課後。私は先輩に呼び止められ、図書室につづく廊下でそんなことを言われる。


「そう。男はエッチなこと好きだから、カナタちゃんからアプローチされたら嬉しいんじゃないかな?」

「無理です!」


 無理だよ、無理。恥ずかしいし、タッ君に幻滅されたらヤダよ。俯いていると先輩は話を続けた。


「大丈夫だよ。自信がないのなら誘惑の仕方教えてあげるよ」


 先輩の言っている意味がわからなかった。


「男が喜ぶやり方教えてあげるから、カラオケに行こうよ」


 何、何、何、何なの? 先輩意味がわからないんですけど。


「いいです」

「いいから、いいから、遠慮するなって」


 先輩は私の手首を掴む。先輩の力は思ったよりも強く、私の体は先輩に引きずれられた。


(イヤだ、怖い。タッ君助けて)


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「拓。部活の準備はいいからカナタちゃんに聞きに行きなよ」


 部活が始まる前、健次にそんなことを言われる。


「キャプテンが準備サボれって言っていいのか?」

「そんな顔してたら練習に身が入らないだろ。ひょっとしたら先輩にカナタちゃんを取られるかもしれないんだぞ。いいのか?」


 良くない。思い上がりかもしれないが、カナタは俺に嫌悪感は抱いていないはずだ。そう、彼女の気持ちが先輩に向く前に行くしかない。


「すまん」

「いいって。あとで報告な」

「ありがとう」


 俺はカナタがどこにいるか考えた。確か六月は図書委員の仕事があると言っていたな。とにかく早く会わなければ。そんな焦りにも似た思いを抱き、図書室へ走った。


 ◇


(いた!)


 カナタを見つけた。先輩も一緒にいる。カナタは先輩に手首を掴まれ、抵抗しているように見えた。


「カナタ!」


 自分でも驚くほどの大きな声が出た。その声に反応し、先輩はこちらを見る。俺が急いで駆け寄ると、先輩は慌ててどこかへ逃げていった。


「カナタ、大丈夫か?」


 カナタは自分の腕で体を押さえ、震えていた。俺はそれを見て思わずカナタを抱きしめた。


「大丈夫、俺がいる。心配しないで」


 小学生の頃、カナタは知らないおじさんに誘拐されそうになったことがある。それが原因で引き籠もりになってしまい、きっと今、カナタはパニック状態に陥っているのだろう。俺は部活そっちのけでカナタが落ち着くまで傍にいると決めた。


「カナタ大丈夫? 大丈夫になったら一緒に帰ろう」


 カナタはコクリと首を縦に振る。教室へ戻ってカナタが帰り支度をするのを待つ。俺はカナタを家まで送ることを決め、学校を出る前に自分の荷物を取りに部室へと向かった。


「健次!」

「拓、問題なかった?」

「今日、部活休む。先生に伝えておいて」


 健次は俺とカナタを見て、状況を察したようだ。


「わかった。体調不良って言っておく」

「すまん。ありがとう」


 俺はカナタを家まで送り届け、これからのことを考えていた。カナタがまた引き籠もりになるかもしれない。俺にできることは何なのか。


 ◆


「部活を辞めたいって。理由は何だ?」


 翌日、カナタは学校を休んだ。俺は今職員室で、部活の顧問の先生に部活を辞めるという意志を伝えた。


「拓也、来年受験だよな? 内申書に部活のことを書けなくなるぞ。それでもいいのか? お前はレギュラーだし、後輩の見本となってほしいんだが」

「先生。俺、部活より大事なことがあるんです」

「部活より大事なことって、何なんだ?」

「今は言えません」

「ふぅ――、辞めたいってことを保護者に相談したのか?」

「してません」

「じゃあ、まずは保護者に相談だな。俺からも保護者に確認していいか?」

「構いません」


 ◇


 放課後の帰り道。小学生の頃の出来事を思い出していた。小さい頃からグラウンドで一緒に遊んだこと。カナタが誘拐されそうになったときに車の中へ勇気を出して飛び乗ったこと。俺は目的地である小学校のジャングルジムへと向かった。


「もしもし、カナタ?」

『タッ君、どうしたの?』

「伝えたいことがあるんだ、小学校のジャングルジムに来てくれないか?」

『――』

「無理か?」

『わかった。時間かかるけど待てる?』

「いくらでも待つよ」


 夕日がジャングルジムを照らす。俺はジャングルジムに登り、グラウンドを見渡した。この場所は俺とカナタにとって思い出深い場所。たなびく雲を眺めながらカナタを待った。


 ◇


「早かったね、カナタ」

「うん」


 カナタがやってきた。ジャングルジムから降り、俺は用意していたイチゴ味のチョコレートをカナタに手渡す。


「これあげる」

「ふふ――、懐かしいね」


 二人の間に沈黙が流れる。どのくらい時間が経ったのだろう。カラスの鳴き声が聞こえてくる中、俺は覚悟を決めカナタに伝える。


「俺、カナタのことが好きだ。付き合ってくれないか? あの頃みたいに二人でいたいんだ」


 カナタは驚いた顔をしていた。そして少しずつ目には涙が。


「うん。タッ君の彼女になる」


 カナタは俺を抱きしめてきた。手を広げ彼女をしっかりと受け止め、俺はカナタを抱き返す。しばらくカナタの温もりを感じたあと、俺はカナタの耳元で小さな声で囁く。


「帰ろうか、カナタ」

「うん」


 俺は振り返りジャングルジムを見つめながら、ここで起きた今までの出来事に感謝をした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「おはようございます、おばさん。タッ君起きてますか? はい。私、タッ君の彼女になったので今後ともよろしくお願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染とジャングルジム フィステリアタナカ @info_dhalsim

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ