魔法少女は漏らさないッ!!

木子 すもも

前編

 ――季節は七月。


 ジメジメとした嫌な季節が終わり、紫陽花が開花日を迎え、色とりどりな色彩を見せ始めている頃、その事件は起こった――。



 種々様々な草木が生い茂り、爽やかな空気が流れる、清星しょうせい森林公園。

 そこにけったいな格好をした者たちが、大勢で一人の少女を取り囲んでいる。


「クックック……! 年貢の収め時だな、プリスティア! 大人しく我らの軍門にくだるが良い!」


 異様な雰囲気を醸し出している、不気味な連中の中でも、ひときわ目立っている、人の形をした頭が魚の者が、まん丸い目玉を睥睨させる。

 それに対し、少女も睥睨で応えた。

 魚の者は、スーツの襟を正すと、スッと上に手を上げる。

 すると、少女を取り囲んでいた赤い全身タイツの者たちが、臨戦態勢を取った。


 少女は身構え、首に下げているペンダントを手に取る。

 ペンダントには不思議な文様が描かれていた。

 そして、少女がペンダントを開けると、少女を中心に眩い光が走った。

 森林公園を大きく包み込む真っ白い光。

 それはしばらくのあいだ続き、やがて収束すると、一人のスーパーヒロインを登場させた。


 『魔法少女プリスティア』


 伝説の愛の戦士、その人である。


「この世の闇を晴らしましょう。あなたに愛をお届け。プリスティア、此処に参上!」


 プリスティアは唄うように、奇っ怪な連中たちに告げる。

 彼女の登場に怖気付く、タイツの者たちだったが、魚の者が『掛かれ』と言うと、威勢よく飛び掛かって行くのだった。


「「「「「うっひーーーーーーーーーー!」」」」」」


 間の抜けた叫び声を上げながら、プリスティアに襲い掛かるタイツの者たち。

 それにプリスティアは全力で応えようとする。


 ――だがしかし、

 この時、既に異変は起きていた。


 プリスティアは片手でグッとお腹を押さえる。

 そして、心の中で静かに思った。


 『おしっこがしたい……』


 と――。


          *


 ――愛の戦士プリスティアとは――。


 超古代文明カツラで創られた、『カワイイ』を使用することにより、超人的な力を得るに至った、地球上でもっとも可愛い女の子である。

 プリスティアは、己が五体を武器と化し、その力は天を裂き、地を割ることが出来る。

 それは、太古の昔、カツラを崩壊に導いた力であった。


          *


 ひらひらフリルのベビードールがタイツの者たちの劣情を煽り立てる。


 プリスティアの衣装はとにかく際どかった。

 ほとんど下着のようなその衣装は、生地が薄手で、やや透明感がある。

 その上、ピンクの縞パンが顔を覗かせていた。


 メリハリの効いた扇情的なボディラインは、少女を少女と思わせなかった。

 むっちりとした太もも、豊満で柔らかそうな胸、丸みを帯びた形の良い尻、プリスティアは、稀に見るナイスバディの持ち主だった。


 桃色の長い髪がサラサラと揺れる。

 パッチリとした大きな目が、タイツの者たちを威圧した。


「掛かってきなさい。悪の組織、『ブサイク』。わたしはあなたたちなんかには負けない……!(早くトイレに行かなきゃ……!)」


 厚みのある桃色の唇がぷるんと微かに震えた。


 プリスティアが手招きをすると、一斉に襲い掛かるタイツの者たち。

 その猛攻をプリスティアは華麗に捌き、攻撃を加えて行く。


 しかし、四方をタイツの者たちに囲まれたプリスティアは、息つく間もなく、一気呵成に攻撃を仕掛けられる。

 身体を猛烈に動かされたことにより、尿意が増したプリスティアは、思わず攻撃の手を止めてしまう。


 そんな時、タイツの者たちの一人に腹部を攻撃され、プリステイアは片膝を突く。


「うぐっ……!(ヤバイ……! ちょっと出た……!)」


 それを見た魚の者がニヤリと笑う。


「どうした、プリステイア? いつもの勇猛果敢なお前が今日は妙に弱々しく見えるぞ」

「何を言っているのかしら? 今のはちょっと油断しただけよ。わたしはいつものわたしだわ(こいつらにおしっこがしたいと気付かれたら、マズイ……! 早く何とかしなきゃ……!)」

「ふうむ」


 魚の者が顎に手をやり、思慮深く考え出す。


「早く掛かってきなさい! 考えているならこっちから行くわよ!(このー、今日に限って時間を取らせるな!)」

「……戦闘員、プリスティアの腹部を狙え! 今日のこいつは様子がおかしい。弱点を集中的に攻めろ!」

「……いいわ。掛かってらっしゃい!(ひぎぃ! 無茶しないで!)」


 魚の者が手を上げると、間抜けな叫び声を上げながら、タイツの者たちが襲い掛かってきた。

 プリステイアは腹部を押さえながら、片手で攻撃を捌く、しかし、攻撃に転じることは出来ず、防戦一方になってしまう。


「中々やるじゃない、あなたたち。だけど、わたしはこんなものじゃないわよ!(助けてー! 出ちゃう出ちゃう!)」


「「「「「うっひーーーーーーーー!!」」」」」


 タイツの者たちは高らかな叫び声を上げる。

 それと、同時に腹部への攻撃が激しくなってくる。

 段々と捌き切れなくなるプリスティアだったが、不屈の闘志で腹部には触れさせない。


「やるわね! でも、わたしはあなたたちなんかには絶対に負けない!(イヤー! イヤー! 漏らしたら、もうプリスティアでいられない! いや、そもそも女の子でいられない!)」


 激しくなる攻撃を、やがてプリスティアは、気合いで捌きつつ、攻撃に転じることに成功する。


「喰らいなさい! わたしの愛の鉄拳! 百烈拳ひゃくれつこぶし!(耐えて! わたしの膀胱!)」


 まるで、これが最後の戦いだと言わんばかりの激烈な攻防の末、タイツの者たちはプリスティアのその絶対的な力で、あっという間に全員倒された。


「ハアハアハア……!!(限界が近いわ……!!)」


 肩で息をしているプリスティアを見て、魚の者は大きく笑う。


「……やはり、いつものプリスティアではないな! 今日のお前は明らかに弱い! 戦闘員の戦闘などでへばっているお前を倒すことなど、児戯に等しいぞ!」

「本当にそうかしら? 弱そうに見えて、今日のわたしはいつもの何倍も強いわよ……!(漏らすわけには行かない! 早くこいつを倒さなくては……!)」


 プリスティアは、掛かってこいと、魚の者にゆっくりと手招きをする。


 しかし――、


「まぁ待て。その前に今日はお前に提案がある」

「何かしら……?(トイレに行かせる提案以外は受け付けないわよ……!)」

「実はだな、オレたち『ブサイク』はお前の力を買っている。お前さえ良ければ、今日にでもオレたちの仲間に加えてやるぞ。オレたちの仲間に加われば、この世界の何もかもが自由だ!」

「くだらないわ。わたしの求めるものはたった一つ! この世界の平和と安寧よ!(安住の地、トイレに早く行かせて……!)」

「……どうしてもオレたちの仲間にはならないというのか?」

「くどいわ!(このままだと、間に合わない!)」

「しょうがない。やはりお前とは相容れぬ仲のようだな……!」

「最初から言っているでしょう……?(漏らしたくないの……!)」


 小競り合いをしていると、両手を大きく広げ出す魚の者。


 手と手の間からは巨大な冷蔵庫が現れた。


 突然のことに、額に嫌な汗をかくプリスティア。


 膀胱の決壊はそう遠くない。


「いったい何をするつもり……!?(これ以上、わたしの膀胱を刺激するのはやめて……!)」


 プリスティアが股間に手をやり、モジモジしていると、魚の者がニヤリと笑った。


「この冷蔵庫はヘルボックスと言い、お前が倒したオレの兄弟たちの墓場へと繋がっている。お前は今から、ゾンビとなったオレの兄弟たちと、再び戦うのだ!」

「面倒くさい奴等ね! しつこい男は女の子にモテないわよ……!(バカバカバカ! なんてことを考えるの! トイレに行くのが長引いちゃうじゃない……!)」

「さぁ、でよ……! 我が兄弟たち……! 今一度現世へと還り、プリスティアに引導を渡せ!」


 魚の者がパチンと指を鳴らすと、冷蔵庫の扉が音を立てて独りでに開いて行く。


 冷蔵庫の中からは、四人の怪人が現れた。


 四人の怪人たちは、それぞれ人の形をしているが、頭が猫・ハトカエルワニであった。


 ゾンビとだけあって、彼等の顔付きに、生気は感じられない。

 しかし、まるで生きているかのように紳士服を着こなすその姿は、かつての威厳を忘れさせなかった。


 ここにきて、プリスティアは大きく身震いをする。

 それもそのはず、腹部の痛みは徐々に鋭さを増していた。


 最強無敵の魔法少女プリスティアにとって、ここまでの窮地は初めてのことであった。


 プリスティアが内股気味に拳を構える。

 足を開くと、おしっこが漏れてしまう為、自慢の蹴り技は、使うことが出来なかった。


 間もなく――プリスティア、最初で最後の究極の戦いが幕を開ける。


 漏らしたら全てが終わるこの戦いで、プリスティアは力いっぱい股間を締め、そしてよちよち歩きで攻撃に出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る