戦場(いくさば)の旋律

北前 憂

回想

 あれは、南の孤島での最後の戦線だった。


自軍は全滅。周りはどこから敵の玉が飛んでくるか分からない状況だ。

私はジャングルの中を、ただひたすら歩き続けた。

もはや戦う気力などない。このまま敵に撃たれるか、残った玉で自決するか。

どちらにしても絶望的な選択しか残されては居なかった。


突然、目の前の茂みから敵兵が飛び出してきた。

こちらに銃を向けて構えている。


どうやら自決しなくて済みそうだ。

私はもう拳銃を構えることも、手を挙げて降伏する事もなく、ただ立ち尽くしてその時を待った。


相手はすぐには発砲せず

「アーユー,ジャパニーズ?」

と訊いてくる。

どっからどう見てもその通りだと思うのだが、彼はもう一度、今度は片言の日本語で尋ねた。

「ニホン ジンカ?」

私は力なく「イェス」と答える。

 気分は渡辺謙だった。

相手は構えていた銃を降ろし、ゆっくりと英語で語りかけた。

[ワタシハむかし、あるニホン人夫婦に助けられた。何の縁もゆかりもない外国人の私を、彼らは見返りを求めることもなく救ってクレタ。…まだ国同士がこの戦争を始めるずっと前ダ。

別れの時、イツカ必ず恩返しをする、と私は彼らに誓った]


"この戦争が始まる前”

そう、私たちは友好な関係だった。贈り物をし合ったり、互いの国に行き来したり。

全て戦争が悪いのだ。

戦争が、友情も何もかも破壊したのだ。

私は敵の、いや、彼の胸の内にあるものに共感した。

彼は続けてこう言った。

「でもオマエハ、その夫婦じゃナイ」

 えっ?

そして再び私に銃を向け、最後にこう言った。

「メリー・クリスマス」

彼が引き金を引いた銃から「パン」と乾いた音がして、銃弾は私の胸に命中した。

 ウソだろ?

 さっきのくだりで、撃つの?

私の体は仰向けに倒れる。

その私に彼は言葉を掛けた。

「わるいナ。コレが、せんそうダ」


どこからか、ピアノの旋律が聴こえてくる。

美しく、どこか哀しい。

世界的な日本の作曲家が作った、なんとかのメリークリスマスとか言う曲だ。

こんな場面にピッタリの曲だ。


私の目からこぼれた涙がこめかみを伝う。

 そうだ。

 彼の言う通り、これが戦争だ。

 そしてここは戦場なんだ。

撃たれた胸が痛むが、不思議と苦しみを感じなかった。もう私の体は感覚すら感じなくなっているのだろう。

頭の中ではいつまでもあの旋律が流れつづける。

…いくら何でも長すぎやしないか?

私は起き上がり、撃たれた場所を確かめる。

血が流れて、ない。

私は懐に手を入れて確かめた。


彼が放った銃弾は、懐に入れてあった御守りに命中していた。

戦地に赴く私に母が

「願かけておいたからね」

と託してくれた御守り。

妙にずっしりして、首から下げてたらずっと肩こりに悩まされていた。


弾丸は、その中にある鉄の板にあった。貫通する事なく。ピッタリと。


ふと前を見ると、歩きかけていた敵兵の彼が振り返る。

そしてニッコリと微笑んで

[メリー・クリスマス]

と親指を立てた。

夕日を背にしたその姿は、神々しいほどに輝いて見えた。


 まさか。こんな事が…。

 でも、そうとしか考えられない。

彼は、この鉄板めがけて撃ったのだ。


夕日に向かって再び歩き出した彼は戦場(いくさば)をあとにし、二度と振り向く事はなかった。


私はかすれた声で

「メリー…、クリスマス…」

と呟き、

「母ちゃん…」

とむせび泣いて御守りを握りしめた。





―――コレデ良かったんだ。と、思う。

カレにうらみがあるわけじゃナイ。

ニホン人の夫婦への恩を忘れたわけデモナイ。

でもここは戦場で、ワレワレは戦争をしているのダ。

上官の命令はゼッタイだ。作戦目的は「敵を殲滅せよ」だッた。

だからワタシハ彼に向けて発砲シタ。せめて苦しまないよう、急所をネラッテ撃った。

だが彼はしななカッタ。

驚く事に、胸のナニカに命中したようダ。

ワタシハ考えた。

もう一度引き返してトドメを刺すべきかと。

だが、残弾はたぶんもうナイだろう。数えてたわけじゃナイけど、タブン、そんな気がスル。

戻って改めて撃ったとして、モシ、玉が無かっタラ?

「パスん」って音がして何も出なかっタラ?

カッコ悪いどころか、コレさいわいとばかりに返り撃ちに遭うかもシレナイ。

 イヤだ。カッコ悪すぎる。

そこでワタシハ考えた。

黙って振り返り、笑顔で

「メリークリスマス」と言ったらどうかと。

そしてソレを実行シタ。

気分はトム・クルーズか、デカプリオ。とかまぁそんなところだ。


それは見事にうまくイッタ。

メチャクチャかっこヨカッタ。

ただひとつ不安だったのは、ワタシが背を向け歩き出した時、後ろから「パンッ」とヤられやしないかと。

だがそこは、さすがニホン人だ。

そんな卑劣で卑怯なマネはしなかった。

ワタシは、ニホン人の事がまた少し好きになった。


いつか戦争が終わり、また "トモダチ”として国同士が付き合える様にナッタラ。運命が再びふたりを引き寄せタラ。

その時は改めて、笑顔で握手を交わし、

「メリー・クリスマス」

と伝えよう。

イヤ、その前にあの夫婦にお礼にいかなきゃ。

イヤイヤそれよりも、司令官には

「敵軍を全滅させました」

と報告しなケレバ…。

誰にも見られて無かったのが幸いダッタ…。





―――少し離れた林のかげで、ワタシハ全てを見てイタ。

こんな事があるノカと。

この戦場で、互いの命を奪い合う事しか目的としない場所デ。

彼らは上官の命令ではなく、互いの、ニンゲンの尊厳を守ったノダ…。

なんと美しいのダロウ…。

ワタシは感動のあまり震えながら涙シタ。

いつか平和になり、互いの国がいがみ合う時代が終わっタラ、この事を実体験として書面にオコソウ。

ワレワレ人類は、知恵があるコト。他の生き物とは違い、自らのためではナク、他のためにソレが使える崇高なイキモノだと言うことを。

全世界に伝えよう。


ワタシハ子どもの頃から本当は小説家になりたかったノダ。

この実話を(ちょっとぐらい脚色して)本にしよう。


タイトルは、そうだ。

「戦場のメリーク…(ピ―――ッ)」

(自主規制音)




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戦場(いくさば)の旋律 北前 憂 @yu-the-eye

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