第3話 10年後の再会
気が付くと、沙保里は一面が真っ白に包まれた不思議な空間に立っていた。
――これ、夢だ。
すぐに分かった。360度、どこを見渡しても何もない。漠然とした不安に駆られ、何かから逃げるように歩き始める。一歩踏み出した瞬間、周囲は薄暗い廊下に一変した。前も後ろも終わりの見えない廊下がひたすら続いていた。
沙保里は得体の知れない恐怖に襲われ、一目散に走り出した。しかし、走っても走っても、前に進まない。正確には進んでいるが、景色が一向に変わらない。そればかりか、後ろから冷たいものを感じる。これは紛れもない悪夢だった。
「沙保里」
沙保里は足を止めた。聞き馴染みのある声に体が震える。もう聞くことが出来ないと思っていたから、自分の耳を疑った。震える指先で耳に触れながら、ゆっくりと振り返る。
「……けん、じ?」
そこには、健二が立っていた。しかし、沙保里の知っている、皆を太陽のように照らす明るい笑顔の健二ではなかった。厳しく冷たい視線で目の前の沙保里を捕らえていた。
――やっぱり、私は恨まれているのだ。
心臓が早鐘のように打ち始め、思わず後ずさりする。あんなに生きていてくれたらと願っていたのに、どうしても近くに寄れなかった。今度こそ走り逃げようと、彼に背を向ける。
「待って、沙保里!」
10年前のあの日、沙保里が最期に聞いた健二の叫び声。今日まで色褪せずにこびりついていた。沙保里はその場に座り込んだ。ゆっくりと、彼が近づいてくる気配を感じる。恐怖と懐かしさが交錯し、彼が近づくほど、その存在を心が求めていた。
「沙保里、聞いてくれ」
彼の声が響く。目の前にしゃがみこんだ健二と視線が交じり合う。その瞬間、健二の目に浮かんだ優しさに気付いた。10年前と変わらない、沙保里を包み込んでくれる優しい眼差し。沙保里は泣き崩れた。
「健二!」
飛び込んだ胸の温かさに、また大粒の涙が流れ落ちる。ずっと待ち望んでいた健二に会えたのだ。二人で過ごしたかけがえのない日々が走馬灯のように駆け巡る。そして、それが終わってしまったことも。
「健二、ごめん。あの日、私のせいで……私が怒っても、健二なら追いかけてくれるって分かってて、それなのにっ!ごめん」
健二の胸で泣きじゃくりながら、今まで言えなかった後悔を吐き出す。ずっと健二に謝りたかった。それが出来ないことが苦しくてたまらなかった。いつの間にか、謝れないことが贖罪だと思い、罪を背負って生きなければならないと感じるようになっていた。
「沙保里、聞いて。沙保里のせいじゃない。俺は、沙保里のせいなんて思ってない」
「……え?」
「沙保里のせいじゃない、俺は沙保里の彼氏で最高だった!」
顔を上げると、健二は屈託のない大きな笑顔を見せた。
「大好きな沙保里には幸せになってほしい。俺のことは忘れて、幸せになって」
沙保里の頭を撫でる手は、母とも父とも違う。沙保里を包み込む温かさと、同時に迫る別れの悲しさも感じさせた。
「ありがとう、沙保里。ひみ……らばこ……て」
途切れ途切れの言葉が聞こえると、微笑みを浮かべた健二は徐々に消えていった。沙保里は、もう一度失ってしまうことを恐れ、手を伸ばすが、健二の影はすっかり消えてしまった。
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