第4話 なんでもない日に乾杯

 14時45分。平日の駅には目的を持ったたくさんの人が行き交っている。咲耶は、無事に着替えを済ませ、待ち合わせ場所に到着していた。他の三人が来るまで、駅の前に出されているクリスマスツリーを見ながら時間をつぶす。

何かゲームとのコラボでキャラクターのオーナメントが大きいツリーに所狭しと飾られていた。


 ふと、目に入ったショーウィンドウのガラス。映り込んだ背景に、黒いフードを被った人物が咲耶の後ろに映り込んでいた。大きなフードを被っているせいで顔は見えない。身長は、咲耶よりも少し高いくらいだ。敵意のある人物ならとっくに咲耶に攻撃を仕掛けているはずである。慎重に後ろを振り返ろうとしたとき、フードの人物の腕が上がり、咲耶の、肩に手が置かれた。


「おまたせ!!」


「え?」


 振り返ると、そこにいたのは、黒いフードを被った人物ではなかった。


「優里」


「どうしたの?そんなにびっくりした?」


 ニコニコと顔を覗きんでくるのは、待ち合わせをしてる3人のうちの1人、優里だった。

 

 咲耶は、急いでショーウィンドウを振り返るが、黒いフードの人物が映っていた場所には優里しか立っていない。


「びっくりした。コート新しいの買ったの?可愛いね」


「えへへ、新作買っちゃった」


 優里はその場でくるっと回った。ダンサーをしてるだけあってこういう動きが絵になる。


「さっき詩季にも会ったよ。一段とイケメンになっちゃってさ〜」


「彰は?」


「詩季の買い物付き合ってる。時間通りに来るって」


 咲耶は時計を確認する。14時55分。


「あの2人仲いいよね〜」


「そうだね」


 咲耶は、なぜ詩季が、わざわざこちら側で買い物をするのか疑問に思った。向こうのお店には無い貴重なものが、こちら側に売ってるとはあまり思えないからだ。


「あ、来たよ」


 優里の声に後ろを振り向くと、2人の男性がこちらに向かって歩いてきている。詩季の手には、紙袋が1つ握られていた。今朝とは違い、黒い手袋をしている。


「よし、みんな揃ったし行くか!」


「しゅっぱーつ」


 優里が咲耶に腕自分の腕を絡める。


「コート汚れるよ」


「汚れないもーん」


 咲耶は、ぎゅっと力を込めた優里をみて思わず笑った。詩季の方を見ると、こちらも彰と話しながら時折笑顔を見せている。


 よかった、と咲耶は思う。向こう側では分からないが、こちら側には詩季にも、楽しい会話ができる友人がいるのだ。 


***

 

 4人で行くケーキ屋はいつも決まっていた。甘いものに目がない男性陣2人の好みである。ここのケーキ屋の新作は4人で欠かさずチェックしていた。席順ももう決まっており、咲耶の隣に優里が座り、咲耶の前には彰が座る。飲み物も大抵は同じ。変わるのは服や髪型くらいだ。常に手袋をしている詩季は、ケーキを食べるときは外している。ただ、右手に指輪と左手にブレスレットをしている。咲耶は、あれで何か手を守っているんだろうと予測していた。彼らは、常に身体から微弱な気を出している。もし彼が素手で彰や優里に触れてしまったら、耐性の無い2人には、今朝の咲耶が負った足首の怪我よりももっと酷い怪我を負わせることになる。咲耶とは違い、御札などの補助具を使わなくても能力を使えるはずだが、わざわざ手袋やアクセサリーをつけたのは咲耶を安心させるためだ。


「クリスマス限定ケーキ、俺、これのために1週間残業を頑張ったんだ…!!」


「僕もだ」


「2人共、本当に甘いものが好きね」


「優里、足が冷えちゃうよ」


 咲耶は、自分の上着を優里のひざにかける。優里は、スタイル良さが自慢でいつも短いスカートを履いていた。椅子に座る時に、咲耶が優里の足元に自分の上着を掛けるのは、冬の定番となっている。


「咲ちゃんがいつも貸してくれるから大丈夫」


「商売道具なんだから大切にしないとダメだよ」


「はーい」


 女性陣2人のイチャつきぶりに、男性陣二人は白い目で見ている。


「お二人さん、あんまりイチャイチャしないでくれますかねえ」


「くっつきすぎだ」


 咲耶と優里は顔を見合わせる。


「だって、私達仲いいもんね」


「ねー」

 

 先に、飲み物が運ばれてきた。彰にはアイスコーヒー、咲耶と優里にはホットの紅茶、詩季はホットコーヒー。


「彰、こんな寒いのによくアイスコーヒーなんて飲めるわね」


「うるせえ、優里。お前がこの寒いのにミニスカ履いてんのと同じだよ。これしかねえの」


 彰が、アイスコーヒーのカップをあげる。


「では、日々頑張っている我々に乾杯」


「乾杯」


「かんぱーい」


「かんぱーい、お疲れ」


 カップやグラスを当てることはしないが、各々持ち上げる。これも毎度の定番の流れであった。そこに丁度、ケーキが運ばれてくる。クリスマス限定ロールケーキだ。真っ白いロールケーキ。毎年クリスマスの時期にしか食べることができず、この店の人気商品の1つである。


「幸せ」


「おーいしー」


 ふと、何も言わない男性陣を見ると、2人共フォークを口の中に入れたまま目をつぶっている。幸せをかみしめているようであった。先に、現実世界に戻ってきたのは詩季だ。


 「優里、最近仕事はどうだ」


「うん!ショーのダンサー大変だけど楽しいよ」


「今度みんなで見に行こうか」


「詩季も来てくれるの??絶対連絡してね!もう頑張っちゃうから!!」


「ああ」


「お前、自分磨きに拍車がかかってるな。髪もツヤツヤだし。何使ったらそんなになるんだよ」


「見られる仕事だもん。気を使うに決まってるでしょ。子供も大人もみーんな虜にしちゃうから」


「優里ならできるね。かわいいもん」


「咲ちゃんありがと!詩季は?仕事どう?」


「最近は落ち着いてきた」


「そっかそっか」


 詩季がこちら側の人間じゃないことは2人には内緒だ。それでも毎回適当に流しているが、それでも疑われないのは元々の詩季の人望だろう。


***


 ケーキも食べ終わり、咲耶が、トイレに席を立った頃。優里が、興味津々という顔で詩季に質問していた。


「その紙袋、咲ちゃんにでしょ」


「おい、優里。あんま詮索するなよ」


「いいじゃん別に〜」


「なぜこれが、咲耶にだと?」


「だって、ケーキ食べてるときとか、皆で喋ってるときとか、詩季ずっと咲ちゃんのこと見てるよ」


 詩季は、確認するように彰を見る。彰は、深く頷いた。


「見てる」


「まあまあ、詮索はやめましょう。私たちはとーっくに気がついてるけど、応援してるから。優しく、見守ってあげる」


 再び深く頷く彰。


「俺達、どうなっても4人でつるもうな」


「僕はまだ、何も言ってないが…。2人が楽しそうで何よりだ」


「おまたせ。皆何話してたの?」


「咲ちゃん、今度みんなでUSJ行こって」


「いいね。楽しみ」


 咲耶と優里がニコニコしながら話してるの見て、彰と詩季は優里の嘘のうまさに言葉をなくしていた。











 


 

 

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さよなら、異世界。 長月 @nagatsuki0906

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