第5話 紙獣

 目が覚めるとベッドの中に違和感を感じた。毛布をめくってみればそこには僕に抱きつくようにしてリーベが寝ていた。


「うわああ」


「ふぁあぁ。あ、やっと起きた。もーせっかく起こしに来てあげたのにフィレム全然起きないんだから」


 どうやら起こしに来てくれていたらしい。しかしそれと抱き着きながら寝ていることにどんなつながりがあるというのだろうか。


「それでなんで僕のベッドにもぐりこんでいたんですか」


「えー。なんか私まで眠くなっちゃったんだもん。そんなことより早く準備して。買い物に行こう。服もそれ一つだといやでしょ」


 そいえば僕の着ていた服は昨日のままであった。パジャマどころか替えの服すらないのは確かに嫌な感じだ。


「タオルとかもないとシャワーもできないからね」


 とは言われてもそういったも諸々の物がない状態での準備なんて特にない。


「このままで大丈夫ですよ」


「それじゃあいこっか」


 手を引かれて部屋を出る。この移動するときに手をつなぐのはずっとやるのだろうか。やっぱり少し恥ずかしい。


 ホームの中の道をしっかりと覚えながら進んでいく。一人でも移動できるようにしなければ大変になってしまうだろう。


 途中でトットに出会った。


「おはよう。二人でどこか行くのか」


「おはようございます。僕の生活に必要な物とかを買いに行くんです」


「そうか気をつけろよ。リーベがいるから大丈夫だとは思うが、外には危険がいっぱいだからな」


 そう忠告を受けた。確かに外には魔法書を求めて襲ってくる人間とか、紙獣とかがいるのだから危ないのだろう。


「リーベはどのくらい強いんですか」


 ふと気になったの聞いてみた。リーベの強さ。あの時あの男を瞬殺していたことからかなり強いのではないかと考えてはいるのだが、正確なところはわからない。


「ん-。かなり強い方だよ」


「レベルはどうなんですか?」


「レベルはあんまり他の人にいうものじゃないよ。どんな強さの魔法を持ってるかばれちゃうからね」


「そっか。ごめんなさい」


「全然大丈夫だよ。フィレムはこっちに来たばかりなんだからさ」


 話しながらホームの中を歩いていると遠くの方にアードルフを見つけた。目が合ったのだが近づいてくることはなく、露骨に目をそらされた後どこかに行ってしまった。気分はあまりよくはない。昨日もまともな挨拶をしていないことから苦手意識が芽生えてきそうだった。


「よし。まずは服からかな」


「お金はどうしますか」


「一応初めだからね。チームの共同資金から借りてきたけどどうする? 嫌なら自分で稼いでみる」


「はい」


 一晩考え抜いてどうせやることになるのならば少しでも早く慣れてしまった方がいいと思った。まずは紙獣から段々と戦うことに慣れていきたい。


「じゃあ紙獣を探そうか」


 しばらく探していると、一匹の犬を発見した。


「あれはどうですか」


「あれも紙獣だね。というかこの世界にいるのは私たち人間とお店の店員を除けば全部紙獣だと思ってもいいよ。あれは紙犬って呼んでるよ」


 見た目は普通の犬だ。あれに炎を打つのは少し勇気がいる。魔法書を出して腕をのばした状態で僕は少し固まってしまった。


 犬は僕たちを警戒するように牙をむき出しにしてうなっている。


「グルルルル」


「がんばって。大丈夫だよ。倒したらお金に変わるだけだからさ、そんなに悩むことないよ」


 リーベがそんな風に励ましてくる。果たしてリーベもこんな風に悩んだことがあるのだろうか。


「ごめん『イグラム』」


 そう唱えた僕の手から炎が飛び出し、紙犬を包み込んだ。


「キャーン」


 悲痛な叫び声と共に紙犬は消えていった。炎が消えた後そこに残っているのは、100と書かれた紙5枚であった。


「100紙幣だね。紙犬は全然強くなくてレベル1の魔法一発で倒すことができるから全然お金にならないんだよね」


「あの、リーベも初めての時は悩んだりしましたか」


「悩む? ああ、犬に攻撃することにってこと。うーん。私はそうでもなかったかな。ほら結局生きなきゃならないからさ。それに元の世界だって自分でやってないだけで牛とか豚とか殺して食べてたでしょ。それを自分でやるようになっただけみたいな感じだったよ」


「そうですか」


 確かにその通りだ。元の世界でも命を奪って生きていくことなんて当たり前のことだった。なのに結局のところ自分の遠いところで行われていたそれに関心が持てなかっただけなのだろう。


 実感が持てて初めて悩むことができる。僕はなんて醜いのだろうか。


 それからも紙獣を探した。その結果2匹の紙犬と1匹の紙狸と出会った。


「はあはあ。何とか倒せました」


「よし。いいねこれで集まったのは2,200か。うーん買い物するにはまだ足りないけど、一気にやりすぎるのもページ的に危ないんだよね」


「はい」


 ページ。今ので僕の魔法書のページは35ページになっている。4ページも使って2,200。これが多いのかどうかはまだ物価をよくわかっていない僕にはわからない。ただ、これでは想像しているよりも速いペースで魔法書のページは減っていくことになるだろう。


 そうなれば生きていくために今度は人間を襲わなければならなくなる。動物はまだ耐えられた。もちろん今でも気持ち悪さや後味の悪さは残っているが、自分が生きていくためと思えば耐えることはできる。


 でも人間はどうなるのだろうか。あの時僕は死にたくない一心で魔法を使った。これで相手を殺してしまうとかそんなことは考えもしないで、自分が生き残るために何も考えずに使ってしまったのだ。


 つまり追い込まれればできるようになるのかもしれない。でもまだ無理な気がする。もっと経験を積んでからしっかり考え自分の中の気持ちに整理をつけてから人間との戦いに挑みたい。


 そんな僕の願いはかなわなかった。


「あ、あそこ敵がいるね。ちょうどいいからこのままヴァージンも経験しちゃおっか」


「ヴァージン?」


 いやな言い方だ。リーベの指をさす方向には二人の人間がこっちに向かって歩いてきている。つまり、彼女の言いたいこととは……。


 僕はここで初めての殺人を経験することになるのであろう。


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死にたくない僕は、魔法書奪って生き残る 蛸賊 @n22

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