第718話A 逆襲開始?

 今日からは京阪ジャガーズ戦。

 首位攻防の熱戦が繰り広げられる中、僕はベンチ警備とヤジ将軍に徹していた。

 

 試合は3対1と負けたまま、9回表になった。

 京阪ジャガーズのマウンドには、抑えの切り札、右腕のドイル投手が上がった。

 この回は1番からの打順で、湯川選手の次は2番の榎田選手。

 ここまで3打数1安打で、チーム唯一の得点となるタイムリーヒットを打っている。

 ここはこのまま、打たせるだろう。


「おい、高橋。次、代打だ。準備しろ」

 金城ヘッドコーチにいきなり声をかけられた。

 榎田選手に代打か…。

 何か申し訳ない気がする。

 僕はバットを握りしめ、ネクストバッターズサークルに向かおうとした。


「おい、高橋」

 振り返ると、麻生バッティングコーチだった。

「何でしょうか?」

「これがラストチャンスだ。どんな形でも良い。

 ヒットを打てば一軍に残すが、どんなに良い当たりでも、凡退したら明日から二軍落ちだ」

 なるほど、そういうことか…。


「俺からのアドバイスは…。そうだな。まあ、頑張れ」

 簡潔かつ無意味なアドバイスだ。 

 これでバッティングコーチが務まるのだから、全く持って恐れ入る。


 そうしていると、湯川選手が凡退し、ワンアウトランナー無しとなった。


「2番、バッター榎田に替わりまして、高橋。背番号58」

 暖かいブーイングと、悲鳴が球場を包む。

 そりゃそうだよね。

 僕はバッターボックスに入った。


 相手はここまで防御率0点台で、負け無しのドイル投手。

 相手にとって不足はない。向こうは不足かもしれないが…。


 初球。

 真ん中から鋭く落ちるスプリット。

 分かっていても振ってしまう。

 ストライクワン。

 

 2球目。

 外角低めへのカーブ。

 意表をつかれた。

 判定はストライク。

 簡単に追い込まれてしまった。


 そして3球目。

 内角への火の玉ストレート。

 やや仰け反って避けた。

 球速は161km/hがでている。

 あんな球に当たった日には…。

 クワバラクワバラ…。

 これで外角へ踏み込みづらくなった。

 

 次はスプリットか、外角へのスライダーか。

 相手からすると、三振を取る大チャンスだろう。


 そして4球目。

 予想通り外角へ低めへのスライダー。

 舐めるなよ、この野郎。

 僕はうまくすくい上げた。

 久しぶりに真芯で捉えた。

 打球はライト前に飛んでいる。


 ライトの向田選手が懸命に追っており、グラブを精一杯伸ばしている。

 頼む、捕るな。

 そして打球は向田選手のグラブを掠め、弾んでいる。

 僕は一塁を蹴って、二塁に向かった。 

 二塁は余裕でセーフ。

 良かった…。

 本当に良かった。


 フォアボールを2つ挟んでの、28打席目での今季初安打だ。

 昨シーズンと一昨シーズン、僕は167本のヒットを打った。

 1本ヒットを打つのがこんなに難しいとは…。


 季節はお盆を過ぎており、シーズンも100試合を過ぎている。

 今年は3月開幕だったので、5ヶ月遅れの初ヒットだ。 

 26打数1安打、電光掲示板に打率.038が燦然と輝いている。

 やっぱり.000は格好悪い。

 アウェーであるが、札幌ホワイトベアーズの観客席は沸いている。

 試合は後続が倒れ、敗れてしまったが、トンネルは抜けた。

 取り敢えず良かった。


 そして翌日は7番レフトでスタメン出場して、4打数1安打。 

 打率も.067まで上がった…と言えるのかな。

 まあ何にせよ、これから巻き返していくしかない。


 その翌日はスタメン落ちし、途中出場して1打数ノーヒットで打率は.065。

 でも大丈夫。

 ここから4割近い打率を残し続ければ、シーズン終了時には.300近くにはなるだろう。

 前向き、前向き。

 

 明後日からはまたホームに戻る。

 ここから高橋隆介の逆襲が始まった…と言えれば良いな。

 

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ドラフト7位で入団して(第三部 日本球界残留編) 青海啓輔 @aomik-suke

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