御客様は神様です



 <源の魔神>の罠にかかった店主は、封印の壺の中で長い時を過ごしました。


 動く事も死ぬ事も出来ないまま閉じ込められ続けた事で発狂する――なんて事はありませんでした。店主は封印された生活をそれなりに楽しんでいました。


 彼の異能は大半が使えなくなっていましたが、客から手に入れた記憶や記録の閲覧は可能でした。彼はそれを使って頭の中にもう1つの世界を作り、客達の幻影を動かしてそれらとの日々を楽しんでいました。


 幼馴染みと冒険の日々を謳歌している冒険者を見守り、犯罪者達の記憶で複雑なサスペンスドラマを作り上げ、愛する者を失った者の憤怒の復讐劇を最前列で楽しみました。


 旧人類なかまとの醜い殺し合いに疲れ、ゲームの舞台から下りる事で姉に失望されるかもしれないと考える妹の背を「全部殺せば終わりますよ」と勧める事もありました。


 失ってしまった愛を無限に享受し続ける男を祝福し、苦しんでいた画家に新しい技術を山ほど渡して渇望していた承認を掴ませる事もありました。


 彼は頭の中にいくつもの世界を作り、幻の客と戯れる日々を送っていました。架空の取引、架空の進化を楽しむ日々を送っていました。


 現実の身体はピクリとも動く事が出来ないので、空想に逃れたところでそれはそれで狂ってしまいかねないのですが……彼は強い自我を持っていました。


 長兄に与えられた強固な自我は彼に狂う事を許さず、存在意義の証明を強要し続けてきました。ゆえに狂わずに済んでいたのですが――。


「これは単なる現実逃避ですねぇ」


 店主は本をパタンと閉じるように空想の世界を閉じ、嘆息しました。


 自分は世界を――理性的動物達を進化させるべく遣わされた存在。それがこんな壺中の世界で遊んでいても存在意義の履行を行えない。


 狂いはせずとも、その事を嘆きました。


 どうにか封印を破って外に出られないかと考えていましたが、自力でそれを成すのは難しいという結論が出ていました。


「自己研鑽を怠ったツケですかね。彼女に笑われそうです」


 店主は今まで取引によって力を手に入れてきました。


 一瞬で力を手に入れる事で、一瞬で強くなってきました。しかし、封印されてしまっては取引が出来ない。自身の力に胡座をかき、0から1を作り上げることを怠ってしまっていたかもしれませんね――と少しだけ反省しました。


 とはいえどうしようもないので、また頭の中の世界をこねようとしていたところ、店主は微かな浮遊感を覚えました。


 店主が封印されている壺を誰かが「ひょい」と持ち上げたのです。


「メディチ殿。まだ生きていますか?」


「おや、その声は……」


 壺を持ち上げ、声をかけてきたのはあの日の天使でした。


 店主が自称用心棒と共に逃がした天使は――源の魔神に逆らった罪で――追われる身となっていましたが、何とか生きながらえていました。


 彼女も厳しい立場に置かれていたものの、状況が大きく好転した事をきっかけに店主の事を探してくれていたのです。


「貴殿のおかげです。私が今も生きているのは」


「ご無事だったのですね。しかし、ここは危ないですよ」


 店主は客である天使の身を気遣いました。


 天使も危険を冒して店主を探していたのですが、店主が危惧しているほどの状況には置かれていませんでした。彼女はそれについて説明しつつ、店主が封印されている壺を運び始めました。


「貴殿はご存知なかったのですね。源の魔神は殺されましたよ」


「あらまあ。そういえば、ここしばらく声が聞こえなかったような……?」


 最強の魔神とも言われた源の魔神は討たれ、死んでしまいました。


 選定の剣を抜き、力を手に入れた男は殺されてしまいました。


 店主は用心棒とその知人達が討ったのかも――と思いつつ、天使に「誰が彼の魔神を殺したのですか?」と聞きました。


 天使は興味なさそうに「私は知りません」と言い、「ともかく、あの邪神が死んだ以上、もうアレに苦しめられる必要もありません」と言いました。


「ただ、天使達は窮地に立たされているのです」


 源の魔神は天使達の創造主であり、長でした。


 絶対的な力を持ち、圧政を敷いていた源の魔神が何者かに殺されてしまった事で、天使達は跡目を争って内紛状態に陥っていました。


「天使同士で争っている場合ではないのに、彼らは不毛な争いを続けています。源の魔神の死で世界の力関係パワーバランスがかわり……家畜にんげん達が天使に刃向かい始めているというのに……」


 天使は同胞達の跡目争いを嘆きました。


 それを止め、天使をまとめ上げる事を望んでいました。


 店主はしばし末弟の死について考えていましたが、天使が力を望んでいるのを感じ取ると「私を解放していただければ力を用意しますよ」と囁きました。


「同胞をまとめ上げる力が必要なら、当店がご協力を――」


「ええ、そのために貴殿を助けに来たのだ。メディチ殿」


 天使はそう言いつつも、店主の封印を解こうとはしませんでした。


 店主が封印された壺を盗み出し、それを自身のアジトへと運び込みました。


「訣別の魔神。お察しの通り、私は力が欲しい」


 創造主に匹敵する力が欲しい。


 源の魔神並みに強くなれば、同胞達をまとめ上げる事が出来る。


 自分なら源の魔神のような圧政は敷かない。天使達を正しく導き、楽園を作り上げてみせる――と天使は語りました。宝を前に興奮気味に語りました。


「訣別の魔神。貴殿は一種の宝箱だ」


 店主の身体には未だ多数の異能、多数の技術が眠っていました。


 天使はそれを欲しがっていました。


 取引ではなく、強奪を望んでいました。


「貴殿の全てが欲しい。それを譲っていただけないだろうか?」


「それだけの質草は用意するのが大変ですが――」


「貴殿を殺して奪えばいいだろう?」


 天使は壺を撫でつつ、「そのための機構を作ったのだ」と言いました。


「私はただ源の魔神から逃げ回っていたわけではない。貴殿から力を奪う機会を窺っていたのだ。貴殿の全てを奪うための機構も作ったのだ」


「あぁ……なるほど。御客様は泥棒でしたか」


「私を咎めるか? だが、抵抗できまい」


 店主は源の魔神により厳重に封印されていました。


 その封印は源の魔神の死後も有効でした。


「ありがとう、訣別の魔神。今まで生きていてくれて。貴殿のおかげで私は神の力を手に入れられる! 貴殿の犠牲は忘れない! 貴殿は我が糧となって死ぬが、貴殿のおかげで私は神になれるのだ!!」


「うわあ、殺さないで――」


 店主は「早まらないで!」と思いながら叫びました。


 叫んだものの、その叫びはプレス機によって潰されました。


 潰れた封印の壺から、緑色の血のようなものが流れ落ちてきました。天使はそれを――力の塊を――うっとりとした様子で眺めつつ、グラスに集めました。


「新たな秩序に」


 天使は店主に献杯しつつ、店主の亡骸を一気に飲み干しました。


 彼女は胸に手を当て、苦しみ始めましたが――。


「おぉ……! おぉっ……!! 力が……力が流れ込んでくる!!」


 店主の亡骸は天使に力をもたらしました。


 店主の全てが天使の身体に引き継がれ始めました。


 彼女は店主が持っていた全ての価値を奪う事に成功しました。


 圧倒的な力の奔流に苦しむ事になりましたが、それを受け止めても死なないだけの力まで手にしていました。彼女は自身の変化に歓喜しました。


 変化それが進化だと思い込み、歓喜していました。


 そんな中、彼女の頭に悲しげな声が聞こえてきました。


『御客様……マモン様、私を殺害しましたね?』


「…………!?」


 天使の頭の中に響いた声は店主のものでした。


 天使は「まだ殺せていなかったか」と狼狽えましたが、店主は「私は確かに死にました」「これは遺言のようなものです」と言いました。


『通常、私が死ぬと無作為に選ばれた御客様が力の相続を行うのですが……貴女様は不正な手段で相続権それを手に入れてしまった。悪いことをしましたねぇ』


「うるさい! お前の力はもう私のものだ!!」


『ええ、それで構いませんよ・・・・・・・・・


 悲しげだった店主の声は、嬉しげなものに変わりました。


 天使の言葉を肯定し始めました。


『貴女様が相続放棄しないなら、私の全ては貴女様のものです』


「言われるまでもない! 去れ、魔神め!!」


 天使の頭の中から声が消えていきました。


 力の継承も終わり、天使は大きな達成感に打ち震えました。


 彼女は最後まで理解していませんでした。考えてもいませんでした。


 源の魔神が何故、店主を殺害せずに封印したのかを理解していませんでした。


「あぁ……やることが山積みですよ!」


 力を手に入れた天使は直ぐにせかせかと動き始めました。


 力を使って異空間を作り出し、せっせと手紙を書いて投函しました。そしてワクワクとした様子で待っていると、ドアベルの涼やかな音色が響きました。


「いらっしゃいませ、御客様! 何か御入り用ですか?」


「客じゃない。……あーあ、あの馬鹿。やらかしたか」


 手紙を受け取り、祝いの品を下げてやってきた眼帯白髪の女は天使を見ながら呆れ声を漏らしました。



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