齋藤氏再選の要因をつらつらおもんみる

@pip-erekiban

再選しちゃったよ

 令和六年十一月十七日、前兵庫県知事失職に伴う知事選挙で、齋藤元彦氏が百万票以上の票を獲得し再選を果たした。

 稲村氏圧倒的優位の下馬評を覆しての逆転劇であり、加えて個人的にいえば、パワハラ政治家がたった一回の選挙で何事もなかったかのように従前の地位に座ることとなった経緯には驚きと失望を禁じ得ない。

 本稿では、横行する陰謀論を排しながら、私なりに齋藤氏再選の要因を考察することとする。

 私同様パワハラを嫌悪する人々が、本件に関し根拠なき陰謀論の弊に陥らないための一助となれば幸甚である。


  *  *  *


 齋藤氏再選をうけて、テレビを筆頭とするいわゆる「オールドメディア」の慌てぶりが浅ましい。オールドメディア敗北論が、アナウンサーなどテレビ関係者自身の口からおおっぴらに語られる状況である。


 もっとも彼らがなにをもって敗北としているのかは必ずしも明確ではない。


 個人的な話になるが、私自身は齋藤氏にかかわる疑惑の数々はおもにインターネットから入手していた。

 日々アップされる齋藤氏糾弾動画やバッシング記事は、お昼のワイドショーをはるかに上回る(まさに怒濤のような)情報量であった。

 これらと比較すれば、本件にかかわる情報がテレビを通じて私のもとに届けられた量はほとんどゼロだった。


 豊富な情報をタイムリーに提供できるかどうか、という意味での既存メディア敗北論なら分からなくはないのだが、それはなにも本件に限った話ではなく、あらゆる分野において、もう随分と前から敗北状況だったではないか。

 敗北論を云々する前に、既存メディアはそもそも勝負の土俵にすら立てておらず、齋藤氏を失脚に追い込む影響力など彼らは持っていなかった。

 

 本選挙戦における主戦場は、一貫してネット空間であった。


 いうまでもなくネットには膨大な量の情報が溢れかえっている。その海のなかから自分が求める一滴を探し当てるのは至難であり、利用者の検索動向に応じた情報があらかじめ表示されるアルゴリズムが、情報アクセスの一助となっている事実は否めない。

 一方で、自分の求める情報が繰り返し表示されることにより、自分の考えが世間一般と同じであると思い込む「エコーチェンバー」の弊害はつとに唱えられているところでもある。

 

 齋藤氏再選後、複数の知人から

「X上には齋藤氏に対する擁護意見が飛び交っていた」

 と聞いた。

 齋藤氏猛追の情報は小耳には挟んでいたが、私が直接それを目にしたことはなかった。アルゴリズムにより選別されたアンチ齋藤氏の情報ばかりが手元に届き、カウンターとなる情報が表示されなかったのである。

 この点、もろにエコーチェンバーの弊に陥っていたというべきであろう。

 

 ただし弊といっても、それは単に時流を読めてなかったというだけの話で、やはり私は、かつてパワハラが横行していた企業風土に揉まれた自分自身の経験にのっとり、権力者のパワハラには嫌悪感を抱いているし、齋藤氏自身が自ら公然叱責を認めたように、それは事実だったと考えている。

 カウンター情報に接していたとしても、齋藤氏擁護の意見に与する気にはとてもなれなかっただろう。


 齋藤氏によるパワハラが事実だったこと、それに対して憤りを覚えていることは、エコーチェンバーの問題とは切り離して明言しておきたい。


 齋藤氏の勝因はなにか。

 ひと言でいえば

「有権者の多くが、パワハラなどはなから問題視していなかった」

 これに尽きよう。

 

 私自身は

「齋藤氏のパワハラを糾弾する情報がネット上にあふれている。自分と同じように、世間一般も齋藤氏のパワハラに憤っているに違いない」

 このように思い込んでいた。

 しかし世の中にはパワハラなど大した問題ではないと考える人も当然いる(それどころか、齋藤氏自身が公然叱責を認めているにも関わらず、それでさえ事実無根と考えている人もいるそうだ。これはこれで衝撃であるが、本稿とは別問題なので言及は避けたい)。


 先般おこなわれた米大統領選ではトランプ陣営が圧勝したが、一部界隈では

「トランプが勝ったのではなくハリスが負けただけ」

 などと言われている。

 物価高に苦しむ有権者にとって、ハリス陣営が唱えるLGBTの権利擁護など響かなかったという見立てである。

 

 似た構図が兵庫県知事選でも垣間見える。


 有権者の過半が、齋藤氏のパワハラなど問題と認識しておらず、そうである以上、有権者は前回知事選とさほど変わらない投票行動を取ったというだけの話であった。


 ラサール石井氏は齋藤氏再選をうけて

「社会の底が抜けた」

 としたが、パワハラを問題視しないメンタリティーさえ理解できれば齋藤氏再選は至極当然の結果といえる。

 底が抜けたもなにもあったものではない。

 本年七月の東京都知事選では、一部候補による妨害まがいの行動が問題視された。兵庫県知事選でも当選を目的としない候補が出現して世間の耳目を集めたが、これを過大視して陰謀論に傾けば、こういった連中を利するだけなので慎むべきであろう。


 いちおう念のために申し添えておくと、パワハラが組織統治上のリスクになり得るという認識は、官公庁においては管理職から一般職員へと急速に浸透していっている最中である。いまは、パワハラが許されないものであるという認識が社会に浸透しきる過渡期なのだろう。


 生類憐れみの令より以前の江戸では、犬鍋が冬の風物詩だった。

 歩きタバコもポイ捨ても、健康増進法以前はあらゆる場所で横行していた。

 性的少数者がパロディー化され、おおっぴらに嘲笑の対象とされた時代があった。

 これらは現在、すべてタブー視されている。


 同じように、パワハラが許されないものであるという認識はやがて社会全体に浸透することだろう。

 そのような社会が到来したときに、ぜひとも今次兵庫県知事選を振り返っていただきたい。

「あの時代はまだパワハラが許されていたんだなぁ」

 きっとそんな感慨を抱いて驚くときが来るだろう。

 そしてそれは、さほど遠くない未来のことのように思われるのである。


               (おわり)

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