近未来 砂漠のオアシス(短篇)

文鳥亮

第1話 完結

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥」


 灼熱の太陽のもと、フミオは果てしない砂漠をさまよっていた。

 砂漠といっても平坦な砂の海ではなく、広漠たる砂丘の連なりである。彼は自らの目だけを頼りにオアシスを探していた。もし見つけられなければ、死があるのみだ。

 ちなみにここは現実の世界ではなく、仮想空間である。

 しかしなぜかマップが無効になっていた。

「くそぉ、なんでこんな目に‥‥‥」

 このゲームは原則的に緑の世界であり、山岳地帯や海はあるが砂漠は存在しないはずだった。実はバグで砂漠地帯に飛ばされる噂があったが、そうなった者は二度と帰らず、真偽の確かめようがなかった。フミオ自身も半信半疑だった。だがこうなってみれば、噂が事実だったことは明らかである。

 彼は必死に砂丘を登った‥‥‥


 そんな数時間の苦闘の結果、彼は命からがらオアシスにたどりついた。

 ゲームなのに大袈裟だと思われようが、実は大袈裟ではない。というのは、このゲームは頭部に専用のデバイスを装着し、情報を脳と直接やり取りするのが売りなのだ。それによって、ゲーム内の体験をあたかも実体験のように知覚する。つまり命からがらも誇張ではなかった。

 そんなことで超々体感型MMORPGと言われていた。


 そのオアシスだが、大きな砂丘に囲まれるこんもりとした繁みがあり、中央に金色こんじきに輝く池があった。フミオは転げ落ちるように砂の壁を下り、頭から水面に突っ込んでぐびぐびと水を飲んだ。

「ふわぁぁぁ‥‥‥」

 現実世界では湖沼の生水など飲めたものではないが、そこはゲームである。彼はようやく渇きを癒すことができた。


「おや?」

 あたりをチェックしていたフミオは、目をこすった。

 さっきまでなかったあるモノが池の反対側に出現している。紛れもなくビキニのおネーちゃんだ。なぜかその女はデッキチェアに身を休めている。顔にはタオルを乗せ、フミオには気づいていない。

「なんだあれ?」

 彼は何度かまばたきした。しかし女は消えない。

 このゲームでは、ときどき自らの願望が実体化すると言われている。まさにそれかもしれない。

「いや、それとも俺みたいにバグって飛ばされたんかな? あの様子じゃあ、自分の置かれた状況に気づいてねぇかも?」

 彼はスケベ心と情報交換の気持半々で、直接話してみようと歩きだした。恰好が恰好だけに油断してしまったのだ。


 その瞬間である。

 水の中からニュルニュルっと黒い触手のようなものが現れ、不意をつかれたフミオの両足に絡みついてぐるぐる巻きにした。そしてどんどん彼を水に引き込もうとする。

「うわああ、なんだよこれ!」

 彼はぶざまに横倒しになり、為すがままになった。

 むこうはどうなったと見ると、女も触手に絡みつかれ「きゃ」っと叫んでいる。

(えー!?)

 次にはどういうわけかおネーちゃんは海老反りにされ、高々と空中に舞い上がってくるくる回転し始めた。触手が戦利品を見せびらかしているようだ。ついでに「きゃあああ」と悲鳴も聞こえてくる。

 と、そこで彼は水没した。

「うげぇ! げぼ!」


 しかしゲーム内で死ぬと脳にダメージを喰らうと言われている。それは絶対に避けねばならない。

 彼は唯一の武器であるダガーを手に、水中で触手に戦いを挑んだ。彼のダガーはレベル200超の業物で、おまけに研ぎに研いで刃も根本までつけてあった。

 どうやら敵は一体で、しかも注意はおネーちゃんの方に向いているようだ。

 彼はすばやく体をまるめ、足首に絡みつく触手を切断した。拘束はあっさりと解け、水面に浮かび上がることができた。

「ぷは!」

 急いで岸をめざす。しかしまた別な触手が絡んできて、水に引っぱり込まれる。すかさずそれも切断する。それを何度か繰り返した末に、ようやく岸に這いあがった。水面には触手の切れ端が大量に浮かんでいた。

 彼は姿勢を低くし、さらなる触手の来襲に備えたが、それは現れなかった。しかしおネーちゃんの姿もなくなっていた。


 彼女がどこの誰かは分からない。フミオは少し迷った。助けるために、死の危険を冒してまた水に潜るか? 武器はダガー一本しかない。実は水中装備も持っていたが、ここに飛ばされたときに全ロストした。

 一方、おネーちゃんがプレイヤーでなく、願望の産物である可能性も否定できない。ならば潜るのはバカだ。

(むむ‥‥‥どうしたもんか)


 とそのとき、ズズーンと地響きがしたと思うとブワーっと巨大な水柱が立ちあがった。

 彼は「うわっ」と岸辺に伏せたが、水柱が崩れて大量の水が降ってくる。その中には黒い汚物や肉片が混ざっており、怪異の残骸だった。彼は息もできずに必死に耐えていたが、ふと気づくと目の前に二本の足がある。

「ったくノロマなんだからぁ! 早く助けなさいよ、このぼんくら! あたしはねぇ...」

「ふぇ?」と見上げると、ずぶ濡れになったおネーちゃんが腕組みして立っている。水着が少しずれているのは黙っておく。


 それはともかく、この爆発がおネーちゃんの仕業だったと理解した。彼も立ち上がって続きを聞く。

「あんなタコの化物なんかどうってことないんだからね。でも、あんた海老反り見て楽しんでたでしょ~? ああ、やだやだ、なんていやらしい‥‥‥」

「バーカ、見てねぇよ。こっちも必死だったし‥‥‥。って、そもそもおたくはレベルいくつなわけ?」

「451よ」

「げぇ、高! そんな高レベルがなんでここにいるんだよ?」

「そんなの知るわけないでしょ、タコ!」

 ちなみにフミオはレベル108である。

「じゃあ、ここから出る方法はないってこと? エスケープが無効だよね」

「そうよ。でもねぇ、PK(player kill)するとすんなり戻れるって話があるわけ。それで誰か来るのを待ってたの」

(なるほど、透明化してたのか。怖えな‥‥‥って、俺がそのPKのいけにえかよ!?)

「準備いいかしら? そしたら、いくわよ。あんたも少しは戦えるみたいだから、抵抗しなさいよ。じゃないと面白くないから~」


 女は数メートル後ずさりした。

 見ると召喚された二〇ミリバルカン砲が空中に浮かんでいる。レベル的に彼女はそれを遠隔操作できる。ダガーでは万に一つの勝目もない。

「ちょ、やめろ、バカ!」

「やめな~い。じゃあね~、さよなら~」

 しかしフミオは伏せながらダガーを投げた。轟音と同時にあたりが真っ白に‥‥‥



———フミオ、フミオ‥‥‥遠くで女が呼んでいる。少したつと、壁のようなものが見えてきた。

 それは壁ではなくて天井だった。彼は仰向けに寝ていた。

 頭が猛烈に痛む。

(んぐぐ‥‥‥どうなったんだ、俺?)

 すると、横からにゅっと女の顔が現れた。

「あんたいつまで寝てるの。こたつで寝たら風邪引くって言ってるでしょ!‥‥‥ごはんだからさっさと来なさい!」

 そう言い捨てて母は出ていった。


(そっか‥‥‥)

 彼はむっくりと上体を起こした。

 しかし頭を触って思わずぞっとした。デバイスがぎ取られていたのだ。このデバイスは、正規にログアウトしてから外さないと、それこそ脳に異常を来たすと言われている。

 ひどい頭痛はそのせいか?

(それにしても、あのおネーちゃん生々しかったな‥‥‥でも、このゲームまじでじゃんよ‥‥‥)

 彼がこたつを出られずにいると、ドアのところで中一の妹が「ばーか」と口真似している。なんとなく、その顔がおネーちゃんに似ていた。

「え、まさかおまえが?」


 一方、その同じころ。

「あら~、コネロスしたのぉ?」

 日本のどこかで、半ズボンに毛ずねのおじさんがニチャァと笑った。ビキニキャラの中の人は、妹ではなかったようだ。


 203X年も押しつまった冷えた夜であった。



  — 了 —

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