第717話A 不調の原因は?

  0.7を25回かけたら、0.00013。

 パーセンテージにして、0.013%ということだ。

 これは7,500分の1の確率で起こり得る事らしい。

 逆に言うと、滅多に起こらないということだ。


 だがそれが現実に起こってしまっている。

 ここまで25打数ノーヒット…。

 僕は過去3年連続で打率3割以上を記録している。

 つまり10回打席に入ると、少なくとも3本はヒットを打つバッターである。(四死球を除く)


 その僕が復帰以来、1本もヒットを打ててないのである。

 良い当たりがことごとく、野手の正面をついたり、ファインプレーに阻まれたり…。

 ボテボテの当たりも間一髪で内野安打にならず、焦れば焦るほど三振も多くなってきた。


 藁にもすがる気持ちで、麻生バッティングコーチのアドバイスも聞いてみたが、やはりその藁は全く役に立たなかった。


 こうなるとスタメン落ちが増えてくる。

 最近はベンチを温める時間が増えてきた。

 いくら榎田選手が調子を落としているとは言え、今の僕よりははるかにマシである。


 二軍に落とされないのは、打てなくても代走や守備固めとしては使えるからだろう。

 幸いにも、まだエラーはしておらず、盗塁は2つ決めて失敗は無い。

 

 移動日。

 今日は大阪へ移動するため、全体練習は無いが、僕は朝から球場に入り、特打をしていた。

 時間外の練習に付き合ってくれている、球団スタッフの方のためにも何とか調子を取り戻したい。


「よっ、やっているな」

 谷口がやってきた。

「見本見せてやるから、変われ」

 いつもならそんな事を言われても、絶対に変わらないが、今の僕は弱っている。

 素直にバッティングゲージを出た。

 そして気持ちよさそうにバッティング練習をしている、谷口を見ていた。


「なあ俺の何が悪いと思う?」

 スッキリした顔で、ゲージからでてきた、谷口に聞いた。


「顔と頭と性格だろ。あとは口の利き方とか、日頃の行いとか…」

 いつもならこんな事を言われたら、手にしたバットを、谷口の脳天めがけて振り下ろすが、今の僕にはそんな元気は無い。


「そうか…。それらを直すにはどうしたら良いと思う?」

「そりゃ生まれ変わるしか無いだろう」

「…」


 …。

 ……。

 ………。


「おい、早まるな。わかった、アドバイスしてやるから…」

 気がつくと、僕はバットを高く掲げていた。

 これを振り下ろすと、谷口の選手生命と共に、僕の選手生命、そしてこの小説も終わってしまうだろう。


「一度だけチャンスをやる。話してみろ」

「随分、高飛車だな。まずその前にバットを置け」

 僕はバットを下ろした。


「いいか、俺のみたところ、お前は結果を欲しがるあまり、手打ちになっている。

 だから当てるだけのバッティングになり、結果として野手の正面に打球が飛ぶんだ。

 ちょっと待ってろよ」

 そう言って、谷口は一度、ベンチ裏に引っ込んだ。

 そしてすぐに竹刀を片手に戻ってきた。

 

「おっ、やるっていうのか」

 僕はバットを両手で握りしめ、前にかざした。

「バカ野郎。チャンバラするのに持ってきたんじゃない。いいから、素振りしてみろ、バカ」

 こいつバカって2回も言いやがったな。


 取り敢えず僕は、言う通りに素振りをした。

「次にお前がボールに当たると思う瞬間に、バットを止めてみろ」

 僕はバットを振り、ボールに当たると思う瞬間にバットを止めた。


「ほら、わかるか? この時にすでに手首が返っている」 

 谷口は竹刀で、僕のバットを叩きながら言った。

「だからタメがなくなって、鋭い打球が飛ばないんだ」

「なるほど、そこまではわかった。後はどうすれば良い?」

「振り遅れてもいいから、タメを作ることを意識して打つようにするんだな」


 僕はまたバッティングゲージに入り、バッティングマシーンを相手に打ってみた。

 しかしタメを作ることを意識しすぎると、空振りをしてしまう。


 そして気がつくと、谷口の姿は消えていた。

 あの野郎…。


 その後も打ち込みをしたが、ピンとこないまま、空港に向かうギリギリの時間になってしまった。

 僕はチームスタッフにお礼を言って、すぐに着替え、待機していたタクシーに飛び乗り、空港に向かった。

 

 打ち込みをしたが、まだ感覚が良くない。

 実戦不足が影響しているのかもしれない。

 一度、二軍に落としてもらった方が良いかもな…。

 そんな風にすら感じた。

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