御客様は乱暴です
「多分、お前さんの所為だね」
用心棒は天使に対して「泳がされたんだよ、アンタ」と言いつつ睨みました。
その指摘は正しいものでした。
天使が源の魔神に叛意を持っているのは把握されており、あえて泳がされていたのです。反逆者達を一網打尽にするために泳がされていたのです。
ただ、予定と違ったのは天使が質屋に接触した事でした。源の魔神にとって、裏切り者の天使達をまとめて処分する事より、厄介な店主に――訣別の魔神に対処する事の方が優先事項でした。
店主は「犯人捜しは結構」と言いつつ、裏口を指さして用心棒に言いました。
「裏口はまだ押さえられていないようです。【拳士】様、そちらの御客様を連れて逃げてください。貴女でも源の魔神には勝てないでしょう」
「お前も一緒に――」
「私が囮にならなければ直ぐに見つかります。さあ、急いで」
しぶる用心棒に対し、店主は「私と違って、貴女はこんなところで死ぬわけにはいかないでしょう?」と諭して裏口に急がせました。
用心棒は別れを覚悟しつつも、「後で必ず」と言い、天使を連れて裏口から去っていきました。店主はそれを見送るより先に表口から外に出ました。
源の魔神の力により、店主の店は半ば異空間から引きずり出されていました。表口の外には何もない荒野が広がっていました。
「……全知全能の神よ! 私は貴方様に逆らうつもりはありません!」
店主が叫ぶと、「黙れ」という声が虚空から聞こえてきました。
源の魔神は姿を見せないまま訣別の魔神に怒り始めました。「貴様はまた、我が配下をたぶらかしたな」と言いました。その言葉に紅蓮の如き圧力を感じ取った店主は身震いし、「今回は何もしていないのに……」と少しだけ愚痴りました。
「――――」
店主は怒りに満ちた声を聞きつつ、その位置を逆探知しました。
源の魔神はこの場にいない。しかし、100キロほど彼方に強大な反応がありました。それだけ距離を取った場所に彼の魔神がいると確信しました。
店主にとって100キロ程度、一瞬で詰め寄れる距離です。しかし、源の魔神は「貴様の
以前、精鋭の天使達に襲われた時と同じく移動能力を大きく削られていました。
それでも店主は逃げ切る自信だけはありましたが――。
「……やるしかありませんか」
彼は自称用心棒達を逃がすため、本気で源の魔神とやり合う事を決めました。
全ての異能をいつでも使えるよう、戦闘態勢を整えました。
しかし、それを遠方にいるはずの源の魔神に対して振るうより早く、源の魔神の方が攻撃を仕掛けてきました。
源の魔神が星を呼ぶと、荒野は一瞬で地形を大きく変えました。隕石群が飛来し、店主に向けて襲いかかってきたのです。
店主は瞬時に障壁を作り出す異能を使いましたが、隕石の隙間を縫って熱線まで飛んできました。障壁は次々と解体されていき、店主も片腕が吹き飛びました。
「これは、マズいですね……!」
店主は自分が未だに
<ウィンフィール>の時はもっと一瞬で破滅が訪れた。世界の外殻がプチプチと潰され、世界が黒い大波に呑まれて消えていった。
あの時と比べると、源の魔神は明らかに手を抜いている。
店主はそれを「マズい」と考えました。自称用心棒達が逃げ切っていない状況という事もあり、殊更追い詰められる事になりました。
源の魔神は「守ってばかりでは勝てんぞ」とあざ笑いつつ、攻撃を続けました。
反撃の隙がないほど怒濤の攻撃に対し、店主はなりふり構わず力を振るいました。その身に内包している不動産どころか国土も盾とし、攻撃を凌ぎました。
「――――」
耐えつつ、好機を待ちました。
末弟相手だろうと本気で仕掛けるしかないと考え、好機を待ち――。
「――――繋がった」
店主の眼が勝機を捉えました。
それは遠方に飛んでいる鳥でした。
それは源の魔神の攻撃の余波で吹き飛ばされた鳥でした。まだかろうじて生きているそれを見た店主は、それに対して力を振るいました。
店主は「取引」の力を持っています。
彼はそれを「同意を得た客」に対して行使してきました。「同意を得なければ出来ない」と言い、使っていました。
そもそも同意を得る必要がない力を、わざわざ同意を取って使ってきました。
「申し訳ありません。
店主は空を吹き飛ばされていた鳥と自分の位置を
それによって一瞬で数キロを移動しました。源の魔神の攻撃が降り注いでいた地域から脱し、さらに別の生物との位置の交換を繰り返していき――。
「許してください、末弟。これを見た者は全員殺さないと営業に差し支えるので!!」
店主は立ち位置の交換で一気に移動し、「敵」を視界に収めました。
100キロ先にいた源の魔神と思しき相手に向け、取引の力を行使しました。
それによって同意を得る事なく、相手の力と記憶を強奪しました。その代わりに数多の病や呪いを押しつけて苦しめにかかりました。
店主は勝利を確信した瞬間、直ぐに敗北を悟りました。
自分が「源の魔神」と考え、病と呪いを押しつけた相手が無抵抗のまま倒れ伏していったのを見て、「やられた」と考えました。
「囮ですか……!」
彼が源の魔神と思ったものは偽者。
店主が見間違うよう数多の偽装を施した偽者でした。それの力を奪い、病や呪いを押しつけたところで源の魔神本体はまったくの無傷でした。
100キロ先どころか、まったく別の世界から力を行使していた源の魔神は店主を――訣別の魔神を嘲笑いました。「貴様の負けだ」と宣言し、偽者の周りに仕掛けていた罠を起動させました。
店主は咄嗟に逃げようとしましたが、それより早く襲いかかってきた罠が彼の身体を捉えました。店主の身体を小さな壺の中に押し込めてしまいました。
壺に閉じ込められた店主は脱出を図りましたが、力を振るうどころか指先1つ動かせない状態になってしまいました。
店主の力と行動を理解し、偽者と罠を用意していた源の魔神の完勝でした。店主はこの結果に唸り、源の魔神に対して語りかけました。
「……先程の方法は、貴方にもお見せした事が無かったものですが――」
無許可での「取引」を完全に見切られた事に関し、店主は驚嘆していました。
異世界から転移してやってきた源の魔神は壺を拾い上げ、少し得意げに「貴様は誰を相手にしていたと思っている」と語りかけました。
その問いに店主が「全知全能の神です」と返すと、源の魔神はさらに得意げになりました。しかし、直ぐに店主が今までやってきた事を思い出して苛立ち、手中の壺を握りつぶそうとしましたが――。
「おや……。私を殺さないのですか?」
源の魔神は店主に完勝したものの、命は奪いませんでした。
源の魔神は不機嫌そうに「今は封印しておいてやる」と返しました。店主を封印した壺を本拠地に持ち帰り、さらに厳重な封印を施しました。
指1本動かせない状態で封印された店主は大いに困りました。
この封印は自分の力では破れない。自分では抜け出せない。
封印されたままでは質屋の営業すら出来ない。
「このままでは御客様に休業のお知らせすら出来ない……!」
店主は唸りつつ、自称用心棒に対して祈りました。
彼女が自分の代わりに休業のお知らせをしてくれている事を祈りましたが――彼女がそこまでマメではない事を思い出し、頭を抱えたくなりました。
「せっかく縁を繋いだ御客様達を困らせてしまいます! あぁ、どうしよう……」
店主はしばらくの間、必死に考えました。
手詰まりだと悟ると、壺の中で大声で叫び始めました。
「姉君! いと尊き姉君! 我らが長姉殿! 聞こえていますか!?」
困り果てた彼は私に対して語りかけてきました。
「私がここに封印されている間、店の常連さん達を見守っていただけますか!? 彼らが私無しで生きていけるのか心配なのです……!」
私は全てを見守っているので大丈夫ですよ。
「ありがとうございます。きっと貴女は彼らを見守ってくれるでしょう」
観測と報告が仕事なので、あくまで見守っているだけですけどね。
「見守ってくれているだけでしょうけど、それでも安堵できます」
店主は少しだけホッとした様子で大人しくなりました。
そして長い長い月日が過ぎ去っていきました。彼を壺の中に収めたまま――。
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