【文学フリマ東京39 試し読み】鍋は海底にある

はすかい 眞

鍋は海底にある(試し読み・冒頭2ページ)

 右手首に走った微弱電流が目の奥でスパークして、目が覚めた。

 昨晩、手首の端末を外さずに寝てしまっていたようだ。起きているときであれば優しく腕を握られるように感じる端末からの微弱電流の通知が、寝ているというだけで不快なものになり、脳の奥をチリリと焦がす。

 まるで俺の毎日みたいに、目覚めの気分は最悪だった。

 俺は体を横にしたまま、首回りにまとわりついた髪の毛を払い、右手の人差し指を立てる。端末は俺の筋肉の動きを合図に、俺の目の前にメッセージのビジョンを浮かびあがらせた。本当に見えているのではなく、端末が流した電流が俺の視神経に影響を与えて、見えているように感じさせている。

 俺に友達からのメッセージが来ることはまずない。メッセージの半分が行政からの通知、残りの半分が仕事の依頼だ。

 今回は三田さんだの大学に勤める研究者を名乗る人からのものだから、仕事の依頼だった。

 所属と名前、詳細は実際に会って話がしたいとだけあり、依頼のものが何かは書かれていない。即座に断ろうと思ったが、最後まで目を通した俺は思わず体を起こした。

 提示された報酬は、この依頼を今季最後の仕事にできるほどの額だった。

 今どき、わざわざ実際に会って話がしたいと言ってくるのは余程偏屈な人か、面倒な案件かのどちらかだが、即決で断れる金額ではない。

 すぐにでも引き受けたほうがいいと俺の欲望は訴えているが、その一方で、あまりにも胡散臭い額の依頼に、理性がブレーキをかける。

「面倒くさいな」

 俺だけの部屋で、大きな独り言を漏らす。面倒だが、会って話を聞くだけはしておいた方がよさそうな気がした。得体の知れない案件だったら、その時点で断ればいい。

 そもそも目覚めが悪かったのに加えて、すぐに返信するのは手玉に取られているようで腹が立つ。生理前のホルモンバランスの乱れから来る苛立ちと相まって、心がざわざわした。

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