第3話 魔法書

 チームネクシムのホームはバーであった。中心に大きな木が植えてある。上から日の光が降り注いでいて、暗い雰囲気は全くない。


「ここがホームですか」


「うん。雰囲気いいでしょ。それじゃあまずはママに紹介するからこっちに来て」


 手を引かれながら店の奥へと連れていかれる。従業員用の出入り口らしき扉をくぐれば、そこはさっきと全く雰囲気の違う場所であった。


 バーの部分は壁も木でできていてどこか優しい印象を受けたのに対して、この先はコンクリートの壁。上には何かの配管が丸出しで寂しい印象を受けた。


 その通路を通り抜けさらに階段を降り何回も右に左にと曲がっていくと、一つの部屋の前にやってきた。リーベはその部屋にノックもなしに入っていった。


「ママ—、新しい弟連れてきたよ」


「新しいってリーベ、そういうことを勝手にしてたらみんなに怒られちゃうよ」


 そこにいたのは幼女であった。座っていてもわかる背の低さ。とても母親には見えないことから僕と同じようにリーベにやらされているのだろう。長い銀髪にまるで魔女のようなローブを着込んでいる。


「大丈夫。リューシェが死んじゃったからその穴埋めってことにするから」


「リューシュ死んじゃったの」


「うん」


 どうやら仲間が死んでしまったらしい。それにしては二人とも淡白だ。仲間とは言うが僕の考えているよりも関わり合いは薄いのだろうか。さっきまでのリーベの様子からならその人に対しても弟とか兄とか呼びそうだと思っていたのに意外だった。


「それに、この子はかなり有望そうだしね。来たばかりなのにもうちゃんと戦えていたんだよ」


「それはすごいね。ああ、置いてけぼりにして済まない。私はエーヴィ。このネクシムのリーダーをやっている」


 そういってエーヴィは立ち上がって手を出してきた。立ち上がると余計に小さいのが分かる。多分140㎝ほどしかないのではないだろうか。


 僕を前にすごく首をあげていて疲れそうだ。


「よろしくお願いします。えっと。名前はまだないです」


 リーベから本名は名乗らないと言われていたため自己紹介をすることができなかった。


「名前がない? ああ、あの慣習か」


「慣習?」


「君はこの世界のことについてどれほど聞いたかな」


「えっとほとんど聞いてはいないです。紙獣を倒してお金を得ることと、チームがあることそれから……魔法書と命がつながっていることくらいです」


 そう、それだ。魔法書と命がつながっているとはどういうことなのだ。今でもそのことについて理解はできていない。というか理解したくない。突然こんな世界に来てそんな風に命を定められたくなんてないのだ。


「ああ、魔法書については聞いてたのか。それなら話は早い。君が聞いている通り、魔法書と呼ばれる本と私たちの命はつながっている。あんなよくわからない紙切れと命が同価値になるのだ。多くの人間はそれに耐えられなくなる。だからこそ、まるでゲームのように新しい名前を名付けることでこの世界が現実であるという認識を少しでも和らげようとしたのがその名づけの始まりさ」


「その。未だによくわかっていないんですが、命と魔法書がつながっているっていうのはどういうことなんですか」


「言葉の通りとしか言いようがないな」


 そういうとエーヴィは手に魔法書を出した。エーヴィの魔法書は薄緑のきれいな魔法書であった。


「先人たちもこの世界に対して明確な説明を受けた者はいなかった。ただある日、この本と共にきてこの世界で生きることを強制されたものたちばかりだ。そんな彼らがその命をもって明かした世界のルールがそれというわけさ」


 エーヴィは再び椅子に座って一息つくかのように、紅茶を一口飲んだ。


「魔法書についてのわかっていることはいくつかある。一つ、呪文を唱えることで魔法を使うことができる。二つ、魔法書にはレベルという概念があってそのレベルを上げることによって新しい魔法を使えるようになる。また、レベルを上げるには一定量の魔法書を吸収する必要があるということ。三つ、所有者の命と魔法書はつながっていて、魔法書のページをすべて使い切ると死んでしまうということ。ざっとだとこのくらいかな」


「ページを増やすにはどうすればいいんですか」


「それも説明しなきゃだね。それは魔法書を吸収することで解決する。魔法書を吸収する際にはその魔法書のレベル×10枚のページが追加されることとなる。ああ、ちなみに、魔法書は何もしていなくても1年たつと自動的に1枚消費してしまうから何もしないという選択肢はお勧めしないよ」


 ああ、なんていうことだろう。それじゃあ、これからの僕は自分が生きるために他人を犠牲にしていかなければならないのか。なんで……。


「なんで僕なんですか。僕はなんでもないただの学生だったんですよ!」


「それを言うなら私もそうさ。ここに来てからすでに200年ほどたっているけどその前は普通の小学生だったんだ」


「200年……」


「ああ。どうも私たちは魔法書とつながることで寿命とはおさらばしたらしくてね。不死ではないが不老ではあるのさ」


 それはつまり、帰れないということではないのだろうか。200年ここにいる。エーヴィが帰りたいと思っているのかどうかはわからないが、一度も思わなかったなんてことはないだろう。今もなおここにいるということはその可能性が高いような気がする。


「よし。決めたフィレムにしよう」


 その時、そんな場違いに明るい声が聞こえてきた。


「なにを決めたんだい」


「名前だよ。新しい弟にお姉ちゃんからの最初のプレゼント。君の名前はフィレムに決定!」


「わかりました」


 自分のこれからを考えると反論する気力すらわかなかった。それほどまでに僕の心は疲れてしまっていた。


「それから、これも上げるね」


 そういってリーベは一冊の魔法書を取り出した。それはあの時リーベが殺した男の物であった。


「はい、これはレベル3の魔法書だよ。うちのチームの方針としてレベル2まではすぐに上げるっていうのがあるから使っちゃっていいよ」


「なんでレベル2まではすぐに上げるんですか」


「身体強化の魔法を覚えるからさ。これがないと他のチームの奴らと相対した時にどうしようもなくなってしまうからね」


 リーベは机の上にその魔法書を置いた。


「はい。これに君の魔法書を重ねて吸収するように願えばいいよ」


 魔法書を出してその魔法書に重ねた。そして吸収を念じると、まるで吸い込まれていくかのように、下に置いてあった魔法書が消えた。


 中を開けて確認してみる。ページ数は39ページまで増えていた。


 人を殺して奪ったもので増えた命。それなのに命が増えたことに安堵している自分がいることが僕にはどうしようもなく気持ちが悪く思えた。

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