歪な正三角形。

奔埜しおり

歪な正三角形。

「実はあたし、真樹まきと付き合ってるんだ」

「……え?」

 突然の報告に、私はポカンと口を開く。

 徐々に頭が意味を理解すると、今度は開いた口の端を必死で持ち上げる。

琉奈るな、真樹と付き合ってるんだ?」

「うん、まあ」

 小さく笑って、琉奈は紅茶を飲む。

 否定されなかったことに、胸が痛みを訴えてくる。

「へぇ。全然気づかなかったや。おめでとう……なのかな?」

「そうだね、だいぶ経つけども」

「え、いつから?」

「……高一?」

「え……あ、なんで教えてくれなかったの?」

「タイミング、掴めなかったんだ。ごめんね?」

 申し訳なさそうに、メガネの奥から上目遣いで私を見る琉奈。

「ううん、気にしないで」

 答えた私は、うまく笑えていたかな。


 琉奈、真樹、そして私は、いわゆる幼馴染という奴だ。

 いつも三人で一緒にいた。

 他の男子にからかわれて、泣かされるたびに守ってくれるその背中に、いつの間にか特別な感情を抱くようになっていた。

 それを自覚した中学一年の春。

 その感情とどう向き合えばいいのかわからなくて、私は二人から距離を取るために、わざと違う部活に入った。

 中学二年、三年、そして高校の三年間はすべて別のクラスで。

 その間に二人が近づいて今の関係になったんだと思う。

 どうすれば良かったんだろう。

 ただ、いつも一緒なのにどちらか片方だけ特別になってしまったのが、すごく申し訳なくて嫌だったんだ。

 二人を同時に同じくらいの強さで同じ意味合いでの想いを抱ければ。

 あるいは……私が想いを抱く相手が、琉奈ではなく、真樹だったら。

 また違った未来があったのかもしれない。

「……そうだ」

 考えが、舞い降りた。

 すごく安易で、そして、誰かを傷つける、そんな方法だけれども。

 真樹は、優しい。

 優しくて、他人を拒めない。

 彼に近づこう。

 色仕掛けでも、なんでもいい。使えるものは使おう。

 彼女に近づく人は、そうやって、彼女から遠ざけていけばいい。彼女に対して罪悪感を抱けばいい。

 彼女が私以外の誰かと幸せになることと比べれば、彼女に憎まれることくらい、どうってことはない。


「麦茶でいいよな」

「……うん」

 善は急げ。

 そんなわけで、私は昨日、即座に真樹にアポをとった。

 相談したいことがあるから、真樹の家に行きたい。

 そんな内容のメールに、真樹はすぐに、OKの返事をくれた。

 彼女持ちなんだから断るべきじゃないのかな、なんて思いつつも、一安心。

 同時に、信頼されていることがわかって、それを裏切ることに、罪悪感が胸を刺す。

「で、相談って?」

「あの、さ。私……真樹のこと、好きなんだよね」

 私の言葉に、豆鉄砲を食らった鳩みたいな表情で動きを止める真樹。

 少しの沈黙があって、彼は私から目をそらして、頭をかく。

 その隙に私はそろりと足を前に出す。

 そして、手を伸ばす。

「……悪い、俺――」

 かかとを下ろす。

 彼を見上げながら、私は自分の唇にそっと触れ、口角をクイッと上げる。

「二番目でいいの」

 二番目でいい。

 そんなはずがない。

 私は彼女の一番でありたかった。

 だけど、彼のことだって大切で。

 私はなにをしているんだろう。

 なにを、壊そうとしているんだろう。


 ただひとつ言えるのは。

 私が求めていたのは、罪悪感で塗り固められた物理的な温もりではないことだけだった。


 ✱


「いやもう、本当、真樹ありがとう」

 あたしは今、真樹の部屋で、一枚のDVDを貰った。

 大切な一枚だ。

 そして恐らくは、これから沢山増えていく。

「お礼はなにがいい?」

「……俺と付き合――」

「あ、ハーゲンダッツ好きだよね。箱で買ってきてあげる」

「聞けよ」

「ハーゲンダッツの箱じゃ不満?」

「……」

 思いっきりなにか言いたげな表情であたしを見てくる真樹に、小さくため息を吐く。

「今付き合ってんじゃん」

「……それは、陽奈ひなが離れていかないためであって、別に俺を好きになろうとか、そういうんじゃないじゃん」

「当たり前。あたしはずっと陽奈一筋なんだから」

 可愛らしくて、笑顔が儚くて、汚れなんて一切知らなさそうな、純粋そうな陽奈。

 大切で大切で。

 好きだ、と言えたらどんなにいいんだろう。

 だけど、拒絶されることはわかっていたから、言えなかった。

 他の男子には見せない、真樹にだけ見せる安心しきった表情。

 間違いなく、陽奈は真樹に恋をしている。

 中学一年の春、それを確信してから、あたしは真樹が陽奈に近づけないように、ずっと真樹のそばにいた。

 だけどそれから陽奈との距離が開いてしまって。

 これじゃダメだ。

 そう思っていたときに、タイミングよく真樹に告白された。

 振ろうとしたが、それを利用することにした。

 ニブチンな彼女はなかなか気づいてくれなくて、先日、直接言ってやっと知ったようで。そういうところがとてもいいと思う。

 なによりあの、傷ついたことを隠そうとする笑みが本当に可愛くて。

 あたしが彼女を傷つけたのだ。

 恋い慕う表情はあたしが得ることは出来ないけれど、傷つく表情を得ることは出来る。

 そして、真樹という最高の協力者こいびとがいるおかげで、これからは隠しカメラ越しに色んな陽奈を見ることが出来る。

 正直、一か八かの賭けだった。

 陽奈は時々大胆になる子だから。

 特に、執着しているものに対してはとても。

 だから、汚れを知らなさそうに見えて、案外ずるいところを持っていることを知っている。

 結果的に上手くいってよかった。

 そう安心すると同時に、それくらい本気だったのだと思い知らされて、苦しい。


「……男に生まれたかったな」

 ポロリと零れてしまった。

 なんで、女なんだろう。

 傷つく表情だって好きだ。だけど、温かな笑みで、優しくて甘い声色で、好きだよ、と言ってほしい。

 抱きしめたいし、抱きしめられたい。

 キスだって、それ以上のことだってしたい。

 だけどきっとそれは、言えば気持ち悪いと突っぱねられてしまうだろうから。


「俺は女に生まれたかった」

 横から聞こえてきた言葉。

 あたしは小さく吹き出した。

「性別交換する?」

「俺、得しなくね?」

「いいのよ、あたしがよければ」

「お前なぁ……」

 呆れたように笑う真樹に、罪悪感が胸の底で声を上げる。

 その声を無視して、あたしはそっと、DVDを撫でた。

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