第4話 紹介
「2つ目の魔法も覚えられたかい」
「はい、これが身体強化の魔法なんですよね」
覚えた呪文はあの時男が使っていた魔法だった。この魔法を使うことであの炎から生き残ったのだろう。
「よし。それじゃあ他のメンバーに紹介してあげるからいこ」
そういってリーベが手を掴んできた。魔法書をもらっておいてなんだが、僕は一度も、このチームにはいるということを言っていない。
なんとなく流されるままに入ることになってしまった。魔法書をもらったことで、きっといまさら入らないなんて言うことはできないのだろう。
それにリーベのこの強引な感じは今の僕にとっては助かるものだ。多少強引に引っ張ってもらわないと何をするのか自分でもわからない。一人になれば落ち込んでしまう。この世界での命について考えたくもないのに考えてしまうことになるだろう。
「何かチームに入る手続きみたいのはないんですか」
「誓約書があるよ。特別な効果があるわけでもないけどね」
エーヴィはどこからか1枚の紙を取り出した。中にはただ一文。ネクシムの一員として精一杯生きることを誓うとだけ書いてあった。
この紙にサインしてしまえば、僕は人から奪って生きていくという人生を肯定することになるだろう。本当にそれでいいのだろうか。不安になってしまってサインする僕の手は進まなかった。
「ここに書くんだよ」
リーベが、元気のいい声で書く場所を教えてくれた。
「わかっています」
そうはいってもペンを握る手も震えている。これではまともな字がかけない。覚悟の決まらない自分のことがひどく情けなく感じてしまう。
そんな時横から僕の手にリーベが手を重ねてきた。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんが付いてるからね」
不思議と不安が和らいでいく気がする。僕一人で背負うことでもないんじゃないか。強引な彼女に流されるようにして進んでいけばいいのではないか。そんな甘ったれた思いが浮かんでしまう。
僕は震えの止まった手でサインを書いた。これで僕はネクシムに入ったのだ。僕はこのチームに入って他人から奪って生きていくということに同意をしてしまったのだ。
「よし。それじゃあ他のメンバーを紹介してあげるよ」
書き終わったばかりの僕の手をひいてリーベは部屋から出ていく。また入り組んだホームの中をぬけていく。この道を覚えるのは大変そうだ。
「はい。ここだよ。トット兄いるー」
声をかけながらリーベは部屋に入ろうとドアノブをガチャガチャする。しかしこの部屋の扉には鍵がかかっているらしい。
「おー、ちょっとまってくれ」
中から出てきたのは、大柄な男であった。身長も高く筋肉も厚い。とにかくでかいという印象を受けるような人物であった。
「ん? そっちの彼は見ない顔だな」
「そう。新しい弟なの。入ったばかりだからみんなに紹介しようと思って」
「そうか。俺はトットだ。よろしくな」
「えっと僕はフィレムです。こちらこそよろしくお願いします」
少しトットの大きさにビビりながらその手を握った。
「何か困ったことがあったら何でも頼ってくれていいからな」
「トット兄はみんなの頼れる兄貴なんだよ」
「そういうことだ。まあ、兄と呼ぶのはリーベだけだけどな」
そんな会話をしてその場ではトットと別れ次の場所に向かう。
「今このホームにはフィレムを入れて5人しかいないんだよ」
「今ってことは他にもメンバー自体はいるんですよね」
「うん。他のメンバーは今、遠征に行ってるの」
「遠征?」
「遠くまで魔法書とかお金を取りに行くことだよ」
つまり、人殺しの旅ということだろうか……いけない。ついネガティブな風に考えてしまう。この世界のルールに納得できていないからか考えないようにしてもつい考えてしまう。
「ここだね。おーい、いるんでしょ出てきてよー」
リーベはドアをガンガンとたたいている。これはノックと判断していいのかどうかは少し微妙なところだろう。
「やめろ! 確かにノックをするように頼んだのは吾輩だが、そのようにうるさくされてはかなわん」
吾輩? 少し独特な言い方をする人物なようだ。中から出てきたのは僕とそれほど変わらないぐらいの背丈の人物だった。特徴的なのはその服だろう。ごてごての感じにひらひらの布までつけて貴族の服という感じだ。
「この子のこと紹介したくて。新しい弟のフィレムだよ」
「よろしくお願いします」
さっきまでの人全員と握手を交わしていたため僕は自然と手を出して握手を求めた。男はそんな僕をじろじろと見た後にふんっと鼻を鳴らして部屋の中に引っ込んでいった。
「えっ」
何か悪いことをしてしまったんだろうか。
「大丈夫だよ。アードルフはいつもあんな感じだからね」
アードルフというらしい。少し嫌な感じのするやつだった。同じチームに入っている以上そういった奴がいるのはストレスのかかる事だろう。ただでさえ今はいろんなことを知って気がめいっているというのに……。
「じゃあ、次は君の部屋だね」
連れていかれたのは一つの質素な部屋であった。中にはベッドが置いてあるだけでは何もない。
「ここが君の部屋だよ。今は何もないから明日いろいろ買いに行こうか」
どうやら付き合ってくれるらしい。それからリーベはどこかに行ってしまった。一人になると、どうしても考えこんでしまう。
魔法書を出して見つめる。この赤黒い本こそが僕の命なんだ。もう一度中のページを確認する。何度数えてもそこにあるのは39ページだった。これがなくなれば死ぬ。そのことはひどく不安で、少しでもページを集めたいという思いがあった。
でも、そのページを集めるという行為はどうしても他人を傷つけることにつながってきてしまう。他人の魔法書を奪わないといけないからだ。つまり他人を殺して生きていく必要がある。
あの時リーベはあの男を殺していた。名前も知らない、今や僕の魔法書の中に吸収されてしまったあの男を殺していた。今まで何も考えてなかった。ただ殺した。奪ったと漠然な感じではあった。こうして落ち着いて考えれば考えるほど、あの男の顔が頭から消えない。
あの苦悶の表情が忘れられない。リーベによる攻撃はすぐに死ぬ至らしめた。ならばあの表情をさせたのは僕に他ならないのだ。僕がアイツを追い詰めたのだ。
敵と向き合った時こんなにも不安定な心のまま果たして戦えるのだろうか。奪うか生きるかを迷ってしまっているこの心は戦いの中ならば安定するのだろうか。そのことが心配で仕方がなかった。
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