登楼

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輝夜々国かぐやのくには三つの地域と五つの区域に分かれている。暁星の国の中で最大面積を誇る大陸を持つ国のため、縦にも横にも広いのだ。北部地域、南部地域の二つの地域に挟まれた中央地域の三つがざっくりとした国土区分。そこから枝分かれし、北部地域の西部が紺龍コンロン、東部が青琴セイケイ。南部地域の巨大な二つの山岳地帯を総称して雀雨、山岳地帯に挟まれた盆地を朱巫アカナギと呼ぶ。中央地域はいわば首都であり、首都部はまとめて玄鏡という区分に分けられる。


現在、雪見と弓弦は首都部玄鏡を訪れていた。

駅からしばらく歩いたところでナンパされていたので元の大通りに戻るのは容易だったのだが、ここで弓弦から爆弾発言が投下されたのだ。


「ええっと、非常に申しあげにくいいんですが、こっから目的地に行くのに、歩きじゃ間に合わないんですよねぇ~」

「何分?」

「三時間」

「現時刻は?」

昼刻午後双葉十四時

「集合時間は?」

夕刻午後四葉十六時

「間に合わないわね」

「ですねぇ」


ひとしきり確認を終え、雪見は告げた。


「弓弦」

「なんです?」

「なんとかしなさい」

「殺す気で?正気ですか?」

「弓弦が解決してくれなかったら弓弦を殺して私も死ぬ」

「それは……困りますね」


主の無茶振りと物騒な物言いに若干引いた様子の弓弦と解決しなければふたりで無理心中を図る雪見。端から見れば(見なくても)ヤバイ連中である。


「じゃあ、どうにかして」

「承知しました。オレの姫」


弓弦はそばで黙っている雪見を見た。雪見は自身を見る弓弦の視線を感じながらはにかんだ。

__困ってる。嬉しい。

雪見は自分のモノが困っているのを見るのが好きだった。度々無茶をふっかけて、それをどう対処するのか観察する。ためし行動、ともとれる。

弓弦の場合、大抵は事も無げに対処するので見ていてものすごく退屈なのだが、今回はかなり難しい。正直言って、ふっかけた側の雪見ですら対処できない。あと二時間ほどしか猶予はないのに、歩き三時間。公共交通機関を利用するにも現在進行形で渋滞が発生しているため意味はない。詰んでいる。

時間を遅らせるにも先方も暇ではない。

__弓弦、どうするのかな。

ワクワクしながら弓弦を見やると、こちらをずっと見ていた彼と目が合う。彼はにっこりと笑って、雪見の腕を引いた。


「わ、わぁっ。なにするの…?」


急な事態に驚いた雪見をよそに弓弦は雪見を姫抱きにした。


「簡単なことです。時間遅延も出来ない、公共交通機関も使えないとなれば、あとに残るはたった一つ」

「……?」

「少し眠っていてください。長旅で疲れたでしょう」


弓弦の、優しく、それでいて少し厳かな声で囁かれ、雪見は大人しく目を閉じた。


*****************


目を覚ます。するとそこは、彼女たちの目的地、玄鏡南部の学園都市区域、武縁ブエンだった。時間は、約束五分前。


「すごい。ねぇ弓弦、どうやったの?」

「あとでお話ししますよ。ほら、目的の人が来てる」


そこで一旦会話を中断し、現れた人に、雪見は一礼した。


「初めまして。私は氷兎雪見と申します。貴校に編入したく、この場にはせ参じた次第です。どうぞよろしくお願いいたします」

「はい、氷兎雪見さんね。初めまして、ワタシは山辺瑞葵やまべみずき。よろしくね。ところで、アナタは『非国民』なのよね?」

「……はい。本来なら、学校になんて通える身分ではありません」


『非国民』は人権を持たない。人間として当然の権利、義務を受けることも出来ない。故に、『非国民』の者たちは総じて字の読み書きが出来ない者も多い。そんな『非国民』の救済として、この山辺瑞葵が立ち上げたのが、武縁総合学舎なのである。

雪見の態度を見て、瑞葵は落ち着いた様子で続けた。


「ワタシは、『非国民』と国民は同じ存在だと思っております。もとは同じ国民だというのに、差別するなんておかしいと。氷兎雪見さん、ワタシ達はアナタを歓迎します」

「……!本当ですか!?ありがとうございます!」

「いいえ、礼には及びませんよ。ただ……」

「ただ?」


少し歯切れの悪い様子の瑞葵を訝しく思いつつ、雪見は続きを促した。


「アナタがこの学舎に正式に編入できるのは、早くても三ヶ月後になります……。申し訳ありません。手続き等、するべきことがかなり多いので」

「そんな、入れていただけるだけでありがたいんです、謝らないでください。本当に感謝しているんです」

「そうですか……」


しこりを飲み込むのに少し時間がかかったのか、瑞葵が沈黙した。やがて、瑞葵は雪見に


「学舎を見てきてはいかがでしょう?自分で言うのもなんですが、すごくいい場所ですよ」


と、促した。


「はい、楽しんできますね!」


雪見は、朗らかに微笑んだ。




*****************


雪見が学舎へと行った数分後。瑞葵は執務室へと戻った。



氷兎雪見。



十七歳。十五歳より前の記憶がない。


女性。


非国民。


氷を操る異能。


ほとんど単語で片付けられる経歴。何より彼女が気がかりだったのは、自分と会う前の彼女の様子だった。


__

  弓弦、どうやったの?

            __


おかしい。ただ漠然と、瑞葵は思った。

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あやかしレイン @sikineko-0827

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