あやかしレイン

四季猫舞

一章:氷兎雪見という女

初雪

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雑踏の中、歩く少女がいた。

長い黒髪を揺らし、大きなキャリーバッグを片手に淡々と進む様は他を寄せ付けない氷のような雰囲気をまとっていた。

しばらくして、少女が立ち止まった。


「……遅い」


少女は人を待っていた。時間になっても来ないので、迎えに行こうか悩んだ結果、先に端末にメッセージを送ることにしたのが。


「電話、しようかしら」


返信が来ないのだ。送ってからゆうに三十分は経過している。

___早く来て。

少女には用事があった。とても大切なことなので、可能ならば早く行きたいのだが、如何せん待ち人以外場所を知らないのだ。

____どうしよう。私、あまり長いこと一カ所に留まれないのに。


「……ぇ、……ねぇ。そこのお嬢さん!」

「…………え、私?」


人に話しかけられた。振り返ると、なんというかまぁ、いかにも女遊びしてますという風貌の男がいた。


「そうキミ!ね、今暇?良ければ一緒に遊ばない?」


ナンパだった。それはもうものすごく典型的なナンパだった。今時見ない誘い方で誘ってきた。


「暇じゃないです」

「えー?じゃあいつ暇?明日?明後日?」


しつこく絡む男に辟易しつつ、少女は答えた。


「百年後くらいじゃないですかね。それじゃ」


手を振って立ち去ろうとした瞬間、かなり強い力で手をつかまれた。


「おい、待てよ。このオレ様が誘ってやってんのにそりゃないだろ。はー、ムカつくわー」

「はぁ?私、アンタのことの知らないんだけど」


少女の返しに怒ったのか、逆ギレし始める男にさらに毒を重ねる少女。心なしか、周囲の温度が下がったような気がする。


「もういいわ。そんなに私に触れたいならそうしてあげる」

「お?いーねいーね!」


しびれを切らした少女はそう告げると一度つかまれた手を振り払い、「ついてきて」と告げ、人気の少ない路地裏まで進んだところで立ち止まる。


「うげぇ、路地裏かよ…。オレ様の身体が穢れちまう」


__女遊びしてる時点で穢れてるでしょうに。



「ねぇ、もう少し離れてくれない?むさ苦しいんだけど」

「いやいや、今から何するかわかってる?離れろはないだろ」

「いいえ。離れてくれなきゃ困るの。間違って___」


段々と、周囲の空気が冷めていく。麗らかな春の空気が、冷たく凍った冬へと、戻っていく。パキパキと音を立て、無数の氷の礫が現れる。


「___殺してしまったらまずいし」

「……!『非国民』かよ!」


男は慌てて回避行動をとった。だが、所詮は一般人。たいした回避は出来ずに礫が右肩と両足に当たる。


「あのねお兄さん。私怒ってるの。人を待ってたのに、強引に連れ出そうとするし、『非国民』なんて言うし」

「『非国民』は事実だろ!」


靴音を鳴らし、少女は動けない男に歩み寄る。少女は手をかざして周囲の礫を集め、一つの巨大な槍を創る。


「残念だわ、お兄さん。私なんかに絡まなければもっと長く生きられたのに」

「……」

「じゃあね。さようなら」


少女が槍を男へと向け、その切っ先が男を貫こうとした瞬間。


「待った待った!なぁにしてくれてんのよお姫さん!」

「……弓弦?」


突如、別の男が乱入した。少女の知人なのか、彼女をお姫さんと呼ぶ弓弦という男が、


「槍、消して。今ここでそれ殺しても姫さんの利益にはならない」


と告げると、少女は渋々ながら槍を消した。


「……消したわよ。これで満足?」

「ああ。姫さん癇癪で人殺そうとするのやめなよ。こっちが大変なんだから」

「だって!」


行動を咎められてご立腹なのか、少女は幼さの残る様子で返答した。


「はいはい理由はあとでちゃんと聞いてあげるから。あー、そこの人。お姫さんの気が変わる前に逃げたら?今度は本気で殺されるよ」

「ひ、ひぃっ!」


男は即座に退散していった。それを横目に見つつ、弓弦は少女に問いかけた。


「……それで?理由はなぁに、オレのお姫さん」

「弓弦が」

「ん?」


「弓弦が、待ち合わせの時間になっても来なくて、メッセージ送っても返事なくて。ずっと待ってたの。そしたら、アイツが絡んできて。嫌で嫌で仕方なかったの…」

「なるほど。嫌だったし、そもそもオレがいつまで経っても来なくて腹が立ってて殺そうとした、と」


微妙に要領を得ない少女の説明を補足しつつ簡単に要約した弓弦は嘆息した。


「な、なんでため息つくの!?」

「あのねぇお姫さん。オレ達は『非国民』だけど、この国じゃというかどの国でも殺人は駄目なの。厳禁。分かる?」


怒られて不満なのか、少女は拗ねたように呟いた。


「でも……、それ、弓弦教えてくれなかったもん」

「うぐ……。確かに、それはオレの責任だ」


不可思議な押し問答を繰り広げつつ、弓弦は少女と目線を合わせて言い聞かせた。


「でもね、オレだってこの世のすべてを知ってるわけじゃない。オレも姫さんと一緒」

「一緒……?」

「そう。まだまだ知らないことだらけの、只人だ。知らないことは、これから学んでいこう。そのために、オレはキミを連れ出したんだから」


そう言われて、少女は納得したのか、こくりと頷き、疲れたように倒れ込んだ。


「おっと…。オレの姫は体力ないなぁ」


弓弦は眠る少女を抱えて歩き出した。



*****************



ここは青く染まった星の一部。無数の国々から成るこの星は、俗称として暁星と呼ばれている。無数の国々のひとつ、輝夜々国かぐやのくにには、奇妙な制度がある。

『非国民』制度。これはとある基準で分けられ、国民が『非国民』となると、その『非国民』へは人権の付与が行われない。その逆として、『非国民』が国民となる例もあるが、これはごく稀だ。これは、そんなカースト制度が蔓延る輝夜々国に生きる、少女の物語。


少女、名を氷兎雪見ひとゆきみ


雪見は、これから自分に起こることをまだ知らない。




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