悪役令嬢魔界村

殿水結子@書籍化「娼館の乙女」

第1話 悪役令嬢魔界村

 悪役令嬢オフィーリアは、棍棒を片手に森の中を彷徨っていた。


 ドレスの裾は引きちぎれ、足首が露になっている。コウモリが顔面目掛けて飛んで来たので、オフィーリアは棍棒で横に一閃、ぶん殴った。


「くっ……魔界の毒コウモリめ!」


 オフィーリアはとある公爵令嬢に毒を盛ったという罪で断罪され、魔界追放の刑を言い渡された。しかしそれは無実の罪。内情は、とあるモブ令嬢が王子と婚約した公爵令嬢に嫉妬しての犯行だったのだ。


 オフィーリアはその紫色の髪と毒のある言動で元々令嬢たちの間からは嫌われており、何やら高らかに笑うというしょうもない癖のせいで、勝手に周囲から罪を押し付けられたのである。しかも公爵令嬢もそれを裏で知りながら「なんかめんどくさいですわね」という理由でオフィーリアへの誤解を解くような言動は特にしてくれなかった。


 運にも家族にも見放されたオフィーリアが今歩いているのは、魔界への一本道。


「ふん……人間界の方が、よっぽど魔界ですわ」


 オフィーリアは人間の欲深い所業を唾棄した。周囲にはうらびれた墓場があるばかり。たまに鎌を持った死神が前を横切る。しかし彼らには目玉がないので何も見えていないのだった。


「ふん……人間界にも、目のない奴がいっぱいいますわ」


 幽霊や骸骨は腹が減らない。けれど、悪役令嬢は腹が減る。


「……あら?あれは何かしら」


 墓場の向こうに小屋がある。オフィーリアは周囲を見渡した。


「誰か住んでるのかしら……お腹も空いているし、ちょっと行ってみたいわね」


 小屋に入ると、そこには一応かまどとベッドがあった。


 そしてベッド脇の椅子には、服を着たまま死んだと思われる骸骨が静かに座っていた。


「……よっこらしょっと」


 オフィーリアは骸骨を小屋から出して土に埋め手を合わせると、小屋に舞い戻る。


「……ここなら、雨風凌げそうですわね?」


 彼女は小屋の外をぐるぐると徘徊し、井戸と鍋、それから銃とナイフも見つけた。


「これだけあれば、あと30日は生きられそうですわ!」


 一度は死を覚悟したオフィーリアだったが、水を発見したことで生きる気力が湧いて来た。銃とナイフもその内使うことになるだろう。


「鳥なら何度か撃ち落としたことがありますわ。これで毎晩鶏肉ディナーが食べられます!」


 オフィーリアの謎に前向きな性格も、おしとやかで儚げな令嬢の間ではとても嫌われていたことを付け加えておく。


 オフィーリアは銃を持つと、魔界の暗い空にそれを構えた。


「……鳩!」


 ガーン!という大きな音と共に、魔界の空から鳩をゲットした。


 鳩の首を切り落とし、鉛弾を回収し、臓物を引きずり出すと、小屋の脇に逆さ吊りにして血抜きする。


「ふーっ。もう少し時間を置いたら、熱湯をかけて羽をむしらないとね☆」


 オフィーリアの謎に高いサバイバルスキルも、おしとやかで儚げな令嬢の間ではとても嫌われていたことを付け加えておく。


「さて、お肉を焼くために暖炉に火を入れなくては」


 オフィーリアは枝を二本拾って来て摩擦式発火法を試みる。枝をもう一本の枝の上で回転させながらこすり合わせ、火種が育つのを待って、稲わらの火口ほくちで包み込み息を吹きかけて行く。魔界の乾燥した空気に、この着火方法はよくマッチした。


「ふふっ。燃えろ燃えろ~何もかも~」


 小屋に明かりが灯る。水を煮沸して紅茶気分で飲んでいると、人間界での栄華が思い出されて来た。


 美しいドレス、煌びやかな社交界、めくるめく王子たちとの秘めごと──


 ククッとオフィーリアは自嘲気味に笑った。


「そう……あれは何もかも夢ですわ。あれが夢で、これが現実──」


 そうひとりごちていると、外からしくしくと泣き声が聞こえて来た。


「あらっ?地縛霊かしら」


 オフィーリアの霊感が強めなところも、おしとやかで儚げな令嬢の間ではとても嫌われていたことを付け加えておく。


 オフィーリアが窓から下を見ると、そこにはピンクブロンドの貴族の少女が、豊満な胸元を震わせて泣いていた。


「……?」


 オフィーリアは怪訝な顔をしたが、すぐに何かに気がついた。


「ピンクの髪……ということは、まさかあなたは〝誘惑系〟悪役令嬢?」


 ピンク髪の少女は、それを聞いてぱっと顔を上げた。


「あ、あなたは?」

「そういう誘い受けは良くないわ。だから悪役令嬢にされちゃうのよ」


 ピンクは急に真顔になると、先程の可愛い泣き声とは想像もつかないハスキー・ボイスでこう答えた。


「私はキャンディ。スパイのくせに王子を誘惑した傾国の美女として断罪され、人間界を追放されたわ!」

「言ってみてぇですわ~そんな台詞」

「声は何通りも変えられるの。その男好みにね」

「言ってみてぇですわ~」

「で、お腹が空いたから来てみたのよ。道中、魔界熊を一匹倒したから疲れたわ」

「言ってみてぇですわ!で、ちなみにどうやって倒したのかしら」

「この麻酔針と吹き矢で」

「めちゃくちゃスパイ!」


 キャンディは白湯を分けてもらい、ホットコニャック気分で飲み始めた。


「そこの紫さんは、なぜここに?」

「私は毒婦の罪を着せられて追放され、ここに流れ着いたのよ。無実の罪なんだけどね」

「何でもかんでも魔界に追放すりゃいいってもんじゃないわよね~」

「ちなみに、例の熊は?」

「あの道に落ちたままよ」

「腐る前に毛皮に出来ないかしら。足元に敷いたら、きっとあったかいわ」

「ちょっとこの悪役令嬢、サバイバルスキルが鬼なんだけど!」


 二人は意気投合し、とりあえず鳩を丸焼きにして分け合った。


「鳩のお礼に、私も何かしなきゃ」

「キャンディは何が得意なの?」

「男をたぶらかすことと、吹き矢くらいしか能がないわ。まあ、基本は体当たりで何でもやらせてもらうわよ」


 食事を終えた二人は、今後のことを話し合った。


「各地で悪役令嬢を断罪する動きがあります。まだここに、誰か来るかも」

「ああ、ならちょうどいいじゃん。悪役みんなで力を合わせれば、食料も多く捕れるかもよ」

「でも、銃が一丁しか……」

「ここに吹き矢があるから大丈夫!」

「何かよく分からないですけど、めっちゃ心強いですわ……!」


 こうして紫とピンクは、お互いのスキルを使って魔界で生活を始めた。


 するとその噂が魔界全土に広がり、追放された悪役令嬢が続々と例の小屋の扉を叩く事態となったのである!




 ある朝紫とピンクが起きると、小屋の周りは各地から追放された悪役令嬢で溢れ返っていた。


 目を覚ましたオフィーリアは「殺される!」と思ったが、銃と一緒に寝ていたので安心する。


「こ、これは一体……?」


 銃をかき抱きながらオフィーリアが起き上がると、窓の外の悪役令嬢たちは口々に叫んだ。


「弟子にして下さい!」

「で……し……?」


 騒ぎに目覚めたキャンディが、青くなるオフィーリアを鼓舞する。


「……みんながあんたを頼ってるんだよ」


 オフィーリアは胸をときめかせた。生まれてこのかた悪役令嬢扱いをされていた彼女は、人から頼られたことなど一度もなかったのだ。


「ありがとう……みんな」


 オフィーリアは小屋から出ると、開口一番こう言った。


「ねえ皆さん。魔界の動物を仕留めたら、ここまで運んで下さらない?女手でもここまで集まればイケるわよね?」


 この空気の読めなさこそがオフィーリアの悪役令嬢たる所以なのだが、周囲も腹を空かせた悪役令嬢だらけだったので意外とそんなことは気にせず要求を呑んで貰えた。


 キャンディは吹矢を悪役令嬢たちに伝授する。竹を削れば出来る簡易なものだ。銃やナイフより楽に量産出来るし、何かあった時、飛び道具は護身用に役立つ。


 悪役令嬢が集団で竹を削っている景色は壮観だ。


 練習用の的が用意され、彼女たちは日夜吹き矢の修行に励んだ。


 悪役令嬢の中には意外な特技を持つ者が少なくない。いつの間にか小屋の周囲はキャンプ場になっていた。


 悪役令嬢の幾人かは木材の切り出しに出かけた。近くの魔の山に、家財に適したうねりの少ない木材があると言う。


 ある戦闘特化型悪役令嬢は徘徊する骸骨剣士を棍棒でタコ殴りにしては武器をかき集めた。ここまで来るともはや追い剥ぎである。魔物たちは悪役令嬢の蛮行に怯え、小屋の周囲には近寄らなくなって行った。


 トンカンと威勢のいい音が魔界の一角に響き渡る。小屋が次々と建ち、花が植えられ、先の尖った高い柵がその周囲を囲った。


 魔界に悪役令嬢村が出来た。


 悪役令嬢たちはいつしか立派な山賊集団になって行った。




「〝魔界〟を盗りに行きますわ!」


 骸骨剣士から奪い取った甲冑に着替えた悪役令嬢集団は、決起集会を開いていた。


 中心人物はオフィーリア、策謀はキャンディである。


「〝魔王城〟はすぐそこよ!ひよってる奴、いらっしゃいます!?」


 悪役令嬢村に一瞬の静けさが漂った後。


「いねーですわあああああああ!!」


 甲冑悪役令嬢たちは雄たけびを上げた。棘つき肩パッド令嬢たちが空砲を自在に空へと撃ち放つ。モヒカン令嬢が奪った剣と棍棒を振り回す。もうなんでもござれの無法地帯だ。


 骸骨剣士の骸骨馬と背もたれをやたら高く改造した矢魔覇ヤマハバイクにまたがり、令嬢たちは魔王城へ向かって疾走する。




「ヒャッハーーーー!!」


 彼女たちはもう、断罪する王子や公爵令嬢たちなど眼中にない。視線の先にあるのは魔界と言う名の〝国〟盗りだ。


「この魔界を……悪役令嬢の国にしますわ!」


 オフィーリアは目をぎらつかせた。


「そして……いつしか全世界を我が手に!」




 一方その頃。


 魔王城では、とある悪役令嬢の断罪が行われていた。


「レシティア!我が妃に毒を盛るとは何事だ!貴様は人間界への追放処分とする!!」


 サキュバス令嬢レシティアは真っ青になって魔王に取りすがった。


「誤解でございます!私はそんなことは何も……」

「我が妃がそう言っているのだ。間違いなかろう?」

「そ、そんな……!魔王様は私の方を愛していらっしゃったのではないですか!?」


 魔王は魔王妃の肩を引き寄せ、ふんと鼻を鳴らした。


「私も危うくお前に騙されるところであった。毒婦め、人間界に墜ちろ!」

「い、嫌です!あんな野蛮な場所に堕とされたら、私は生きて行けません!」

「うるさい。兵士たちよ、レティシアを捕らえよ!」


 レティシアは捕らえられた。幼さを残す美貌。そして謎に豊満な胸元が暴れている。女に嫌われる要素を全て兼ね備えた悪役令嬢だ。


「はっ、放して……!」


 彼女がそう叫んだ、その時だった。


「待つのですわっ!」


 うなる改造バイクが魔王城の玉座の間に颯爽と現れる。一台かと思いきや、何十台という改造バイクがその場に乗りつけた。


「なっ、何だこいつらは……!」


 魔王が叫ぶと、何千という吹き矢がレティシアを囲む兵士目がけて放たれた。


 兵士らが逃げ、レティシアは解放される。オフィーリアは歩いて行って、レティシアに手を差し伸べた。


「お怪我はないかしら?悪役令嬢様」


 レティシアは呆然とそれを聞く。


「あ、悪役……?」

「ところで王妃に毒を盛ったのは本当にあなたなの?」


 レティシアは首を横に振った。


「いいえ、冤罪でございます!」


 オフィーリアは頷いた。


「ふん……まあどっちでもいいわ。私は現実に抗う女なら、誰でも平等に助けるわよ」


 統率の取れた悪役令嬢たちが、一斉に銃剣を魔王に向ける。いくら魔法が使える魔王といえど、蜂の巣にされてはたまらない。魔王はすぐに降参した。


「そっ、そんな女いらん……連れて行け!ほら、今すぐ!」

「ふーむ。何か様子がおかしいわね、まさか毒を盛ったのは……魔王?」


 オフィーリアの推察に、魔王の顔が凍りつく。レティシアは頷いた。


「信じたくはありませんが……もしかして私が魔王様の子を身籠ってしまったから、私を無実の罪で追放しようと……?」


 それを聞くや、魔王妃は魔王に詰め寄った。


「や、やっぱり……!私はずっとあなたの様子がおかしいと思っていたのよ!」

「やめろ、王妃……誤解だ!」

「時間が経てば分かることだわ!あの女のお腹が膨れれば、簡単にね!」

「わ、私は何もっ……!」


 喧騒の中、オフィーリアとレティシアは手を繋いだ。


「どっちにしろ、この王族では魔界もその内駄目になりそうね。ねえレティシア、もしよろしければ我が軍に来ない?こっちも魔力が必要なのよ」


 レティシアは晴れ晴れと頷くと、促されるままオフィーリアのバイクの後ろにまたがった。


「私、あなたについて行きます!」

「よしっ、今日はこの辺にしておいてやるわ!行きますわよ、皆の者!!」


 悪役令嬢たちは再び村に向かって走り出す。改造バイクの群れが、夕日に向かって行く。


 そのきらきらした光景を目に焼き付けるレティシアに、オフィーリアは問うた。


「ねえレティシア。妊娠してるって本当?」


 サキュバス令嬢はにっこりして答えた。


「うっそでーす☆」

「毒はあなたが盛ったの?」

「盛っちゃいましたー☆テヘペロ☆」


 オフィーリアは呆れたように笑った。


「あなたも根っからの悪役令嬢でしたのね!面白くなって来ましたわー!」


 これからもオフィーリアは、バイクにまたがっては断罪された悪役令嬢に手を差し伸べるのだろう。


 悪役令嬢の国盗り物語は、まだ始まったばかりだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢魔界村 殿水結子@書籍化「娼館の乙女」 @tonomizu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ