後編
プリスティアの股間を締めた裏拳が、鰐の者へと打ち込まれる。
しかし、渾身の裏拳は、鰐の者の大きな口で押さえ込まれてしまう。
その隙を見て、猫の者が鋭い爪でプリスティアを襲う。
片手を押さえ込まれたことにより、身動きの取れないプリスティアは、衣装であるベビードールを切り裂かれてしまい、焦りの表情を見せる。
辛うじて大事なところは隠されているが、もはや衣装はボロボロのボロ雑巾状態だ。
公衆の面前で痴態を晒してしまいそうな状況に、プリスティアは顔を真っ赤にする。
「くっ……! こんな辱めの数々を受けるとは……! ブサイクめ! 赦さないわよ……!(おしっこが漏れそうなだけでも恥ずかしいのに、どれだけわたしを追い込めば気が済むの……!)」
プリスティアは軽く目に涙を浮かべる。
そんな彼女を見ていた猫の者は、再びキャットクローをお見舞いしようと、次の一手を繰り出した。
これ以上の痴態を見せないよう、プリスティアはもう片方の腕で、キャットクローをガードする。
そして、そのまま勢いをつけて、鰐の者に鋭い拳を打ち込んだ。
その勢いで、鰐の者の顎は、儚くも砕け散った。
プリスティアは自由になると、鰐の者の鼻面に空手チョップを繰り出す。
鰐の者は顔面がひしゃげ、そして、大きな音を立て、その場に崩れ落ちた。
崩れ落ちた鰐の者はしばらくして、身体が消滅した。
プリスティアは悟る。
ゾンビたちは再起不能にまで追い込むと、その存在は消滅に至ると。
プリスティアが内股気味の変な構えを取ると、蛙の者が大きく跳躍をする。
上空からの攻撃に焦るプリスティアだったが、蛙の者の飛び蹴りを華麗に躱すと、顎にアッパーカットをお見舞いする。
顎から上に掛けて、顔面が潰れた蛙の者は、仰向け状態で地面に倒れ伏す。
間もなくして、身体は消滅して行った。
ゾンビたちは残り二人。
続いて鳩の者が頭突きの構えを取る。
プリスティアは縦拳の構えを取った。
縦拳とは、親指を上にした状態で放つ、日本拳法古来の最強最速の突き技である。
プリスティアの鋼鉄の
プリスティアと鳩の者は、互いに睨み合い、真っ向から火花を散らす。
そして、しばらくして、その時はきた。
動いたのは二人同時――
凄味を帯びた鳩の者の強烈な頭突きは、最初優勢かと思われたが、プリスティアのさらなる強烈な拳で、頭ごと粉々に粉砕される。
最強対最強の対決は、プリスティアに軍配が上がった。
それは何となく分かっていたことであった。
鳩の者はゆっくりと消滅して行く。
残されたゾンビはただ一人。
そこに残されたのは、先ほどプリスティアの衣装を切り裂いた、猫の者であった。
プリスティアと猫の者は、じわじわと距離を詰める。
猫の者がキャットクローを構えると、プリスティアは半身になり、右拳を大きく後方に引いた。
防御をかなぐり捨てたその構えは、彼女の怒りが見て取れる。
「お前だけは赦さない……! わたしの衣装を切り裂いた罪、思い知りなさい……!(あともう少しでトイレに行ける……!)」
猫の者は甲高い声を上げると、跳躍し、爪をドリルのように回転させた。
段々と光を帯びて行き、閃光となった猫の者だったが、プリスティアは力いっぱい拳を握り締め、爪ごと頭をふっ飛ばした。
残された身体は徐々に消滅して行った。
かくして、怪人ゾンビたちとの戦いは終わりを告げた。
その場に残されたのは、魚の者ただ一人――。
魚の者はプリスティアに拍手を送る。
「やるな、プリスティア。まさか四人も集まった兄弟たちが一気にやられてしまうとはな」
「残るはお前一人……! わたしに挑んだことを悔やみなさい!(わたしの膀胱はもう限界よ……!)」
「クックック……! オレの力を見くびるなよ。お前はオレに敗北せざるを得ない。さぁ、かかってこい……!」
そう言って、魚の者は骨で出来た剣を取る。
「上等よ……! わたしはお前を倒して、世界の平和を掴み取る!(主にわたしの膀胱のね!)」
プリスティアは左拳を前に、右拳を少し後ろに構える。
バランスの良いボクシングスタイルだ。
この構えを取ったプリスティアに負けはなかった。
『相手にとって不足なし』
魚の者はそう言うと、目玉をギョロギョロと動かし、骨の剣をプリスティアへと向けた。
ノコギリのようなその剣は、見るからに殺傷能力が高そうな、危険極まりない恐ろしい武器であった。
脇を締めた魚の物は、プリスティアに左斬り上げを仕掛ける。
僅かでも足を開けば、漏れてしまうその状況下の中で、プリスティアは最低限の動きで軽やかに躱す。
動きの鈍いプリスティアに、隙を見出した魚の者は、次なる一手を仕掛ける。
雷鳴の如き勢いで繰り出されるその一閃は、プリスティアの引き締まった胴体に向けられていた。
僅かな動作で躱せないその攻撃に、プリスティアは大きな焦りを見せる。
『もう駄目だ』
そう思った時、プリスティアは全力の後転を見せる。
彼女にとってそれは、限界まで気力を振り絞った上での行動だった。
無理をした為、膀胱の決壊はもうすぐそこまできている。
ぜーはーぜーはーと、肩で息をしているプリスティアに、勝機を見出した魚の者は、とどめの一手に打って出る。
それは魚の者にとって、全力の袈裟斬りだった。
プリスティアは歯を食いしばって、何とかスレスレで躱すが、あまりに僅かな動作であった為、破れた衣装が引っ掛かってしまう。
これ幸いとばかりに魚の者は、プリスティアにさらなる追撃を仕掛ける。
魚の者が狙ったそこは、運が悪いことに急所の腹部であった。
ニヤリと笑いながら、プリスティアの腹部に蹴りを入れる魚の者。
プリスティアの膀胱に激痛が走る。
そこには限界の二文字しかなかった。
「ハアハアハア……!! この野郎……!! よくもわたしの痛いところを……!!(イヤー! 限界! もう限界! 膀胱の決壊は免れない……!!)」
「おやおや、プリスティア? そんなにもオレの蹴りは効いたかな? フハハハハハハハ!」
「……コロス!! お前は絶対にコロス……!! もう正義のヒロインなんてやってられない……!! お前をコロして、わたしはこの世界から離脱する……!!(コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!)」
「面白い、やってみろよ?」
魚の者がプリスティアを手招きする。
それにプリスティアは、ここまで封印していた蹴りで対応する。
「シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ!!(シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ!!)
そこにはもはや魔法少女の体裁はなかった。
魚の者は高らかに笑う。
しかし、プリスティアの鬼気迫る攻撃に、次第と口を開かなくなる。
プリスティアの猛勢ぶりに、焦り出す魚の者だったが、やがて体勢を立て直す。
蹴りと突きの応酬が続く中、プリスティアの蹴りが、魚の者の頬に傷を付ける。
「なにぃ!? オレが圧されているだと!?」
「テメェは踏み込んじゃ行けねぇ領域に踏み込んだ!! わたしの怒りは頂点に達したぞ!! テメェはわたしが、この世に一片の欠片も残さずコロし尽くす!!(そして、わたしに平穏をもたらす!!)」
「やれるものならやってみろよ!!」
魚の者が額に冷たい汗をかきながら、骨の剣を構える。
「これがテメェとわたしの最後の戦いだ!!」
腰を深く落とし、拳を強く握り込む、プリスティア。
その構えは一撃必殺、『
全身全霊を込めたその一撃は恐らく全てを吹き飛ばすだろう。
そんな予感が魚の者にはあった。
やがて、それに応えるよう、魚の者も奥義の構えを取る。
『星落とし』
魚の者が編み出した、星さえも破壊する幻の剣技である。
両者のあいだに、歪んだ空気が渦を巻く。
じりじりと音を立てて、互いを牽制し合う二人だったが、それは唐突に訪れた。
「喰らいやがれ!! 銀河さえも喰らう、わたしの魔法拳!!(これでトイレに行ける……!!)」
プリスティアの放った魔法拳は、巨大なオーラとなって魚の者を包み込む。
馬鹿馬鹿しいほど、星落としは意味を成さなかった。
魚の者は消滅し、あたりに平和が戻った。
というか、プリスティアの膀胱に平和が戻った。
「やった……! これでわたしはトイレに行けるのね……!」
プリスティアの顔に笑みがこぼれる。
辛い戦いはようやく終わりを告げ、あとはトイレに行くだけとなった。
そんな中――
「……プリスティア。よくぞ脊椎動物五人衆を倒した」
「だ、誰よ!?」
「私は地球、ブサイクの首領だ」
「はぁ!? 何を言ってるの、あなた!?」
声は空から聞こえる。
「五人の怪人たちは、人間に虐げられた五種類の脊椎動物たちから生まれた怨念の塊。つまりはそれぞれの脊椎動物たちを代弁する化身と呼ばれる者たちだったのだ」
「だから何よ!?」
「今から地球の化身である私が、お前たち人間に罰を与える。人間というがん細胞は、私をどこまでも虐げ、ついには私という怨念を生み出した。私は本能に従い、全人類を滅ぼす」
突然のラスボス登場に頭が追い付かないプリスティアは、股間を押さえながら、モジモジとするだけだった。
「私を止めたければ、掛かってこいプリスティア!」
声が聞こえなくなると、空からは光の巨人が降りてきた。
光の巨人は黄金色に輝き、体長は百メートル以上ある。
ここにきて、プリスティアは、尋常じゃない身震いを起こす。
プリスティアの尿意はもはや限界に達していた。
それと同時に怒りも限界に達していた。
次から次へと湧いてくるクソ虫たち。
もはやプリスティアは、正義の魔法少女ということをすっかり忘れていた。
だから、目の前の巨人が地球だろうが何だろうが、ただ倒すのみであった。
プリスティアは魔法拳の体勢を取る。
彼女の頭の中にはとにかくトイレのことしかなかった。
「シネ……! みんなシネ……!(わたしのトイレを邪魔する奴はみんなシネえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!)」
空の奥まで響き渡る絶叫。
魔法拳の直撃を食らった光の巨人は、微かな悲鳴を上げると、一瞬にして無に帰した。
「……トイレ!!」
しかし、もう数歩歩いただけで漏れてしまう状態だ。
近くにトイレはない。
プリスティアはここにきて絶望する。
目からは涙があふれた。
しかし、希望はすぐ近くにあった。
――冷蔵庫。
怪人墓場に繋がる冷蔵庫なら、おしっこをしても誰にも迷惑は掛からない。
というか、恥ずかしくない。
プリスティアは股間を押さえながら、よちよち歩きで冷蔵庫の中に入った――。
冷蔵庫の中は、殺風景で広大無辺な景色が広がっていた。
人気のないそこは、プリスティアにとって、まさに好都合と言える、最高の場所であった。
あまりの嬉しさに、思わず泣き笑いしてしまうプリスティア。
ようやくおしっこが出来る状態になり、ウキウキ気分でパンツに手を掛けたその時だった――。
突然、目の前の地面が盛り上がり、盛り上がった地面からは魚の者が現れた。
魚の者はゾンビとして生まれ変わったのだ。
「プリスティア!! まだ戦いは終わってないぞ……!!」
不意に声を掛けられた驚きにより、プリスティアはおしっこを漏らしてしまう。
滝のように流れ出るおしっこを見て、魚の者は頭を下げ、逃げるように地面に潜って行った。
プリスティアのおしっこは、魚の者が去って行っても、止まることはなく、とめどなく大量に流れ出た――。
「ふえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん!!」
少女は敗北を知って、また一つ大人へと近付いた。
魔法少女は漏らさないッ!! 木子 すもも @kigosumomo
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