世界樹と聖女様と守護者は川の字で
「ママと
コロンとベッドの上で、一緒に横になった桜那は満面の笑顔を浮かべる。
「……そ、そうだね」
「ママは嬉しくないの?」
子どもは正直だ。私が、気まずそうな顔をしたらすぐに反応する。
「う、嬉しいけど。その、パパと私は本当の夫婦じゃないから――」
そう言った瞬間、桜那の顔が歪んで。しまったって思う。アスが全然、顔色を変えないのが不思議だけれど、私達は桜那の
「なるほどな。【川】の字か。日本語って奥が深いな。でも、子どもがもう一人、増えたらどうなるんだ?」
アス、ピントがズレているよ!
今は、それよりも桜那を――。
「大丈夫だよ」
ふんわりとアスが微笑んで、桜那の髪を撫でる。
「
「しょうなの?」
「そう。恥ずかしがり屋で、口下手。でも、ちゃんと言葉にしないと伝わらない。すごい人なのに、自己肯定感が低い」
「事故った皇帝、完?」
「違う、違う。自己肯定感。自分にちょっとだけ自信がないんだ」
「ママ、しゅごいのに?」
「そう、スゴイのにな」
スゴイ、スゴクない以前の問題だ。だって、桜那を挟んで、二人で彼女を抱きしめている。桜那が、そう望んだから。
アスの顔が近い。
睫が、すぐ眼前に見えて。息遣いまで、聞こえてきそうで。
「ママの心臓、しゅごくドキドキしてりゅ」
私の胸に耳を当てて、桜那が感心したように言う。
「いや、あの、それは――」
「でも、パパもドキドキしてりゅ」
「そりゃ、するよ」
アスは唇を綻ばせる。
「にゃんで?」
「だって、綺麗なママが近くにいるから。もしかしたら、もう会えない可能性だったあったんだから」
「アス、子どもの前で、そんな冗談を――」
思わずタオルケットを被るが、無情にも桜那に剥がされてしまった。
「ママの顔がちゃんと見えにゃい」
「俺は冗談、言ったつもりは無いけどな」
桜那を挟んでいなかったら、緊張で耐えられなかったかもしれない。私は、アスの双眸に吸い込まれそうになる。
「この魔術式でいけるって確証はあったよ。でも、俺は王子だから。不確率な魔術は使えない。櫻に会うためには、成功率100%じゃないと。98%でも、99%でも。俺は許されない」
「あ、う……それは――」
「でもね、良いんだ」
アスはクスリと笑う。
「へ?」
「櫻に自覚してもらうまで、俺は自分の気持ちを伝え続けるから。櫻は確かに、世界樹の聖女で。桜那は、世界樹の種から生まれた次世代の
楽し気に、そう言って――アスは私の髪を撫でる。
以前、気易く貴族に髪に触れられかけたことがあった。あの時は、吐き気がするくらいイヤだった。その指を弾いてくれたのは、アスで。
今は同じコトをされているというのに、イヤだってまるで思わない。
「アス――」
「俺さ、櫻に伝えたいことがたくさんあるんだよね」
「え?」
私は目をパチクリさせる。
(……それは、私だって――)
でも、もう諦めたのだ。アスはウィンチェスターの王位継承権、第一位。
「同列だからな」
私の考えを見透かすように、アスは言う。
「き、気脈を読むのズルいっ」
「読んでない。櫻が分かりやすいんだ」
「んっ――」
「俺、言ったよね?
「そんなこと言ったって、アスは王子でしょ。みんな、その認識で行動していたもん。私だけ、それを無視しろって……そんなの無理だよ」
そう言葉を吐きながら、エリィーさんの笑顔が、瞼の裏にチラつく。
――あんなに楽しそうな殿下を、私は初めて見たかもしれません。聖女様、殿下のことをよろしくお願いします。
あれは、まだ他人行儀な時のエリィーさん。本当にみんな、ズルいよね。私がどれだけ、みんなの優しさに救われたと思っているのか。こうして日本に帰ってきた今も、変わらず接してくるの――本当にズルい。
「それじゃ、ママはお姫
桜那――このタイミングで話に割り込んでこないで。
「そうだよ」
「アス、そこでウソをつかない!」
つい語気が荒くなってしまった。桜那の体が、ビクンと震える。
(落ち着け、私――)
恥ずかしい、まるでアスに「お姫様」と言われたみたいで。自意識過剰だって、思うのに。体の芯から熱い。でも、だからと言って、桜那を怖がらせる理由にはならない。落ち着いて、まず深呼吸して、それから……。
「大丈夫」
アスが桜那の頭をポンポンと軽く叩く。
「ママはね、ちょっと不安なだけだから」
今度は、私の頭をポンポン叩く。うー、やめてよ。そうやって子ども扱いするの。確かに私は子どもっぽいし、アスのように大人顔負けに振る舞うなんて無理だけれど――。
「世界樹の聖女は、王族と同列だ。これは
アスはいつもそう言うけれど、やっぱり私は納得ができない。だって、無能な私がみんなに支えられて、なんとか聖女の務めを果たした。それ以上も以下もないって思うから。
「……アスは私が、聖女だから、そうやって接してくれるの?」
私はバカだ――。
そんなことを言いたいワケじゃないのに。
本当は、アスのことが好きだって。この感情が溢れそうなのに。放っておたら、この気持ちが気脈に流れ出しそうで、怖くて。必死に飲み込むのに。
「櫻だから。それしかないけど。正直、櫻が聖女じゃなかったとしても、きっと関係なかった」
「それって、どういうこと……?」
怖い。
その言葉の先を聞くのが。
「俺は、櫻のことが――」
アスが目を閉じる。
私も、瞑る。ただ、言葉を待つ。永遠とも思える時間が、ただ過ぎて。待つ。すーすーと、呼吸音が重なって。
(……すーすー?)
目を開けたら、アスと桜那が二人、そろって眠りこけていた。
「は?!」
ペチペチとアスの頬を叩くが、うんでもすんでもない。
「……櫻、また会えて良かった」
「ママ、
二人揃って、無防備に私に抱きついてくるの、心臓に悪いから。特に、アス。普段は毅然とした態度のクセに、こういう時に無防備に甘えてくるの、本当にズルい。
――ごめんね、櫻。アステリア、疲れすぎているから、暴走するかもよ?
メグが苦笑しながら、言葉を漏らしたことを思い出す。
桜那が学校に一緒に行けるように。
そして、御庭番衆が不干渉とさせる手立てを、ずっと考えていたらしい。
私だけ、置いてけぼり……なんて、愚痴を言うつもりはない。
世の中、向き不向きがあって。私は、腹芸ができない。政治の世界や、貴族達の社交界での化かし合いは、私には不向きだって、その自覚があるから。
(でも……バカっ)
本当は有り難うって言いたい。
大好きって、アスに伝えたいのに。
アスがどんなに言葉を弄しても、私とアスが身分違いだって。それぐらい、理解している。変に期待してしまう自分がいる。でも、無理なんだって、分かっている。
飲み込む。
この感情を。
諦めることは慣れている。
今回だって、一緒だ。
大丈夫――。
私、ちゃんと飲み込んだから。
アスはいつか、
それまで。
片想いでいるのは、許してくれる?
ダメだ。
目が霞む。
視界がぼやける。
好きだよ。
アス、こんなに好きなの。飲み込み無の、辛いよ――。
目をゴシゴシ、こすりながら。
感情を飲み込む。
ちゃんと飲み込むから。
「好きだよ、大好き。アス――」
今だけ、許して。
私は、深い眠りに落ちたアスの頬に、口づけた。
アスの耳朶が、心なしかほんのり赤く感じたのは、きっと私の気のせいだ。
________________
【とあるクラスの、メッセージアプリのグループログより】
██:ねぇ、榊原さんが、休校していたのって、妊娠していたからって噂、本当?
██:そのお相手が王子様って、話じゃん。
██:ただ、それだと計算が合わないんだよね。
██:どういうこと?
██:その子、3歳くらいみたいで。でも、休学は1年でしょ? ということは、小学校の時には、もう――
██:マジ? 櫻ちゃん、進みすぎ!
██:それに、ウィンチェスター君との婚約、確定なんでしょ?
██:あっちの国だと、一夫多妻制? 側室ってこと?
██:正妻だよ。あ、これ、御庭番の先輩の話だから、ここだけの話で頼むよ。
██:ウィンチェスター君、榊原さんに過保護だから。みんな、気をつけるんだぞ。
██:どういうこと?
██:榊原さんにちょっかいを出した教頭を瞬殺したんだって。
██:マジか。教頭、ロリコンだったのか。
██:校長も、氷漬けにされたって話だし。御庭番衆も敵わなかったって話だよ?
██:それは流石に盛りすぎなんじゃ……。
██:怒らせたら、マジヤバイって話ね。肝に銘じる。
██:とりあえず、櫻ちゃんと女子会だね。初めてはどうだったか、しっかり聞こう! あ、男子はダメだからね。
██:なんでだよぉぉぉっ! そんなご無体なっ!
【第2章 世界樹の聖女、子育てをはじめました 了】
第3章 世界樹ちゃん達と妖精さんの達のブラ散歩 へ続く
【カクヨムコン10】世界樹の下で、君に誓う ~帰還聖女が異世界王子に溺愛されて、家族になるまでの物語~ 尾岡れき@猫部 @okazakireo
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